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男子高校生✿裏垢女子やってます。  作者: 甘夏
【第四章】アリスインワンダーランド 下
45/50

第44話 裏垢女子はスマホ広告をスキップできない。

 人気のアトラクションになるとやっぱりかなりの列で、俺はシロちゃんと一緒にその最後尾に並んだ。

 それから30分他愛ない話をしたり、ほかの組のメンツと連絡を取り合ったりして時間を潰したりしていた。


 そんなちょっと暇な時間も、楽しいんだけどね。


「……わ、きもッ」


 シロちゃんが小さくそう呟いてる。

 その手にはスマホがあって、何かスマホゲームの画面のようだった。


「なにしてんの?」

「蟻……育ててた」

「アリ?」

「うん、蟻。ほら、きもくない?」


 見せつけるようにぐいっと向けられた画面には、地中の断面図。

 地図みたいに入り組んだ。蟻の巣だった。


 そこを小さな働き蟻が蠢いているものだから。たしかにきもい。


「あ、うん。きもいね」

「でしょ? 広告だともうちょっとかわいい感じだったんだけどね」

「さっき始めたの?」

「うん、いまさっきインストールしたけど……ちょっとムリかも。あ、ゲーム性は楽しそうなんだけどね。さっき、カエル倒したし」


 蟻でカエル倒すって、どんなゲームだよ。 


「あ。そうそう、話変わるんだけど。これ猫ちゃんから」

「チェシャちゃん? なに? 動画?」


 そこに映っていたのは、有栖……が、リフティングしている動画。

 

(なんか……すごい目立ってるし、さすがサッカー部といいたいとこだけど。めっちゃ見えてるじゃん)


「見えてるね」

「うん」

「青だったね」


 いや……うん。青だったね。

 なんか意識してみてるって思われたくないから言わないけど。


「あ。もう一つあるよ動画」


 シロちゃんはそのネイルの施された指先で、スマホ画面を数回タップする。

 そして流れ出した映像は、なんてことはない有栖の恰好をした加恋と、市河の映像ではあるんだけど――


『――どう、おもうっすか? 有栖センパイ♪』


 最後に映像はそれを撮影しているチェシャちゃんに切り替わる。

 そして、そう告げていた。


 シロちゃん宛の動画だというのに、そこで名指しするのは俺なんだなって思った。

 どう、おもうって……。


「どう、おもうっすかー? 有栖センパイ♪」


 シロちゃんまで真似してるし。


「……どうって、言われても。ねぇ」


――あんな加恋の……表情見せられたら、わかっちゃうじゃん。


「まさか……あの恋愛下手なカレに。加恋が即堕ちするなんてねー」


 そうシロちゃんが言う通り。


「うん、恋しちゃってるじゃん」

「ね! 加恋おもしろいなー、ウケる。あ、そろそろ乗れるんじゃない?」


 なんだか、詩帆はそうなることがわかっていたような様子で……。


(でもどうすんの? いまの加恋……有栖なんだけど――)


 アトラクション待ちの列が進む。

 コースター型のアトラクション。スタッフさんが二人一組ずつ乗り込むように指示をしていた。


「あ。お客様、お荷物が大きいようなのでお預かりしますね」

「はい。じゃあこれ。大事なものなので、丁寧にお願いしますね」


 そう言ってシロちゃんは肩にかけていた大きめのバックをスタッフに手渡す。


「ずっと気になってたんだけど……なにが入ってるの?」

「んー……秘密♡」


 シロちゃんのこの悪戯な表情は、もう何度目だろう。

 いや、そもそも聞かなくても。その顔を見なくても。

 俺はその中身をわかっていたんだけど。


 でも、まさかねー。


「もう気づいちゃった? でも、朝の段階で気づかないのはまだまだだねー。有栖ちゃん」

「有栖ちゃんって……。いまは二人きりでも、一応、《《まだ》》。旬の恰好なんだけど……」

「うん、《《まだ》》。ね?」


       ***


――うん、迷子の子のために青色を晒す勇気、すごいっす


 チェシャちゃんの言葉に私は『やめて……』と返した。

 そして、もう一人のメンツに目を向けた。


 そのときのカレの表情は、意外にも私にとって『可愛い』と思える反応でさ?

 ありっちゃありって……思っちゃたのかもしれない。


「……見るつもりじゃなくて。サッカー……すげー上手いんだなって。カッコいいなって思って――いや、ごめん。パンツ、見えたし……見ました。すみません」


 一度は顔を真っ赤にして、視線をそらした市河くんは。

 そう言って私に……有栖に、なんだろうけど。

 まっすぐ向いて口にした。


 そんなこと、素直に認めて言われると、恥ずかしいを通り超えちゃうじゃん。ねー? 有栖ちゃん。どうおもうよ、この状況。

 なんて、《《ホンモノ》》に尋ねてはみたくなる状況なんだけど――。まだ、これがそういう感情かはわかんないわけで……恋なんかじゃないかもしれない。


 んー、どうなんだろうね。


「恥ずかしいを通り超えちゃうよ、そんなまっすぐ言われちゃうと」

「怒ってない、ですかね」

「バカね、怒んないよ。むしろ、変なもの見せちゃってごめんねってくらいだし?」

「いやいや……!」


 市河くんが大きく手を振って、そんなことないってジェスチャーを見せた。


(惹かれてるのは認めるしかないのかもしれない――潔くね。でも、まだ私は想い出のなかに……合わせ鏡のなかにいたい気持ちがあるの)


 ただ、いつもと違う場所と、いつもと違う自分に戸惑って、熱に浮かされているようなだけかもしれないって。

 だから旬への気持ちと同列にはできないって思いたい。

 思わせてほしい。


 テーブルに置かれた氷が解けてなみなみになったレモンスカッシュを手にして、ストローに口をつける。

 旬が塗り重ねたリップの色が、ストローの端にうっすらと色移りする。それは私にとっては新鮮な体験で。

 だって普段はこんなお洒落なんかしないから。


「……もし、なんだけどね」


 あれ? 私いま何を言おうとしてるんだろう。


(チェシャちゃん、私を止めて――まだこれは口にしちゃいけないこと!)

 すぐに私はその狼狽しているだろう目線を、チェシャちゃんに向ける。

 って……なにスマホむけてんの!?


「? どうしました? 有栖さん」


 あ……。うん、大丈夫。

『有栖さん』そう呼ばれたことで、すこし冷静になれた気がする。

 そう、今日の私は有栖で。カレは……市河くんは有栖《違う人》を見ているんだから。


(お洒落じゃない私でも、貴方は興味をもつのだろうかなんて……言えない)


「ううん、何にもないよ。あ。そうだ……まだ早いけど、お土産とかって皆なにか考えてたりするかな?」


 そんな言葉が出たのは、いますぐにでも誰かに相談したかったからなのかもしれない。呆れるくらい、サッカーそっちのけで恋バナしてるチームメートがちらついたからかもしれない。


「俺は家族くらいかなー、姉ちゃんには頼まれてるから」

「いっちゃんってお姉さんいたんすねー」

「一人っ子っぽいっすかね?」

「や、あんまり深く考えてなくて言ったっす」

「根井さん……俺に興味ゼロなんだな」


 大袈裟に落ち込んでいるように見えるのは、その分大柄な体格をしているからで。ちょっと肩を落とすと一気に小さく見える。

 やっぱり。なんか、『可愛い』。


 チェシャちゃんはその会話の間もずっとスマホを私たちに向けていて……。

 もしかして、私たちのことを撮ってる?


「……どう、おもうっすか? 有栖センパイ♪」


 明らかにその一言は、私に向けたものじゃないってわかった。

 わかったときにはもう遅いってこともわかった。


 その撮影された動画が、拡散されていくことを止めることもできないし。 

 薄まったレモンスカッシュなんかじゃ――

 この心の熱病を抑えることもできない。


(あはは。まさかこんなことになるなんて、思わなかったなー……まいったね)


――夕実さんへ。私こういうときどう判断すればいいですか? キャプテンとして、ちょっとはマシな指示をお願いします。

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