⓻じゃあ、オレが走ったら撃てよ
「柊零一君! !絶対にロボット部に入ってもらいますよ!」
「何を言っているのですか !柊零一さんは魔石研究部に入るのですよ!」
「柊君! 君のロードバイクを用いて自転車部に入部してほしい!」
翌週の勧誘活動最終日になっても、朝から元気な勧誘を駐輪場で受けていた。
「だから言ってるじゃないですか、入部する気はありませんと――」
「大体なんで魔石研究部が邪魔をしてくるんだ!」
「お言葉をそのままお返しますわ。ところで、汗臭くて古臭い熱血漢のせいで少々暑苦しいので、去っていただきませんこと自転車部さん?」
「熱血でなにが悪い! お前らの部活より爽やかで気持ちのいい部活だ!」
勧誘してきたはずなのに、いつの間にかお互いの部活をけなし始めてしまった。譲れない思いでけなしているならいいが、そうではなくなってきている。
あからさまに、怒りにまかせてるだけ、というけなし方だ。
すると、魔力がロボット部員に集まっていくのが見えたので、ブレスレット型魔導デバイスを装着している腕を掴み上げようとした瞬間、
「触るなぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ロボット部員の怒号が駐輪場に響き渡った。
まるで狂気に満ち溢れた戦士のような低い声で。
「な、なんですのいきなり!」
「ど、どうしたんだ!」
顔をこれでもかとくしゃりと歪め、歯を剥き出しにして肩で息をしている姿に、恐れおののく魔石部員と、冷や汗をかく自転車部員。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
いきなりなにをするかと思いきや、雄たけびを上げながら、地面を殴って暴れ始めたロボット部員。
無理やり押さえつけてもいいが、怯えて動けない二人に危害が及ぶ可能性があるし、なによりオレのロードバイクが壊されたらたまったもんじゃない。
それこそオレが怒り狂って、魔法でロボット部員を消すどころか学校ごと消しそうになるので動くに動けない。
「あぁぁぁぁぁ――がっ!!」
「朝からうるせーなー」
ブレザー越しからでもわかる太い腕を使って、暴れるロボット部員の首を背後から片腕で絞め上げたのは恭介だった。
「恭介そのまま気絶させろ」
「いいのか?」
「いい、オレが全部話す」
「あいよ」
言われた通りに絞め上げていく力を上げていくと、次第にロボット部員は暴れていく力が弱まっていき大人しくなった。
「そのまま保健室に連れて行こう」
「オーケー」
恭介は軽々とロボット部員を背負って歩き、その後ろをオレが歩いていく。駐輪場に集まる野次馬の流れを逆らって歩く影を横目に見ながら。
「そう、そんなことがあったのね」
朝の騒動で一時限目の終わりに生徒指導室へ呼び出されたオレと恭介は、生徒会長と桐島先輩に詳しい経緯を話した。
「対処が荒々しかったのはすみませんでした」
オレと恭介は一礼すると、事務机の椅子に座っている桐島先輩は厳しい目つきのまま言葉を出した。
「それは大目に見よう。ただ、なぜそこまで狂暴になってしてしまったのだろうな」
「わかりません」
「片腕で抑えてましたが、見た目に反して力が強くて驚きました」
恭介の報告に腕を組んで考える桐島先輩は、真横で姿勢よく立っている生徒会長に無言で目線を送る。
「魔導も使っていない細身のロボット部の平塚部長が、大柄で気肉質な桂木君にそこまで言わせるのは正直驚いてます。どこからそんな力が……」
「バーサーカー……みたいでしたね」
「バーサーカー? 狂戦士って意味であってるよな?」
「えぇそうです。自身の中に熊や狼の様な野獣が乗り移ったと考え、その状態で戦っている時には敵味方の区別さえも付かなると言われている神話の戦士のことです」
元居た世界にも狂戦士は存在している。魔獣や聖獣を身に宿して大軍に突入させ、数多の敵兵を殲滅する役目を担っていた。敵味方の区別はさすがにしてたがな。
「それで、その狂戦士と平塚に何の関係があるんだ?」
「いえ、全く痛がらず地面を殴り続けていたので同じだなぁ、と思っただけですよ」
「おいおい」
「ただ、そういう実験みたいなことをしている輩は、見ましたけどね」
オレの言葉に、桐島先輩は勢いよく立ち上がった。
「それは本当か!?」
「チラッとしか見てませんけどね。野次馬の中に怪しい人物がいました」
生徒会長と桐島先輩は、オレの報告に驚愕というより深刻な表情をした。
「……考えたくはないのですが……」
「あぁ、学校の警備システム上、部外者はそう易々とは入れないから……学校関係者か……」
重い空気が漂う中、どこからか複数の悲鳴が聞こえてきた。
嫌な予感を察知した生徒会長と桐島先輩は視線を交わして、二人は生徒指導室から駆け足で出て行った。
「零一」
「行きたいのか?」
「もちろん!」
「じゃあ行くぞ」
二人の後を追うように、オレたちも走って悲鳴が聞こえる場所に向かった。
「って窓から飛び下りるって聞いてないぞ!俺は飛行魔導苦手なんだよ!」
「安心しろ、お前ぐらい安全に下ろせる。行くぞ」
「うわあああああああ!!!」
怖がる恭介をブレザーの襟を掴んで飛び下り、携帯端末型魔導デバイスを操作して飛行魔導を発動して、ゆっくりと下りていく。
運がいいことに、一階の廊下の窓が開いていたので、そこまで飛んでいき中に入って着地した。
「あー……死ぬかと思った……」
「おいてくぞ」
「あー待て待て! 零一!」
「きゃああああああ!!!」
悲鳴が大きく聞こえる方向に目をやると、幾人の生徒達がオレたちの横を逃げるように走り去っていった。その後ろには、さっき気絶させたはずの平塚が、フラフラと体を左右に振りながら歩いてきた。
その平塚の右手には、ブレザーの襟を掴まれ引きずらている戌井さんがジタバタと抗っていた。
「止まれ平塚!」
「戌井さんを離しなさい!」
オレらより少し遅れて、平塚の後ろに魔導の準備を完了している生徒会長と桐島先輩が走ってきた。
「あぁぁぁぁぁぁ!」
「いやぁ!いやぁぁぁ!」
迂闊に手を出すと戌井さんが怪我をしてしまうな。どうする……
ふと、生徒会長達の後ろに群がっている野次馬の中に目をやると、そこには晴香がいた。そして晴香と目が合うと、『零一が助けなさい』と口を動かしている。
わかっているよ。契約の一つ〈できる限りの範囲での人助け〉の場面なんだからな。
「恭介」
「なんだ?」
「奴の鳩尾部分に、気絶程度の風系統の魔弾は撃てるか?」
「……余裕だぜ」
「じゃあ、オレが走ったら撃てよ」
「オーケー」
オレは魔導デバイスに加速魔導と、もう一つ魔導を用意する操作をして準備完了させた。
恭介も準備を完了させると、オレに向かって頷いた。
「行くぞ!」
「しゃっ!!」
「なにしてる!」
「やめなさい!」
計画通りにオレが平塚に向かって走り、恭介は突き出した人差し指から魔弾を撃った。
(〈旋風魔弾〉か、なかなかやるな恭介)
魔弾は風を切り裂いて進行し、疾走するオレの真横を通り過ぎようとした瞬間、オレは跳躍をしながら横に回転をした。
「マジか零一」
そして、もう一つ用意した魔導を発動し、魔弾に向かって回し蹴りを当てると、魔弾は複数に分裂しながら飛んでいった。
「あぎゃああああああ!!」
分裂させた魔弾は平塚の体の至る所に命中して動きが止まり、戌井さんを掴む手も緩んだ。
「戌井さんこっちに走ってこい!」
「は、はい!」
「あぁぁぁぁぁぁ!!!」
しぶといな。あれを受けてまだ動こうとするのか、本当に狂戦士だな。
「がっ……あ……が……」
まぁ、さすがに生徒会長と桐島先輩の、後頭部に当てた魔弾には勝てるとは思えないがな。
「がぁ………………」
そして平塚はふらつきながらもその場に倒れた。
魔弾をジャンピング回転ボレー!