⓺つ~か~れ~た~!
今日の授業時間は全て終わり、恭介と奏の三人で談笑しながら廊下を歩いていた。
「そういえば、明日から部活の勧誘活動が始まるって聞いた?」
「あぁ聞いたぜ。なんでも激しい勧誘方法で怪我人が出るらしいぞ」
「どんな勧誘の仕方をしたらそうなるんだ。魔導でも使うのか?」
「みたいだよ」
明日から校則違反者だらけなのか、生徒指導委員は大変そうだな。
「零一はなんかの部活に入るのか?」
「いや、これといってない」
「あたしはスカイラクロス部に入るよ」
だから朝にスタジアムの場所を聞いてきたのか。
「恭介君は?」
「俺は射撃魔導部」
「「その体格で?」」
「言われると思って気を張ってたが、実際に口に出されると落ち込むぞ」
「冗談だ」
「そうそう、冗談冗談」
オレは小さく笑い、奏は大きく笑い、恭介は拳を作って震えていた。
そんなやり取りをしながら正面玄関を通り過ぎると、奏がなにかに気づいて急に足を止めた。
「あ、生徒会長さんだ。っと、誰かな?あの美人さん」
「美人さん? あ、ホントだ」
「…………なっ!?」
遠くに見るからに、生徒会長がスーツ姿の成人女性に対して身振り手振りを用いながら話していた。
どうやら校内の案内しているだろうと解釈できる。
そういうことはどうでもいい、なぜあいつがここにいるんだ。
いや、待てよ?確か先月……あぁそういうことだったのか。
翌日の一時限目が終わって保健室に足を運ぶと、
「見ろよあの綺麗な医療魔導師……」
「すげー……辰弦生徒会長と変わらない美人な先生だー」
「待て、胸囲が会長より上だぞ!」
「なん……だと……!? つまりはEカップ以上ということか!?」
色情を隠せてない男子生徒たちが、廊下から保健室の中を窺いながら群がっていた。
男子生徒たちが騒いでいるのは、今日から中部魔導高校に着任した新人の女性医療魔導師。昨日の帰りに生徒会長と話していたスーツ姿の女性だ。
「もう、体調が悪くて寝ている生徒がいるんだから、邪魔したらダメよ?」
艶めかしい声で注意された男子生徒たちは、なんとも間抜けな返事をして保健室から去っていった。
「先月言っていた「お楽しみ」とはこういうことだったのか、驚いたぞヴェレンティアナ」
その名で呼ばれた医療魔導師は、不満げな顔をして反論をしてきた。
「もう、神沢晴香という名前があるのだけど、柊零一君?」
「それはすまないことをしたな、神沢先生」
ヴェレンティアナこと神沢晴香は、オレが地球に転生する際の審判を受け持った天界の女神だ。
オレはその審判の時にいくつかの契約をさせられたが、神沢晴香は違反がないかの監視役として、ヴェレンティアナが自らの毛髪を一本切り取って生まれた分身体だ。
女神の分身体ではあるが、地球の秩序は守っているようで、赤子から生まれ育っているのでオレと似たような存在になる。
ここに着任してきたのは、オレが本格的に魔導に携わることになるので、より近くで契約違反のないように監視するのが目的だろう。
「それじゃあ、定期報告をしてもらいたいのだけど、時間はある?」
「いや、今は無理だ。今日は父さんたちの帰りが遅くなるから、キッチンカミサワで椛と夕食を食べる予定だ。その後にしてほしい」
キッチンカミサワとは、晴香の家で経営しているレストランである。ハンバーグがここではないとダメだ!というぐらい美味しい店である。
「えぇわかったわ。それと父に、美味しい料理でおもてなししとくよう伝えておくわね」
「それともう一つ」
「なにかしら?」
オレは不敵な笑みを見せて神沢先生に告げた。
「今日で精魂尽き果てるなよ」
「応援……と受け取ってもいいのよね?」
「好きにしろ」
「……?」
晴香は怪訝な顔をしていたが、
「つ~か~れ~た~!」
キッチンカミサワに設けてある個室席のテーブルに、疲労困憊で突っ伏していた。
オレたち兄妹が夕食をごちそうになっている向かいに座ってだ。
男子生徒たちを魅了していた美貌や立ち振る舞いが台無しだが、こちらの方が見慣れているので、オレも妹も平然な顔して食事をしている。
「そんなに大変だったのお兄ちゃん?」
「あぁ、部活動の勧誘は魔導が飛び交う戦いの場だった」
授業と授業の合間にも勧誘してくるとは思わなかったな。
逃げるオレを匿ってくれた生徒会長には、なにかお礼をしておかないとな。
「うわぁ……医療魔導師になったばかりの晴香お姉ちゃんには大変な一日だったね」
「そうなのよ椛ちゃん……零一なんて知ってて助けてくれなかったし」
口を尖らせながら、突っ伏していた体を起こして睨んでくる晴香に、椛が困り顔でどうしようとオレを見てくるので、何も言うなという表現で小さく首を横に振った。
「それに保健室で治療してた生徒、すごくうるさかったのよ?抑えるのに手間取ったわ。よほど興奮して喧嘩してたのね」
「喧嘩?」
「そう、自分たちの部の方が実力があるから、この新入生は自分たちの部に入るべきなんだ。ってしつこいぐらい叫んでいたのよ。魔導を使ってまでわからせようとしてたみたいだし」
「狂気だ!」
「本当、狂ってるわね。そう思わない零一?」
オレに訊いてくる口調、仕事で疲れてる表情、どれもおかしな点はない。ただ、瞳だけは意味ありげな輝きを放ってオレを見ていた。
「それだけ情熱的ってことだろ?」
それをあえて無視して適当に答えた。
晴香は「それもそうね」と軽く言って、赤ワインの入ったワイングラスを持って一口飲んだ。
「言っておくが晴香、勧誘活動は来週の月曜日まであるぞ」
「勧誘活動終わったらやけ酒かなー」
いいのか女神がやけ酒って。
「ごちそうさまでした」
「おじさんまた来るねー!」
「あ、零一ちょっと待って」
食事も終わり、レストランを出た時に晴香がオレを呼び止めた。
「どうした?」
「あのね……」
どうしたのか、やけに渋い表情をしている。
「これ……渡しておくわ……」
オレに渡して来たのは、一枚の黒いしわ寄れた紙切れだった。
ただのゴミをオレに渡して来たのか?
「とりあえず……もらって……いいから早く!」
「ゴミをもらう趣味は――っ!?」
それを手にすると、禍々しい感覚と言えばいいのか、とにかく触り心地がとても悪かった。魔力も何も見えないが力は感じるので、余計な不気味さを漂わせている。
「これをどこで?」
「帰る際に保健室を掃除してたら落ちてたの」
「この力はなんだ?」
「わからない。けど、さっき話してた暴れた生徒に関係はしてると思ってる」
だから、意味ありげな瞳をオレに向けたのか。
「それで? これを渡したのは?」
「多分だけどその人は――」
保健室の女神様(本物)&事件の匂い