⑫『来てくれてありがとう』
「凄いな……これは……」
このホテルの最上階に位置するロイヤルスイートルームは一人で寝泊りするには無駄に広かった。
ベッドにソファー、床に敷いてある踏み心地のよい絨毯に部屋の雰囲気に合わせた電飾の数々、それに何より――
「見晴らしが良いな……」
学院都市を囲っている巨大な壁まで邪魔する建物がそんなにないのではっきりとその姿を捉えることができた。
「さてと、会合は午後からの予定だったな」
携帯端末を開いて予定表を見る。
警備生徒は一週間ほど実際に警備訓練をしてから魔総会の警備をするということになっている。
多くの人が詰めかけることが予想されているので、騒ぎが頻繁していたと栞さんから聞いた。
何をしようかと考えていると、チャイムが部屋に鳴り響いた。
インターホンで誰かを確認すると、桐生がオロオロとしながら廊下に立っていた。
「どうしたんだ桐生?」
「あう……あのね……あの……」
「何か問題でもあったのか?」
「べ、ベッドがね……」
「あぁ」
「大きすぎ過ぎて持ってきたシーツが敷けないの……どうしよう……」
それは、敷かなくてもいいんじゃないか?
「助けてほしい……寝れる自信がない……」
「はぁわかった……部屋に行こう」
オレは部屋から出てて、桐生の部屋に入ってベッドルームに行くと、頑張ったのだろう四隅のゴムが伸びに伸びたシーツが広がっていた。
「これは……酷いな」
「あう……どうしよう」
「もう、無しで寝るしかないだろう」
オレの言葉に桐生は涙目になる。
「あぅぅ……寝れないよー……」
これだけ高級な部屋のベッドが寝心地が悪いわけないので、説得しよう。
「一回寝てみたらどうだ?」
「でも……」
「いいから試してみろ。それでも無理だったら猿島さんにお願いしに行くぞ」
「わかった……」
恐る恐るベッドに寝そべって掛け布団などを掛けてやってしばらく静かにしていると、
「スー……スー……」
心地よく眠りについていた。
「寝たようだな。それじゃ戻る――っ!?」
オレが桐生の部屋から出ようとしたその時、ドックン! と不愉快な感覚が襲ってきた。
この感覚は……奴か、どこにいる?
「……ちょっと待てよ……」
ここはホテルの最上階で、この階にいるのはオレと桐生しかいないはずだ。なのに、なぜ感覚が伝わってくる? それほど強い力だということか?
そんなことを考えていると、窓から太陽の光が差して明るくなっている絨毯に、二つの影が動いていた。
ゆっくり目線を上げると、そこにいたのは二人の女性だった。一人は小学生か中学生のような容姿の少女で、もう一人は成人女性のようだった。
ただ、その光景がおかしいことに気づく。なぜその二人が窓の外を歩いているのか、ということだ。
すると、空中を歩く成人女性はオレに気づき、こちらを見て口を動かして手を振ってその場から一瞬にして消えた。
どうやら、あの成人女性がオレに挑戦状を送りつけた影の主というのが断定できた。
奴はオレに向かってこう言っていたのだ。
『来てくれてありがとう』
と。
影の主と一瞬の邂逅。




