⓸お昼をですね……生徒会室で一緒に食べませんか?
入学二日目の朝。
中部魔導高校の校門に続く一本道。そこに多くの生徒たちが談笑したりしながら足を運んでいくの横目に、オレは自作したロードバイクに跨って通り過ぎていく。
前世であれば空間魔法で瞬時に移動できたが、これといって不満はない。様々な移動手段をオレは体験したいと思っているので、ロードバイクはほんの手始めにすぎない。
そして軽快な速さで校門を通り過ぎ、校舎まで伸びている道を右に曲がると駐輪場があるので、開いている場所を見つけてロードバイクを置いた。
「イカした自転車だな」
ロードバイクを置くと、ヘルメットを右脇に抱えてオレより恰幅の良い男子生徒が、ロードバイクを褒めてきた。
「だろ? 自作したんだ」
「え? マジで?」
「あぁマジだ」
「すげー……じゃあ、あれか? 機械科だったりするのか?」
「そうだ」
オレはブレザーの左襟を持って羽ペンが刻まれた科章を見せる。ちなみに魔導科は羽のついた杖が科章になっていて、それでどっちの科か区別できるようになっている。
「俺は魔導科だから、作るのとかさっぱりわからんからすげーな……って俺は一年B組の桂木恭介だ」
「一年B組の柊零一だ。同じクラスだったんだな」
「そりゃ嬉しいぜ! よろしくな零一。俺のことも名前でいいからよ」
「あぁよろしく恭介」
なんとも爽快な性格の持ち主とオレは級友になったが、気になる点が一つある。
「オレと同じ学年なのにバイクで来たのか?」
「あぁそうだぜ。四月二日生まれだから、十六歳迎えたその日に一発で免許取ってやったぜ」
羨ましいことこの上ない。
青く輝く新品のバイク……いいな。
「まっ、親父との交渉に魔導実技で一桁に入れって言われってから。魔導文字の勉強すんのが大変だけどな」
ほぉ……リニアエンジンより水素エンジンを選んだということは、加速性能よりも運転性能を選んだのか、いい趣味をしているな。
ここまで来るのに、一回は都会の入り組んだ道を走り抜けていかないといけない。なら、大型なリニアバイクよりも軽量でしかも安価な水素バイクは当然とはいえば当然の選択だが――
「って聞いてるのか零一? おーい?」
「ん? すまんバイクを見ていて聞いてなかった」
「本当に機械科なんだなって思ったわ……」
恭介のバイクに興味をそそられて、話を全然聞いてなかったな。
反省はしない。
「ホームルーム遅れるから行こうぜ」
「そうだな行くか」
くそ、オレも、乗りたい!
そんなオレの願望はさておき。恭介と教室に入った途端に、あらゆる会話をしていた生徒が、一斉に好奇な目をオレに向けてきた。
「……?」
「はぁ……」
昨日のせいで変な噂が立ちまわっているよう雰囲気だな。
「あ、柊君おはよー」
そんなことお構いなしな紅林さんが、元気よく挨拶をしてきてくれた。
「聞いて聞いて。昨日の頭のおかしい男子がさ、柊君に殴られましたって嘘を広めてるんだよ!」
元気よく報告することじゃない思うぞ。
「それで、このでかい男子がボディーガード?」
「なわけないだろ……ただその嘘はすぐに収まると思うぞ」
「そうなの?」
『一年B組機械科、安藤一郎君。一年B組機械科、安藤一郎君。生徒指導委員長がお呼びです。ただちに生徒指導室にお越しください』
「ほらな?」
「そっか、生徒会長さんと委員長さんと昨日話したから嘘なんかバレバレか。やっぱ馬鹿だあいつ」
「なんかわかんねーけど、後ろが詰まってから早く席座ろうぜ」
これで変に邪魔されることなく授業を受けれそうだな。
中部魔導高校の授業形態は、体育や魔導実技の授業以外全て今座っている机と、それに一体化されている授業用端末機を使い自分の受けたい授業を選択し、画面越しに教員魔導師の授業を受けるという流れになっている。
中学校まで行われていた一人の教師が教壇に立ち、数十人の生徒に教えるというのはここでは見られない。なのでオレが機械科、奏(恭介を名前呼びしていることを羨ましいと言ってしつこかったから)や恭介が魔導科のように、違う学科の生徒が同じクラスになっていても、何の問題もなく勉強に勤しむことが可能となっている。
今日はその選択の仕方や、魔導実技場所等の見学などの時間がほとんどだ。
「零一はどっか見に行く場所あるのか?」
「いや、体験入学の時に、なにがどこにあるのか把握したから、これといってないぞ」
「ホントすげーなお前……じゃあ射撃場はどこにある?」
「この本校舎を正面玄関から出て、東グラウンドに向かって歩いた途中に縦長の建物が左に見えてくる。そこが射撃場だ」
オレの言ってることが正しいことかどうか、恭介は端末機を操作して学内地図を開いて確認すると、感心のため息が漏れた。
「じゃあじゃあ、スカイラクロス部のスタジアムは?」
「この校舎の裏手にある。というかこの教室の窓から見えるぞ。そこから左に見えてる円形の建物がそうだ」
指さす方に向かって奏は見に行くと、「おお!」と声を上げた。
「ということだからオレは――」
「じゃあ闘技場案内してくれ!」
「おい」
「あたしも行く!」
「おい」
しょうがない、付き合ってやるか……本格的な授業は明日からだしな。
オレは二人を連れて闘技場へと向かった。
「おお、やってるやってる」
ドーム型に作られた魔導戦技用体育館――通称闘技場は、魔導科三年生が戦闘魔導を扱って一対一の模擬戦を行っている時間となっていた。
恭介がもっと近くで見ようと言いだしたので、闘技場に設けられてる二階席ではなくフィールドの隅で見学することになった。
「あれって生徒会長じゃね?」
「ホントだ」
恭介の指さす方向に目をやると、飛行魔導で空中魔導戦をしてる生徒会長の姿が見えた。やたらと生徒が多いと思っていたが、そういうことだったらしい。
横にいる魔導科の二人もこれ幸いに、瞳を輝かせて生徒会長の飛行魔導に釘付けになってる。
その一方で、オレは違うところを見ていた。いや、見えてしまったが正しいか。
オレたちのいるちょうど反対側で、言い争いをしているような男子生徒二人組がいた。また、それを止めようとしてる女子生徒が一人いて、周囲にはその状況に戸惑っている新入生たちも見える。
どっちの魔導が優れているとか、危険な攻撃をしてしまった。そんな感じの言い争いだろと思い、生徒会長に目を移そうとしたその時だった。
「ちっ!」
「どうした零一!」
「零一君? ってめっちゃ速っ!?」
なんと言い合いをしている片方が、殺傷性が高い魔導を展開してしまったのだ。
オレは一目散に言い合いをしていた二人組に向かって走り、その一人の腕を力強く掴んだ。
「な、なんだよいきなり! 離せよ!」
「先輩。殺傷性が高い魔導は、たとえ闘技場であっても許可なく発動するのは禁止なはずですが?」
「それがどうした!」
昨日の奴といい今日といい、頭に血が上りやすい生徒とよく出会うな。
なら、忠告しておこう。
「生徒会長がここにいること、忘れてませんか?」
「あっ……!!」
そう告げると、血の気が引いていくのが目に見えてわかり、魔導陣も消え去って振りほどこうとしてる力も弱くなっていくので、掴む手を緩めた。
「今の言葉は本当ですか板垣君?」
飛行魔導でゆっくりと下りてきた生徒会長が、もう一人の男子生徒に状況確認のために訊くと、恐怖した面持ちて頷いた。それを見た生徒会長は厳しい目つきに変わり、項垂れている男子生徒を見る。
「末永君。あとで生徒指導室に来てください」
「は、はい……」
これで事は済んだな。
「授業の邪魔をしてすみませんでした。オレはこれで」
「お、おい零一」
「待ってよー!」
「待ってください柊君!」
呼び止めるのはいい。先ほどの厳しい目つきから一転して、頬をなぜ赤く染めているんだろうか?
「どうかしましたか?」
「お、お昼をですね……生徒会室で一緒に食べませんか?」
「えーっと……?」
顔をより赤く染めて発言された内容があまりにも予想外すぎて、どう返したら正解か迷ってしまった。
「「…………」」
チラッと二人を見ると、自分たちも是非ご一緒したい!という期待の眼差しがオレに降り注がれてくる。痛いぐらいに。
「この二人も連れていっていいですか?」
「も、もちろんです!」
「なら、昼休みになったら生徒会室に行きます」
オレの言葉に二人は大騒ぎで喜び、生徒会長も笑顔が咲いていた。
レッツお食事タイム