㉒オレがその程度の脅しで止まると思うか?
「ははは……ワタシも対外不思議な人間だと思ってたけど……柊さんも対外だね……」
後退りをしながら乾いた笑い声を出す楯宮にオレは肯定した。
「そうだな、お互い不思議な者同士。今から何が起きようともそれで片付く話だ。栞、離れていろ」
「わかった」
オレに言われた通りに〈黒焔滅死鳥〉から飛行魔導で少し離れた場所に聳え立っている一本の大樹に向かって飛んでいった。
「な、何をする気なのかなー……」
「何って」
〈黒焔滅死鳥〉から飛び降りて、右手に魔力を集中させる。
「不思議なことだ」
魔力を集中させた右手で魔法陣を〈黒焔滅死鳥〉向けて描いた。
そして完成された魔法陣に〈黒焔滅死鳥〉が吸いこまれると、その反対側からは一本の槍が構築されながら出てくる。
「滅翔魔槍ヘイルブリアランティス」
どんなに光輝こうが照らすことさえもできない暗黒色の槍を手に取り、オレは言った。
「こいつに一突きにされたいか、大人しく楯宮を解放するか選ばせてやる。どっちがいい?」
「うーん、どっちも嫌だけど……そうだなー……やっぱりここで殺した方が身のためかな?」
そんなに楯宮を手放したくないのか、かなり相性が良いようだな。
それが証拠に楯宮自身の性格が一回も出てきた様子がない。それだけ魂の近くにまで支配されてしまっているということだろう。
「なら、苦も無く一突きにしてやろう!」
高らかに宣言をしてオレはヘイルブリアランティスを投げ放った。
「ヤバ!?」
奴は楯宮を傷つけまいと赤黒い液体を楯変化させて受け止める。
「いくら強固に作ろうとしても無駄だ。神を貫くことができる槍を人間でしかないお前に止められると思うか?」
「うぎぎぎぃ!!!!」
歯を食いしばって押し返そうと踏ん張るが、徐々に楯がひび割れていき、
「あがっ!!」
楯が破壊されると楯宮の左胸部を貫いた。
「〈精界介入〉」
ヘイルブリアランティスの柄を持ち、そこから魔法を使って楯宮の精神世界にオレの精神を侵入をさせていく。
精神世界は深い闇に包まれており、通常であればあらゆる記憶が漂っているのだが、それすら闇に染まっていた。
「動くな!!」
今まで楯宮として喋っていた奴の本当の声が精神世界に響く。
そして、暗闇の世界にスポットライトのようにポツンと照らす場所が出来上がると、そこに十字架に貼りつけにされた楯宮がいた。
「動くとこの子の精神を消しちゃうんだから!」
暗闇で姿は見えないが、随分と子供らしい声なんだな。
「オレがその程度の脅しで止まると思うか?」
「うるさいうるさい! 止まれったら止まれ!!」
椛が五歳ぐらい頃にこうやって駄々をこねていたのを思い起こさせた。
こうなってしまうと、何をしでかすのかわからないので、オレは歩みを止めて言った。
「はぁ……わかった」
「や、やればできるじゃん!」
「まぁここからでも十分なんだがな」
「そんなこと出来る訳ないじゃん! ワタシの〈深層支配〉は絶対なんだから!」
「ほぉ、そうだったのか。〈深層支配〉を使っていたのか、通りでギリザイエの吸血を使っても誰かわからないわけか」
「あ……しまった……」
禁止魔導である〈深層支配〉を容易く使い、しかも胸を抉るような不快な力を出したり隠せたりと器用な部分もある。それと魔導師を目の敵にするような言動を考えると奴は――
「お前、魔術師だな?」
オレの言葉に奴は何も言わずに、ただただ黙っていた。
「否定しないということは正解のようだな」
「いや、違うし! ワタシが魔術師な訳ないじゃん!」
「なら、至高なる魔導師様と呼んだ方がいいようだな」
「う、う、うう……気持ち悪い!! 無理! あーもうそうだよ! ワタシは魔術師ですー! 魔導師なんて大っ嫌いな魔術師ですよーだ! 〈深層支配〉が禁止魔導? バッカじゃないの! れっきとした魔術なんですー!」
やけを起こしてベラベラと言葉を並べていく奴に、オレは告げた。
「お喋りはここまでだ魔術師の少女。もう目覚めの時間だ」
「へ……?」
オレの足元に魔法陣を作り、この暗闇に業火で灯りをつけてやった。
「な、なんで……なんでワタシが支配している精神世界で魔導が使えるの!?」
「この程度の魔術で、力が出せないと思ったか?」
「なに、本当になんなの? 本当に人間なの? この化け物め!!」
「化け物か……なら、その化け物の力を存分に思い知れ!」
業火の出力を三段ほど上げると、暗闇の世界が崩れ始めた。
「あああああ!! 熱いよぉぉ!! いやぁぁぁ!!」
悲痛な叫び声がオレの耳に届いてくるが、そんなことで止める訳もなく業火の出力をもう一段上げて言った。
「起きろ楯宮!」
「嫌、起きちゃダメ、起きちゃ――」
「ここは……どこ?」
「ああああぁぁぁ…………」
楯宮が完全に目を覚ますと、ガラスが砕け散るように暗闇が崩れ落ちて白い世界へと一気に様変わりをした。
主を取り戻した精神世界から奴の力は一切感じず、オレの姿も徐々に薄くなっていくので、正常の働きに戻ったようだ。
「ひ、柊さん……?」
まだ覚醒しきっていない楯宮はうわごとのようにオレの名を呼ぶと、オレは小さく笑って、
「大丈夫だ」
とだけ言い、楯宮の精神世界から出ていった。
楯宮ちゃん奪還!




