⓷失せろ
入学式も滞りなく執り行われ無事終了。自分の教室も確認してあとは帰宅するだけの……はずだったんだが……
「いいじゃないか見せてくれたって!」
「だーかーらー! 彼は持ってないって言ってるじゃない!」
目の前で男女の生徒が廊下に響くほどの言い合いをしている。
原因は、オレが入学試験で満点だと言われたメイジカートリッジを、同じクラスの機械化の男子生徒が見せてほしいと言ってきたのだ。
あれは入学試験での提出物であり、当然返却されるわけがないから「教員魔導師に懇願して見せてもらえ」と答えたらなぜか怒り始め、そこに魔導科の女子生徒が割って入り、売り言葉に買い言葉で今に至る。
「僕に見せたくなくて嘘をついてるだけだ!」
「君はホントに馬鹿なの? 制服のポケットの中まで見せてもらってるのにまだ信じないわけ?」
「入学試験で満点取ったメイジカートリッジだぞ? 君が魔導科の生徒であっても見てみたいだろ!」
邪念がわきやすい人間が機械科には多いと聞いてはいたが、ここまでしつこく迫ってくるんだな。
「帰ってもいいか? それに入学早々騒動を起こすのは問題だと思うぞ」
「な!」
「そうよ。こんな馬鹿に相手してないで帰りなよ柊君」
「おまえぇぇ!!」
怒りの勢いで授業外での魔導使用禁止という校則を早速破ろうとするのか、女子生徒が言っていたように本当にこいつは馬鹿だ。
仕方ない、周りの生徒も深刻な顔をしているからここは黙らせるか。
「失せろ」
「っ!!!!」
キツイ言葉使いと強い視線を送ると、男子生徒は臆して力なくその場に座り込んだ。
「じゃあな」
そう告げると、まばらな拍手を背にしてオレは教室を出ていった。
悪い噂……にはならないだろうが、あの男子生徒とは険悪な関係にはなりそうだな。
「あ、待って柊君。あたしも帰るよ」
先ほど助けてくれた女子生徒がポニーテールを揺らしながら廊下を走って近づいてきた。名前は確か――
「はぁ……追いついた。自己紹介まだしてなかったよね。あたしは紅林奏。よろしくね」
「こちらこそよろしく紅林さん。さっきは助かったよありがとう」
「良いって良いって、あまりにも馬鹿な発言が多くて頭に来たからさ。それよりもあいつをビビらせた
「失せろ」はすごい迫力だったね。もしかして結構怒ってた?」
「いや、怒ってないよ」
「そうなの?」
「魔導を使用しようとしたから皆に被害を及ばないように対処しただけだ。入学式早々に入院生活なんてごめんだろ?」
そのことに気づいてなかったのか、「へぇ……」と関心してるようなそうでないような生返事をされた。
「そうだったのか。魔導使用を未然に防いでくれたことに感謝するぞ」
会話をしながら廊下を歩いていたオレたちの目の前に、二人の女子生徒が廊下を塞ぐように立っていた。
一人はなぜかそっぽを向いてる生徒会長だが、褒めた言葉を投げてくれた人は誰だろうか。
「生徒指導委員長の魔導科三年、桐島悠子だ。よろしくな新入生」
フランクな挨拶をしてくるが、喋り方や声質に身を引き締めるような圧を感じ、かつ目つきが鋭い桐島先輩に、紅林さんは自分が怒られるんじゃないかと勘違いをしたのか、あたふたしたお辞儀を繰り返して挨拶をしていた。
「そんなに畏まらなくていいよ。君たちも知ってるとは思うが、授業外で魔導を使用した場合は、自宅謹慎だ。より悪質な場合には退学、あるいは犯罪行為として警察に引き渡すから気をつけてほしい」
「はい、わかりました」
「それから……おい、生徒会長? なぜさっきから廊下の窓を見てる?なにかあったか?」
桐島先輩に注意をされた生徒会長は、ハッと我に返った。
「え? あ、ごめんなさい! よく魔導使用を未然に防げましたね。魔導陣を出されてしまうと普通は萎縮してしまいますが、とても勇敢な行動ですよ」
「ん?魔導陣なんて出してたっけ? 魔導デバイスすら触ってなかったよね?」
紅林さんの見ていた通りの疑問にオレは小さく頷く。
その答えに驚きの顔を見せる上級生二人。
「ならどうやって魔導使用を確認したんだ? しかも魔導デバイスに手をかけてもいないのに」
嘘をついてもいいが、隣に生徒会長がいては朝の二の舞になってしまうからやめておこう。
ならここは発想の転換だ。
「相手の行動を先読みしただけですよ」
この言葉に、三人は首を傾げた。
「先読み、ですか?」
「はい。相手は怒りをこれでもかと露わにしていました。それを自分は気にも留めずにいました。そしたらどうなるか。桐島先輩ならどうしますか?」
「そうだな……そこまで怒って馬鹿にされてしまっているなら……殴りかかってしまうな」
悪戯な目線を生徒会長に向けて言うと、小さなため息を出して言い返した。
「生徒指導委員長さん?」
「冗談だよ」
「でも、人間ですからそうなってしまいがちですよね。でも自分たちは魔導を使えて、尚且つ武より知な機械科に所属してる相手ですから殴るよりも」
「魔導を使うだろうと事前に推測できた……」
「なる、ほど……?」
「なんかよくわからないけど柊君すごーい!」
紅林さんは単純志向のようだからいいとして、上級生二人はなんとか納得してくれたようだ。事実ではないが、事実を装って話せばそれは事実になる。
実際は普通の人間には視覚できない魔力が見える魔眼を持ってるので止めました。なんて言えば校内どころか魔導師界隈が大騒ぎしてなってしまうからそう簡単に口にできない。
「そういうことですから、帰ってもいいですか?家族も待ってると思うので」
「それはすまないことしたね」
「では、失礼します」
オレと紅林さんは会釈をして二人の横を通っていく。
「面白い新入生が入ってきたものだな栞」
「えぇ……本当に、ね」
風紀委員はなくて生徒指導委員です