⑱〈神滅炎獄砲〉
オレが唱えた〈英魂修正〉は、栞の足元で魔法陣が地面に描かれていく。
「さぁ始めるぞ栞。お前の呪詛を壊してやり、魂を書き換えてやろう」
「わかった」
「な、なにをする気?……呪詛を……壊す……?そんなの無理に――んーーー!!」
更に強く拘束してやり、黙らせる。
「いいか、よく聞け栞。かなり痛いぞ」
「……そ、それだけ?」
「魂を引き抜くとは訳が違う。生きたまま魂の書き換えをすることになり、魂に触れられると激痛を通り越した痛みだ。耐えられるか?」
「この生きずらい人生よりも痛いかな?」
「どうだろうな。なら、終わった時に聞かせてくれ」
栞は頷いて目を閉じると、魔法陣の輝きが増していき栞を包み込むと、魂の書き換えが始まった。
その間に、オレがすることは……
「なぁ、栞は呪詛を持って生まれたのか?」
「んー! んー!」
必死に首をなんとか横に振る栞の母親。
「じゃあ、お前が入れたのか?」
「んー!」
今度の質問には頷いたが、なぜだか目が笑っている。しかもオレを見ていなかった。
目を追って振り向くと、栞を包んでいる光から黒い物体が現れ、オレの胸部に突き刺した。
口から大量の血を吐き出し、体は力なく崩れ落ちた。
「フ……フフ、フハハハハハハッ!! 愚か小僧よ! あの子の危機を察知すれば、呪詛が防衛するよう組み込まれておらぬとは知らずに可哀そうなこと。アハハハハハッ!! 愉快や愉快! 誰かこの薄汚い死体を掃除しに来なさい」
………………………………
「どうしたの! 誰かおらんのか!!」
「いくら呼んでも無駄だ。全員寝ているからな」
オレが説明しながらゆっくりと起き上がると、栞の母親は恐怖した面持ちで見てくる。
「な、なんなの……!? 何が起きてるの…………!? 胸を貫かれて生きてる!?」
久しぶりに〈自己蘇生〉を使ってみたが、少々痛みが残ってしまったが……まぁ動ければ問題ないだろう。
「そんなに驚くな。呪詛を捕まえるのに演技していただけだ」
「え、演技?そんなわけないでしょ!」
「嘘だと思うか?」
栞の母親に右手を見せると、呪詛が蛇のように動いてる。
「う、嘘……呪詛を捕まえている……なに、これ、夢? 私は今夢を見ているの? そうよね! 夢よね! 呪詛を捕まえられる人間がこの世にいる訳ないものね! そうよ、いる訳がないわ! アハハハハハハハ!」
あまりのことに栞の母親は狂ったように笑い出した。
「じゃあ、そのまま夢だと思って笑っていろ!」
右手に力を込め、呪詛を引っ張り抜ぬくと、まるで蛇のような胴長な呪詛が出てきた。
これで栞は邪魔されずに魂の書き換えができるな。
「さて、どう消してほしい呪詛よ? 一瞬がいいか? それとも、そこにいるナニカと一緒に消えたいか?」
狂った笑いをし続ける栞の母親から、異質な力を感じたので横目で見た。
「アハハハハハハハハガボゲアガガ!!」
栞の母親の口から、呪詛に似た黒い液体を吐き出し、白目をむいて気絶した。
その吐き出された液体は、段々と形を成していき、オレの見知った生き物へと変貌する。
体は部屋の天井に届くほど大きく、四足の足が生え、顔は長く耳があり、その上には二本の角が鋭く伸び、口辺に長いひげがある。
まさに龍の姿をそれはしていた。
これが呪詛の源か。
今まで見てきた呪詛の力が幼稚に見えるほど、力の感じた方が違う。奴の周りにだけ魔力が全く見えないほどだ。
なるほど、そういうことか。栞の母親が生きてるのか、生きてないのかという、曖昧な存在にさせてしまったのは、こいつを宿しているせいで、体内魔力が消えてしまい空っぽの状態だったからか。
色々と呪詛のことが分かってきたな。
「ワレノ、繁エイヲ、ジャ魔スルナ」
「ほう、呪詛が喋るとは、これは随分と禍々しいモノに成長したのものだな」
何百年と呪詛で人を葬り続け、それを人を介して受け継がれた結果、意思を持つようになったのか。
ふむ、なら栞に呪詛を入れたのは、この膨大な力を受け継ぐ為に慣れさせるためか。
「シン弦ノ、力ハ、トダエ、サセナイ」
元は力で自分の声というものがなかったせいだろう、呪詛の声は殺した人間たちが混ざった声となって発せられていて、なんとも癪に障る声をしている。
「今ここで途絶えさせてやろう」
引き抜いた呪詛を前方に投げる瞬間、逆の手で魔法陣を描いて、通常の魔弾に魔法付与した、〈灼熱魔弾〉を放つ。
太陽のように燃え盛る魔弾は、投げた呪詛を巻き込んで本体を襲っていく。
だが、呪詛は魔弾が当たる部分だけをうねらせて<灼熱魔弾>を避けた。
避けられた<灼熱魔弾>は壁を突き抜け、外の庭で爆発した。
「器用なことをするものだな」
「貴サマノ、力は、キ険スギル」
「それはお互い様だろう、呪詛よ!」
「!?!?!?!?」
予想すらできない速度で、呪詛の胴体部分を魔法付与して横から蹴り、部屋の外へと吹き飛ばした。
「アリエナイ、ニンゲン、デハ、ナイ。我ヲ、ケルノハ、アリエナイ」
「どうした呪詛よ。一方的に消されるだけでいいのか?」
呪詛が吹き飛んで開いた大穴から庭に出ると、呪詛は身を即座に起こして、オレの方に顔を向ける。
「アリエナイ、アリエナイ、アリエナイ、アリエナイ、アリエナイ!!!!!」
呪詛の口から黒い粒子を吐き出して攻撃してくるがオレは片手だけ払いのけ、もう片方でもう一回〈灼熱魔弾〉を放った。
「馬カのヒトツ覚エ!」
「ほぉ、ことわざまで言えるのか。だがな、呪詛よ」
また同じ避け方をしようとした呪詛だったが、〈灼熱魔弾〉は避ける前に爆発した。
「それはお前のことだぞ」
「ア゛ァァァァァ!!!!」
熱いのか、痛いのかよくわからんが、黒い肉片のようなものが飛び散って断末魔をあげる呪詛。
「コイツ、ヲ、ヲ、ヲ、ヲ、殺シタイ! 殺シタ、イ! アァァァァァ!!」
呪詛の咆哮に母屋から黒い粒子が呪詛へと集まっていき、自らの体を大きくしていく。
なるほど、護衛達の呪詛を自分に戻したのか、これは好都合なことをしてくれたな。
「コレデ、殺セル!!!」
口を大きく開き、オレを食らって飲み込んだ。
ほぉ、中はこうなっているのか。
「オモイ知ッタカ、人ゲン。コレデ――」
「〈魔極炎撃〉」
〈魔極炎撃〉を唱えると、呪詛の体内から火柱が至る所から漏れていき爆発をしたが、全部消すとはいかなかった。
「ふむ、これでも甘いのか、なら」
「ア、ア、ア、タ、スケテ! タスケテ!」
とことん面白い力だな。呪詛が人間のように命乞いをするのか。
何、答えは既に決まっている。
「ダメだ!」
「ギャッ!!」
のたうち回る呪詛を空高く蹴り上げ、オレの体より巨大な魔法陣を呪詛を標的にして展開した。
「呪詛よ。最後に言い残したことはないか?」
「消エル、ノハ、イヤダ」
<消えなさい呪詛>
呪詛の言葉を否定する栞の声が、どこからともなく聞こえてきた。
〈貴方はこの世界にいたらダメなの〉
「嫌ダ、嫌ダ、嫌ダ嫌ダ嫌ダ、嫌ダァァァァァァァ!!!!!」
〈魔王の手によって、滅びなさい!!〉
「だそうだ。じゃあな呪詛」
オレは拳を作って魔力を集めていき、
「〈|神滅炎獄砲〉」
唱えながら魔法陣を殴った。
殴られた魔法陣から爆音と共に、呪詛の巨体を簡単に吞み込んでしまう大きさの炎の柱が放出され、目にもとまらぬ速さで呪詛へと駆け抜けていく。
「アァァァァァァァァァァ!!!!」
空へ駆け抜ける〈神滅炎獄砲〉はすぐに呪詛へと到達し、神すら滅ぶ灼熱の炎で燃やしていく。
「アリエ……ナイ……我ガ…………ジュソ……ガ……消エル……キエ…………」
呪詛は塵も残らず燃えつくされ、消滅する。
残ったのは空へと伸びた炎の柱だけだった。
これにて、一件落着




