⑰ありえない話をされても困りますね
「そ、そんなの無理よ零一くん! 呪詛を壊せるわけがない! やっぱり私を――」
「無理ではない。行くぞ栞」
「ど、どこに?」
オレは体を離して手を繋ぎ、外から保健室の中が伺えない死角に連れて行き魔法を発動した。
「栞の母親はどこにいる?」
「し、辰弦の本家……だけど」
フッとオレは笑った。
「な、なんで笑ったの?」
「畏まった話し方より、今の話し方が好ましいぞ」
「え!?」
「飛ぶぞ」
準備ができたので転移魔法を使ってオレたちは飛んだ。
「あ、地球壊さないでねって言うの忘れちゃったわ……まぁいいか、覗けるから」
真っ白になった風景が色を取り戻し、オレたちの目に映るのは重厚感のある門がそびえたつ大きな屋敷。
右を見ても、左を見ても、塀がどこまでも続いていそうな長さは圧巻。
そして後ろを見れば街並みが下方で広がって見えるからして、ここは山の上に建っているのか辰弦の本家は。
「す、すごい……学校からだと車で三時間以上はかかる場所にあるのに……一瞬で着いちゃった……」
「転移魔法は簡単な魔法だ。覚える気があるなら教えてやれる」
栞は興味が湧いたようにオレに訊いた。
「わ、私にもできるの?魔法が?」
随分嬉しそうな表情だ。栞は笑っている方が似合うな。
「あぁできるぞ。その前に」
「?」
「呪詛を壊してからな」
オレの手を握る力を強くして栞は頷いた。
「じゃあ、入るか。栞の母親に会いに」
「うん……そこの門の横に――」
「面倒だな。吹き飛ばすか」
「――呼び鈴があるんだけど……!?」
指を門に向けて突き出し、出力を上げた魔弾を放った。
魔王時代に撃っていた魔弾よりは、遥かに小さいが威力は十分な魔弾が門の扉にぶつかると、轟音と共に重厚な扉二枚が吹き飛んで行く。
その様に呆然と見ている栞。
「防護魔導が貼ってある本家の門の扉が、こんなあっさり吹き飛ぶなんて……」
「何、ほんのご挨拶程度の魔弾だ。帰るときに直せばいい」
吹き飛んで扉がなくなった門を潜り、辰弦の本家に足を踏み入れた。
すると、一際大きい母屋から全身黒で統一されたスーツ姿の男二人が外に出てきた。
「貴様何者だ!」
一人が魔導デバイスを手に威嚇してくるが、もう一人がオレの隣に栞がいるのに気づく。
「待て!瀧矢……栞お嬢様がいらっしゃる……」
「竜崎何を言って――し、栞お嬢様!」
〈この二人は?〉
「え?な、なんでいきなり零一くんの声が!?」
そうか、〈魔法念話〉を知るわけないのか。
いきなりあたふたしている栞に、瀧矢と竜崎という男二人は、どうしたのかと身構えてしまっている。
〈落ち着け栞。これは<魔法念話>と言って、口にしなくても会話ができる魔法だ。それでこの二人は?〉
〈は、はい!えっと、この二人は私の従者をしていて、呪詛は掛けてない人たちよ〉
〈そうか。じゃあ、眠ってもらう〉
「おい」
「な、なんだ!」
「そこで寝てろ」
「いきなりなにを~いっふぇりゅん……」
「おい瀧にゃ~……」
瀧矢と竜崎は気持ちよくいびきをかきながら眠りについた。
これでいいか。睡眠魔法は一生眠らせることしかできないので得意ではないが、眠りが浅そうなので上手くいったな。
「これも……魔法……そ、そんなに魔法使っていいの?契約があるんじゃ……」
「気にするな」
「気にするなって……」
オレは握っていた手を離して、その手で栞の頭を撫でた。
「オレに任せろ」
撫でられて恥ずかしそうな栞は、睨むようにオレを見る。
「急に子ども扱いしないで……地球じゃ私の方が年上なんだから……」
「そうだったな」
撫でるのをやめると「あ……」とだけ呟き、名残惜しそうな顔をされた。
やめたのにはちゃんと理由がある。
「ようこそ。我が辰弦の家にいらっしゃいましたね。柊零一君」
母屋の縁側に、和服姿の女性が清楚よく立っていたからだ。
そうかこの人が……
「母様……」
オレの後ろに隠れた栞が、震えた声で言う。
栞をそのまま歳を取らせたような美麗な容姿はさすがに親子だと感じる一方で、何か違和感が芽生えた。
「私は辰弦家当主、辰弦香織と申します」
綺麗なお辞儀をする栞の母親だったが、また違和感を感じた。
なんだこの、生きてるのか、生きてないのかを繰り返す感覚は。
「こんな所で立ち話もなんですから、どうぞ中でお話しましょう。そのまま縁側から入って来ても構いませんよ」
そう言って栞の母親は縁側から去っていった。
「あれが、栞の母親か」
「うん……」
オレたちは言われた通りに縁側から入り、栞の母親の後を追う。
薄暗い板張りの廊下を歩いていくと、先ほどの瀧矢と竜崎のような黒スーツの男たち十数名が、廊下の両サイドに規律よく並んで立っていた。
その男たちに魔眼を使って所持品を見ると、ブレスレット型、銃型の魔導デバイスを所持しているのがわかった。小刀型の魔導デバイスまで持っている男もいる。
いつでも戦闘準備に入れるというわけか、邪魔をされないようにしておこう。
オレは男たちの前を通り過ぎるたびに、睡眠魔法を掛けながら歩く。急に眠らないように時間を遅らせてもおいた。
そして行きついた部屋は、通ってきた襖の部屋とは違い、木目の観音開きの扉になっていて、そこにも男二人が立っている。
「「どうぞお入りください」」
男二人はゆっくりと扉を開くと、今までが和風な作りだったのが嘘のように洋風な作りと一変した部屋に入った。
煌びやかな装飾品の数々に、二人が座れる大きさのソファーが二つ。その間にガラスの天板の机、ここは応接間なのだろうな。
「さぁ、座ってください」
二つのソファーの上座側に座る栞の母親が、向かいのソファーに手を差し出しだ。
オレは言われる通りにソファーに座ったが、栞は俯いて立ったままでいた。
「座らないのか?」
「あの子は座りません」
「いいから座れ」
「…………」
ったく……
「ほら、座ればいいだろ」
オレは立ち上がって栞の手を引いて、一緒のソファーに座らせてからオレも隣に座った。
その様子に、栞の母親は顔を歪めた。
「その子がそんなに大事ですか?」
「…………」
「なんだ、大事に思ってないのか?」
「えぇ、大事に決まっています」
嘘だな。魔眼で見なくてもわかるぞ。
「そんなことよりも、柊零一君は素晴らしい魔導を扱う生徒だと話では伺っていましたが、防護魔導で強固に閉ざされた門の扉を吹き飛ばすほどの魔導を使えるとは、まさに百聞は一見に如かず、ですね」
歪めた顔から一転して、微笑みを混ぜての言葉に、オレが顔をしかめる。
「まぁこの子が企てた凡愚な計画が、まさかこんな役に立つとは思いませんでしたがね」
「すみ……ませんでした……」
栞の謝罪に目もくれず、栞の母親はオレにだけ向かって話してくる。
「それで、もし宜しければ、私の従者としてお力を揮いませんか?」
「嫌だと言ったらどうなる?」
「ありえない話をされても困りますね」
不適笑う栞の母親にオレは言った。
「くだらん。つまらん。反吐が出る」
「な!?なんて汚らしい言葉を……!」
「もっと言ってやろうか、お前の配下などくそくらえだ」
「っ!?」
オレを配下にさせようとは、笑わせてくれる。
「さ、ありえない話をしてやったぞ」
屈辱的な言葉に歯を見せて、さっきよりも顔を歪めた栞の母親は栞をきつい目で見た。
「栞!今すぐ呪詛を使って、この生意気な小僧の心に刻んであげなさい!」
「…………」
「栞ぃ!!」
ヒステリックに叫ぶ声に、栞はゆっくりと言葉を零す。
「い、やです」
「は、はぁ? 今なんて言ったの? 聞こえなかったわ?ちゃんと言いなさい?」
「……嫌と言いました」
「なっ!!!! なんだその口の利き方は! 呪詛でしか生きられない出来損ないが調子に乗るなぁぁ!!!!!」
部屋中に響く怒号に、今まで一番暗い表情を見せる栞。
呪詛でしか生きられないとはな……これは大掛かりな魔法になりそうだ。晴香が黙ってないだろうが、そこは大目に見てもらおう。
「貴方ができることはなに!言いなさい!」
「呪詛を使って……母様の従者を増やすことです……」
「そう! そして?」
「辰弦のお家を繁栄させることです……」
「そこまでわかっているのに、なぜ嫌と言えるの!!」
栞はオレを一瞬だけ見て手を握り、顔を上げて言った。
「私が、嫌だと思ったからです!」
「そんな口を叩けるようになったの……そう、偉いわねぇ……えぇわかったわ!そんなに死にたくてたまらないなら殺して――」
「黙れ」
「ぐぅ!!」
あまりにもうるさいので、栞の母親の体を魔法で強めに拘束した。
「よく言ったな、偉かったぞ」
頭をまた撫でてやると、涙が一筋だけ流して震えた声で栞は言った。
「が、頑張った、から!」
「そうだな、頑張った者には褒美を与えんとな」
オレはソファーから立ち上がり魔法を唱えた。
「〈英魂修正〉」
栞さんの魂ぃ!!をどうするんだい!




