⑯オレを頼れ、栞
「ど、どうして辰弦さんが……資料には辰弦の名はなかったはずよ……」
「いくら調べようとも出てきませんよ。これは辰弦の影の部分なのですから」
栞さんの告げられた言葉に、晴香は悔しそうに唇を噛んだ。
その姿に憐みの眼差しで見る栞さんの瞳は、まるで漆黒へと誘うかのように黒く染まっていた。
「なるほど、呪詛を瞳で隠していたから金色の魔眼を使っていたわけですか……」
オレが栞さんの黒い瞳を見ながら言うと、図星をついたらしく、冷たい目線をオレに向けてくる。
「いつから私の魔眼に気づいていたんですか?」
「入学式で、オレの心を覗いた時からですよ」
栞さんはため息を一回出した。
「やはり魔王様は凄いですね……初対面でいきなり〈迅雷の魔眼〉に気づくなんて……」
「オレも〈炎滅の魔眼〉という魔眼を持ってるんで、わかるんですよ。そういうのが」
オレの言葉に、ふふっ、と一笑だけして、また冷たい目線に戻して今度は晴香の方に顔を向けた。
「神沢先生は直ちにここから出て行ってくれますか?用があるのは零一くんだけなので」
「ど、どうするの零一……」
「今は言うことを聞いた方がいい……オレなら大丈夫だ」
晴香は心配そうに見つめてくるが、それを振り払ってから保健室から出て行く。
それに、聞きたいこともあるからな。
「それで?用があるとは?」
「母に……会ってくれませんか?」
「いいですよ」
間髪入れずに返事をすると、栞さんは焦った表情を露わにした。
「な、なぜですか!?」
〈なんで?〉
「そういう気分なんで」
「ど、どうして拒否してくれないんですか……!!」
〈どうして?〉
「だから、そういう気分なんですよ」
「普通ならここで拒否しますよね?」
〈お願いだから拒否をして……母の言うことを聞く必要はないの……〉
「する必要が見当たらないんで、会いますよ」
「な、なんで……?」
〈このままだと零一くんを……〉
「何をされるのか分かっているんですか?」
「何かされるんですかオレ?」
〈私の呪詛で母の奴隷にさせることになるのに……〉
「お願いですから拒否をして、私に抗ってください!」
「抗うもなにも」
〈そんなことは絶対にさせない一心で、わざと零一くんの邪魔をするように、急ぎ足で事を起こしたのに……〉
〈なんで?〉
〈なんで私を殺してくれないの?〉
〈私が死ねば……呪詛を引き継ぐ人間はこの世にいなくなるのに……〉
〈今の零一くんなら容易いことなのに……〉
「自分を殺してほしいと言ってるように聞こえるので、それはオレには無理なんで会いますよ」
「えっ!?」
〈あ、しまった……〉
心の声を聞かれていることに気づいた栞さんは踵を返した。
「ひ、人の心を読むなんて、最低な人間ですね! この下種!」
「そうですね。最低ですね」
〈な、なんで怒ってくれないの……〉
〈私のことなんて南田のように魂を抜き取ってしまえばいいのに……〉
〈そんなこと簡単でしょ零一くん!〉
「栞さん」
オレはベッドから下りて、栞さんに歩み寄る。
「ち、近寄らないで!!」
〈だから、お願い零一くん!!〉
また影を使って攻撃してくるが、オレは防御魔法で軽くはねのけながら歩みを続ける。
「昨日言いましたよね」
〈お願いだから……私を殺してよ……!!〉
「次また不本意なことが起きても、オレが必ず無傷で助けてみせよう。って。だから」
震えている栞さんをそっと後ろから抱きしめて、
「オレを頼れ、栞」
オレは強く宣言をする。
その瞬間、抱きしめているオレの腕を強く掴んで、漆黒の瞳から綺麗な雫が頬を流れていく。
「零、一……く……ん……」
〈ダメだよ……本当に……〉
〈私は許される人間じゃない……〉
〈こんなわがまま女はさっさと消してしまえばいい……〉
〈あなたを私情で利用した醜い女〉
〈沢山の人を傷つけることで生きてる極悪な女〉
〈親の言いなりでしか生きられない馬鹿な女〉
〈この世界に生きる価値がない人間じゃないの!〉
〈だから、優しくしなくていい……〉
〈心が弱い私はあなたにすがってしまう。だから、その前に……〉
〈私を殺して……〉
〈こんな優しい人に……殺されるなら本望だから……〉
〈だから!!〉
「私を……殺して……零一くん!」
「ゆっくりでいい。オレにどうしてほしいか言うといい」
「な、なんでよ……なんでそんな優しくするのよ!!!」
掴んでいる腕をより強く握って絶叫するが、オレは気にせず言った。
「栞の運命を破壊したくなった」
「え……?なに……それ……」
「だから言葉にしろ栞。オレにどうしてほしいか」
〈無理よ……〉
「無理ではない」
〈母の恐ろしさを知らないから……そんなことが言えるのよ……〉
「その母より、オレの方が恐ろしい存在だぞ」
〈もう、なんでも言い返しちゃうのね……呆れたわ……〉
〈夢を見るな、現実を見ろ。って、よく言われているけど〉
〈零一くんにだったら〉
〈私の手に届かない夢を託しても……いいのか?〉
〈あの窮屈な世界から抜け出したい……〉
〈母の言いなりで動く世界から出て行きたい……〉
「ゆっくりでいい」
〈私は……私は!!〉
何度も深い深呼吸をして声が漏れる。
「私を、助けて、零一くん……」
「あぁ、わかった。オレが全て片付けてやる」
「それで?どうやって辰弦さんを助ける気なの零一?」
神妙な面持ちで保健室に入ってくる晴香の質問に、オレは軽く答えた。
「呪詛を壊すに決まってるだろ」
仕上げの時間に入りまーす




