⑮えぇ、そうよ。零一くん……
「ん……」
陽の光が目元を何度か通り過ぎるの感じて、オレは目を覚ました。
白いシーツに白い枕、ピンクのカーテンで周りを覆われていたので、オレは中部魔導高校の保健室のベッドで寝ているということが頭に入ってくる。
「起きるか……」
「零一起きた?」
体を起こすと、晴香がカーテン越しから声を掛けてきたので、オレは小さく返事をした。
「起きてるぞ……」
返事をすると、カーテンが開かれていき、 仕事着の晴香が姿を見せる。
「おはよう零一」
「あぁ」
「あぁ。じゃなくて、おはようでしょ。カッコつけ魔王様?」
晴香がニヤニヤと笑ってくるのを見て、オレはため息を出した。
「しょうがないだろう。あの方法以外に思いつかなかったんだ勘弁してくれ」
「まぁそれもそうね。魔法まで見られてしまったんだから尚更よね」
「それで今後のことなんだが……栞さんたちの記憶を消した方がいいか?」
「そんなことしなくて大丈夫よ。あの三人に全て話してみたら、絶対に秘密にします!って真摯な目つきで堂々と宣言してきたもの」
そうか、それなら良かった。
「辰弦さんなんて、授業が終わるたびに零一を見に来てたぐらいだしね」
「それにしても、昨日あんなことがあったのに、授業をやっているんだな」
「生徒に被害はなくて、生徒会室だけが酷い有り様だから大丈夫だそうよ」
「たくましい学校だな」
「たくましすぎて逆に心配よ」
晴香が軽く憤慨している。
その姿に目を送ると、晴香の背中側に置いてある本棚に金細工のランタンが飾られていた。
中には青い炎がユラユラと漂っている。
「今日には天界に送るわ。それと、一つ訊いていいかしら?」
「なんだ?」
「本当に、南田って男がシャッテンのリーダーだったのよね?」
自己紹介までされたのを思い出し、オレは頷く。
「しかも、魔術師の組織なのよね?」
「何が言いたいんだ?」
「南田の魂をちゃんと見てほしいの。魔眼の制御はまだしてないから、魔眼でしっかりと見て」
晴香は本棚からランタンを取りだして見せてくる。
何を言ってるのかイマイチよくわからんが、言われるがまま魔眼を使って南田の魂を見る。
……至って普通の魂だな。青く燃えているのも魂だから当然の話だ。魂の奥底には魔導を使った痕跡が……魔導?
「……魔導しか使かってこなかっただと?」
魂の奥底には、生まれてから死ぬまでに使った力の痕跡が残るようになっている。
これがあることで天界での裁きに影響してくると、オレの転生時にヴェレンティアナ本人から聞いた話だった。
「じゃあ次に、嘉納先生が持っていた呪詛入りの飴を見て」
晴香は自分の着ている白衣のポケットから呪詛入りの飴を取り出した。
魔眼で飴を見ると、黒い霧で覆われているのがよく見える。さらに魔眼の出力を上げて力の源を覗くと、黒い霧のようなものは小さな象形文字の集まりというのもわかってくる。
これが言霊の力を使った呪詛か……
「それで、もう一回南田の魂を見て」
南田の魂を注意深く覗くが、
「呪詛が見当たらないな……」
やはり魔導の痕跡しかない。
「そうなの、呪詛を使ってる痕跡がないのよ。だから訊いたの、魔術師なの?って」
昨日のことを思い出す。
確かにおかしいな部分はあった。魔術師の組織と名乗るくせに、AMWを使われた学校はともかく廃工場では手下全員が、銃やナイフを武装して魔術を一切使ってこなかった。
そして、シャッテンのリーダーであるはずの南田は、魔導しか使ったことがないとなると……
「誰がこの飴に呪詛を入れたんだ……」
「闇が深い事柄なのかもしれないわね……」
誰かがシャッテンを動かしていた。ということになるわけか……
「でも、なんか変じゃない?」
晴香がポツリと言う。
「何が変なんだ?」
すると、眉を寄せて考え始めた。
「何かこう、急ぎすぎ? って言ったらいいのかしら……こう、ほら、わかる?」
「それだけではわからん」
「簡単に言うと、零一が入学するのを待ってたかのように、事件が起きてるじゃない?」
「偶然だろ? 呪詛入りの飴は、オレが入学する前から嘉納が配っていたんだぞ。平塚が飴をもらったのは前年度の三学期と聞いた。それが偶々勧誘活動時に他の部員と言い争って怒り、呪詛発動のトリガーとなって狂人化したんだぞ」
オレが言っていることに、晴香はなぜか驚いた表情を見せる。
「何言ってるの零一……呪詛にそんな器用なことできないわよ?」
……どいうことだ。
「呪詛ってどんな力なのかを、魔導大学運営の図書サイトで詳しく調べてみたの。言霊の力を使って相手に暗示をかけたり、呪いを潜伏させたりできるの。だけど、呪詛の唯一の弱点が、近くに……ベッドの端で立ってる私と、ベッドで座ってる零一の距離感じゃないと、暗示の効果力が低かったり、潜伏させた呪いも発動できないのよ。さっき零一が言った、怒りを拍子とか、何かの拍子で発動するなんて、どこにも書いてなかったわ。しかもそんな器用な発動だったら、私生活をしてる間にも怒ることは沢山あるのだから、零一が入学する前に狂人の生徒達で溢れてないとおかしいもの」
言われてみればそうだが……
呪詛が怒りの感情で発動すると、大橋は言ったのを聞いた。なら、それは嘘ということになる。なぜ嘘をついた? 身を護るためか?
そんな風には見えなかったということは、暗示をかけらていたということになるのか。なら、嘉納は何に恐ろしさを感じていた?南田が呪詛を使えないのは知っているはずだ。
あれも暗示? いや、暗示をかけらていたとしても、なぜ呪詛が発動して呼吸停止が起きた? 晴香の言う通りに本当の魔術師が近くにいないといけないことに……………………
ちょっと待て……魔術師が近くにいた?
「なぁ晴香……」
「何かわかったの?」
「もう一度確認するが、呪詛はこの距離でなければ、発動できないんだな?」
「えぇ、言霊――何百年も前の言葉を使って相手に近ければ近いほど、暗示はかかりやすくなるし、呪いの強さが上がるわ」
「なら、嘉納の体内に張り巡らされた呪詛を発動させて呼吸停止させるのも……この距離じゃないとダメなんだな?例え小型カメラで監視されていたとしても……」
「……えぇ……そのはずよ……まさか!?」
晴香とオレは歯ぎしりしそうな程の苦い顔をお互いにした。
すると、晴香の足元に陽の光でできたカーテンの影が不自然に揺らいだ。
窓が閉まっているのにカーテンの影だけが揺れることなんてないだろう……!
「晴香こっちに来い!!」
「えっ!?」
そして影は実態を持ち、蛇のように晴香に襲い掛かってきた。
オレは晴香を強引に引き寄せてから魔眼を使い、防御魔法を貼って影の攻撃を防ぐと、影は吸い込まれるように元のカーテンの影へと元に戻った。
「これも呪詛の力か……」
「そういえば、影を使って相手に攻撃もできるって書いてあったわね……それでも」
「近くにいないと強くならないんですよね?」
オレは保健室の扉に向かって言った。
「えぇ、そうよ。零一くん……」
静かに扉を開けて、保健室に入ってきたのは、栞さんだった。
栞さん……




