⑫もう、我慢の限界なんで、止めないでください
大橋という男の居場所を見つけるための準備を整えたオレは、猪里さんに通信をした。
「じゃあ猪里さん。お願いしますよ」
『わかった。じゃあ行くよ柊君』
通信を切ると、猪里さんは正面玄関から校庭へと大声を出して走っていった。
「みんな聞いてくれー! 柊零一が同志二人を殺して逃げたんだー!」
「なんだって同志二人をか! どうやって?」
「銃を奪われたんだ……私は……私はぁぁぁぁ!!!」
「落ち着け同志。しょうがないことさ、仇は我々が引き継ごう!!」
よし、さすがスパイの演技だ。無駄に血気が上がってる今だな。
「オレを探しているのか?ぼんくら魔術師!」
「やつだ! 校舎の屋上にいるぞ!」
そう、オレが立っているのは本校舎の屋上。というのは嘘で、オレの姿を立体映像で流しているだけである。
校庭から四階上の屋上を見ても、立体映像だとは見分けはつかないだろうからな。
本当のオレは、猪里さんが殺した男のローブを奪ってフードを深く被り、オレを探しているシャッテンの魔術師のふりをして廊下を歩いている。
「あれあれー?どうしたのかなーぼんくら魔術師。そこからじゃ当たらないのかー?」
「あぁぁぁぁぁぁ同志の仇ぃぃぃぃ!!!」
オーバーリアクション過ぎると思うが、そちらに目線が行くようになっていればそれでいい。
そして、オレが行きついた先は、生徒会室。
ここなら敷地の真ん中にあたるので、敷地全体に波を均等に広げられる場所だと推測した。ゆっくりとドアを開けて隙間から中を見ると、予想外の人がそこにはいた。
長机の椅子に体を縄で縛られ、口も布かなにかで塞がれている生徒会長の姿だった。その後ろにはシャッテンの魔術師がいたので、そこは予想通りで安心をする。
(あいつは昨日の……)
男の顔をよく見れば、昨日散々怯えていた男が大橋だったらしく、大橋は銃を手して生徒会長の後ろでウロウロと行ったり来たりして落ち着かない様子に見える。
その銃を持つ反対の手には、円盤型の機械を持っているので、あれがAMWだろうと認識した。
予想外のことは起こったが、計画的には問題ないので猪里さんに連絡をした。
「…………猪里さんお願いします…………」
「うああああああああ!!!」
オレの合図に、猪里さんの興奮のあまり生徒会室の窓を狙ってしまった同志の演技が始まった。
突然、窓ガラスが割れる事態に、大橋は驚愕の面持ちで恐る恐る撃ち込まれている窓に足を向けて歩き始め、生徒会長から離れていく。
「行くか……」
オレは静かにドアを開けて中に入り、大橋に向かって走った。
「い、いったい何をやってやが――」
「――おい、後ろに注意した方がいいぞ」
「へ、ぶぐぅぅぅ!!」
走る勢いそのままで跳躍したオレは、振り向いた大橋の顔面に片膝を入れて気絶させた。
「大丈夫ですか生徒会長。外しますから待ってくださいね」
オレはAMWを拾ってから生徒会長のところへ向かい、口を塞ぐ布を外すして足から順番に縄をとき、最後に椅子と体を縛る縄をとくと、
「柊君!!」
強く抱きしめられた。
「柊君!!柊君!!」
そうだな。普通に生きてれば経験しないことだろうから、相当怖かっただろう。体の震えが強く感じる。
こういう時は、安心する言葉を言いながら抱きしめ返して……頭を撫でればいいんだよな?母さんが、幼かった時の泣いてる椛によくやってたことをすれば大丈夫だろう。
「大丈夫ですよ」
「ありがとう……助けてくれて……」
「いいんですよ生徒会長」
「やだ……」
いきなりのやだ、とはなんだろうか。
「栞、と呼んでほしいです……れ、零一くん……」
潤んだ瞳でそう言ってしまわれると、断れないんだが……仕方がない。
「……じゃあ、栞、さん」
「……はい……」
若干の不満をぶつけた返事をされるので、及第点と言ったところか。
ただ、抱きしめて慰めている場合じゃないのが現状なので、早急に元気になってほしいんだが……まだ震えているから無理そうだ。
オレは生徒会長を抱きしめながらAMWを長机に置いて操作を始めた。
「よし、これでいいだろう」
中身はデバイスとさほど変わらないシステムだったので、簡単にAMWを停止させた。
停止してから数分経つと、魔力が段々と湧き出て来るのが見えてくるので、魔導が使える状態になってきた。
「では、生徒会ちょ――」
「零一くん?」
「はい、栞さん……校内放送で魔導が使えると全生徒に伝えてください」
「……わかりました」
後ろ髪を引かれながらもオレから離れ、会長用の机の端末機で校内放送の準備を始めた。
すぐに準備ができると、栞さんは咳払いを一つして、凛々しい生徒会長の目つきに戻って放送を開始する。
「校内にいる生徒及び教員魔導師の皆さん、生徒会長の辰弦栞です。たった今、魔導が使用可能となったことを確認しましたので、侵入者たちを捕まえる許可を出します。繰り返します。ただちに侵入者を捕らえてください!」
放送が終わると、生徒会室からでも歓声や雄叫びなどが聞こえ、勧誘活動以上の激しい魔導がそこかしこに飛び交い始めた。
「あとは、そこで気絶している男を起こして尋問ですね」
「そうですね。昨日より酷いことになりそうな予感はしますが、仕返しの意味も込めて懲らしめてあげてください、零一くん」
「わかりました、栞さん」
「ふふっ♪」
すごく嬉しそうな反応だな。これからは名前を呼ばないといけないようだ。
さて、起こすか。
「あぁぁぁ!!! 殺さないでぇぇぇぇ!! 悪魔の男ぉぉぉぉ!!」
栞さんが縛られていたのを大橋にも同じことをしてやり、起こしたら騒いでばかりで話にならないでいた。
落ち着くまで生徒会室から校庭を見ていたら、歓喜の渦が巻き起こっていて、シャッテンの魔術師たちが捕縛されて項垂れいた。そこに猪里さんの姿は見当たらないので、上手く逃げたらしい。
「なにがあっ……たって、柊くん。こいつになにをしたんだい?」
「起こしただけですよ」
校庭の状況を見ていたオレに、生徒の無事を確かめるために見回っていただろう桐島先輩が、急いでやってくるなり訊いてきたので、正直に答えた。
「それは、本当か栞?」
「えぇ、零一くんは起こしただけよ。悪魔みたいにね♪」
「栞さん、それは言い過ぎです。頬を数回平手打ちしただけです」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「そうは見えんが……それにしても」
「?」
桐島先輩は、オレとオレの隣にいる栞さんを交互に見て、ニヤニヤした表情をしてきた。
「なにがあったのかは聞かんが、零一君。こいつが学校を襲ったテロリストのリーダーでいいのかい?」
いきなり名前で呼んでくる桐島先輩に、栞さんはムッとした表情でオレを見てくる。
「リーダーではないですよ桐島先輩」
オレがそう答えると、栞さんは晴れやかな表情に戻り、今度は桐島先輩がつまらなそうな顔を見せる。
なんなんだ全く。
「騒いでばかりで尋問にならないの、悠子お願いしていいかしら?」
「あぁ、任せてくれ」
桐島先輩は頷くと、右手中指に嵌めてある指輪の小さな水色の鉱石を一押しすると、魔導が発動した。
珍しいな。指輪型の魔導デバイスを持っているのか。
「あぁぁぁぁ……あぁぁぁ……はぁ……」
さっきまで大騒ぎしていた大橋が、気持ちの良さそうにリラックスした表情に激変をした。
「すごい魔導ですね」
「水系統魔導での治療魔導です。ご両親がとても優秀な医療魔導師で、悠子もその血を受け継いでいて治療魔導が得意なんですよ」
「ま、足湯程度の気持ちよさぐらいの治癒魔導しか使えないんだがな」
これで大橋は落ち着いたから尋問ができるな。
「大橋」
「なぁんだ~い?」
随分と治癒魔導が効いてるようだ。
「シャッテンのリーダーはどこにいる?」
「リーダーは~アジトだよ~」
「そのアジトはどこにある?」
「名古屋港近くの廃工場だよ~」
オレは詳しい場所を知るために、携帯端末を出して地図を開き大橋に見せる。
「どこだ?」
「ここだね~」
画面に指さす場所に印がついた。
「わかった。じゃあ警察が来るまでそうしてろ」
「オ~ケ~。寝てもいいかな~?」
「好きにしろ」
そう言うとすぐに眠った大橋。
「それじゃあ、アジトに行ってきます」
「ちょ、ちょっと待て!柊くん!」
「そうよ、零一くん。アジトに行くなんて危ないわ。もうすぐ警察と日本魔導管理局が来るので――」
「もう、我慢の限界なんで、止めないでください」
「「っ!!」」
顔には出さないようにはしたが、雰囲気には殺気が溢れ出てしまったようで、二人は押し黙ってしまった。
数秒待っても何も言ってこないようなので、オレは生徒会室を後にする。
騒ぐ廊下を歩き、項垂れているシャッテンの魔術師を見ながら校門を出ると、一台の赤色の水素自動車が止まっていた。
「送っていくわ零一」
運転席の窓を開けて晴香が言ってくる。
「用意が良いな」
「ちょっとだけズルしたもの」
そうか、天界から覗いてたのか。
「それと、零一が今からやることを、契約違反かどうか確かめないといけないからね」
「わかった。話は車の中でしよう」
オレが助手席に座るのを確認すると、晴香はゆっくりとアクセルを踏んで車を発進させた。
「…………行かなくちゃ…………」
なにか決心をした目で見つめられていると気づかずに…………




