⓽……呪詛……ですよね?
下校時間に校舎から少し離れて建てられているカウンセリング棟と呼ばれる、三階建ての建物にオレと生徒会長だけで向かった。
残りの四人は、嘉納にカウンセリングを受けた生徒を探して、話を聞いてもらっている。
「じゃあ、行きましょうか」
カウンセリング棟二階の隅に設けられている部屋が、嘉納の部屋なので迷いもなく進んでいく。
「ここ、ですね……」
部屋の扉に付けられている電光掲示板には、入室可、の緑色の横文字が流れていたので、それを確認した生徒会長は小気味よく扉を二回叩く。
「どうぞ」
「失礼します」
「これは生徒会長さん。さぁ入って」
引き戸を開けると、白一色単な壁の色の部屋が視界に入ってくる。
その部屋の真ん中に、背もたれ付きの椅子に座っている嘉納が微笑みを向けて出迎えた。
一見しても裏があるような女性には見えないな。
「それで、彼の話を聞けばいいのかな?もしかして辰弦さんかしら?」
「いいえ、違います。私の横にいる一年生の柊零一君です」
「それじゃあここに座って、話を聞くわ」
「わかりました」
嘉納の座る椅子の前に置いてある簡素な四脚の丸椅子に、オレはゆっくり腰を下ろした。
「まずはなにがあったのか教えて」
「はい、一昨日なんですが」
そう言いながらズボンのポケットからある物を取り出した。
「こんなの預かってきたんですよ」
晴香がオレに渡してきた、しわが寄った黒い紙を見せる。
その紙を見た嘉納の眉が、ピクッと微かに動く。
「これが、どうしたの?」
「凄い疲れ切った顔した、やけ酒女から預かってきました」
「やけ、なに?」
「その女が言うにはですね。嘉納先生が落としたと話していたので、返しに来たんです」
「私が落としたって? この紙切れを?」
「はい。勧誘活動一日目の時に、保健室を掃除していたら落ちてたそうですよ」
「へ、へぇ。そうなの」
この紙切れがなんなのかを言ってもないのに、嘉納の瞳が震え始める。
そうか、嘉納。お前は手駒の一人でしかないのか。
オレたちに真相を暴かれるよりも、誰かにしくじったと知られる方が恐ろしいんだな。
ということは、今も誰かに見られているのか。
「嘉納先生、率直に言わせていただきますね」
「な、なにかしら……」
「先生を懐柔なさったのは誰ですか?」
それは生徒会長もわかっていたようだ。
冷静な表情、凛々しい姿勢、落ち着いた声色で話してはいるが、強い威圧感が溢れ出ている。
「わ、私は何も知らない!」
生徒会長の威圧感で冷や汗が止まらない嘉納は、うわずった声を出しながら事務机の引き出しに手をやり、オレの持ってる紙と同じ紙を引き出しの中から取り出した。
オレが持ってるのとは違い、何かを包んで丸みをおびている状態で。
「ダメですよ先生。そんなことをしたら」
嘉納は包み紙ごと口に入れようとしたので、その手をオレが力強く掴んだ。
「ぐっ!」
力が入らなくなった手から、包み紙は床に落ちて少し転がり、生徒会長がゆっくりと拾った。
「か、返しなさい!」
生徒会長が包み紙を開けると、黒々とした丸い飴が包まれていた。
「成分は市販の飴と変わらないようですが……魔力ではない『なにか』が組み込んでありますね」
飴を指で掴んで凝視しながら、生徒会長は言葉を続ける。
「百年前に魔導師ではなく『魔術師』と呼ばれた者たちが使っていたとされる力の一つ……呪詛……ですよね? この力で生徒たちが狂人のようになるかどうか確かめていたのですね」
生徒会長の言うことが正しいようで、嘉納の震えが激しくなっていく。
「この力なら精神干渉魔導などを調べても、出てこないはずです」
呪詛か。
確か、魔力ではなく言霊という力を使った、他の異世界でも見ない地球独自の力で、今は失われていると目にしたことがあったが……影で伝わっていたということだな。通りで地球の神じゃない晴香や、魔力しか見れない今のオレの魔眼では、力は感じても力は見えないのか。
それにしても、呪詛まで見れる生徒会長の目は本当によく見えているな、博識なのも感心する。
「嘉納先生。警察に行きましょうか」
「…………」
「嘉納先生?」
生徒会長の言葉に、嘉納は俯いたまま応答をしない。
それよりも掴んでいた手が、段々と冷えていく感覚が伝わってきた。
「生徒会長!」
「息をしていない!? 柊君、救急車を呼びましょう!」
「わかりました」
嘉納の手を放してオレは救急車を呼ばずに、事務机に据え置いてある小型カメラを睨んでから携帯端末を出して、晴香に連絡をした。
『どうしたの零一?』
「カウンセラーの嘉納先生が、いきなり呼吸停止したから連れて行きます」
『わかったわ』
通話を終えて嘉納を背負っている途中、不思議な顔で生徒会長が訊いてきた。
「今、誰に連絡を?」
「神沢先生ですよ」
「なぜですか?」
「あれですよ」
オレは睨んだカメラを指さした。
「あのカメラがどうしたのですか? ……まさか、見られていたということですか!?」
「その可能性が高いですね。録画のランプがついていたのに、嘉納先生の机の端末機は電源が入っていなかったですから、もしかしたらと思って」
「それだと、今の会話も聞かれているはずでは?」
「大丈夫ですよ。神沢先生に通話する前に壊したので、見てた方は救急車が来ると思ってるでしょうね」
「壊したって……どうやってですか?」
「小さな炎系統魔導をカメラに送ったんですよ」
「……柊君、あなたはなぜ」
少々酷な態度になってしまうが、こんな状況で話し合ってもしょうがない。
「それよりも保健室に行きますよ」
「え、あ、そうね急ぎましょう!」
嘉納を背負ったオレと生徒会長は保健室へと走った。
「息は吹き返したけど、これは少し厄介そうね……」
医療魔導を使い、保健室のベッドで眠る嘉納英美の容態を調べる晴香の表情は、焦燥としていた。
「やはり、嘉納先生自体にも呪詛のような力が?」
「えぇ、体内の至る所に鉄の鎖が巻き付いてる、って言えば伝わるかしら。それが強く巻き付いているから剝がしにくいの。しかも、私の目だと呪詛が見えにくいのもあるから時間が掛かりそうね……やらしい
力で嫌になるわ……」
額から滴る汗が、その難しさを伝えていた。
「なんとかできそうですか?」
「ここだと医療用魔導具が不足しているけど、できるだけ取り除いてみるわ。それよりも、れい――じゃなくて柊君」
「なんですか?」
「暗くなってきたから、辰弦さんのお家まで柊君が送ってあげてほしいの」
わかっている。生徒会長が狙われる可能性があるから護衛しなさい、と言っているのだろう。
嘉納が救急車で運ばれないことに、不審に思う時間でもあるしな。
「それじゃあ、一緒に帰りましょうか」
「えぇ、わかりました。では神沢先生、力になれなくてすみませんが、頑張ってください」
「ありがとう、辰弦さん」
二人で一礼をして保健室を後にした。
なんの力で暴走するのか考えて呪詛にしました。
現実だと悪霊などに祈願して相手を呪うそうです。
やだ怖い




