第8話「魔物の爪痕」
「ん~……いい天気!」
「ははは。レイルはいつも幸せそうだな」
御者台に座るレイルに、馬車の中からロードが差しいれとともに声をかけてくれた。
ちょうど、空を仰ぎ伸びをしていたレイルは慌てて礼を言って受け取る。
「あ、ありがとう!」
「ん。気にすんな────こっちとしては御者をやってくれてるだけで助かるしな」
そういって受け取ったのはレモンのハチミツ漬け。
甘くてすっぱくて……うまい。
「もう少しで目的地だ。気を張り過ぎない程度に頼むぜ」
「了解!」
「ん。フラウもな」
「うん……」
言葉少なげに頷くフラウの顔を一瞥してロードはまた馬車に引っ込む。
乗り心地は快適だけど、中じゃ暇なんじゃないだろうか?
そう思ってちらりと覗き込むと、皆それなりに思い思いに過ごしているようだ。
武器の手入れをするもの、
寝ているもの、
本を読んでいるもの、
お金を数えているもの、
「休む時はきっちり休む……か。さすがSランクだな」
その声に反応した隣の御者台に座るフラウがチラリとレイルの顔見て、
「……そんな大したものじゃないわよ」
「へ?」
「……なんでもない」
といつもの、すげない様子。
(……なんなんだろ? フラウは俺ともそうだけど、パーティと一線を引いているような感じがするけど──)
考えてもわからないので、思考の隅に追いやるとレイルは馬車の操作に集中する。
もっとも、馬が賢いおかげか特に手を加える必要もない。
つごう、ボケーっと前方を眺めるだけになってしまった。
そうして、『放浪者』のメンバーと打ち解けながら?? レイルたちは馬車に乗って北を目指す。
眠気を伴う旅路──Sランクパーティの馬車だけあって乗り心地は最高だ。
ドワーフの技術者フラウ謹製とあって、振動もほとんどなく、装甲まで施されている。
おまけに広さのわりに軽いと来ている。まさに理想の馬車だ。
結局、他にすることもなかったので、隣の席でぼんやりと空を眺めているフラウに話しかけることに、
「あの、目的地は──?」
「…………北の国境。開拓村だよ」
あ、そう。
やっぱり最低限のことしか答えてくれないフラウ。答えてくれるだけ、幾分マシにはなったほうだけど。
……そういえば、隣の席に座っているのは何でだ?
御者台は二人乗りも可能だが、別に一人でも操作は問題ない。
(もしかして、何か話があるのかな?……まさか、俺に気があるってわけでもないだろうし──)
──そう思って、何度かそれとなく話題を振っているのだが、返事は上の空。
(ったく、なんなんだよ……)
次第に無口になるレイルたち。
しかし、
「………………僕は、君がこのパーティが抜けるほうがいいと思っているの」
…………。
……。
「え?」
唐突に話を振られたので、間抜けな反応しかできないレイルだったが、
振り返った先のフラウの顔は真剣そのものだった。
「……悪いことは言わない。町に戻るか、故郷に帰った方がいい」
は??
「な、なんで──……」
なんでそんなことを言うんだよ!
「ちょっと、フラ──」
ガタン。
思わず口をついて、そんな言葉が出そうになったが、それは最後まで出ることはなかった。
それもそのはず。
長い緩やかな坂道を登り切った先。
抗議の声を上げようとしたレイルの眼前に広がった光景。
──ザァァアア……。
風が流れ、丈の短い草に波が広がる様は息をのむほどに美しい。
小高い丘を馬車が越えた途端に、視界が広がった。その光景の見事なこと──。
広大な草原と、開拓地────。
「おぉ! ここが大草原の村かー!」
「ひゅー……すごい景色だな!」
「おやおや、地図で見るのと実際にみるのでは随分と違いますね」
「うふふ。王都ほどの雄大さはないけど、こういのもいいわねー」
そういって馬車の中から顔を出す『放浪者』の面々。
途端にフラウは口をつぐんでしまった。
「おい、フラウ。何を話してたんだ?」
「…………なにも」
そっけない返事のフラウに、しばらくロードはジッと顔を見つめていたが、彼女が反応しないことをみるに、
チッ……と、舌打ちをする。
「余計なこと話してないだろうな?」
「………………話してない」
──ん??
(なんだ? フラウの奴、皆と仲が悪いのか?)
先日から見ていると、あまり良好とはいえないフラウとロードたち。
(……まぁ種族の違いもあるしな? うん──)
ドワーフはドワーフなりの独自の感性を持っているという。
人間とはそれなりに良好な関係を築くことのできる種族だとは言うものの……。
「よーし、レイル。目標はあの村だ」
「はい──あ。お、おうッ!!」
まだ敬語のクセは抜けない。
「……さすがに馬車に乗りっぱなしだとくたびれるよなー。まずは宿を探そうぜ」
※ ※
「と、とまれ!」
誰何をうけ、レイルは馬車を止める。
視線の先には青年が二人。門を閉ざして、こちらに警戒心を見せていた。
「何者だ! ここは、領主様の直轄地である開拓村だぞ!」
少し訛りのある言葉で、レイルをとどめる。
不安になってフラウを見て────そして、周囲を見回す。
(随分デカい村だな……)
故郷の、歴史だけは古い村を思い出して、この村の規模を推し量る。
開拓村は、この辺りでは相当に規模の大きな村だった。
元々は草原地帯の荒れ地を開墾するために、流民や農家の次男坊などを中心に大規模入植を行ったようだが、随分と人が集まっているようだ。
100人以上の規模の開拓団の作る村だとわかる。
「どうした、レイル?」
「ろ、ロード。これは、入っても大丈夫なのか?」
村の入口まで馬車をつけたものの、粗末な門は閉ざされており、
入口には、安い槍をもった自警団らしい青年が二人立っていた。
「あ? あぁ……大丈夫だ────……おい、我々は領主の依頼を受けて魔物捜索中の冒険者だ。門を開けてくれ」
そういって、キラリと光る冒険者認識票をかざすロード。
そのプラチナの輝きは、田舎の青年にも通用したらしく────。
「え、Sランク?! し、失礼しました! す、すぐに!!」
そうして、レイルは言われるままに馬車を操り村の門をくぐった。
こういう時はさすがにSランクだと思う。
突如現れた『放浪者』に村人は驚いていたが、Sランクと知るとあっさりと村への門を開けてくれたのだ。
レイル一人ではこうはいかないだろう。
少なくとも、ギルドが発行した通行証なり、誰かの紹介状が必要になる。
開拓村は、領主や国王の直轄地が多く、彼らの金が掛かっているだけになおさらだ。
「それにしても、かなり大きい村ですね──」
宿について、馬を預けるとレイルはキョロキョロと物珍しそうに開拓村を見る。
「この辺で一番デカい開拓村だからな。北の蛮族に備えるための国政策の一環さ──っと、そこでいいんじゃないか?」
訳知り顔で言うロードは、村で一番大きな建物に横付けするように言う。
はたしてそこは宿屋らしく、裏には厩舎もあるようだ。
「馬車と馬の世話を頼むぜ? あとは、各自自由にしな──」
レイルには特に用事を言わず適当に過ごすように言って宿に入ってしまった。
「え? じ、自由って言われても……。ここに何しに来たんだ?」
パーティの誰かに聞こうとしても、すでに馬車の周りには誰もいない。
「まぁ、食事時にでも聞けばいいか」
そう思い。言われた通り、レイルも好きに過ごすことにした。
とはいえ、手持無沙汰になってしまったので、暇つぶしを兼ねて開拓村を観光しようとしたのだが、どうも村人の様子がよそよそしい。
というか……。
「──な、なんだこれ!」
プラプラと歩いていたレイルの目に飛び込んできた光景。
「ひ、ひでぇ……」
宿の裏手に回って気付いたのだが、
いくつかの民家が半壊し、何かに抉られたような跡がまざまざと残っていた。
そこは村の広場になっているらしく、多くの村人が忙しそうに動き回っていた。
彼らは手に手にピットフォークや粗末な槍を持って武装しており物々しい雰囲気だ。
「そういえば、村の入り口でもざわついていたし……何かあったのか?」
首をかしげるレイルの耳に、
「やれやれ、着た早々これかい──」
そんなボヤキが聞こえてきた。
「ん?」そちらを振り返ると、村人とは違った装束の老人がいそいそと店じまいをしている。
……どうやら行商人の翁らしい。
「どうしたんですか? なにかあったんですか?」
「んぁ? なんだあんちゃん。村のもんじゃなさそうだね」
「よっこらせっ」と、立ち上がる老人は店じまいを中断してしまった。
どうやら、レイルが興味を持ったことが嬉しかったらしく、突然愛想をよくして広げた品々を勧めてくるではないか。
「ほら、コイツなんてどうだい? ドラゴンでもイチコロの猛毒入りの吹き矢だ、こいつを柔らかい口の中に打ち込んでやれば、いかに古代龍と言えども──」
「いや、買わないから! そんなことより、何があったんですか?」
妙な品を売りつけようとする行商人を留めるレイル。
「んだよー。客じゃねぇのかよ。ちっ」
途端に態度の悪くなる行商人は、ブツブツと言いながら店じまい再開。
埒が明かないので適当に安いポーションを買うと、銅貨を握らせる。
「ち──しけた客だな。まぁいいか」
そういうと、売買の対価に教えてくれた。
行商人が顎をしゃくる先、半壊した家を指し示すと、
「見なよ、あの爪痕。……どうも、質の悪いグリフォンが出たらしい」
「え………………ぐ、グリフォン?!」
それを聞いたレイルは驚いて背を伸ばす。
(じょ、冗談だろ?!)
──グリフォンはドラゴンに匹敵する大型の魔物だ。
時に人を襲い、小部隊ならば騎士団すら壊滅させることがあるという。
「おーよ、グリフォンよ。……腹をすかしたグリフォンが、この村あたりに目を付けたらしくってなー。今朝方もそこの一家が丸々食い殺されたんだと。家の中に隠れてりゃいいのに、爪でガリガリやられて子供が驚いて外に逃げちまったもんだから──それを追いかけていった両親がもろとも……パクリっ、てな」
まるで、世間話のように話す行商人。
いや、実際に世間話なのだろう。所詮は他人事だ。
「……ここは餌場ってことか」
「ドンピシャな表現だな。まさに、それだ」
そういうと、行商人は「くわばら……くわばら」と店じまいをしてしまった。
彼曰く、襲撃直後に来てしまったのものだから誰も商品を買ってくれなかったそうだ。
もう、昼が近いのでグリフォンがまた襲いに来る前に退散するという。
「じゃーなー。兄ちゃん。冒険者みてぇだが、お前さんの腕で無謀なことすんじゃねーぞ。────あ、……ドラゴンキラー買う?」
そういって、さっき売りつけようとした怪しい猛毒の吹き矢を見せる。
……いらねーよ。
「ばーか。どうやってそれをドラゴンの口に当てるんだよ……。食われる寸前に打てってか?」
使えるタイミングは死ぬ寸前……そんなもん自殺兵器もいいとこじゃねぇか!
「かーっかっかっか! いいねいいね。わかってるじゃねぇか兄ちゃん。……気に入ったぜ、どっかで会ったらオマケしてやるよ」
へ。
そうやってニヤリと笑った行商人はほとんど売り上げにならなかったという割に上機嫌で去っていった。
「──言いたいだけ言って行きやがったよ……。俺はこう見えてもSランクパーティ『放浪者』のメンバーなんだけどな」
……グリフォンごときがどうしたってんだ!
行商人に小馬鹿にされたようで気分はよろしくなかったが、
だけど、これで分かった──。
「……そっか、ロードの目的はグリフォン退治か」
何の目的もなさそうに見えたけど、なるほど……。
村を襲う悪しきグリフォン退治──。
「……さすが『勇者』ロード!」
圧倒的な戦闘用スキルを持ち、ギルドからも『勇者』と認められたロード。
どうやら、彼がこの村に来た目的はグリフォン退治のクエストらしい。
「まってろよー! グリフォン。やーるぞー俺はぁぁああ!」
(人々を守るクエストか……)
誇り高きクエストに関われることにレイルは誇らしかった────。