第5話「捨てる神、拾う神」
「ぐ……。うぐ……」
ひっく、ぐす……。
「くそ! くそ!! くそぉぉおお!!」
さっきまでの大騒ぎを思い出し、涙を流すレイル。
ついさっきは、
レイルは大笑いの酒場から逃げ出す様にして、去ろうとした。
だが、それを引き留める声に思わず足を止めてしまった。
「まてよ、レイル」
……それがさらに惨めさを生むとも知らずに。
「じゃ、ジャン?」
もしかして、
笑いの種にするだけで、解雇は許してくれるのか────……?
そんな一抹の期待を込めて振り向くと、
「あーよ。悪いけど、解雇前に、装備は返してくれや」
「………………え?」
一度自分の体を見下ろすレイル。
皮の軽鎧に、短剣────数々の消耗品。
「それは、俺たちの積立金で買ったものだろ?…………それを置いてさっさとどこかへ行けよ」
「な?! そ、そんな!!」
「そんなもこんなもねーよ。おいて、失せなッ……。もちろん、今月の給料もねーから、あばよ」
それだけ言うと、装備を無理やり奪い取り、あとは蹴りだされるようにして酒場を追い出された。
誰かが止めてくれるような声が聞こえた気がしたけど、実際はそんなことはなく、レイルはほぼ無一文でパーティを追放されてしまったのだ。
そして、どこにもいくことができずに、
周囲のニヤニヤと笑う視線に晒されながらも、ギルドの隅にあるベンチに体を落ち着けるしかなかった。
こんなみじめな姿を見て、誰がD級の冒険者だと思うだろうか。
…………いや、むしろ順当に落ちぶれたD級冒険者、か。
そうして、ひとりグスグスと泣いていたわけだが……。
「あ、あの……レイルさん?」
声をかけるものが一人。
「……え?」
この声は────。
「め、メリッサさん? あ、グス……。な、なんでしょうか?」
泣いているところを見られたくなくて、服で大雑把に顔をぬぐうと、無理に平静を装って答える。
「そ、その……。あの、だ、大丈夫ですか?」
先ほどのやり取りのまき直しのようだが、当然。
「だ、大丈夫です! た、たいしたことありませんよ」
あはは。
と、痛々しい笑顔を浮かべるのだった。
「そ、そうですか。その顔色が優れないようですけど──」
「え? あ、あぁ……。な、なんでもありませんって! ほらッ」
無理に作った笑顔は実に痛々しいだろう。
とうぜん、何でもないわけがない。
それにヒソヒソとした周囲の声と視線を見れば、
今しがた酒場であったことや、教会での出来事なんかはすでに知れわたっているのは間違いなさそうだ。
……もちろん、ギルド職員のメリッサが知らないはずもない。
「そ、そうですか。その、あの、」
えっと……と、メリッサが言いよどんでいた。
「ど、どうしたんですか? 俺に何か?」
……こんな落ちぶれた俺に──。
「い、いえ。その……今──お時間ありますか?」
「え? まぁ……」
ある。
解雇されて、どうせやることもない。
やることと言えば、せいぜい気持ちを整理した後で、
日銭を稼ぐために、薬草採取か地下道のネズミ退治でも引き受けようかと思っていただけ──。
「そ、そうですか! よかった! じつは、ギルドマスターからの紹介で、レイルさんをぜひパーティに入れたいという人たちがいるらしいんです!」
え?
俺を……?
そう聞いた瞬間、レイルは眉根を寄せる。
今までレイルをパーティにいれようなんていう酔狂な奴は、レイルを笑いものにしたり、低賃金でこき使おうなんている連中くらいなもので、積極的にパーティに誘ってくれるような冒険者は、ただの一人もいなかったのに……。
それが、よりにもよってギルドマスターに紹介を頼んでまでレイルを探す……?
(……いったいだれが何のために?)
「じ、冗談、ですよね? ギルドマスターがDランクごときの、俺の名前を知っているなんて──」
「そ、そんなことないですよ! 私も詳しくは聞いていないんですが、マスターから指名があって、その冒険者さんが来てくれてるんです。……れ、レイルさんが指名されたんですよ!」
……おいおい、マジかよ。
レイルはギルドマスターに名前を覚えられるほど貢献したかな? とふと記憶を探るが、すぐに自嘲気味な笑みを浮かべた。
すなわち──……。
「あぁ、貢献度というよりも、悪名のほうですかね。『疫病神』のレイル。ついでに、さっきは教会でも酒場でも大騒ぎも起こしましたし──」
「そ、そんなこと……!」
メリッサは唇を噛んで俯く。
その様子を見るに、やはりメリッサもさきほど出来事を見ていたのだろう。
そして、『疫病神』のレイル──その噂を聞いているようだ。
(まぁ、当然だよな)
この町の冒険者のことでギルドが知らないことなど、そうそうあってたまるか。
「気を使ってくれなくてもいいですよ。本当のことだし」
「は、はい。いえ、その……」
だけど、メリッサは比較的マシな部類だ。──レイルには好意的な人物だと言える。
むしろ、どうしてここまでメリッサが好意的なのか……。
というのも、彼女とは同期と言えるような間柄で、
冒険者とギルド職員という立場ではあるが、村を出たばかりで都会が初めてのレイルと、同時期にここのギルドに配属になったメリッサ。
窓口業務で知り合ったのだが、初めて担当したのが縁となって、それなりの長い付き合いでいる。
「いいんですよ、慣れてますから。あははは」
本当は慣れちゃいない……。
悔しくて、悲しくて、恥ずかしくて涙が出る程だ。
「レイルさん……」
無理して、あっけらかんと笑うレイル。
もちろん、その笑いは実に空虚ではあったが……。
「とりあえず、話は聞くよ──どうせ冷やかしだろうけどね」
『疫病神』のレイルをおちょくりたい者はいくらでもいる。
今回もそういった類だろうけど、メリッサの顔を立てるためにも、面会くらいはするかと、思ったレイル。
だけど、そのパーティとやらと面接をしたあとは、どこか静かな場所に行こうと心に決めた。
「ち、違うんです。聞いてくださいレイルさん! 本当の本当なんです! ぜひアナタを仲間にしたいっていうパーティがあるんですよ──だから!」
……だから、そんな諦めた目をしないで──。
メリッサの目がそう訴えかけているようだった。
その目を見て少しだけ興味を持ったレイル。
「…………マジなんですか?」
それにしても、レイルを仲間に……?
『疫病神』のレイルを?
「──そんな変わったパーティが、どこにあるっていうんですか……」
呆れたようにレイルが言ったとき、
「──俺たちが、その変わったパーティさッ」