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第13話「グリフォンスレイヤー」



『クルァァァアアアアアアアアアア!!』



 迫りくるグリフォン!

 そして、俯くレイル!!



 フッとした浮遊感を一瞬感じた気がしたが、世界はこともなし。

 レイルは地に足を尽き、同じ空気を吸っていた。


(あぁ、わかる────)


 ここ(・・)は……。

 この場所(・・・・)は──……。

 ──────この時間(・・・・)はッッ!


「……そうだ。ここが──ここ(・・)こそが、俺の時間軸」


(ああ、この場所だともさ……)


 同じ時だ。

 同じ場所だ。

 同じ絶体絶命だ!!



 だけど、



「だけどよぉ……」

 意志の籠った目を持ち上げるレイル。

 目の前にはグリフォン。


 食われる1秒前ッッ!!



 その(あぎと)が──────!


「………………よぉ、グリフォンの旦那」


 スチャキ!!

 迷いのない仕草で吹き矢を構えるレイル。



 ふーー……。

 すーー……。



「……………………一昨日(おととい)に行ってきたぜッ!」



 フッ──────!!



 手に持つのは毒の吹き矢!!

 その名もドラゴンキラー!!


 レイルをそいつを迷うことなくグリフォン目掛けて発射!!



   『品質は保証するぜ』



「あぁ」

 保証してくれなきゃ困るッつーの。



 猛烈な勢いで飛び出した毒針!

 それが──。


 ──────スパァァアン!!


『クルァァ────ァ゛?!』



 ドラゴンの柔らかい場所に、至近距離を打ち込むという、根本的な欠陥品──。

 だけど……!!



 ドラゴンでも、グリフォンでも……!



 ……この距離なら外さない!!!!

「────くたばれ、鳥野郎!」


 プスッッ! と放たれた毒矢が間違いなくグリフォンの口に飛び込み舌に命中した。

「かーらーのーぉぉぉおおお……!!」


 ──回避ッッ!


 そして、一昨日から現在(・・・・・・・)に戻ったレイルはこの瞬間を予測していたので────難なく一撃を放って素早く身をひるがえす!


 一連の流れさえシミュレートできていれば、ドラゴンキラーの欠点すら克服できる。


『き、キュアァ…………?!』


 予想外の動きに戸惑ったのはグリフォンのみ!

 そして、食らう────……!


 品質保証のドラゴンを殺すというその毒を──────!!


 ドクン!!


 …………その瞬間!!


 ドクン

  ドクン

   ドクン


『ギュ────』



 ブハァァァアア!!



 まるでバケツを零したような水音。

 これは一体……。


『────────ク、カ、ァ……?!』


 ……ガハッ!


 グリフォンが吐血。

 そして、さらに毒が回ったかと思えばッ!!



『コァ……』




 ────ボンッッッ!!




 まるで爆発するように全身から血を噴き出したグリフォン!



『クルアァァアアアア………………!』



 ボトボトボドボド……ボト──!!


 したたる鮮血に、グリフォン自身が驚愕しているようだ。

 あの厄災級のモンスターが、信じられないといった表情でレイルを見ると……。



『ゴホォ……!』


 さらに吐血。そして、フラリと巨体を傾げる。


 だが、そこは厄災級モンスター。

 まるで毒に抗うように一度力強く羽ばたき、空へ────……。


「ま、まだ戦えるのか?!」

『キュルァァァアアアア──────ァァァァァァァァァァァア……』



 大空へ────……。


 そして、

 そのまま……。

 グラリと傾き──。





 ズゥゥゥゥウウン…………!





 大空の覇者は墜落し、

 ────地響きをたてて地に()した。


 ()しくも、それはあの片割れのグリフォンの(そば)

 まるで、狙っていたかのようにその横に巨体を横たえると──……息絶えた。


 濛々と立ち込める土埃。


 そして、 

 埃に晴れた先には傾き、つぶれたグリフォンの遺骸が…………。


『コッフ……コッフ……』


 救援に駆けつけてくれた(つがい)が死んだことを見届けた一匹目のグリフォンが、静かに目を閉じる。


『コッフ…………』


 そして、薄く目を開けるとレイル見た。


「…………悪く思うなよ────俺は冒険者なんだ」


 残りのドラゴンキラーを取り出すと、トドメの一撃として──ラ・タンクの槍が突き立つ傷口に押し当てた。


 その瞬間、ブシュウウ……! と、鮮血が舞い上がり、グリフォンの命が散っていった。


『コ…………』


 筋肉が弛緩し、槍がフラリと傾く。

「おっと」

 なんとはなしにその槍の柄を掴んだレイル────。


 次の瞬間。





「「「「「うぉぉぉぉおおおおおおおお!!!」」」」」




 突如背後で歓声が上がる。


(え……?)

「な、なんだ?!」


 見れば、満身創痍の村人が多数その光景を見ていた。

 二匹目のグリフォンに単身挑み、

 そして、最初のグリフォンにトドメを刺したレイルの姿を!!


 た、


「「「……た、倒した──?」」」


 それは、レイルという疫病神と呼ばれた冒険者の快挙。

 そして────……。


「倒した……!」

「一人で倒した──!」

「あの青年がグリフォンを倒した!!」


 どこに身をひそめていたのか、村中の人間がわらわらとやってきた。

 そう──彼らは見ていた。


 『放浪者』たちの所業を。


 そして、グリフォンから逃げた連中(『放浪者』)と、残された囮の青年がたった一人で立ち向かいグリフォンを倒した様を!!


「倒した……!」

「倒したぞ──!」

「討伐したッッ!!」


 家の中から。

 櫓の上から。

 村の全てから!!


「倒した!! 倒した!!」

「グリフォンを倒した!!」

「あの空の化け物を倒した!!」


 あの青年が倒したぞ!


「たった一人で成し遂げた──!!」


 騎士団ですら手を焼き、倒せなかったグリフォンを。

 Sランクパーティが卑劣な手段でも倒せなかったグリフォンを。

 今までは誰も単独では成しえなかった、あの強大なグリフォンを!!



「「「うぉぉぉおおおおおおおお!!」」」




 ──疫病神と呼ばれた孤独な青年がたった一人で!




「勇者だ!!」

「勇者が誕生した!!」


「英雄だ! 英雄がここにいるぞ!!」




「「「グリフォンを倒すもの(グリフォンスレイヤー)だ!!」」」




 た、倒した?


 倒した────……。

 俺が──……。


 今さらながら実感が湧きおこってきたレイル。


「……俺が、グリフォンを倒した!!??」


 そのセリフの言下、

 もはやピクリとも動かぬグリフォン。


 確かにレイルが討伐したというのに、その瞬間まで全く実感が湧いていなかったのだ──。

 だから戸惑う。


 村人の歓喜に応えることができない……。

 だけど、間違いなくレイルが討伐したのだ!!



 その証拠に、今この瞬間よりレイルに大量の経験値が流れ込む!!



 ──ポォン♪



 ※ ※ ※

 

 レイル・アドバンスのレベルが上昇しました(レベルアップ)


 ※ ※ ※



 ──ポォン♪ 



 ※ ※ ※

 

 レイル・アドバンスのレベルが上昇しました(レベルアップ)


 ※ ※ ※



「な……?!」


 不意にステータス画面が起動。

 レベルアップを告げる………………。


 それも、


 ポォン♪ ポォン♪ ポォン♪


 それも…………。


 ポォン♪ ポォ、ポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポ……──ポォン♪


 ※ ※ ※

 

 レイル・アドバンスのレベルが上昇しました(レベルアップ)

  レイル・アドバンスのレベルが上昇しました(レベルアップ)

   レイル・アドバンスのレベルが上昇しました(レベルアップ)


 ※ ※ ※

 

 レイル──……

  レイ────……

   レ──────……


 レベルが上昇しました(レベルアップ)レベルが上昇しました(レベルアップ)レベルレベルレベルレベルレベルレベルレベルレベルレベルレベルレベルレベルレベルレベルレベルレベルレベルレベルアアアアアアアアアアッッッッップ!!


 ※ ※ ※



 ────それも大量に!!!!!





 ──ポォン♪


 ※ ※ ※

 

 レイル・アドバンスのレベルが上昇しました(レベルアップ)


 ※ ※ ※




 淡く輝くレイルの体。

 ステータス画面が見たこともないくらいに多重起動し目の前を埋め尽くしていく。

 半透明のそれが重なり合い、もはや先が濁って見えないくらいの大量の画面。


「う、ぐ……! こ、こんなに?!」


 ミリミリと体が軋むほどのステータス値の上昇。

 そして、LVが恐ろしい勢いで上がっていく!


 それほどまでに格上。

 あのSランクパーティの『放浪者』ですら複数で奇襲してなんとか倒せるという化け物だ!


 正面からは、彼らですら逃げるというその途方もないモンスターをレイルがたった一人。

 本当に単独で倒してしまったのだ!!


 おまけに、『放浪者』が逃げ散ったために彼らが得るはずだった経験値までレイルが総取り!

 その量たるや、もう……。



 二匹の災害級モンスターの経験値がたった一人に!!



「本当に────……俺が……」


 あのグリフォンを────。




 わぁぁああああああああ!!

 うわぁぁあああああああ!!


 うぉわぁぁおおおおおお!!



 スー……と、消えていくステータス画面を見送ると、その先には満面の笑みを浮かべた村人たちがいた。

 満身創痍のままに熱狂する村人たち!


「勇者!!」「勇者!!」「勇者!!」

「英雄!!」「英雄!!」「英雄!!」


 歓喜

 歓喜

 歓喜ッッ!


「「「やったぞぉぉぉぉぉおおおおおお!」」」


 そして、歓声がレイルを包む。

 茫然として、立ち尽くすレイルを歓声と歓喜と感謝が包む!!


「わっわっわっわっわ!」

「わっわっわっわっわ!」


「「「わっわっわっわっわ!!」」」


 もはや何を祝えばいいのかわからぬほど高揚する村人たち!!

 ただただ声を上げ、歓喜歓喜歓喜!!!


 滅びの危機を脱した幸運を強運に感謝を!!

 レイルという青年に感謝を!!


 村を襲った厄災を!

 あの憎きグリフォンが二匹も一度に!!



 ──英雄の誕生をこの目で見たッッッッッ!!



「……お、俺が?」


 レイルはじっと、手に持つドラゴンキラーとラ・タンクの槍を見て、今起こった出来事を反芻(はんすう)する。



「「「うわぁぁぁああああ!」」」

「「「勇者! 勇者! 勇者だ!!」」」


「「「英雄! 英雄! 英雄の誕生だ!!」」」


 まさか、


「────俺が……」



 わぁぁああああああああ!!

 うわぁぁあああああああ!!



 俺が、勇者……?


「──俺が、英雄……?」


 スー……と一人、涙をこぼすレイル。


 胸に去来する思いは、

 故郷で蔑まれ、その噂が光の速さで国中に響き渡り誰からも顧みられなかった日々。

 冒険者ギルドでも、一人。


 誰も助けてくれない。

 皆が噂する。


   『疫病神が──』

   『疫病神め──』

   『疫病神だ──』


 そう。

 だって、


「俺は、ずっと疫病神と────……」



「「「勇者! 勇者!!」」」

「「「英雄! 英雄!!」」」



 ……な、涙が止まらない。

 どうして?


 こんなに嬉しいのに。

 こんなにも感激で胸が震えているのに、どうして涙が??


「そうか……。俺は──」


 俺は疫病神なんかじゃない?

 俺のおかげで村は助かったのか────……!


 だから、か。

 だからこんなに涙が出るのか────!!



 こ、こんな……、

「俺は…………。俺は、こんな歓喜を知らないッ」



 知らなかった……。

 歓喜にも涙は溢れるということを──。


 ガクリと膝をつくレイル。


「うぐ……。ううぅぅ……」


 切り裂かれ踏みつけられ、装備はボロボロだ。

 ポーションで回復したとはいえ、身も心も傷付き、本当にボロボロだったのだ。


 だけど──────……。


 だけど!!

 だけど言いたかった!!

 

 ずっと、

 ずっと、

 ……ずっと、ずっと言いたかった!!


 俺は……。


 俺は────!!



「────俺は、『疫病神』なんかじゃないッッッ!」



「「「ありがとう!! 冒険者さま! 勇者さま! 英雄様!!」」」



 その言葉に一人涙するレイルを、村人たちが持て囃す。


 もう村中お祭り騒ぎだ!


 倒れ伏したグリフォンをボコボコに殴る村人に、

 歓喜の余りに涙し、崩れ落ちるご婦人たち。

 自警団は喜びの余りレイルを取り囲み全員で胴上げ、胴上げ、胴上げの嵐!!


「お、おい! うわ! ちょっと!!」


 そのまま宴会場と化したグリフォン討伐現場でレイルはもみくちゃにされる。

 村の食糧庫は開かれ、とっておきに肉やチーズが惜しげもなく調理し振舞われる。


 熟成されたワインは領主向けの品ではあったがそんなことは知ったことか。

 羊も牛も、グリフォンにあらかた食い尽くされたがそれでも今日くらいい、いいだろう。

 鳥も卵も新鮮なものを使おう。


 飲めや歌えや、生きていることを祝おう。



 強き英雄、レイルを称えよう!


 勇者レイル、万歳!!

 英雄レイル、万歳!!



「「「冒険者レイル、万歳!!」」」


 万歳!!


 万歳!!



 ばんざーーーーーい!!!





 わぁぁあああああああああああああああああ!!





 ──その日、村は散々な被害を負ったものの、

 強き開拓民の人々は傷を忘れて意識がなくなるまで痛飲した。

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