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奴の名はナナ  作者: シクル


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8/10

第八話「極限叡智の憂鬱」

 腹減りすぎて結構マジで死にそう。

 おまけに冷房ほぼなしの猛暑もあいまって冗談抜きで生命の危機を感じる。ベッドにぐったりと倒れ込んだまま、全く落ち着く様子のない腹の虫に顔をしかめつつ、俺はマリアナ海溝が如きため息を吐き出した。

「どーしっておっなかーがへーるのっかな」

「何ででしょうねぇ」

「ひーるめっしたーべないとへーるのっかな」

「それはそうでしょうねぇ」

「ナーナちゃん、ナーナちゃん、おーなかとせーなかーを……」

 ゆらりと立ち上がり、俺の貸した携帯ゲーム機で遊ぶナナの元へ歩いて行く。ナナはそれに気づいた途端、ビクンと肩をビクつかせた。

「くっつけるぞォッ!」

「ひぃ、いきなり何ですかぁ!」

 襲いかかろうとした俺から何とか逃れ、ナナは細い両手でファイティングポーズを取って見せる。

「な、ナナのお腹と背中をくっつけてどうするつもりですか!」

「ころす」

「ひえぇ何の捻りもない殺意!」

 俺は昼飯を食ってない。

 確かに昼過ぎまで惰眠を貪っていたのは完全に俺の落ち度だったのだが、問題はあったハズの俺の昼飯の在り処だ。

 今日は母さんが夕方まで出かけている、ということで昼飯は作り置きで冷蔵庫に用意してあったのだが、どういうわけか俺が目を覚ますと二人分の朝飯と昼飯が忽然と消えていたのだ。

 何故家にいるのは俺とナナだけなのに二人分減るのか、その謎を追うために南米に飛ぶ必要はない。俺にはわかる、俺の昼飯はナナの胃の中だと。

「お前の食った俺の昼飯を出せ、今なら空腹さえどうにかなれば大体のことは許してやる」

「う、ウコンマンさんがウンコを所望していらっしゃる……!」

「ウンコ出したらころすからな」

「ちょ、ちょっと待ってください飛太さん! 昼食二人分食べちゃったのは謝りますけど、そこまで殺気立たなくても! ころすころすって怒った小学生じゃないんですから!」

「うるせえ小学生だってもっと豊富な語彙で怒るわ!」

 待てこれ俺小学生以下なの。

「ていうかお前これ何回目だと思ってんだ!」

「……二回目くらいですかねぇ」

 四回目である。

 そう、ナナが俺の昼飯を食ったのは一回や二回の話ではない。というか晩飯を食い散らかされたこともある。

 もうナナがうちに来てから大体二週間程、母さんは結構外出が好きな方で休みがあれば友人と遊びに行ったり一人で映画に行ったり(大体一度は誘われるが趣味がイマイチ合わないので断ってしまう)とわりと家事をしている時以外は外で遊んでいたりする。そのため、俺とナナの昼飯は作り置きのものであることが多いのだ。

 俺が結構な確率で昼過ぎまで寝ているのは普通に俺が悪いのだが、だからと言って俺の分まで昼飯を食うような暴挙を許してはならない。

「俺何回も言ったよな!? 皿が二皿あったらまずもう片方は人のモンじゃねえか考えろっつったよな!」

「はい……鼻から鼻毛を覗かせながら……」

「何でそんなどうでも良いことだけは覚えてんだよ!」

 鼻毛出てたのは三回目の時だった気がする。道理で珍しくナナが俺の方をジッと見て話聞くな、と思っていたら鼻毛をガン見されていた。

「ったく、どんな教育受けたらこんな子に育つんだい!」

「うぅ……ナナのせいで飛太さんが姑に……」

「ほらアンタ、ここ埃残ってるよ!」

「いやここ飛太さんの部屋ですからね」

 俺の掃除不足だった。



 とまあ姑はさておき、確かにナナが一体どんな教育を受けて育ったのかというのは気になるところである。レイラちゃんに腹パンかましたり、ラップ対決でゴリラップを刻み始めたり、何故かハラパン族と交友関係を持っていたり、ただの異世界人では説明しにくそうな奇行が目立つ。

「俺は結構冗談抜きでお前の家族の顔が見てえよ」

「えぇ、つまんないですよぉ」

「親に向かって何だその態度は」

「今度はおとんになってしまいました……」

 俺ほんと腹減っておかしくなってんなという自覚は流石にある。

「――――っ!」

 不意に、ナナが表情を一変させる。その顔つきはいつになく真剣で、ナナはしばらく考え込むような素振りを見せた。

「どうした?」

「……家族の顔……見ます?」

「…………いや、別に……」

「えぇ!? さっきはあんなに見たがってたじゃないですか!」

「なんかよく考えたら別に良いかなって……」

 これを生んだ親ということはこれの遺伝子の大本を持った人間ということだ。となるとこれ以上のとんでもないアレが飛び出してくる可能性がある。ナナだけでも手一杯だというのに二体目三体目のナナが現れれば俺も無事ではすまない。ロア家はまともじゃないかも知れない。いや既に娘がまともではない。

「……今すっごい失礼なこと考えてません?」

「今後の経済の行く末を考えてた……」

「マニフェストですね」

 違うわアホ。





 最近は結構世知辛い世の中になってきたように思う。昼でも夜でも、不審者というのはいるものだが、だからと言って子供や女性に声をかける人が皆不審者というわけではないと思う。

「ふ、ようやく来たか。待ちわびたぞナナよ」

 最近では、あいさつ運動的な感じで児童に声をかけただけでも不審者扱いだなんて話もある。俺は小さい頃、見ず知らずとは言え学校帰りにおっさんに挨拶されたらそれはそれで気分の良いものだった。

「家を勝手に飛び出したお前を捜して二週間、いくら我が膨大な知識と魔法を持つ大賢者と言えども異世界へ逃げたお前を捜すのは苦労したぞ」

 俺はさ、すぐ人を疑うの、良くないと思う。確かに誰でも信じるのも良くないけど、疑うことだって同じくらい良くない。だから、ちょっと声かけられたり、目立つ格好してるからって不審者扱いなんてのは良くないと思う。

「こうしてお前がここに来たということは、どうやら我の送った念波は無事届いたようだな。さあ、帰るぞナナよ」

「あのぉ、君達この”おむにばす”さんの身内の方かな? 出来れば連れて帰ってもらいたいんだけど……」

 でも三角帽黒マントのお兄さんはまあほぼ不審者じゃねえかな。

「お、オム兄……」

 ここまで嫌そうな顔をするナナ、初めて見た。



 ナナが肉親から怪電波を受信した、と言い始めてから歩くこと数十分。俺達が辿り着いたのは近所の交番だった。果たしてこの場所に、俺の昼飯が消えた謎はあるのか。いやない。

 交番に辿り着くと、そこには困り顔の警官と奇妙な出で立ちの男がいた。かなり背の高い男で、顔もどこか日本人離れしている。白髪……というよりは銀髪で、長い前髪で片目を隠しているその男は、黒いマントに黒い三角帽というハロウィンみたいな格好だった。

「いやあこの”おむにばす”さん? 昨日の夜からずっとうろついてて、通報があったから一応こっちで保護してたんですけどね、ナナって女の子知らないかってずっと聞いてくるし、何だかよくわからない魔法とかの話を始めるし、本当に困ってたんだよ……」

「……これはまたキツめの不審者ですね……」

「そういえば君、前にも会ったよね? 本盗んでなかったっけ?」

「いやあ全く身に覚えが」

 忘れてください。

 そんな感じで心底困り果てた様子の警官と話しつつ、俺はチラリとハロウィン男へ視線を向ける。ハロウィン男はかなり得意げな様子でナナを見つめており、ナナの方はジト目でハロウィン男を見つめている。もしかしなくてもこの男、ナナの家族か。

「オ、オム兄がどうしてこんな所に……! ていうか何で警察に捕まってるんですか!」

「む、けーさつ……というのか彼は。お前を捜して道に迷い、困り果てていた我のために彼はよく尽くしてくれていた。何か礼がしたくていくつか魔法を教えたのだが……どうもこの世界では魔法は一般的ではないようだな」

「ナナは今全力で他人のフリしたいです」

 俺は飯が食いたい。

「大体、昨日の夜から来てたならさっさと念波送れば良かったじゃないんですか」

「うむ。そう思ったが着いた時には既に夜更けでな。ナナはもう寝ているかと思ったのだ」

 ちなみに昨晩のナナは夜通し俺の部屋でゲームしてたけどな。

「そこの少年、君は……ナナの友人か?」

「友人っつーか国民というか」

「……!? 君はまさか、ナナのイケメン逆ハー帝国の国民なのか!?」

 うわ話早い。流石身内と言ったところか。

「ふふふ……そういうことなら話は早い」

 ややもったいぶるような動作で、オム兄ことオムニバスはゆっくりと俺の元へ歩み寄って来る。よく考えるとオムニバスはナナの身内、それも恐らく血の繋がりのある男だ。となると何をし始めるかわかったもんじゃない。そう判断して逃げようかと思った時には既に、オムニバスは俺の眼前まで迫ってきていた。

「少年」

「な、何だよ……! やる気か!? 俺は腹減ってるからその……加減とか出来ねえぞ!」

 何の加減なんだろうな。

「少年!」

「あ、すいません調子乗りました!」

 オムニバスが語気を荒げたのとほぼ同時に、俺の口から情けない言葉が飛び出す。しかし、オムニバスの行動は俺の想像とはかけ離れたものだった。

「うちのナナがすいませんでした!」

 一瞬風が巻き起こる程の速度で土下座された。

「あ、え……はい?」

「これまでの二週間、まさか君がナナの世話を? 何か変な魔法をかけられなかったか? 食事はきちんと取れているか!? そもそもナナは今どこに住んでいる!? よもや君の家庭に住み着いて食費を食い荒らしているのではあるまいな!? イケメン逆ハー帝国などとのたまい君に迷惑をかけていることだろう!? ご家族や友人方は無事か!? この極限叡智のオムニバス、賢者として人としてナナの兄として、どんな償いもしよう!」

「うわ、ちょっと待って落ち着いてくれ! アンタの言ってることは大体あってるけどとりあえず落ち着いてくれ!」

「何!? 君は食事もきちんと取れず、ナナは家に住み着き迷惑をかけられご家族や友人方に迷惑が及んでしまっているのか!」

「そう! うんそう!? そうなんだけどね!? ちょっと待って!?」

 警官さんの視線が痛いしナナはすげえ顔してるし、とりあえず土下座やめてもらえませんかね。





「それでな、起きたら昼飯ねえのよ。冷蔵庫にあったハズの俺のプリンもさ、ねえの」

「わかる。我それめっちゃわかる。食われるよな。我もかなりの回数プリン食われた」

「わかる。俺それめっちゃわかる。食われるよな。夕飯のおかずほぼ食われたこともある」

「それな。我もそれあったわ。我のステーキなかったわ」

「食うよなぁ、ステーキはこいつ食うよなぁ。最早巨大ゴキブリだよなぁ」

「賢者的には知性を持った巨大ゴキブリ興味深いのだがなぁ」

 意気投合してしまった。

 交番を出てすぐ、俺はオムニバスにナナがうちに来てからこれまでのことをかいつまんでざっくりと話した。オムニバスは終始俺の話を真剣に聞き、時には怒り時にはあまりの酷さで涙ぐみ、最終的に同じ”ナナの被害者”として意気投合する形になっていた。

 大体オムニバスも俺と似たような目に遭っており、その苦労話を聞けば聞くほど俺もオムニバスに同情してしまっていた。

「ちょっとちょっと! オム兄も飛太さんも、もっとナナの良いところの話をしてくださいよ!」

「あァ? お前の良いところォ~~~~!?」

 ヤンキーばりにナナを睨みつけ、俺は適当に地面へ唾を吐き捨てる。

「…………あー……あぁ、顔」

「ナナ、顔を褒められてここまで不服だったのは生まれてはじめてですね」

 頑張って絞り出した答えが顔しかなかった。

「……服が美品」

「そりゃこないだ買ったばかりなんですから美品でしょうよ!」

 俺の財布でな。

「じゃあない。全然ない。終わり」

「我もそう思う」

 オムニバスまでうんうんと頷かれ、流石に閉口するナナだったが俺は腹が減っているのでかわいそうとかそういうの全然感じなかった。

 俺は飯が食いたい。

「ナナよ。我はいつも口をすっぱくして言ったハズだぞ、我にはともかく、人様には絶対に迷惑をかけるなと」

「う、うぅ……そう、ですけど……」

 ちなみにこのオムニバスという男、ナナの実兄である。流石に相手が実兄ともなると、怒られればナナもしおらしくなる。というかこの妹の兄がこんな良識人(賢者とか言うけど)なのは正直信じ難い。親は育てる時オムニバスにだけしっかり教育を施したのだろうか。

「というわけだ、帰るぞナナ」

「えぇ!? 帰りませんよ! 帰るならオム兄だけで帰ってください!」

「いや我はお前を捜しに来たんだから一人で帰ったら何しに来たのかわからんであろう」

「ナナを、ナナをあんなつまらないところに連れて帰るつもりですか!」

「うむ。手続きが終わるまでは大人しくしておいてもらう」

 ……手続き? 俺には何のことかわからなかったが、当然ナナには伝わっているのだろう。ナナはどこか怯えた様子でオムニバスから後じさり始めていたが、オムニバスは容赦なくナナとの距離を詰めていく。

「嫌です! ナナは絶対帰りません!」

「いや、帰ってもらうぞ。これ以上少年に迷惑はかけられない!」

 まるで駄々をこねる子供のように嫌がるナナの腕を、オムニバスは力強く握りしめる。

「離して! 離してください! 痛いです!」

「いいから帰るぞナナ!」

 ぶっちゃけ俺としてはナナに帰ってもらった方が楽なのだが、目の前であんなにも嫌がっている姿を見ると少し同情してしまう。

 ――――魔法に頼らないで、色んな技術でこんなキラキラしたものを作ってるわけですから。ナナや向こうの人達にはこんなの絶対出来ませんよ。

 あの時あいつ、すげえ嬉しそうだったんだよな。今思えば、ショッピングモールでもどこでも、あいつは目新しいものを見るとすぐにはしゃいでいた。向こうがどうなのかはわからないが、ナナの今の嫌がりようを見ればどんだけ退屈だったのかくらいは少しだけ想像出来る。

「あ、あのさ、もうちょっとくらい良いんじゃねえか? 俺もまあ、困っちゃいるけどそこまでじゃねえしさ」

「飛太さん!」

 俺がオムニバスにそう言うとナナは嬉しそうに目を輝かせたが、オムニバスは険しい顔つきで首を左右に振る。

「そういうわけにはいかん。そもそも手続きがすんでいないからな。ナナは連れて帰らせてもらう」

 あまりにもナナが暴れるせいか、オムニバスは更に手に力を込める。それが痛かったのか、ナナは苦悶に表情を歪めた。

「し、しません! あんな手続き……ナナは絶対に!」

「我儘を言うんじゃない、アレは”決まっていること”なのだ。お前の我儘でスルーして良いようなことではない!」

 さっきから、ナナが異常に嫌がっているのが気にかかる。手続きって何だ……? その問いを口にしようとした時には既に、ナナとオムニバスは光に包まれ始めていた。

「あ、おい!」

「飛太さん! 飛太さん!」

 思わず、俺は手を伸ばしてしまう。あんなに暴力的で無茶苦茶だった白い腕が、今はか細く見えた。

「ナナッ!」

 しかし、俺の手はナナへ届かない。ナナもオムニバスも、まるで景色に溶けるかのように消え始めていたからだ。

 恐らくオムニバスが元の世界への移動を始めたのだろう。ナナのメイスは没収してあるため、ナナはオムニバスの魔法へ一切対抗出来ないまま消えていく。

「さらばだ少年。君には後日また謝罪をさせて欲しい」

「おい待て! ナナ!」

 俺がそう叫んだ頃には既に、ナナもオムニバスもその場から消えていた。

「ま、マジか……」

 呆気に取られ、俺はポカンとしたままその場に立ち尽くす。


 その日、当然ナナは家に帰って来なかった。



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