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第七話「ハラパン族~地球最後の超ショックドキュメント~後編」

 頬が痛いし心も痛い。殴られた右頬を抑えながら項垂れる俺を見て、ナナは深くため息を吐く。

「何やってるんですか飛太さん。今の発音だとここの言葉では、キリスト教徒の方にマザー○ァッカーって言っちゃうようなモンですよ」

「え、何そんな最低レベルの暴言になっちゃったのアレ!? 何で挨拶に近い発音にそんな危険ワードあるんだよコミュニケーション取りにくいわ!」

「実際これで何度か戦争起きてますしね」

「悪いけど馬鹿じゃねえのこいつら!?」

 ここの言語が成立するまでの過程で何とかしてほしかった。

「ハパラパ、ラパーパ……ハラパ?」

「パンパンパパパンハラハラパンパ、ラララランランパンパラハン!」

 未だに痛む頬をさする俺の隣で、ナナとハラパナは何事か話し合っている。ナナの方は結構喜んでいるようで、ハラパナも満足気に頷いている。

「飛太さん」

「ん?」

「ハラパナちゃんが、飛太さんの内蔵引きずり出してクール便で飛太さんの実家に届けたいそうです」

「お前ら楽しそうに何話してんの!?」

 レイラちゃんと言いハラパナと言い、この世界の連中は冷蔵には何かしらこだわりがあるらしい。ていうかこの集落からクール便出せんのかよ。

「とまあ冗談はさておき、もしかしたらナナ達何とか帰れるかも知れませんよ」

「お、本当か!」

「はい。ハラパン族は魔力回復作用のあるハパーラン……そうですね、ナナや飛太さんにわかりやすく言うとポーションです。そのポーションを貯蔵している倉庫があるみたいなんです」

「じゃあ、そのハパーランとか言うのでナナの魔力を回復すりゃ良いわけか」

 ナナの奴、ただ談笑しているだけに見えたがどうやらきちんと帰る方法を探していたらしい。ナナは嬉しそうにハラパナに頭を下げており、ハラパナは両手を小さく振って「気にしなくていい」とでも言わんばかりに首を左右に振っていた。

「では行きますか!」

「場所、わかんのか?」

「はい、さっき聞きましたからね。ただ、ハラパナちゃんがナナ達に味方しているのがバレるとまずいので、ナナ達だけで行くことになりますが」

「まあ、そこまでしてもらうのも悪いだろ」

 ナナと同時に立ち上がり、ハラパナに会釈して(睨まれたが)から俺はドアの方へ歩いて行く。それに数歩遅れてついていこうとしたナナに、ハラパナは心配そうな視線を送っていた。

「ハパラパ……」

「ハパーラン、ハラーパパ」

「ハラパ……!」

 なんかこう、ご無事で、とかそんな感じに見えるが全くわからん。文法的なものも一切見えて来ないし、地球でこんな言語が発見されたら語学者が頭抱えそうだな。

「飛太さん、ハラパナちゃんが飛太さんに言いたいことがあるそうです」

「え、俺に?」

 ナナがある程度弁解してくれたのだろうか。てっきりハラパナには最後まで無視されるか睨まれるものだと思っていたが。

「ト、トビ……タサン」

 ハラパナがぎこちなくそう言った瞬間、俺は呆気に取られてしまう。ハラパナが、俺の名前を呼んだのだ。

 それは決して綺麗な発音ではない。どこまでもぎこちなくて、拙い言葉だった。でも、ハラパナが必死で俺に何かを伝えようとしていることだけは痛いくらいにわかった。ハラパン族の言葉がわからない俺のために、きっとナナに教えてもらったであろう日本語で、ハラパナは俺に思いを伝えようとしていた。

 俺はそれがたまらなく嬉しい。文化も言葉も、何もかもが違う俺達だけど、こうしてちゃんと分かり合える。些細な間違いでうまれた大きな諍いも、きっと乗り越えていける。俺も彼女も、同じ人間なんだ。

「ハラパナ……!」

「トビ、タ、サン……」

 ハラパナはゆっくりと立ち上がり、まっすぐに俺を見つめてくる。俺も、視線をそらさなかった。

「シ、ネ……シネ!」

 俺はそっとドアを開けてこの家を後にした。

「ナナ、今の日本語だったな」

「はい、精一杯の『死ね』でしたね」

「思いっきり中指突き立ててたしな」

 もう泣きそう。





 集落の中をうろついている、見回りのハラパン族から隠れつつ、俺はナナと共にハパーランの貯蔵されている倉庫へと向かう。見回りはそれ程厳重なわけではなく、俺が思っていた以上に倉庫までは素早く辿り着けた。

 大木に隠れて、俺はナナと共にハパーランの倉庫を観察する。当然だが、入り口には警備のハラパン族が立っている。

「警備が二人……か。どうやって突破する?」

「あ、それは任せてくださいな」

 言うやいなや、ナナはメイスを取り出して素早く警備のハラパン族へ向ける。すると、メイスからは前にレイラちゃんに撃ったのと同じ光の玉が発射され、素早くハラパン族へ直撃する。それなりに威力があるのか、玉が当たった途端二人のハラパン族はその場へ倒れ伏した。

「いやお前魔法!」

「今からハパーランで回復しますから大丈夫ですよ。ハラパナちゃんの家で休んでる間に、少しだけ回復しましたからね」

 元の世界に帰るためには、ナナの魔力が必要不可欠だ。もう少し慎重に使って欲しかったが、ぶっちゃけこれ以上に簡単な突破手段は他に思いつかない。

「さ、気絶している内に中へ!」

「お、おう!」

 周囲を警戒しながら、俺とナナは急いで倉庫の中へ駆け込んでいく。倉庫の中は明かりがなく、目が慣れるまでは苦労するだろう。だが目が慣れるまで待っているような時間は俺達にはない。手探りではあったが、何とかナナを先頭に奥へ進んでいく。

 収められているのはハパーランだけではないのか、干し肉や木の実のような保存食も棚に収められている。しばらく奥へ進んで行くと、ハパーランの棚を見つけたのかナナが立ち止まった。

「この辺ですね、ちょっと取ってきます」

「おう、気をつけろよ」

 ナナに言われた通り待つこと数十秒、ナナは太めの瓶を一本持って俺の元へ戻ってくる。

「さ、これでオッケーです。外に出ますよ!」

「もう飲んじまえよ。こっから直接移動出来ないのか?」

「出来ますけど、こんなに暗いとちょっと瓶の開封にも手こずるというか。明かりが欲しい所ですね」

「まあそれもそうか。しかし暗ェなここ」

 そんな会話をしていると、不意に上から明かりが灯る。

「お、気が効きますね飛太さん」

「いや、お前の魔法かなんかじゃねえの?」

「ハランパ、パパハラ?」

 ……ん?

「今三人目いたよな」

「ハラパン語でしたね」

「パラハン!」

 俺達の背後にいたのは、ハラパン族の男だった。明かりは彼の持っている松明で、炎に照らされる彼の顔が恐ろしい。

「うわーーーーハラパン! ハラパンマンだ! ナナ逃げるぞ!」

「ハラパンマン! 新しいお腹はここにはないですー!」

 どうせ伝わってないんだろうけど俺達舐めてるよな。



 ハラパンマンに見つかってすぐ逃げ出した俺とナナだったが、倉庫を出ると騒ぎを聞きつけた他のハラパン族が倉庫へ集まってきていた。中には長老もおり、当然だが俺のことを探していたのだろう、手には例の石柱も握られている。

「ナナ! おい早く飲め!」

 すぐに駆け出した俺とナナの後ろを、何人ものハラパン族が追いかけてくる。体格的に考えて、このまま追いかけ続けられれば俺とナナが捕まるのは時間の問題だった。

「と、飛太さぁん!」

 さっさと飲んでワープしてくれれば良いものを、ナナは瓶を見つめて困ったような表情をこちらに向けている。

「こ、これ、賞味期限切れてますぅ!」

「ハァ!? 賞味期限!? 在庫チェックぐだぐだか!?」

 見れば、ナナの持っているハパーランは真っ黒に濁っている。元々どんな色だったのか俺にはわからないが、その色が明らかに正常でないことくらいは何となくわかる。なんというか、放置されている廃油のような色だ。

「じゃあお前それ意味ねえの!?」

「いえ、賞味期限が切れても魔力の回復には問題ありません! ただ……」

「ただ!?」

「絶対お腹壊します!」

 当然だった。

 恐らく倉庫が真っ暗でナナにもわからなかったのだろう。俺だってあの暗さでハパーランの色を見分けろと言われれば無理だ。というか俺は元の色さえ知らない。

「ナナ……一つ頼みがある」

「聞かなくてもわかりますけど一応聞きますよ」

「そーれイッキ! イッキ!」

「出た! 日本の社会の悪習! 嫌ですよこんなの飲んだらナナお腹ゆるゆるになっちゃいます!」

「いいから飲め! もうそれしかねえんだよ!」

「いーやーでーすー! 良いんですかナナがお腹ゆるゆるで! ヒロインにあるまじき事態に発展しても!」

「最悪良いよ!? 全責任は俺が取る! はやく飲め! 漏らしても皆には黙っといてやるから!」

「ひぃ未だかつてない決意を感じますぅ!」

 いやまあ俺だったら絶対嫌だよその廃油(ハパーラン)

「のーめ! のーめ! のーめ!」

 こうして飲めコールをしている間にも、ハラパン族はどんどん俺達へと迫って来る。このままだと俺は土手っ腹ぶち抜かれて死ぬし、ナナだってハパーランを盗んだ罪で何をされるかわからない。選択肢は二つに一つだ。

「ナナ! 俺はな! 美少女のう○こならびちびちでも結構好きだぞ!」

「ちょ、ま、ハァ!? 何でいつもは平気でうんちうんち言う癖にこういう時だけ伏せ字使うんですか! ていうか酷い爆弾発言ですよ今の!」

「うるせーーーーーー飲めーーーーーーー! 死にてェのかーーーーーーー!」

「変態! ス○トロ! ウンコマン!」

「うお~~~~俺はウンコマンだ~~~~~~それで良いから飲めってンだオラァ!」

 もう完全にヤケクソだった。

 流石に俺の熱意と必死さが伝わったのか、ナナは数瞬躊躇った後ついに瓶の蓋へ手をかける。背後のハラパン族達はもうかなり迫ってきており、少しでも足を緩めれば瞬く間に捕獲されてしまうだろう。

「ハンラ! ハンラ!」

 半裸のハラパン族達が背後から怒号を飛ばす。善意を拒絶した挙句仲間を気絶させ、倉庫にあるハパーランを盗んだとあれば、温厚な部族だったとしても怒るのは当然だろう。俺達は分かり合えない……それはハラパナが証明してしまった。

 なんか思い出したら泣きたくなるなアレ。

「と、飛太さん……! ナナ、行きます!」

 ハパーランの蓋を開き、ナナは俺の顔をジッと見つめた後、グイッと濁ったハパーランを一口で飲み干す。口に入れた途端凄まじい顔つきになったが、ナナはそれでも強引に飲み干した。

「もし、もしナナが……ヒロインにあるまじき事態に発展しても……ナナのこと、見ていてくれますか……?」

「…………あ、あー……うん、いやまあ……うん」

「うわーーーー何なんですかその露骨に嫌そうなリアクション! こっち見て下さい! ナナを! ナナの目を見て下さいウンコマン!」

「はい終わり! 俺ウンコマンやめまーす! 健康第一ウコンマンになりまーす!」

「最低! 最低です飛太さん! 酷いです、ウンコとは遊びだったんですか! お、男の風上に、も‥…ウップ……エェ……吐きそう……」

 まずい先に前から出る。

「ナナ耐えろ! 胃の中のものより先に魔力出せ! がんばれがんばれ!」

 しかしナナはそのままよろめいてしまい、勢い良くその場へ仰向けに倒れ込む。すぐに足を止めて駆け寄ったが、もうその頃にはハラパン族がすぐ傍まで迫ってきていた。

「ハパラ! ハパララ! ランララランラン!」

 クソ、楽しそうにキレやがって……。

 ナナはかなり苦しそうではあったものの、それでも必死に魔法を使おうとしてメイスを握りしめている。しかしやはり廃油(ハパーラン)はきついのか、メイスを持つ手は震えていた。

「ナ、ナナ!」 

 じりじりとにじりよるハラパン族を警戒しながらも、俺はメイスを握るナナの右手にそっと手を重ねる。結局魔法を使うのはナナだが、せめて持ち上げるくらいはしてやりたい。それに何の意味があるのかはわからないが。

「う、うおおおおお!」

 俺と一緒にメイスを持ち上げた瞬間、ナナは腹の底から絞り出すかのような叫び声を上げる。すると、次の瞬間にはナナとメイスを光源に眩い光が発生し、辺りを包み込む。

「ハラパパァー!」

 ハラパン族の叫び声を最後に、俺の視界は暗転した。














 気がつくと、俺は家の近所の公園にいた。公園の中央辺りで仰向けに倒れていたようで、シャツの中に少しだけ入った砂が不快だった。

 辺りはもう薄暗く、近くに建ててある時計を見ると既に時刻は午後八時を過ぎてしまっていた。

「か、帰ってこれたのか……」

 立ち上がり、見慣れた景色に安堵しながら俺は服についた砂を落とす。まるで長い悪夢を見ていたかのようだ。

「飛太さん!」

 不意に聞こえたその声はナナのものだ。声の方向へ視線を向けると、何やらさっぱりした顔でナナがトイレの方角からこちらへ歩いて来る。

「ナナ! もうお花は摘んだのか!」

「最早芝刈りの域でしたね」

 恥じらえ。

 どうやら無事に俺達は帰ってこれたらしい。ナナに確認すると、家に直接帰るのには失敗したが、ワープ自体は成功しているようで、後はこのまま家に帰ってしまって問題ないとのことだった。

「しかしまあ、散々な悪夢だったな……」

 ほんとに夢だと思いたかったが、未だにハラパン族ルックのナナがアレは現実だったと思い知らせて来る。

「いやまあ、今回はナナのミスですね……」

「……珍しく素直に非を認めるな」

「事が事でしたから」

 まあ俺は俺でゲンコツ食らわせたり、うんこがどうだとかなり無茶なこともやらせているのであまり強く責める気にはなれない。とにかく今は、俺もナナも無事に家に帰れることを喜びたい。

 特に騒ぐこともなく、かと言って会話が途切れるわけでもないまま、俺とナナが帰り道の住宅街を歩いていると、不意に俺の隣を一人の女性が通り過ぎる。スタイルの良い、へそ出しルックの女性で、思わず目で追いかけてしまったが、俺はある違和感に気がついて怖気立つ。

 今、腹に穴空いてなかったか。

「お、おいナナ……今の女の人、腹に穴空いてなかったか……?」

 彼女が通り過ぎた後、小声で俺はナナに耳打ちしたが、ナナはキョトンと首をかしげて見せる。

「え、そうでした? 普通の女の人だった気がしますけど」

 見間違いだったのだろうか。さっきまで異常な状況にいたせいで、俺もかなり疲れているのかも知れない。


 空洞を通り抜けるような、風の音。俺は何も聞かなかったことにしたし、そこから家に着くまで一度も振り返ろうとはしなかった。

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