第六話「ハラパン族~地球最後の超ショックドキュメント~前編」
もう枕の臭いしかしない。つまり半分くらいは俺の頭の臭いということになる。
ベッドにうつ伏せに倒れて、何もしないままもうどれくらい経ったのか思い出せない。冷房のない部屋で夏の猛暑は普通にキツく、さっきは枕の臭いしかしないと言ったがほんのりと汗の臭いもまあ当然する。
世界というのは金で巡るので、金がなければ俺のような凡人には経済は回せない。つまり外界にあるサービスのほとんどを、俺は受けることが出来ない。金がないので。
枕から顔を上げ、枕元の携帯に着ているメッセージを見るとどうしようもなくため息が枕に染み込む。今日は元々遊びに誘われていたのだが、財布の中が惨たらしいので断っている。にも関わらず、俺を含むグループ全体に送られた出欠確認や記念撮影で撮った写真が俺の視界に飛び込んで来るのはもう嫌がらせ以外の何物でもなかった。
「どうしたんですか飛太さん、まるで干からびたミミズのようですよ」
そんなことをのたまいながら、ベッドの傍でナナはこの間買った少女漫画雑誌を楽しそうに読み進める。俺の金で買った少女漫画雑誌。
今日のナナはこの間の衣装や、買い物に行った時のセーラー服ではなく、ちょっと今時の女子高生の私服って感じの爽やか夏コーデで、半袖シャツにジーパンの俺と違って涼しげかつオシャレな感じである。俺の金で買った爽やか夏コーデ。
加えて横にはカップアイスが置いてあり、ナナが漫画に集中しがちなせいで溶けかけている。俺の足でコンビニに向かい俺の金で買ったカップアイス。
そして俺の部屋唯一の空調設備である扇風機くんは、首が固定されたままナナの方へ風を送り続けている。親の金で買った扇風機。……いやいいかこれは。
「折角の夏なんですから、楽しまないとですよ飛太さん。時に飛太さんは武志さん以外に友達がいらっしゃらないので? おぼっち様なので? 遊びにはいかないので?」
わかってて言ってんのかわかってないのか、ただなめてるだけなのか最早わからなかった。
「お前な……!」
「それとも飛太さん……ナナと離れるのが嫌で引きこもりを……!?」
「ふっざけてんのか! 何で俺がこの夏休みに自室にこもらなきゃならんのか、自分の持ち物と服装を見てよく考えてみろ!」
「ナナの持ち物と服装……」
呟き、ナナはしばらく雑誌を見つめた後、自身の身につける爽やかコーデをジッと眺める。それから数秒の間を置いて、ナナは幸せそうな笑みを俺に向ける。
「かわいいです!」
「わーいばーかばーか! お前ほんとばーか! くたばればーか!」
「わ、わ、ちょっと何キレてるんですか落ち着いてください飛太さん! やんえっち触らないでください!」
「うおおおおお殴らせろ!! ちょっとでいいから! ね!? さきっちょだけ!? さきっちょだけ殴らせて!?」
「どのさきっちょを殴るって言うんですか! 来ないでください! 変態! スケベ!」
「ちょっとだけ! ちょっとだけだから! グー、グーね!? 大丈夫大丈夫痛いけどすぐ終わるから!」
「ひいい! 痴漢撃退!」
雑誌の角で殴られた。
「もう、何を発情してるんですか飛太さん」
ここ数日で何個目ともわからないたんこぶをなでつつ、俺はベッドに正座してナナに頭を下げる。
「悪い、夏の暑さでおかしくなっていた。でも言った言葉に嘘偽りはマジで全くない。今も殴りたい」
というかナナに暴力を禁止しといて、俺自ら殴りに行くのは流石にまずい。事情云々の前にこう、人としていかがなものか。
「一体何をお怒りで? ナナで良ければ力になります」
「お前マジで自覚ねえのな」
なんかもう説明しても無駄かもな、と思いつつも、俺は適当にかいつまんで俺の現状を解説する。金がないこと、そのせいで遊びにも行けないこと、というか金がないのはこないだナナがショッピングモールで使い尽くしたからだということ。
「なるほど、大体わかりました。つまり飛太さんは遊びに行きたいわけですね」
「いや金が欲しい」
「遊びに行くために金が欲しいということは遊びに行きたいということに違いありませんね」
「よしお前が金返す気ないのはわかった、続きを聞こう」
「でしたら、ナナが向こうの世界のバカンスにお連れしましょう」
「……はい?」
突然のことで思考が停止する。すごい間の抜けた俺の顔が面白かったのか、ナナはクスリと穏やかに笑みをこぼす。
「ふっふー、飛太さんにはお世話になってますからね! 女王としてたまには国民を労う義務があるかと思いまして!」
ナナのそんな言葉を聞いた途端、俺は急に目頭が熱くなるのを感じた。もう結構我慢出来ない感じでうるうる来ている俺を見て、ナナは得意げに胸を張る。
「泣くほど嬉しいですか飛太さん、もっと喜んで良いですよ!」
「ああ……お前にも……お前にも人間の心があったんだなァ……。人を思いやり、慈しむ心が……」
「……なんかナナを血も涙もない化物みたいに思ってませんか飛太さん」
よし、なら出会ってからここまでのお前をもう一度思い返してみようぜ。
「では飛太さん、ベッドに横になって目を閉じていてください。ナナが魔法で向こうへワープさせますので」
「え、なに、ほんとに行くの?」
ポカンとする俺に対して、ナナは勿論です、と大きく頷く。
「ほらほら行きますよ」
ナナに促されるままに俺はベッドに横になり、目を閉じる。ナナにメイスを渡してしまっているのは少し心配だが、もし本当にバカンスに連れてってくれるのなら俺の溜飲も流石に下がるだろう。
「そのまま眠るような感じで」
本当に段々うとうとしてきて、意識が朦朧とし始める。ふわりと身体が宙に浮くような感覚と共に、俺の意識は次第にブラックアウトしていく。
これ……大丈夫、か…………?
「ハラパン……ハラパン……」
うまく身体が動かない。まだ意識が朦朧としていて、一体何が起こったのか理解出来ない。俺は今まで何をしてたんだっけか。
「ハラパン……ハラパン……」
何か呪文のような声が聞こえる。何十人分もの野太い声が、聞き覚えのない発音で妙な言葉を繰り返している。
「ハラパン……ハラパン……」
耳に聞こえてくるパチパチと言う音は、木が燃える音だろうか? まるで映画やアニメで松明が燃えているような……。
「ハラパン……ハラパン……」
あれ、マジで身体動かねえぞこれ。なんか縛られてねえかこの圧迫感。
うわ怖い、目ェ開けるのめっちゃ怖いぞこれ。
「ハラパン……ハラパン……」
「嘘ぉ……」
目を開けると、下から何十人もの半裸の男が俺を見上げて呪文のような言葉を繰り返していた。
「う、お……おォ!?」
幸い首は自由に動くようだったので、俺は凄まじい勢いで辺りを見回していく。どうやら俺は十字架のようなものに縛られているようで、その十字架が建てられている場所は石造りの……祭壇かこれは?
祭壇はそれなりに高く、俺の下には階段が続いている。半裸の男達は、階段の下から俺を見上げているのだ。
「ハラパン! ハラパン!」
「いや待って何!? 何これ!?」
信じ難いことだが、どうやら俺は謎の半裸集団に囚われているようだった。いやわからん全然わからん覚えが全くない。
下にいる男達は全員屈強で、色黒の肌と鍛えられた筋肉、何かの部族と思しき服装(半裸だが)など、およそ俺の日常とはかけ離れた男達だ。そしてその男達の特筆すべき点はその腹部だ。特殊メイクなのか本物なのかよくわからんが、その腹部には丸くて大きな穴が空いているのだ。よく耳をすますと、松明や声以外にも、男達の腹部の穴を吹き抜ける風の音が無数に聞こえてくる。
いや待って怖い怖い怖い。
「ハラパン! ハラパン!」
「ちょっと待ってどういうこと!? 何!? わかんねえんだけど!?」
言葉、通じてねえんだろうなぁ。
冷静にはなれていないものの、段々何があったのかくらいは思い出せて来た。確か俺はナナに、向こうの世界のバカンスに連れて行くと言われ、アイツの魔法で……と、そこまで思い出した所でハッとなる。アイツどこだよ。
「ハラパン! ハラパン!」
ふと、男達の中に甲高い声が混じっていることに気がつく。慌ててその声の方向に目を向けると、そこには当たり前のようにナナがいた。
「ハラパン! ハラパン!」
一人だけ女なので明らかに浮いていたが、男達が着けているものと同じような布で腰から下と胸を隠しているだけの服装だ。肌が色白なことを除けばこの部族の女だと言われても違和感がない。
ていうかアイツも腹に穴空いてんだけど。
「いやほんとにどういうこと!? おいナナ! ナナ! ハラパンじゃねえよ馬鹿! おい!」
俺が必死で叫んでも、ナナは一切取り合わずにハラパンハラパンと繰り返すだけである。何だこのド直球ストレート世界最速級悪夢。
「ハラパンッッッ!」
不意に、男達の中でもリーダー格と思しき男が声を荒らげる。すると、周りの男達やナナもピタリと口を閉じ、左右に分かれて階段への通路を空ける。
「ハランパパラハ、ハパラハハンパランパパンパンパパンハ」
意味の分からない言葉と共に現れたのは、長い白髪と髭の長老然とした風貌の老人だった。老人は、左右の男達とナナに一礼されながら、ゆっくりと俺の方へ向かってくる。よくみると、長老は老人とは思えない程に筋骨隆々であり、その右手には太い石の円柱が担がれていた。
丁度、男達の腹部に空いている穴にピッタリ入りそうな円柱である。
老人はゆっくりと、もったいぶるように階段を登っていく。全身に厭な汗をかきながら俺がもがいている内に、長老は眼前まで迫ってきていた。
「ハパンララハランパ、パパンラララランハンハンパーン?」
「いやわからんわからんわからん……何何何すんのそれ!? え!? 何!? ハラパ……何て!?」
当然俺の言葉は通じないし、俺にも向こうの言葉は全くわからない。俺にとっては前代未聞のディスコミュニケーションの中、老人は石柱を俺に向けて身構えた。
丁度俺の腹の辺りに焦点を定めた石柱に睨まれて、俺は何となくこれから何をされるのか理解する。と同時に今まで以上に必死で十字架から逃れようともがき始めた。
「いやいやいやいや死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!」
「ハパンパラハランパ、ハパラパパランランパパパハハーンパンラハ?」
「わかんねえつってんだろ! 明らかに伝わってねえのに何で頑なにそっちの言葉で喋んの!? 声のトーン的に質問してる!? 聞くなや全然わかんねえわバーカ! もうバーカ! バーカバーカ! うんこ! うんこ!」
もうダメだ、かなり混乱してきてまともに言葉が出てこない。というかまともに言葉が出てきた所で伝わらないのでは何の意味もない。
つまりこの場においては「おはようございます」と「うんこ」はどっこいどっこいである。だから何だ助けて。
「うわーーーやめろ寄るな! それ絶対死ぬ! ほんとやめろ! 金か!? 金が目的か!?」
「ハンパララ」
「わからーーーーーん!」
うん、俺もう話しかけんのやめよう意味ねえ。
グッと。老人が石柱を強く握りしめたのが見える。多分マジでアレを俺の土手っ腹にぶち込むつもりなのだろう。一体何を思ってその行為に至ったのはわからないが、状況から考えてこれは公開処刑か何かなのだろうか。
このままあの石柱に貫かれて死ぬのかと思うと、物心ついてから今日までの思い出が頭の中を駆け巡る。走馬灯のようにというかほぼ走馬灯なので、脳的には半分以上死ぬなって理解し始めてるっぽい。
「ハパランラーーーン!」
「父さん母さんごめん俺これ流石に死ぬわーーーーーー!」
もっとまともな言い方なかったのかよ、と言いたくなるような最期の言葉。覚悟して俺は目を閉じたが、その瞬間俺の手足を縛っている縄が緩むのを感じる。急速に解けていくようだったが、もう待っていられない。俺は力づくで縄から手足を解放すると、斜めに倒れ込むようにして十字架から離れていく。
と同時に打ち込まれた石柱が十字架を粉砕した。
「うおおおおおおおおおおッ!?」
「ハランパラ! ハランパラ!」
十字架から抜け出した俺に対して、長老は怒っているかのように何事か叫んでいたが、俺はそのまま転がるようにして階段を降りていく。多分顔は涙とかでぐしゃぐしゃだったし尿意があったら絶対漏らしてた自信がある。
「ラパパンハ!」
階段を駆け下りた俺を捕まえようとして、男達が飛びかかってくるのを必死で回避するが、これからどこへ逃げれば良いのかわからない。そうして俺が屈強な人混みに揉まれていると、色白の細い手が俺へと伸ばされる。
「飛太さん! こっちです!」
言いたいことは死ぬほどあったが、とりあえず俺はその手を取る。そして引っ張られるままに俺はその場から全速力で逃げ出した。
色白の細い手、ナナに連れられるままに逃げ出した俺は、木造建築の並ぶ集落のような場所へ辿り着く。今までそれどころじゃないので気にしてなかったが、辺りはかなり薄暗く、家の周りに立てられている火のついた松明だけが唯一の明かりだった。
ナナは俺の手を握ったまま、家の内一件を見つけると何の躊躇もなくドアを開けて入っていく。そもそもこの辺りもあの変な奴らの敷地内であることを考えれば、中に入るのも危険なんじゃないかとは思ったが、とにかく今はナナについていくしかない。
中は簡素なもので、人が寝るであろう布団が一組と、後は雑多な生活用品や汲み置きの水があるばかりだった。
入ってすぐナナはその場に座り込み、一安心、とでも言わんばかりに一息吐く。
と同時に俺のゲンコツはナナの頭に振り落とされた。
「っだぁ!? 一体何をするんですか飛太さん! マニフェスト!」
「うーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっせえばーーーーーーーか! マニフェストの意味はわかんなくていいから今のゲンコツの意味くらいわかれ!」
「女の子殴るなんて最低ですよ! 男の風上にも置けません!」
「国民を危険な部族に放り出す女王が何を抜かしやがる」
「一理あります」
自覚がおありで。
「いやあこれには深めのわけがあるんですよ飛太さん」
「聞いてやるから短くまとめろ」
「ミスりました」
「俺が悪かった、普通に説明してくれ」
まとめ過ぎだった。
まず、ナナが俺をバカンスへ連れて行こうとしてくれていたことに嘘はないらしい。ここは間違いなくナナの元いた世界で、つまりに俺にとっての異世界である。
「本当はリゾート地の『ハーパラン』に行く予定だったんですよ」
「ハーパラン」
「はい。ですが異世界へ移動する魔法はコントロールが難しくって……座標の特定に失敗したナナ達は『ハラパン族の里』に間違えて来ちゃったみたいなんですよね」
「ハラパン族の里」
「ナナはハラパン族に知り合いもいましたし、何とか誤魔化すことが出来たんですけど、飛太さんはナナが気づいたときには捕まってまして」
「オウムだから繰り返してんじゃねえ。キャパ越えてるから復唱しか出来なかったんだよ」
「何とか残ってる魔力で飛太さんを助けられましたけど、さてどうしたものかって感じですね」
なるほど、これは確かにまとめると「ミスりました」だな。と納得すると同時にこの意味不明な状況に俺は頭を抱える。
そもそもこいつがバカンスに連れてってくれる、とか言い出したところで俺はもう少しこの事態を推測するべきだったのだ。この頭のてっぺんからつま先までトラブルメーカーみたいな奴が、まともに俺をバカンスに連れて行ってくれるわけがなかったのだ。
まあ、今回はコイツにとっても不測の事態みたいだが。
珍しく困り顔のナナを見つめて、俺はふとその腹部を凝視する。
「お前、その腹」
「何ですか人のへそ出しルックに見惚れて」
「いやお前さっきそこ穴空いてなかった!?」
「いやですねぇ飛太さん、人間お腹に穴空いてたら死んじゃいますから、そんな人間いませんよ」
いやさっきいっぱいいただろ。
「それより、どうします? ここに隠れていられるのも時間の問題な気もしますけど」
「どうしますってお前、帰るに決まってんだろ。お前の魔法でちゃちゃっと帰ろうぜ」
「無理ですよ、魔力切れなので」
「……魔力切れ?」
「ほら、さっきも言ったじゃないですか『何とか残ってる魔力で』って」
え、なに、こいつ一応魔法に制限とか限度とかあったの。
「ワープ系は魔力を浪費しますからねぇ。さっき飛太さんの縄を解いた時にすっからかんになっちゃいまして」
「お前初日にワープ直後にレイラちゃんに魔法ぶっ放してたじゃねえか!」
「あの時とは状況が違いますよ! あのクソみたいな魔導書の残り滓が道しるべになって、最低限の魔力で移動出来ただけですから! 今回はそういうのもなく飛んできたので、ものすごい消費量なんですよ!」
「ハァ!? じゃあ何!? お前って今魔法の使えないただのトラブルメーカーってこと!?」
「はい、ただの美少女ですね」
ナナがそう答えた瞬間、俺はその場にがっくりと項垂れる。となると、ナナが何らかの形で魔法を使えるようになるまで、俺はこの得体の知れない部族に怯えながら隠れていなければならないということになる。
……マジでどうしよう。
ナナが使い物にならないことが判明してから数分間、俺もナナも何も言わないまま時間が過ぎる。流石のナナも事態の深刻さを理解しているのか、特に騒いだりする様子もない。そこそこ真面目に打開策を考えてくれているように見える。
「……そういや、俺何であんな目に遭ってたんだ? なんか悪いことしたか?」
「いえ、あれは皆さん善意でやってましたよ」
「善意!? 善意で縛り付けて石柱で土手っ腹ぶち抜こうとしてたの!?」
「はい。ハラパン族は腹部の穴を誇りに思っていますからね。彼らにとっては腹部に穴がないことは恥ずかしいことなので、飛太さんのこれからを案じてぶち抜こうとしてくれてたんだと思います。ただ、アレってハラパン族的にはかなり神聖な儀式なので、抜け出しちゃったこと、めちゃめちゃ怒ってると思うんですよねぇ」
「俺お前より理解出来ない奴ら初めて見たわ……」
まずいな、これ以上ここにいるとマジで気が狂う。結構冗談抜きで両親や武志の顔が見たい。
さっきポケットの中を漁っては見たが、どうやら携帯は枕元に置きっぱなしらしく今の俺はマジで何も持っていない。どうせ携帯があっても圏外だろうが、せめて一つくらいは俺にとっての日常の中にあるものが欲しかった。
そうこうしている内に、不意にドアの開く音がする。俺は慌てて隠れる場所を探していたが、ナナの方はドアへ目を向けるとニコリと微笑んだ。
「ハラパナちゃん!」
「ハパーララン!」
中に入って来たのは、ハラパン族と思しき女性だった。二十代くらいで、色黒のかわいらしい女性だ。彼女はナナを見るなり嬉しそうに飛びついた。
「ハパパラ、パラランハ、ハパーラ?」
「パラパラハンハラ!」
ハラパン族の言葉で会話する二人の声をステレオに聞くとどうしようもなく不安になるな。
「いやお前ハラパン族の言葉喋れんの!?」
「ええまあ多少は」
「それでなんとかなんねえのかよ!? せめて俺の土手っ腹ぶち抜かなくても良いように説得出来ねえ!?」
「流石にしましたけど、長老も皆さんも全然聞いてくれないんですよねぇ」
ハラパン族の善意、頑な。
「あ、そういえば紹介が遅れましたね。彼女はハラパナちゃん、私の友達です」
「ハラパァン!」
ナナに紹介されると、ハラパナは嬉しそうに右手を上げて微笑む。腹に穴が空いていることに目を瞑ればかなりかわいい子で、そんな子がナナと同じような露出度の高い格好をしているのだから流石に目のやり場に困る。
「ほら、飛太さんも挨拶してくださいよ。『ハラパァン』は挨拶です」
「お、おうそうか……じゃ、じゃあ」
伝わるかどうかわからんが、こういうのは大体ハートが大事だ。
外人がカタコトでこんにちは、と挨拶してくれると結構嬉しいモンだし、完璧に相手の言葉を発音することはさほど重要ではない。要は気持ちが伝われば良いのだ。
やや緊張しながらも、俺はさっきのハラパナを真似て右手を上げて見せ、穏やかに微笑んで見せる。
「ハラペァン!」
「ハパラン!」
「ハパラン!?」
ハラパナにグーで殴られた。