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第五話「平成生まれのゴリラの詩」

 結局四人で連れ添ってライブハウスへ向かうことになった俺達は、ナナとレイラちゃんの喧嘩をちょいちょい止めつつも何とかライブハウスへ辿り着く。あまり大きなライブハウスではないが、普段ほとんどこういう場所に寄り付かない俺にはどのくらいが大きいのか判断出来ない。

 見た感じ結構人は集まっているようで、イベントとしてはそこそこ盛り上がっているらしい。

「どうだ、客ン中にイケメンはいたか?」

「いやー大体下の下ですねえ。それよりもくっさいコテコテバンギャが癇に障って仕方ないです」

「お前ホント口の聞き方気をつけろよ!? 別に良いだろ!」

「はい出た! 出ましたポイント稼ぎ! 飛太さんの『ぼきゅは人にそういうこと言いまちぇん』アピール! 寒いです寒い! 夏なのに!」

「お前ライブ中に後ろから刺されても知らねえぞ!?」

 スタッフの世話になる前に叩き出してえ。

「まあそんな怖いこと起きねえって。なあレイラ~~~」

「はい! 私達の近くにはいつだって幸せの波動が満ちているので誰も悪さ出来ませんよね~~~」

 あ、刺したい。

「飛太さん、犯罪者はこうやって生まれるんですねぇ」

「俺達深い闇に呑まれないように殺意抑えていこうな」

 息があってしまった。

 そんなこんなで握った拳を抑えながら俺はナナと共に、武志達の後ろを歩いてライブハウスへと入って行く。いやあバンギャかわいいなぁ。

「人結構多いな。有名なグループでも来んの?」

「ああ、何グループかな。そして俺の本命は超イカしたラッパーだぜ」

「マジでか。友達のバンドはラップなんだな……」

「え、違うけど」

 そろそろその友達かわいそう過ぎて辛いな、俺。

「ていうかこの辺でラップっつったらもう最高にロックなあの人しかいねえだろ」

「いやラップなんだろ、ロックではないだろ」

「もうラップを体現したロックなお方さ」

「いやだからロックじゃないだろ」

「あのボコボコ動画で一世を風靡したチェケラッチョ伊東さ」

 うっわだっせぇどうしよう。



 程なくしてライブハウスでのライブイベントが開始され、様々なバンドが続々と現れて自慢の一曲を披露していく。俺は勿論、武志もレイラも楽しそうだったし、ナナに至ってはイケメン捜しなんか忘れましたみたいな顔で、近くのファンに負けず劣らずのヘドバンをかまして首の痛みを訴えていた。もういいよお前がそれで楽しいなら。

 ちなみに武志の友達のバンドはいつの間にか終わっていて全然わからなかった。

「お、そろそろ来るぜ」

 派手なビジュアル系バンドの演奏が終わった後、隣で武志がゴクリと生唾を飲み込む。

「チェ東?」

「略すな略すな。チェケラッチョ伊東さんのお出ましだぜ」

 武志がそう言ってステージに目をやる頃には、舞台袖から一人の男がステージ上にあらわれていた。

 体格や顔立ちは日本人だが、肌は焼いたのか色黒で、サングラスやスキンヘッドなどわかりやすいラッパー的特徴を揃えている。恐らく彼がチェケラッチョ伊東だろう。

「ヘイヘイヘイヘイアガってるかーーい!?」

「「うおおおー!」」

「嘘だろもうラップじゃない!」

「飛太、すげえ驚いてるとこ悪いけどラッパーだって常にラップで喋るわけじゃねえからな」

 俺の偏見だった。

「さて、今日の俺の相棒を捜すとするぜェ!」

 そう叫ぶやいなや、チェ東は観客席をぐるりと見回し始める。

「伊東さんはライブの度に観客席からその日のステージの相棒を捜すのさ。伊東さんに選ばれた客はラッキーラッパーと呼ばれ、信者からは妬まれるくらいなんだよな」

 どうでも良いけどチェ東より伊東さんって呼び方の方が普通の人感あってチェ東に悪い気がするんだよな俺は。

「ひゅー! 今日はそこのキュートなお嬢ちゃんにシュートするぜ!」

「……えっ」

 そう、小さく声を上げたのはなんとレイラちゃんだった。見れば、チェ東の指先はしっかりとレイラちゃんを指差しており、他の客の視線も一気にレイラちゃんに集まっている。そしてやっと韻を踏んでくれたから俺は安心した。

「あ、あの……私は……」

「YO! YO! YO! このチェ東の相棒に選ばれたことを光栄に思いなァ!」

 チェ東公式じゃねえか。

「「うおおおー!」」

 観客のボルテージは上がったが、当のレイラちゃんは明らかに嫌がっており、怯えた様子で武志の腕を掴んでいる。武志もこれには苦笑いのまま、レイラちゃんを守るようにして抱きかかえていた。

「ご、ごめんなさい……私は、武志様以外とは……」

「セイセイセイセイ! どーゆーこったYO! 俺とキュートなビートでヒートすんのをノーと答えるってーのかYO!」

 お、かなりラップだ。

 不満そうなチェ東の言葉を皮切りに、観客から一斉にレイラちゃんへブーイングが巻き起こる。どうやらこのライブハウスに集まっている連中にはチェ東のファンが多いらしく、ラッキーラッパーに選ばれたというのに拒否するレイラちゃんを許せないのだろう。中にはただ状況を楽しんでるだけの奴もいそうなもんだが。

「や、やめてくれよ伊東さん! レイラは嫌がって……」

「おいおいおいセイセイセイ! ラッキーラッパーでアッパーでヒャッハーなライブにしようってのによォ~~~~!」

 まずいな、こうなると俺も冷静に傍観している場合じゃない。武志とレイラちゃんの仲はムカつくにはムカつくが、本人達が嫌がっているのに強引に引き剥がすのは気に入らない。何か俺も言い返そうかと思ったが、そこでふと隣が空いていることに気がついた。

「……あれ?」

 ナナは……?

「ヘーーーイ! 今日はナナのヒップでホップでホイップなライブに来てくれてありがとうオリゴ糖! サンキュー眼球シャ乱Q!」

 いつの間にかステージの真ん中に立っていた。

「ってYOォォい!? いつの間に来たんだYO!」

「ふふふ……女の子をたぶらかす不埒なラッパーさんは、ナナがラップで懲らしめます~~~~YO!」

 いやホント何してんの。

 今すぐステージに駆け上がって引きずり下ろして謝罪したいところだったが……

「レイラ、大丈夫か?」

「いえ、武志様こそ……」

 観客もチェ東も完全にナナに注目していて、もうレイラちゃんのことなど気にもとめていない。正直やり方は滅茶苦茶だったが、今回はまあ……ファインプレーってことにしといてやるか。

「っつーことはYO! 今回はYO! テメエが俺の相棒をラップバトルという形でYO! 務めるってことかYO!」

「まあそういうことです」

 偉そうにふんぞり返ってナナがそう答えると、観客から一斉にナナへブーイングが飛ばされる。レイラちゃんの時と違ってこれはまあ当たり前だが、今の俺達からすれば救世主みたいなモンだ。

「ナナーーーー! 好きなだけやっちまえーーーー!」

 思わず俺が叫ぶと、観客だけでなく武志達までがぎょっとした目で俺を見てくる。周囲の視線が痛かったが、今回俺は一方的にナナの味方だ。

「良いぞナナちゃん! ナナちゃんのリリックを見せてやれー!」

「こ、今回だけですよ! 応援するのは!」

 それに乗っかって武志やレイラちゃんもナナへ声援を送る。するとその流れに乗じて観客の内何人かがナナへ声援を送り始めた。やはり全員がチェ東のファンだったというわけではなく、単にライブ会場が盛り上がってるのが楽しいだけの奴らも結構いたんだろう。

 となると会場の空気は真っ二つに分かれてしまう。こんなことになるとは誰も予想してなかっただろうが、奇しくもナナの影響で会場のボルテージは跳ね上がってしまっていた。

「さ、先攻は差し上げますよ? 伊東さんのリリック見せてください」

「今に後悔させてやるYO……!」

 そう言って深く息を吸い込むと、チェ東は力強くリリックを刻み始めた。

「Hey YO! 今ここに参上、今のこの惨状、降り立つ俺こそ英雄の象徴! お前刻むリリック所詮トリック、クリック一つで理解(わか)るギミック! エキセントリックに起こるパニック、そこに刻み込む俺のリリック! 来なよガール、俺が立ち上がる、盛り上がる、お前そして引き下がる! 謝るなら今の内しかし謝罪も降伏の内? 悔しいなら魂込めて激しい怒りぶつけろやYO! YO!」

 チェ東が刻み終えると同時に激しく盛り上がる会場、今だナナよお前の愛情でこの会場の感情を解除!

 俺が刻んでどうする。

「大丈夫かなナナちゃん……チェ東はかつてファンの女子中学生にあんなことやこんなことをしようとし、ボコボコ動画で文字通りボコボコに叩かれた男だぞ……」

「何でまだファンついてんのそれ」

 素人の俺にはチェ東のリリックがどれ程のものかわからないが、会場の盛り上がりを見た感じ中々のものだったのだろう。それに対してナナはそれ程動じているような様子はなかったが、アイツそういやラップ出来んの。

「中々のリリックですね。流石ゴリマッチョ後藤さん」

「誰だYO……」

「ですがナナのリリックも負けていません! 行きますよ! じゃない、行きますYO!」

 大丈夫かコイツ。

 そんな俺の不安をよそに、ついにナナがチェ東から預かったマイクを片手にリリックを刻み始めた。

「Hey say! の時代に生まれたゴリラ、人混みは所詮彼らの狩場、だけど人からすれば彼らはガリバー? 囚われしゴリラ、自惚れし人らはまるでヒトラー? 選民催眠ゴリラなど非人? 行き場なきゴリラ、見世物かゴリラ、こんな時代はもう懲り懲りラ!」

「…………」

 満足げなナナとは裏腹に、一瞬で静まり返る会場。かくいう俺もポカンと口を開けたままナナを呆然と見つめている。そして沸々と湧き上がる恥ずかしさ。

 ――――ナナーーーー! 好きなだけやっちまえーーーー!

 今となっては超恥ずかしい。

「いやあの……対決してくれる?」

 ほら見ろチェ東さんアレ素じゃねえか。

「ふふ……対決などと言っている間は一生勝てませんよ。ナナとあなたの圧倒的な差がわからない内は勝負にもなりませんからね」

「いやだから勝負になってないって言ってるわけで……」

「良いですか! あなたのリリックはどこまでも誰かを煽り傷つけるリリック! 誰かを煽り、傷つける行為には何の意味も生産性もありません!」

 ――――あ、そうですよねぇ。この世界の人達は魔法なんて全然これっぽっちも使えませんもんねぇ。控えますぅ。

 ああもう何一つ説得力がねえ。

「ナナのリリックは現代に生まれたゴリラの思いを綴った切なるリリック……この文学性が、高尚さがわからない内は――――」

 などとのたまっている間に、いつの間にやらステージ上に集まってきていたスタッフ達が後ろからナナを取り押さえていた。

「あ、ちょっと何をするんですか! 話もリリックもまだ途中で……離して下さい! ナナを誰だと思ってるんですかーーー!」

 いや居候のナナ・ロだろ……。





 スタッフに取り押さえられ、舞台裏まで連行されたナナは、俺達同伴の元(後で呼ばれた)でこっぴどく厳重注意を受けた。チェ東の方にもいくらか問題があったとは言え、ステージに上がってイベント全体の進行を妨げる形になっている以上、まあナナが怒られないわけがない。

 最終的に俺達共々ナナは出禁になり、チェ東はチェ東で厳重注意を受ける、という形でひとまず事は収まったのだった。

「……ったく結局騒ぎ起こしやがって」

 武志とレイラちゃんはもう少しだけ市街に残る、ということで途中で別れ、帰り道は俺とナナの二人だけになった。流石に少し反省したのか、それともちょっと疲れただけなのか、帰りのナナはあまり騒がず、電車を降りた後はゆっくりと二人で帰路についていた。

 気づけば空は真っ赤で、クレープしか食べてなかったせいでだいぶ腹も減ってきた。それはナナも同じようで、帰る途中で何度か腹の虫が鳴いたのを覚えている。

 しかしまあ暴力禁止魔法禁止を厳守してもなお、これだけ騒ぎを起こしてしまう辺り天性のトラブルメーカー臭いなこの女。とは言え、あれだけナナを邪険にしていたレイラちゃんが別れ際に「今回だけは感謝しておきます」と伝えていたことを考えると、まあ別に悪いことをしたって感じでもないのかも知れない。

「まあ今回は事が事だったが、次はホントやめてくれよ……」

「ぜ、善処します……」

 ぜのつく言葉は絶対が欲しかったなぁ今回。

「で、でもでも……!」

 呟くようにそう言って、ナナは少しだけ駆け足で俺より前に進むと、くるりと振り返って屈託なく微笑んで見せる。

「暴力も魔法も使わないで何とかしましたから、そこだけは褒めてくださいよね!」

「……お、おう」

 今日はいやに夕日が綺麗だからだろうか、その瞬間、少しだけナナがかわいらしく見えてしまう。恥ずかしくなって俺が目を背けた隙に、ナナはもう前を向いて家へ走り出してしまっていた。

「あ、おい待てって!」

 スカートのプリーツを舞わせながら走る背中を、俺は急いで追いかけていく。何でアイツがそのまま走り出したのか最初はわからなかったけど、追いかけていく内に何となく答えが出た。

 アイツも、恥ずかしかったのかな。

「夕飯! はやくママの夕飯を!」

 あ、違うわアイツ腹減ってるだけだ。





「そういえば」

 帰宅して晩飯も終わり、俺もナナも部屋で適当にのんびりしていたのだが、ふと思い出して俺はそう呟く。

「はい?」

「聞きそびれてたけど、そのセーラー服はどうしたんだよ」

 あの時はなんか別のやり取りしてて聞き忘れてたが、ナナは一体いつどこでセーラー服を調達したのか聞いていなかった。さっきショッピングモールで何着か買ったし、明日からはそっち着るんだろうけど、家に帰っても未だに着ているそのセーラー服は謎のままだった。

「あ、これですか? ママに借りました」

「ああ、母さんね……ん?」

 そういや母さんナナのセーラー服見ても何も言わなかったし、父さんもノーコメントだったな。

「はい、ママとは背格好も近いので、何か着る服を貸して欲しいと頼んだらこれを。何か夜までは貸しといてくれるとか何とか……」

 あー夜までね。はいはい母さんのセーラー服ね……うーん……。

 あんまり聞きたくなかったなぁ、それ。

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