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第一話「奴の名はナナ」

アホなことしか書いていません。

肩の力を抜いて適当にどうぞ。

 もう、電球が発明されて二世紀近く経つ。人類の科学は飛躍的な進歩を続け、もう今となっては大抵のことは科学でなんとか出来てしまう。かつて人類が夢見た魔法の大半が、今となっては科学の中にある……と言っても過言ではないのかも知れない。

 しかしその一方で、科学では解明し切れていないことも実はわりとあって、未だに幽霊とかよくわからんし宇宙のこととか多分だいぶわからない。

 勿論、目の前のこれも多分わからない。

「どうよ? すげえかわいくねえ?」

 ものすごく満足気に目の前の幼馴染、桐生院(きりゅういん)武志(たけし)が指差しているのは恥ずかしそうに両腕を広げる一人の少女だ。パッと見は美少女であること以外特筆するような点のない少女だが、広げられた両腕からは真っ白な翼が生えている。当然俺は驚いてそれを凝視しているが、翼の少女はあまりジロジロ見られたくないのか恥ずかしそうに俺から顔を背けている。

 彼女の翼を穴が開くほど見つめ、ゴクリと生唾を飲み込む。出来の良いコスプレだな、と言いかけた言葉はもう既に飲み込んでしまっており、多分もう胃の中で消化されていることだろう。いやもういっそのことこれが出来の良いコスプレでも構わない。完成された嘘は真実と同じだ。だったらこのまま騙されていたい。

「あ、あの……武志様……そろそろ……」

「お、そうだよな、恥ずかしいよな~~~~ごめんよレイラ~~~~」

 デレッデレの顔で武志がそう言うと、レイラと呼ばれた異形の少女はそっと翼を畳んで両腕を下ろす。かなりコンパクトにたためるようで、袖の長い服ならうまいこと隠せそうである。

「武志様……?」

 様付け? そういえば武志の奴がどうしても会わせたい人がいる、というからわざわざデカい桐生院屋敷まで足を運んだわけで、間違いなくレイラのことだったんだろうけど関係性を一切聞いていない。

「お、そうだな説明してなかったな」

「ああ、今の所彼女を見せびらかされただけみたいで段々不愉快になってきてるだけだったわ」

 とりあえず一旦レイラが何者なのかは置いておいて、生まれてこの方まともに恋愛なんてしてこなかった俺からすれば、こうしてさも彼女か何かのように美少女を紹介されると煽りとも受け取れてしまう。

「お、すまんな。まずどこから説明するかなぁ」

「いや普通に一から頼むわ」

「お、そうだな」

 こいつ「お、」の後にさ行の言葉を持って来ないと死ぬのかな。

「お前なら流石にわかると思うが我が桐生院家は古くから続く魔術師の家系だ」

 いや全然わからん。

「しかし俺は才能に恵まれていなくてな。というか次男だし継がなくて良いので魔術的なことは一切教えてもらえていない」

 いやだから全然わからん。

「まあお前は知ってると思うが」

「いやだから知らんて」

「この屋敷の倉には魔術的アイテムが沢山眠っていてな」

「いやわからんわからん」

「そこで見つけたのがこの魔術書だ」

「いやだからわかんねえっつってんの!? 聞いて!? 俺の話ちょっと聞いて!?」

 すごい勢い良くバンと分厚い本を目の前に置かれても全く意味がわからないし一度も聞いたことがない設定をさも当たり前のように言われても全然わからなかった。

 しかしこの本、魔術書、というのは名ばかりではないのかかなり物々しい雰囲気を醸し出している。魔術書かどうかなんてのはパッと見ではわからないものの、ただの本ではないだろうことは一目でなんとなくわからないでもない。わからんわからんと繰り返したのにちょっとわかってしまったのがだいぶ悔しい。

「はー!? わーかーれー!? お前親友じゃねえの!? 十年も一緒にいて全然わかってくれてねえの!? 悲しいわーーーーほんっと悲しいわーーーー! ここ数年で一番辛いわーーーー!」

「はーーーーい言ってませ~~~~ん! 俺お前と出会ってから今日まで一度も親友とか言ってませ~~~~ん! 意味わかんねえオカルト設定ぶちまけながら彼女紹介してくるような奴は親友はおろか友達ですらないです~~~~!」

「じゃあ何なんですか~!? お前にとって俺は何なんですか~~~!? 簡潔に説明してください~~~~~!」

「うんこかなぁ」

「うんこかぁ」

 小学生だった。






 小学生みたいなやり取りはさておいて、武志の話が本当かどうかはかなり疑わしい。あまりにも荒唐無稽過ぎて全然信じる気が起きない。というか俺を差し置いていい感じに非日常に触れて彼女を手に入れているのがムカついて仕方がないというのが今の感情の大半とも言える。

 ちなみに余談だが俺達は高校生だ、小学生ではない。

飛太(とびた)、お前の気持ちはわかる。すげえわかるよ。確かにいきなり魔術なんて信じられんだろう。だがこの魔術書を用いれば、彼女……もとい使い魔は召喚出来るのだ」

「いやもう最早魔術はどうでも良くてとにかくお前がムカつくんだよな」

「そっかぁ」

 目の前で肩を落としてメチャメチャがっくりされた。

「武志様……どうかお気になさらず……このレイラがついております」

「わかる……レイラがついてる……」

 それね、それがムカつくっつってんのね俺は。

 目の前で美少女と抱き合いながら涙ぐむ武志がもう癇に障って仕方がない。レイラの方は翼を畳んでしまえば完全にただの美少女で、均整の取れたプロポーションの上で、長い黒髪が流れている。長い前髪が片目を隠しているせいで内気かつミステリアスな雰囲気を醸し出しており、なんかすごい良いなと思ってしまう。俺の語彙が足りなくなってきた。

「ほら、お腹の子も少しずつ成長しておりますし……」

「お、そうかそうか。名前何にしようなぁ」

 思い出したように「お、」の後にさ行を…………お腹の子?

「あ、今中で動きましたぁ!」

「こりゃあ元気な子が生まれるぞ~~~~~~」

 パッと見レイラのお腹は全然膨れていない。仮に妊娠しているとしてもあの状態だとまだ赤ん坊はまともに形もなしていないだろう。

 ……”仮に妊娠しているとして”!?

「お腹の子!? え、何!? なんて!? お腹の……何!?」

「お、そういえば言ってなかったな! レイラは妊娠してるんだよ!」

「オナカノコ!? オナカノコノコ元気な子ってか!?」

「ハハハうまいこと仰る! ……いや仰ってないな全然意味わからん」

「うっせーばーか絶交絶交絶交!」

 もう完全に知性が失われてしまって発言の馬鹿加減が酷くて我ながら目も当てられない。

「ていうかお前十七だよな同い年だよな!? は!? 責任取れんの!? 十七歳のパパ!?」

「取りますーーーー! 一生かけて幸せにします~~~~~~!」

「はい家庭を持つってどういうことかわかってるんですか~~~~!? お前にきちんと一つの家庭を養い幸せにする力が本当にあるんですか~~~~~!?」

「……やってやるさ。俺はこれから父親になる」

 く……確かな意志と信念のこもったまっすぐな瞳だ……。

「武志様……!」

「安心してくれ、俺はきっとレイラを幸せにするよ……」

 しょうもない反論しか出来ない俺をよそにすげえ良い雰囲気になる二人。もう俺にはこれ以上こいつらに言えることはなさそうだ。ただ、静かに見守るしか出来ない。

「あのさ、確かな殺意と怨念のこもった歪み切った瞳やめてもらえる?」

「……善処するわ」

 とりあえず握った拳はどうにか収めといた。

「というわけだ。出産祝いとかよろしくな」

「わかった、とりあえず著しく気分を害したから帰るわ」

 そう言って俺は床に置いてある本を手に取ると、立ち上がって武志に背を向ける。感情としては悔しいが、アイツが今幸せならそれで良い。レイラの方も武志を慕っているようだし、きっとこれからアイツは幸せな家庭を気づくだろう。

 昔からアイツは良い奴だった。困っている奴がいれば放っておけないで助けてしまうし、いじめなんて見つけようものならそのガタイの良い身体で割って入り、いじめっ子をボコボコにしていたことを今でも思い出す。

 あんな優しい奴を選んだレイラはきっと幸せだ。ちょっとばかし寂しいが、俺は親友として武志とレイラを祝ってやらなければならない。

 ちくしょう、涙が出るぜ。悔しいんじゃねえ、俺らしくもなく、親友が幸せ掴んだのが嬉しくて泣いてやがんだよ。

「へへ、幸せにな……!」

 武志の方は一度も振り向かず、俺は部屋の引き戸に手をかける。もう、武志に会う機会もほとんどなくなっちまうな……俺、アイツの幸せの邪魔したくねえもん。

 あばよ相棒、幸せにな。

「いや本持ってかないでくれるかな」


 俺はあまりにも恥ずかしくて、アイツの止める声も聞かないで走り出した。何もねえ道を俺は走るよ。必死で走れば、もしかしたらお前の走るウェディングロードにいつかたどり着けるような気がして。

 どこまでも走り続けるさ。俺はいつかお前に追いついて、お前に胸を張れる人生を送ってやる。

 だからお前は……幸せにな!









「まあ、今回は身内間のいざこざだし、未成年ということで見逃しておいてあげるけど次はないからね」

「あ、はい。あの本当出来心で」

 秒で通報された。

「うん、次は親御さんや学校にも連絡入れるから気をつけるように。これで良いかな桐生院くん」

 そう問いかける警官に、武志が小さく頷く。それからしばらく説教を受けて、俺は交番から解放された。



 感動的に演出することでうまいこと曖昧にして武志から魔術書を奪う作戦に失敗した俺は、見事通報されて近所の交番へ連行された。初犯で未成年、身内間のいざこざで、武志が事を大きくするつもりがなかったおかげで見逃してもらえはしたが危うくお縄で将来メルトダウンするところだった。

 俺を売ったのか武志。

「お、そろそろ反省したか?」

 交番からの帰路、重い足取りで歩く俺の隣で武志は大事そうに魔術書を抱えながら俺の顔を覗き込む。別に煽るような表情ではなかったが、もうなんか今はとにかくムカつく顔だ。

「うるせえ、お前は親友を売ったんだ……その十字架を一生背負っていきていけ……お前は咎人だ……幸せは訪れない。具体的には子供はグレるしレイラちゃんは浮気するしお前は失業する」

「いやお前が悪くねえ?」

 俺が悪いです。

「まあ、別に言ってくれりゃ本くらい貸してやるっつの、ほれ」

 え、マジで? と俺が口にする前に武志は本を差し出している。あまりのあっけなさにポカンとする俺だったが、武志の方は全く嫌味のない笑みを浮かべていた。

「俺だけ得するのも何だしな。俺らの仲だろ」

 そう言って俺の肩を叩いて来る武志を見つめ、俺はがらにもなく目頭が熱くなる。こんな友人想いの良い奴から、俺はものを盗もうと……。

「でも俺、お前に絶交とか言ったし……後うんことか」

「そんなモンは言葉のあやこさんだろ」

「でも俺本盗もうとしてたし、馬鹿とか言ったし……後うんことか」

「一々気にしねえって、いつものことだろ」

「でも俺うんこって」

「いやそれはそんな気にしてない」

 そっかぁ。









 召喚の魔術の行使は、この魔術書を使用することを前提とすれば極めて簡単である。というのは武志の弁だ。俺にはもう何のことだかさっぱりだったが、アイツが言うにはこの魔術書は魔術の扱えないものが簡易的に魔術を行使するための本である。故に内容を理解する必要はなく、書いてある内容も本来召喚の魔術を行使するにあたって詠唱が必要な呪文等、この本を使用するにあたっての注意点などである。勿論何語なのかすらわからん。

 つまり俺はこの本を開き召喚の魔術を行使しようとするだけで美少女を呼べるということになる。ちなみに美少女かどうかはわからんらしいが人間こういう時はアタリを引く前提で考えてしまうものだ。人によるけど。

 武志から本を受け取って自室に戻る頃には既に夕暮れで、カーテンを開けたままにしてある部屋は薄く赤らんでいる。本当は魔術だなんだってのは夜の方が似合うのかも知れないが夕暮れ時というのも悪くはない。

 床の上にそっと本を置いて、俺は神妙な面持ちで見つめる。普通ならあり得ないと突っぱねるべき与太話ではあるが、あの異形の少女の存在がそれを許さない。というか本一冊で”美少女ガチャ”が引けるかも知れないなら引くに越したことはない。ノーリスクハイリターンとさえ思える。そう思い込んでしまうくらいには気分が昂揚していたし、自分でも興奮して身体が熱を帯びているのが自覚出来た。

「美少女……一体無料……チュートリアル報酬……」

 もう自分でも何を言っているのかわからなかったし、美少女を”一体”とカウントして人間扱いしていないという失礼さに気づけてすらいない。

 何のチュートリアル受けたの俺。



 恐る恐る本を開いて中身をパラパラっとめくってみる。実はもう帰るまでに何度もめくってはいたのだが一応やっておこうかなくらいの気持ちで。

 一通りめくり終え、そっと本を閉じると俺は本の上に手を置く。いよいよだ、いよいよだぞ俺。

 頭に思い浮かべるのはやはり武志の元にいるレイラだ。多分アレ最高レアリティみたいな美少女だと思うし、何を思ったか武志の奴に惚れている辺りマジで大当たりなんじゃないかと思う。

 俺も

 今から

 大当たり

「おおッ!」

 もう本の方は俺が”召喚の魔術を行使しようとした”と解釈したらしく、本全体が薄ぼんやりとした光を放ち始める。そして瞬く間に本の真下……つまり床全体に巨大な魔法陣のようなものが展開され、何やら地震のような地響きまで立て始める。

 下の階で母親が地震と勘違いして慌てている声が聞こえるがもうほとんど耳に入っていない。俺はひたすら本を凝視していたが、どんどん眩くなっていく光に耐えきれず、とうとう目を閉じてしまう。

「問おう。あなたがナナのマスターか」

 あ、真名言ってる。


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