呼鈴と東屋
それは、不思議な建物だった。
西洋式の噴水と生垣、そして上品な花々に彩られた庭園の一郭に佇む東屋には、風鈴のようにぶら下がる呼鈴がついていた。
少年は違和感を覚えた。丁度、未だ若輩とは言えども、呼鈴が本来、開き戸の傍らに在るものであるという事ぐらいは知っている。
少年は短い階段──四、五段しかない──を殆ど駆け上がるようにして上った。小高くなったそこには、洒落た真鍮の丸机と、少年には少し高過ぎる背凭れの椅子がただ一脚、置かれていた。
晩夏の斜陽は、まだ、まだ落ちぬと言わんばかりに赤橙の光を少年に結ぶ。少年は軽く滲んだ汗を、服の袖で拭いながら、ゆっくりと例の椅子に座り込んだ。
身体の熱量を椅子が奪っていくのを暫し楽しんだ後、居たたまれない気分になった少年は、立ち上がる事にした。
少年の膝が、立ち上がる為にほんの少し軋んだと同時に、屋根の裏側の模様がそれぞれ全天周の写真の如く尾を引き始めた。少年は恍惚として、再び椅子に深く座り込んだ。甘美な、否、最早扇情的な視界に少年は更に身を燃やした。火花が散る。彗星が爆ぜる。途端、今度は嘔吐く。先の映像を歪めながら逆再生して、そうして、あの東屋に戻ってきた。
「汚ェなァ。」
少年はそう吐き捨てると、乱暴にあの短過ぎる階段を転げ、もと来た方へ走り去った。
後には断末魔のような不気味な残光と、呼鈴を備えた、あの東屋が物言いたげに取り残されているだけだった。