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1-A 神坐光の水槽【解答編】

【1-A 神坐光(かみざひかり)の水槽】


 神坐家長男、32歳の神坐光(かみざひかり)

 常に物事に余裕を持って対応している彼が私、矢仲兵日(やなかへいび)に出した問題。それは水槽の中の石を取る事、だけれども熱帯魚に対して影響を与えないようにするという制約付きだ。


 水槽の水を抜く事は出来ない。

 水の中に手や物を入れて、中の石を取る事は出来ない。

 水槽を触る事は出来ても、穴を開けてはいけないだろう。そもそも穴を開けても、中にルール上物を入れられないし、水を抜く事も出来ない。


 ――――ここで注目すべきなのは、水槽に対しての厳しいルールの取り決めである。

 水槽に対して細工が出来ない。いや水に触れないならば、この試験の解答は"水"は関係ない。


(と言う事は、考えるべきは『どうやって水に触れずに石を取り出す方法』ではなく、『石を取り出す他の方法』を考えるべきだな)


 "この部屋の中の物だったら、なんでも使っては良い"と言っていたから、なにか物を使わないといけない解答なのだろう。


(この部屋は普通の部屋……特殊な者が置かれているとかはない。と言う事は、普通にどこでも置いてある物で、この石を取るのだろう)


 ピンセットなどで物理的に取る方法ではない事は、確かだよな。


 物理的ではない……他の石を取るための力……。


「……そうか、分かったぞ」


 私はコクリと納得すると、ゆっくりと紳士的に――――小さな冷蔵庫の方へと足を向ける。


「おいおい、いくら後で使用人が元通りの場所に戻すとはいっても、あまり大きくは動かさないで貰えるかな? 後で直す時にカーペットが傷付いちゃうでしょ? それだとルールにもある通りの、『使った後はきちんと戻す』が果たせないんじゃないかな?」


「問題はありませんよ、この試験を解くために必要な物はそれほど大きくはない物だから」


 私はニコリと笑うと、その冷蔵庫の――――メモを貼り付けるためのマグネットを手に取る。


 "余裕を持って人生を生きる"が信条の、神坐光。

 余裕を持って生きる人間と言うのは慌てず騒がず、予定を立てて生活をしている。

 料理が上手な人というのは先立って予定を立て――――例えばご飯を炊くのに30分、スープを温めるのに10分かかるとするのならば、ご飯を食べる30分前にご飯を炊き始めて、20分後にスープを温め始めると、ご飯を食べる時に丁度いい温かさで食べられる。このように、あらかじめ『その作業に何分かかり』、『何時に行わなければならないか』を明確にしておかないとならない。


 しかし、人間の頭というのは非常に忘れっぽい。朝起きて、昨日の夜の夕ご飯を度忘れして思い出せない事だってあるくらいだ。

 余裕を持って生きている人間が、『思い出せない』などで余裕がない生き方をする訳ではないだろう。そういう人間は、メモを取る物だ。


「そしてメモを貼るためのマグネットがあるはずなのは、当然だな」


 私はマグネットを取ると、まずはゆっくり水槽を上にあげる。そして水槽の真下、石の真下にマグネットを置く。


「私の予想が正しければ……っと、ちゃんと出来てるな」


 ゆっくりと動かすと、石もまたゆっくりと磁石に沿って動いていた。


「そうか、これは今回の試験のために用意した石なのか。かなり探すのは難しいだろうに」


 石は鉄やコバルトなんかではない。だから普通の石は磁石にはつかない。

 けれども、全ての石がそうとは限らない。


 場所によってばらつきはあるだろうが、磁石につく石はある。

 磁石のつく石の多くは火成岩……マグマなどが冷えた出来た玄武岩や安山岩などは磁石がくっつく。マグマというのはどろどろに溶けている液体のようなものなのだが、磁鉄鉱などの磁気を帯びやすい鉱物が含まれている。そういった、マグマが冷えて出来た石というのはそこいらの河原に少しは落ちているのだ。

 今回の試験で使った石は、まさしくマグマが冷えて出来た石……磁石にくっつく石だったわけだ。


「ほら、出しましたよ」


 ゆっくりと水槽の壁に沿う形で、石を水の中から出す。後は普通に手に取れば、この試練は完了だ。

 水槽の中には手を入れてないから、これで試験は完了である。


「いや~、お見事だね」


 パチパチパチ。


 手を叩き、拍手によって称える光。その顔は心の底から、相手を賞賛している顔であった。


「どうやら知識はそれなりに知っているセールスマンのようだね。最近この家へと来る客はこれを知らないセールスマンの方が、この家の大きさを見るだけの奴が多くてね。

 だから父は、こうやって試験をする事を提案したのだが、その提案をしてから初めてこの提案がまともであった事が分かったよ。なにせ、こうやって自分の試験がクリアされるだけで嬉しいと分かったから!」


「解かれて悔しい、という感覚ではないのか?」


「『悔しさ』や『怒り』といった、負の感情は僕には無縁の物だよ。なにせ、常に余裕を持って生きるのが、僕の信条だから。そんな、理性を支配されそうな感情は私とは無縁だよ。それよりかは、問題を解いてくれた方が嬉しいね。人によっては分からないからと、勝手に放り出しちゃう人も居るくらいだから。真摯に向き合ってくれた事に対しては、素直に嬉しい限りだ。


 もっとも難しいとは思うよ。これは親切心で、忠告の意味を込めて言うけれども、この家の契約を取るのは難しいとだけ言っておこう」


 彼はゆっくりと、コーヒーカップを取って一口飲む。


「なにせ、ここは神坐家。神に近いともされる我らが一族は、全員がまるで神のように全能感を持って、僕以上に全能感を持っている。そして、彼らの謎は僕よりももっと難しい。

 神に挑む人間が、困難な試練を与えるように。

 少年ジャンプの主人公が、話が進むとどんどん強敵と戦うように。

 この家は後で、試験官として出てくる人間の方が難しい試験を出して来るから、ここで帰るのをお勧めするよ。なにせ……"契約は絶対に取れないのだから"」


 ニヤリ、と笑みをこぼす神坐光。

 その言葉に対して、私はこう言う。




「いーや。私は絶対に契約を取らせていただこう。

 契約を取る事、それがこの(セールスマン)の仕事なのだから」

【解答】

……磁石を使って石を水槽の外に出して取り上げる。


以上、いかがだったでしょうか?

少しでも楽しんでいただけたならば嬉しい限りです。

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