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1-Q 神坐光の水槽【事件編】

とりあえず試し書きの推理物です。

 ヤブヘビさんこと、矢仲兵日(やなかへいび)は電気保険会社アレソックスのセールスマンである。毎日、アレソックスの会社の製品をアタッシュケースの中にしまい込んで、色々な御宅を回りながらアレソックスの電気料金プランを売り込む。


 ただ、普通に売り込んでも売れないのは、彼自身が良く知っていた。

 食べ物なら試食、服なら試着、本なら試し読み……けれども電気料金プランなどの公共事業ともなると話は違う。違ってくる。

 確かに家計が少しでも安くなるのならばお客様は買ってくれるかもしれぬが、それをすぐさま説明する事は出来ない。あくまでも自社に変える事のメリットと他者のデメリットを延々と話して、お客様が満足して買うのを待つしかない、というあまりにも難しい話だ。それもセールスマンにはノルマがあり、1つの家に長く時間をかけていられない。


 だから、セールスとは戦いなのだ。

 お客様へ分かりやすく説明する為に毎週のようにアナウンス教室へと通い、清潔さを極めるためにスキンケアは欠かす事は出来ない。そうまでしなければトップセールスマンの座に立ち続ける事は出来ないだろう。それを欠かさず、入社以来10数年続けているこの、矢仲兵日でなければ。


 そんな彼は1つの家へのセールスを会社から命令された。

 その家の名は「神坐(かみざ)家」。年商10億円以上をも売り上げる神坐大グループの総本家の一族であり、この契約が成功すれば会社は莫大な利益を上げる事が出来るだろう。


「……まっ、この私にとっては簡単な仕事ですがね」


 綺麗なスーツをしっかりと着込み、いつものようにビジネスマナーに沿った香水をサッとかけて、ヤブヘビさんは神坐家へと向かうのであった。





【1-Q 神坐光(かみざひかり)の水槽】


  神坐家。神坐家には12人の人間が居る。雑多なメイドやシェフ、使用人を合せればもっと居る。けれども、大事なのはその"12人"という事である。

 神坐家の未来、その重圧を担う彼ら彼女達の決定は重大。故に神坐家の者達はその決定に慎重に慎重を重ねる。家の電気料金というそんな事ですら、会社の一大プロジェクトと同等に扱うのだ。


 そんな者達を説き伏せる。それが簡単に、果たしてうまくいくのか?

 金持ちと言うのはどいつもこいつも暇を持て余していて、その上で娯楽に飢えている。娯楽に飢えた金持ちは自ら娯楽を生み出す。

 前に秋中(あきなか)家という、それなりの金持ちにセールスに伺った際にはなぞなぞを解かされた。それが解けなければ、契約はしない、とまで言われて。その上で忠告するかのように言われたのだ。

 『神坐家はこの世界で最も大きい金持ち。そして、神の座に座る12人の者達は揃いも揃って、謎を与えると言う娯楽に飢えている』、と。


「……まったく、上手くいけばいいんだがな」


 私はちょっとした弱音をすぐさま飲み込むと、ネクタイを締めてチャイムを鳴らした。




 私がチャイムを押して通されたのは、貴族の道楽の見本とも言える部屋であった。

 壁には大きな風景画の絵が額縁に飾られており、熱帯魚がたくさん入った大きな水槽。黄金のトロフィーが棚の上にいくつも並べられており、机や椅子も海外のオーダーメイドの超一級品である。


「やぁやぁ、初めましてだね。セールスマンさん。

 僕の、神坐光(かみざひかり)の部屋にようこそ」


 大きめに新調されたであろう緑色の礼服を上に羽織り、空調が整備されたこの部屋でも汗をたらたらと流す太めの男性。

 この家で、当主である神坐雷明(かみざらいめい)の次に権力を持つとされている彼は、シルクのハンカチで汗を拭い去りながらヘコヘコと頭を下げていた。


「随分と……恰幅が良いお姿で……」


「ははっ、デブと言ってくれても構わないんだよ。僕は食事に余裕を持っていたんだよ。腹八分、という事もあるが、僕の場合は腹十一分くらい食べているんだよ。お腹が空いて、愛しい女の人にぐぅ~などという間抜けな音は聞かせたくなくてねぇ。こんな身体ではそもそもあっただけで、引かれてしまっているんだけれどもね」


 ハハハ、と笑う光さん。

 確か事前に調べた情報によると、神坐光という男性は常に「余裕」という言葉にこだわる男だった。


 勉強や趣味の音楽も、時間と言う枠に捕らわれずに余裕を持って接していた。余裕とは言っても手を抜いている訳ではなく、むしろ一流に相応しい成績をあげていた。

 余裕を持って物事に接し、その上で一流の名に相応しい成果をあげる。それが彼の生き方である。

 会社経営でも石橋を叩いて、治して、作り上げるくらいの慎重さの持ち主であり、決してトラブルや困難を起こさないように行い、赤字などとは無縁の道を辿る金持ち二代目社長。それが神坐光という男性である。


(……まっ、普通にそれだけでも凄いが)


 人間、常に余裕でいられる訳じゃない。困難にあえば戸惑うし、トラブルがあれば慌てふためく。

 それを一切排除し、自分にまったく関係ないようにする生き方など私には出来ない。それだけでも賞賛に値すると言えよう。


「人間、余裕が一番大事だからね。いや、人間だけではなく全ての生物に余裕は大事である。

 余裕があるからこそ、人間と言うのは生を謳歌出来るのだ。生と言う物をより強く感じられるのだ。そうは思わないかい、セールスマンさん?」


「……まぁ、確かにそう思いますが」


「この取引だってそうだ。父は君を問答無用で追い返せと言っていたが、僕はそうは思わない。どんな人間かをきちんと確かめて、その上で追い返すか、そうでないかを決めるべきだと僕は思う。

 就職だって面接なり、試験なりを繰り返して、その人を採用するかどうかを余裕を持って決めるべきだ。僕はそう考えているんだよ」


――――だから試しているんだ、いつもセールスマンなんかに対しては。


 彼はそう言って、部屋の奥の大きな水槽を指差した。

 大きな水槽には色とりどりな熱帯魚が悠然と泳いでおり、海藻は循環装置によってゆっくりと凪いていた。そして水槽の真ん中には、水槽のデザインに相応しくない、小さな平たい石が置かれていた。


「この水槽の真ん中に平たい石があるのが見えるかい? この水槽に似つかわしくない、この石をなんとか取るのが今回の課題だ」


「石を……取るのが課題なのですか? 簡単そうに見えますが?」


 "勿論、普通に……ではないが"と、そう彼は告げていた。


「この水槽に泳いでいる熱帯魚達は、私と同じように余裕を持って生きている。故に余裕で生活させているんだ。餌も十分にあげているし、その上で困難やトラブルとは関係なく生かしている。

 水を変える時も出来うる限りストレスにならないように心掛け、人間の手を水の中に入れてトラブルにならないように心掛けているくらいだよ。

 ――――だからこの試練では、手を水の中に入れる事を禁止して、石を取って貰う。水を抜く事も禁止だからね」


(……ふむ、なかなか厄介だな)


 石は水の中に、水槽の中にある。

 しかし水の中に手を入れる事も、水を抜いて取り出す事も出来ない。水を入れ替えたり、ピンセットとかの道具で摘まみだす事も恐らく禁止されるだろう。と言うよりも、その程度の解で満足されないだろう。


「この部屋の中の物だったら、なんでも使っては良い。ただし、きちんと元に戻さなくてはならない。さて、君はこの問題にどう答えるんだい?」


「そうだな……」


 この部屋の中の物……か。

 この部屋の中にある物はなんでも使って良いそうだが、この部屋の中にあるのは……こんな感じか。私は机の上に置いてあったメモ帳を手に取り、部屋の中にある物を書きだして行く。


『・額縁に入った大きな絵

 ・熱帯魚が入った水槽

 ・高価そうなオーディオ(90年代の往年の女性歌手のCDが何枚も入っている)

 ・24インチテレビ

 ・小型の自室用冷蔵庫(ビールが数本冷えて入っている)

 ・ボールペン

 ・消しゴムつき鉛筆

 ・メモ帳

 ・日記帳(かなり事細かくメモされている)

 ・高価なアンティークテーブル

 ・ふかふかの緑色のソファー

 ・白磁色の花瓶(中にスイートピーの花が2輪入っている)

 ・名作揃いの本棚』


 ……こんなところ、か。後は些細な物が数点あるが、主だった物はこれくらいか。


「なら、"あれ"を使うか」


 私はそう言って"あれ"を手に取った。

 この試験をクリアする為に。

神坐光の問。

Q)水槽から石を取り出せ。

ただし水槽の水は触らず、抜くことは許されない。なお、部屋の中にある物は使用しても良い。

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