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決別

作者: 川里隼生

 豊田とよだ柑奈かんなが帝都女子高校を卒業して1年が経った。都内の大学に進み、小学校の教師になるための勉強をしている。幼稚園以来の親友である安藤あんどう舞子まいこは電車の運転士を目指して短大に進学。離れ離れになってしまった。だが、柑奈は悲しくなどない。


 帝都女子での卒業式、柑奈が舞子と交わした会話は、いつもとさほど変わらない世間話だった。小学校の同級生は卒業後もみんな同じ中学校に入った。高校は仲の良いグループで同じところを選んだ。それに、別の高校でもメール1つで集合できた。だから高校を出ても自分の交友関係は変わらないと思っていた。


 ゴールデンウィークに事件は起きた。柑奈はメールで舞子を遊びに誘った。より正確に言えば、共通の趣味である野球観戦に誘ったのだ。2人は帝都女子で野球部だった。どちらもスワローズを応援しており、休日に神宮球場の外野席で東京音頭を歌うのはストレス発散にもなった。


「ごめん。水曜日は授業があるから無理。木曜日はどう?」

 舞子の返信はこうだった。木曜日は柑奈が模試を受けねばならない。金曜日からはスワローズが神宮を離れてしまう。学校が違う以上、2人のスケジュールが合わないことは容易に考えられる。だが、これまでずっと舞子と同じタイミングで生活してきた柑奈にとっては始めてのことだった。


 それ以来、舞子を野球に誘おうとするたび、舞子の予定が合わないのではないかと気にかかり、結局メールを送らないままになってしまっていた。6月に入り、柑奈は初めて1人で神宮球場を訪れた。小学生のとき舞子とお揃いで買ったレプリカユニフォームの持ち主は、とうに引退している。


 その日は神宮球場が自分のホームだと思えなかった。外野席の両隣は知らない男性。必ず左にいたはずの親友がいない。いつの間にか柑奈にとって野球観戦とは、神宮で舞子の隣に座ってスワローズを応援することになっていたのだ。スワローズは8回までに2点のリードを奪われていた。まだ9時前だが、柑奈は席を立った。スワローズが逆転勝ちしたことは翌朝のニュースで知った。


 夏休みが間近に迫った7月。渋谷のスクランブル交差点で、柑奈は偶然にも舞子とすれ違った。その近くで高校生の少年が警察官に補導されていたのを記憶している。サッカーワールドカップの開幕戦の日だ。舞子の顔を見て、肩に手をかけようとしてやめた。舞子の視線は横の女子大生に向いていた。柑奈の知らない人物だった。


 その日から数日、柑奈は教室でも考え事をすることが増えた。偶然だろうか、しばらくスワローズが連敗した。これから柑奈と舞子は別の人生を歩んで行くのだ。もしかすると、もう同じ時間を共有することは無いのかもしれない。


 そう考えると、舞子となんて最初から会わなければ良かったと思う日もあった。もし舞子と出会わず、ずっと1人だったら、今もこんなに苦しむことはなかった。だが、柑奈がずっと1人で生きていけるほど強い人間でないことは、柑奈本人がよく理解していた。


 連敗するスワローズを救ったのは大学のサークルで知り合った雨宅あまや文乃ふみのだった。文乃は反応が薄い柑奈をずっと気遣った。忘れていないノートを借りたり、理解している講義内容を質問したり。それは小学1年生の柑奈に舞子がしたことだった。


 まるで文乃は舞子の穴を埋めるかのごとく現れた人だった。この世に神というのがいるとするなら、柑奈が独りにならないように文乃と出会わせてくれたのだろう。柑奈は、もともと人と話すのが好きだ。舞子とも様々な会話をした。そして文乃も話すことが好きだった。


 それ以来、舞子とは高校生のときよりは疎遠になっている。だが、もう悲しいことはない。柑奈には文乃がいるし、舞子にも新しい友人ができた。いずれどこかで出会ったとき、文乃の自慢をたっぷりしてやろう。その答えにたどり着いた日、スワローズは連敗を脱出するサヨナラ勝ちを収めた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ありふれていて、凡庸に徹しているといえば、そのとおりなのですが、文章がしっかりしているので、受け入れやすかったです。人間は、縁だけはどうにもできないのだなと思いました。それについて悲し…
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