放っておいて欲しいだけです。
実力テストが終わり、数日経った頃。制服は軽やかな夏服になり、校内もどこか浮き足だった中で。
「風華。体は大丈夫?」
「……ん。いつもの、時季的なの、だから」
心配かけてごめんね、と風華は紗雪に告げ、廊下を歩く。
季節の変わり目は、どうしても体調を崩しやすい。実力テストが終った翌日も、風華は反動のように寝込んでしまった。
声をかけてくる人は落ち着いたように見えるが、こそこそと話されるのは変わらない。そんな状況に慣れるしかないのが苦しい。
ーーーストレスなんて、感じたくないのに。
「ああ、貼り出されてるね」
少し広い踊り場の掲示板に、実力テストの結果が貼り出される。すでに人が集まっており、小柄な風華からはよく見えない。
南高は結構な進学校である。意外にも同じ中学から進学した者は少ないが。噂でしかないが、晴久と天が入学し、南高の王子様と呼ばれるようになると、入試の、特に女子の倍率がはね上がったという。合格ラインが例年よりも格段に高かったのだ。王子様は伊達じゃない。
「さ、紗雪ちゃん」
「何ー?」
「見え、る?」
「んー、いや。無理だわこれ」
南高は公立ながら4年制の大学進学率が高く、保護者受けがいい。テストや補講も多く、成績も上位者は貼り出される。
学年トップ3から落ちたことのない晴久は、その点でも有名だった。
かくいう紗雪も、中学ではトップの成績を誇っていたし、前回の定期考査でも学年7位に入っていた。
「あ、高山さん」
びくり、と肩を震わせて後ろを向くと、クラスメートの女子が数名かたまって、風華を呼んでいた。
「高山さん、絶対上位でしょー?」
「ねー、高山先輩の妹なんだもん」
「中間は知らなかったから見落としちゃったけど」
「先輩みたいに、頭いいんだよね?」
「ねぇ、何位何位?」
騒ぎ出した集団に、結果の前にいた生徒も注目し出す。中には、「アレが王子様の妹か」とぶしつけな視線を向ける人もいる。
「ぁの……」
風華の成績は、よくも悪くもない。国語だけは紗雪に負けず上位に食い込むが、総合計では平均を超える程度だ。
思いがけず衆人の目にさらされ、風華は体がこわばるのを感じた。
「ちょっと、アンタたちっ」
声を荒げようとした紗雪にかぶさるようにして、クラスメートたちは言葉を重ねる。
「あれー?どこー?」
「ちょっとよく見なよー」
「高山さんに、っていうか高山先輩に失礼じゃーん」
ーーーこれは、悪意だ。
小さくクスクスと笑い声が聞こえた。
ぐるり、と視界が回る。
ーーーそういえばあの人たち、この前お兄ちゃんのアドレス教えてって……。
教えられるわけ、ない。そんな、晴久の迷惑になりそうなことを、進んでしようとも思わない。
「……妹だからって、独り占めしてんじゃないわよ」
「っっっ」
「うわー、さすがはる。外さないねぇ」
宏和は素直に感心する。晴久の名前は、上から探したほうが早い。今回も2番目に名前を見つけた。ちなみに宏和は成績上位者で貼り出されたことはなく、もっぱら補習対象者で名前が貼り出されてる。
「すごいなぁ。はる」
そうして感心したように言う天は、貼り出される紙の端っこに名前が載ればいいほうの成績だ。今回は残念ながら載っていなかった。
「高山くん、2位だって。すごいね!」
「晴久ぁ、勉強教えて?」
「えー、私に個人授業して?」
わらわらと晴久の周りにたかる女子たち。可愛く、綺麗な子が多いけど、強引で厚かましい。どんどん晴久の眉間のシワが深くなってくる。不機嫌オーラ出しまくりである。
「……うるせぇ。べたべた触んな。名前で呼ぶんじゃねぇよ」
人垣をかき分け、掲示板の名前を確認すると、晴久は宏和の元へ近づいてきた。
「あちゃー、機嫌悪いなー」
「下の名前で呼ぶのを許可した覚えはねぇ」
「ですよねー」
付き合いの長い宏和の隣はなんとなく居心地がよく、晴久は小さく息をはいた。肩の力が抜ける。
「お前は……聞くまでもないか」
「嫌味ですか嫌味ですか」
ふっと笑う晴久は貴重だ。同性ながら見惚れてしまう程、綺麗な顔。まとう雰囲気は鋭利だが上等。見慣れているはずの宏和からしても、たまに近寄りがたい。ただ、それは人を魅了するが、同時にトラブルも生んだ。晴久を、孤独にした。
それを間近で見てきた宏和には、晴久が風華に構うのは1種の現実逃避なのかなー、と思うことがある。風華は引っ込み思案でビビりでおとなしいけれど、晴久を裏切らないし、絶対の信頼をおいているから。
「はる様!勉強教えてくださいませっ」
「は?面倒くせぇ」
「いや、まじ期末ヤバいだって」
「知るか。自業自得だろーが」
「そう言うなよー。行くとき風華ちゃんの好きな駅前のタルト買ってくから。なー、お願いします!」
「……仕方ねぇな」
ーーー風華ちゃん様様!
晴久に頼み事をするときは、風華の好物をお土産にするといい。
そんな幼馴染み間の暗黙の了解。
南無南無と心の中で宏和が唱えていると、晴久が聞き耳をたてるように背筋を伸ばした。
「下うるせぇな」
「えー……あ、ほんとだ。この下だと、1年?」
南高は、3年が3階、2年と1年が1・2階を使用しており、両サイドに踊り場がある。この時期は実力テストの結果が貼り出されるが、晴久たちのいる踊り場の下は、1年の結果が貼り出されているはずだ。
「……はる」
「……んだよ」
「……トラブってんの、風華ちゃんたちじゃ、ないよね?」
「……」
中学でも高校でも成績が貼り出されたことはないので、想像です。
今は個人情報うんちゃらで掲示はされないのかしら?