始まりが謝罪からなんて申し訳ないです。
ようやく……!
「あの子でしょ?高山先輩の妹って」
「えー、そうなの?先輩、妹いたの?」
「全然似てなくない?」
「ってか暗っ」
「ちっちゃ」
「先輩の妹とか、ズルくない?」
晴久と兄妹だと周囲に知られ、風華の日常は微妙に変わった。
向けられる視線。風華を通じて、晴久に近づこうとする人。好奇心、憎悪、苛立ち、からかい、哀れみ。視線に敏感な風華にとって、それらはストレスでしかなかった。
「すごいぞ、顔色」
「じ、自覚、してます……」
頭痛と体のダルさを理由に、紗雪に保健室へ送り出された風華は、笹塚からハーブティーを受け取り、ふーっと息を吹き掛けた。季節的に自販機からもホットがなくなる時期だったけれど、クーラーのきいた保健室は肌寒く、指先から伝わる熱は風華をほっとさせた。
「……まぁ、なんとなく理由はわかるがな」
「……」
授業中のせいか、辺りは静かだった。風華は黙って、ハーブティーを飲んだ。こんなに静かなのは、いつぶりだろう。些細なことばかりかもしれない。だけど確実に、風華は何かが削られていっているのを感じていた。
「……せ、先生」
「何だ?」
「ぁの、その」
「うん」
「先生、は」
「しっつれーしまーす」
び、びくっ。
勢いよく開けられたドアに、ひょっこっと顔を出した長身の男子。どこかで見た顔だ、と思ったが、風華ははっきり思い出せなかった。
でも。
「あれ?女子?」
その向けられた、グレーがかった珍しい色の瞳。
ーーーこの目、どこかで。
「葉月、お前はいつもいつも。ドアは静かに開けろといつも言ってるだろう」
「すんません……でもこれ」
差し出した手からは、たらりと血が垂れていた。
「……っ」
ーーー血っ。
風華は息をのんだ。微かに、鉄臭い。
「お、ま、え、は!そこ座れ」
「へーい」
ちらりと視線が向けられる。
ーーーあぁ、これは。
ーーー嫌われている。
「……先生、奥の、ベッド、借ります」
しゃー、とベッド周りのカーテンを引き、消毒液の匂いのする布団に潜り込む。横になると頭痛がひどくなったような気がして、ぐっと目を閉じた。
「あぁ、薬がいるなら言えよ。高山」
「……はい」
声は聞こえる。だけど、視線がないだけで、ずいぶんマシだった。
「高山?高山っつった?今」
「おい、葉月。大人しくしろ。消毒できん」
「まさか、はるの、妹……?」
「……それを知ってどうする?」
「え?」
「お前が最近、高山と喧嘩したらしいのは知ってる」
「だって、はるが」
「でもそれは、あの子には関係ないだろう?」
「……関係、なくない!」
大きな声に、ベッドの中で風華は体をびくつかせた。意識を向けていたわけではないけれど、聞こえてくる会話が耳に入ってくる。
どうやら、晴久の友達らしい。そして喧嘩中。
ーーー私の、せい?
ガタガタと体が震えてくる。
「あの子のせいじゃん。はるが、はるが俺と目ぇ、合わせてくれない。別にあの子のこと、いじめたりしてないし、何もしてないのに!」
「……はぁ。血の気が多いと、血ぃとまんねぇぞ。まぁ、もっかい自分の言動振り返ってみれば?」
「っっっ……」
ーーーあの人と、会ったことがあっただろうか。
布団の中でもぞもぞと動きながら、風華は考える。
ーーー特徴……長身。綺麗な顔。お兄ちゃんの、友達。
ーーーあと、グレーがかった、珍しい色の瞳。
ーーーん?あれ?どこかで……?
シャアアアア!
「高山妹!睨んで悪かったな!」
「ふへっ」
ーーーあぁ、そうだ。確か、前も保健室で。
布団から顔の上半分だけを出し、風華は男子ーーー葉月天を見つめた。
晴久とは違う、甘さを含んだ美形。最も今現在は不本意です、といった感情を隠さない、大変不機嫌な表情だったけれど。
晴久はどこか鋭利な刃物を思わせる、しゅっとした美形だ。クールでそつがない。頭もよく、動きもスマートだ。言葉は……悪いけれど。だからこそ、たまに見せる笑顔の破壊力は抜群で、それを向けられる風華に羨望と妬みが集まる。
対して天は、砂糖菓子のように、甘い甘い顔立ちをしている。ふわっとした、緩くパーマのかかった茶髪がよく似合う。特に女子には素っ気ないが、晴久などのなついた相手には、甘ったるい声を出して甘える。
そんなふたりは、他校でも有名な、“南高バスケ部の王子様”だ。
「な、何とか言えよっ」
ポカーンとしていた風華にしびれを切らし、天は更に声を荒げる。
「え、えと……」
駄目だ。頭が痛くて、考えがまとまらない……。
「ん?お前……」
突然伸びてきた手に体を硬直させると、風華はぎゅっと目をつむった。
ひやっ。
ごつごつした関節ばった手に、固い皮膚。風華がおでこに感じたのは、怖いよりも気持ちいいだった。
「熱、あるな」
ひゃ、と声は出なかった。驚きはしたものの、その手の感触は、どこか晴久に似通っていて、うつらうつらしてくる。
「帰った方がいいんじゃないか?」
「俺もそう思う……が、そろそろ手を離せよ。触れることを許可した覚えはねぇぞ」
おそらく、天は独り言か、もしくは笹塚に話を振ったつもりだったのだろう。だが、背後から返された声はさっきまでいなかったはずの、晴久のものだった。
「えっ?はる?」
「お、兄ちゃ……」
冷ややかな視線を天に向けた後、晴久はとろりと溶けるような笑みを浮かべ、風華のおでこにある天の手をやや乱暴に退けた。
「大丈夫か?さゆから体調が悪そうだって連絡もらってな」
「……ぅん。大丈夫」
「風華の“大丈夫”は大丈夫じゃないことのが多いだろ。今日は帰れ」
「で、も……」
実力テストも近いのに、という言葉を飲み込んで、ふわりと撫でられる気持ちのよさに微睡む。
「とりあえず少し寝ろ。あとでまた来る」
「ん……」
風華は安心して、ゆっくりと眠りに落ちていった。
お互いを認識しました。な、長かった。