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逃げることも時には必要だと思うのです。

次に風華の視界に広がったのは、白い天井だった。鼻をかすめるのは、消毒液の匂い。

ーーー保健、室?

腕を伸ばし、手を握りしめる。


ーーー私、気絶したんだ。


何度目だろう。世界と自分を遮断することで、風華は自分を守ることを覚えた。同じ回数だけ、自己嫌悪に陥ってもなお。



耐えられないのだ。



目尻から涙がこぼれる。自分が情けなくて、情けなくて……。




ーーー消えてしまいたい。


声を出さずに泣くようになって、どれくらい経つだろう。誰にも気づかれたくない。そんな小さなプライドだけが、風華に残っていた。


少し乱暴に涙をぬぐうと、風華は一呼吸して、体を起こす。

ベッドから降り、周りのカーテンを開けると、養護教諭の笹塚ささづかが荷物をまとめて帰り支度をしているところだった。


「ーーー起きたか」

「はい。ご迷惑を、お掛けしました」

「いや、真壁先生が乗り込んできたときはびっくりしたが……あの細い体に、どんな馬鹿力かと。まぁ、後でお礼を言っておけよ」

「……はい」

「気分はどうだ?」

「……大丈夫、です」

そんな風華の言葉は信じていないかのように、笹塚は「送ろう」と言う。

「そこまでしてもらうわけには……」

「なら、誰か付き添いを。まだ校内に残ってる友達……いや、お前には兄がいたな」


ビクッ。


反射的に体を縮ませた風華を見下ろし、笹塚はやれやれと肩をすくめる。

「3年の、高山晴久だろう?バスケ部なら、もう少しで終わるんじゃないか?」

「……ぁの、」


ーーーひとりで、大丈夫です。


起きたばかりで混乱しているのもあるのだろう。風華は紗雪のことが頭からすっぽり抜けてしまっていた。

風華の言葉を遮り、ドアが勢いよく開けられる。

「さっさづかセンセー!あ、よっしゃまだいた。テーピング頼んます!」

大きな声に体をびくりと反応させて、恐る恐る風華はドアのほうへ視線を向ける。


「あれぇ?取り込み中?こんな時間に?」


長身の男子生徒が、練習着だろう格好で立っていた。その彼の目が、すぅっと、細められる。グレーがかった、珍しい色の瞳。口元は笑みを浮かべているのに、軽蔑の色が浮かぶ視線が投げられる。

風華は息をのむ。



ーーーまた、こんな目……!



ーーーもう、嫌だ。



「せ、先生。本当にだ、大丈夫、です、から。その、友達、と、一緒に、帰る約束してます」


ベッドの脇にあった鞄を抱え、風華は勢いよく頭を下げた。

それから、その場から逃げた。後ろから、少し焦った声で「待ちなさい」という笹塚の声がしたけれど、風華は振り返らなかった。






どこをどう走ってきたのか。風華は周りなど構わず、下駄箱へとたどり着いた。

運動は得意ではない。追いかけられたら、すぐに捕まっただろう。それでも、後ろからは何の音も聞こえなかった。笹塚も、名前も知らぬ男子生徒も、風華を追いかけはしなかった。

荒い息を吐き出して、風華はこれからの高校生活を呪った。

きっとすぐに、兄のことが知れてしまう。ーーーあの高山晴久の妹だ。

そんな目でしか、自分は見られない。

矢面に立たされるのは晴久のほうが多いかもしれない。だが、晴久が卒業したら……?でき損ないの妹だと、みんなから指を指されるのが、風華は怖かった。


「……風、華?」

しばし立ち尽くしていた風華の背後から、荒れた息の紗雪の声がした。

「あぁ、もう、よかった!教室にいないから、どこいっちゃったのかと……って、その格好……」

眉尻を下げた顔から一変、紗雪は顔を強張らせて、「言いたくないなら、その、言わなくていいんだけど……何か、あった?」と小さな声で聞いた。

風華は慌てていて気づいていなかったけれど、シャツのボタンは第2まで外され、ネクタイもゆるめられ、スカートの裾も乱れていた。

ブレザーと鞄を小脇に抱えている姿は、紗雪から見ればあられもなかった。


ーーー違う。


「っ……」

「風華?!大丈夫!大丈夫だから!」

崩れ落ちそうになる風華を、紗雪は慌てて受け止めた。

「違、うの……気分、悪く、て、保健室、で、寝てた、みたい、で」

「そう……そっか」

おそらく、それ以上のことはあっただろうが、紗雪は問わなかった。

「……ヒロ、悪いんだけど、風華とふたりで帰るから」

「あー、うん。わかった」

気をつけてな。うん。

宏和はきびすを返し、下駄箱から立ち去った。


ーーーたぶん、ヒロは晴久先輩のところに行ってくれたはず。

阿吽の呼吸ではないが、長らくそばにいると、なんとなくしてほしいことがわかることがある。

ーーーま、これで行ってなかったら、あとでしめよう。うん。


「風華、帰ろうか。服、直そうね」

「……うん」

よろよろとだが動き始めた風華に、紗雪は小さく息をこぼし、その小さな背中に手を当ててゆっくりと帰り道をたどった。


思った以上に長くなりそうです。

いまだにお互いを認識すらしてないですし……。

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