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初めて言われた言葉です。

その日は珍しく紗雪が熱を出し、学校を休んだ。登校は晴久の朝練時間に合わせて一緒にきたが、基本的に風華は教室でひとりになる。紗雪と一緒にいると言っても、ふたりでずっと話しているわけではない。紗雪は紗雪で雑誌を読んだり、部活の雑務をしたりしているし、風華は風華で、図書室で借りた本を読んでいる。

だから、行動だけとれば、風華はいつもと変わらなかった。ときおり届く紗雪からのメッセージに返事をするくらいで。




「ちょっと顔貸してもらえる?」


その人は唐突にやってきた。

昼休み、1年生の教室でも気にすることなくずかずかと風華の机の前までくると、読んでいる文庫を取り上げ、無遠慮に風華を見下ろす。

周りは何事かと視線を向け、風華は興味津々に向けられた好奇心の塊に体を震わせた。


ーーー誰?


見覚えは、ない。

「ちょっと聞いてんの?」

「ひぃっ」

「……何よそれ。あたしが悪者になるでしょ!」

ちょっと来なさい、と腕を取られ、無理矢理教室の外に出される。紗雪以外に親しい友達もいない風華を、助けてくれる人はいない。


ーーーどこ、連れてかれるんだろう……。


怖い。けれど掴まれている腕は外れそうにない。良くなったばかりの右足に、力をこめるのはまだ抵抗があった。そうして、ずるずると引きずられるようにして着いたのは、2年生側の踊り場の陰だった。




「あんたが、高山先輩の妹よね?」

こくこく、と壊れた人形のように無言で首を振る風華を、更に厳しい視線でい抜く。

「邪魔」

「……」

「言われてること、理解出来るよね?馬鹿じゃないでしょ?」

「……」

「高1にもなって、お兄さんにべったりって恥ずかしくないの?」

「……」

「聞いてんの?ねぇ」

伸ばされる手に、押されたときの恐怖が蘇り、風華はしゃがみこんだ。目の前がちかちかする。


「なーにぃ?千歳、1年じゃない?その子」

「しめてんのー?ウケんだけど」

「邪魔しないで。コイツ、高山先輩の妹」

「え?これが?」

「マジで?噂以上のちんちくりんじゃん」

「ちょっと、あんたしゃがみこまないでよ」

ぐい、と腕を引かれ、強制的に立ち上がらせられる。

いつの間にか人数が増えている。

全部で3人。短いスカートに、軽いメイク。全員が全員、派手めの印象を受ける。

それが揃って怖い顔で、風華を見下ろす。

「全然似てなくない?」

「もらわれっ子だってもっぱらの噂じゃん」

「……っ」

「それなら納得ー」

「だから余計に目障り」

笑い声が耳にこだまする。視界がグレーがかって、気が遠くなる寸前だとわかる。

囲まれているので、人がいるのかわからない。2年生側の階段は、日当たりも悪く、じめじめした印象で、どこか暗い。


ーーーどうしよう。


紗雪がいない今、頼れるのは自分だけだ。2年生に知り合いはいない。バスケ部の先輩も、名前と顔が一致している人はごく一部だ。


「せっかく顔覚えてもらったのに!」

そう言って、風華の腕をぎりっと掴む。

「……っ痛ぁ」

反射的に涙が出てくる。3人の内、ひとりは「ちょっとヤバくない?」と少し焦った様子を見せた。

でも、腕を掴んでいる、風華を呼び出した張本人は聞く耳を持っていない。

「うっさい」




「うるさいのはアンタだよ。手ー離したらー?」


場にそぐわない、のんびりしたように聞こえる声。風華は頭上から落とされたその声の持ち主を見上げた。

最近耳に馴染んできた声。ーーー天が、4人を見下ろすように、こちらを睨んでいた。


「葉月先輩っ」

「あの、これは違うんです」

「ちょっと話してただけで」

「へー。話。後輩の腕掴んで、目立たない影で話すことってなぁに?俺にはわかんないけどー?」

「だからっ」

「痛っ」

再び痛みを訴えた風華に焦ったのか、掴まれていた腕は解放された。


ぽろり、と反動で涙がこぼれる。


「あ……」

ーーー止めないと。

そう思うのに、涙は風華の意思に反して、こぼれ続ける。


「……もう行けばー?」

「っっっ」

3人はそれぞれ、バツの悪そうな顔で、面倒に巻き込まれた悔し顔で、全部風華のせいだと言わんばかりの憎々しげな顔で、去っていった。



ずるり。

風華は体から力が抜けたように、廊下に落ちた。掴まれていたせいか、指先が小さく震えている。


「……大丈夫、か?」

「……っ、先輩、は、なんで」


ーーーどうして、こんなタイミングで。


「はるがバスケ部員には部活外でもあんたに注意するよう、お達しがあって」

「お兄ちゃんが……?」

「今回は、2年が呼びに来たとき、はるいなくて」


ーーーそう、か。先輩とお兄ちゃんは、同じクラスだ。


「……ありがとう、ございました」

涙はこぼれたが、ようやく終わりを見せた。震えていた指先も、だんだんと感覚を取り戻す。


「……もぅ、大、丈夫、です」

こんなこと、たいしたことじゃない。中学の時だって、よく絡まれたじゃないか。



「っ、あんたは!」


その声が大きくて、風華はびっくりして息をのむ。頭を下げたまま固まった風華に気づいているのかいないのか、天は続けて言う。



「怒っていーの!」

「え……?」

「あんなの、あんたは悪くないじゃん。勝手に絡まれて、勝手なこと言われて」

「……」

「なのにどーして、あんたは黙ってんの?」


ーーーそれ、は。




「あんたは、怒っていーんだよ」


甘ったるい言葉をかけられるようになる……はず。

千歳ちゃんは最初ひとりで乗り込んでくるとこはまだいいけど、たぶん思い込み激しいタイプで面倒くさそう。

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