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「……そして事実は、更にそれ以上だったのよね」
アリシアはその後機械神操士となり、そしてリュウガ(リュウナもだが)の本質を知ることになる。
最終的には神髪なんていう、アリシアですら想像もつかなかった、かなりおかしい力を具現化させるのが最終目的だと知った。機械神操士としても自分のように招聘されたのではなく、最初からそれに関連付けられた生き方を強要されていたのだった。
人間自身の身体能力を限界まで引き上げた、いわゆる「果て」と呼ばれるものがアリシアなのだとしたら、リュウガはその先にいる。果ての先。
アリシア自身が彼女の力を再現できるのかと問われれば、それは無理だと彼女は答える。虚言を使って自分を大きく見せたいとは思わないし、相手は虚言で取り繕うって間に合わせられるほど、矮小なものではない。
何千年と続けられていた、ドラグシェルシードと呼ばれる眠り姫をただ増やし続けるだけの作業。
まったく無駄な行為にしか思えなかった果てに、生まれたままにして眠り続ける13人目のドラグシェルシードとして彼女も生まれたのだが、彼女は番外ともいえる妹のおかげで目覚めることができた。果てに、先ができた。
彼女が目覚められたのは、多大なる偶然と多大なる時間が重なった結果。どちらか一方だったらアリシアも目を向けることは無かっただろう。
しかし彼女がいるのは、自分がどうやっても辿り着けない領域。完璧であるはずの組み合わせから外れている場所。
そんな所にいる彼女がどうなっていくのかを、アリシアは見たくなった。自分では辿り着けない領域に彼女は踏み出せる。そんな彼女の生き様を。
それはただの観察対称なだけなのかも知れない。だが、アリシアほどの魔術の使い手が興味を示したのだがから、それだけでも凄いこと。
「……」
「ずいぶんと優雅な時間の過ごしかたっスね?」
今の彼女は無心なのか思考中なのか、その表情からは窺い知れないアリシアへと声がかけられた。
「何よ勝手に入ってきて」
アリシアが組み立て中のパズルから顔を上げると、道化師のにやけた顔があった。
「ノックはしたっスよ、ちゃんと」
自室に勝手に侵入したのを咎められたウォルテはそう言う。多分そうなのだろう。しかしいくら集中していたとはいえ、ノックの音に気付かないとは。自分自身も色々と満身創痍なのだろうとアリシアも思う。
「しっかしこの期に及んでパズルとは、アリシアも余裕っスな」
「修理や換装は整備兵任せだからね。じたばたしてもしかたない」
それに相手は、全く気配を消して行動できるのだからこれ以上問い詰めても仕方ないと、アリシアは軽く息を吐いた。
「パズルゲームでもする?」
アリシアは今まで作っていたジグソーパズルをバラバラにしながらそう言う。
「パズルゲーム?」
ウォルテが不思議そうな顔をしながら様子を見ていると、アリシアは解体したパズルを再び組み立て始めると、あっという間に外周一列だけの四角い輪を作った。
「こうやって外側だけを作っておいて、中のピースを一つずつ埋めていくゲームよ。自分が選び出したピースがはまらなかったらその時点で負け」
「へー、おもしろそうっスね。でも絵柄で合わせればいいんっスから簡単じゃないっスか?」
「使うのはこれよ」
そういってアリシアが背後の棚から箱を一つ取り出した。箱の表面には「ジグソーパズル・白色」と書かれている。
「まっしろっスか!?」
「なにか問題でも?」
思わず驚いたウォルテの言葉を、アリシアがあっさり制した。
「い、いや……」
「公平を期するために新品を開封するわ」
アリシアの自室の奥には、封の開けられていない同じ形の箱が何個も積み上げられていた。
「ああそうそう、わざと負けようとしたら許さないから」
先ほどまで組んでいたパズルを片付け、白色のパズルを空いた場所に広げながらアリシアが言う。ウォルテにも手伝ってもらい、まずは外周のピースを選び出す。
「もしズルしたら、わたしはどんな愉快な拷問を受けるっスか?」
見つけた角のピースに一つずつ外枠を継ぎ足しながらウォルテが聞く。
「殺すわ」
「うわぁーっス!? それは刺激的なお答えっスな?」
「なによ、このまま何もしなければ、日付が変われば世界は終わってるのよ。命を差し出すぐらい何よ」
「まぁ……それもそうっスけど、もし相手が不死身の存在だったら、そのルールはどうなるんっスかね」
「相手を本当に殺さなければならないのだったら、どんな手段を使ってでも殺しに行くわ」
「……ほんとに?」
アリシアのその言葉を聞いて、ウォルテが少しだけ目の表情を変えた。
「……あなたにわたしを殺すことができる準備が全部揃ったら、本当にぶっ殺しにきてくれるっスか?」
そしてあくまで何気ない口調で問う。
「あんたが何を言っているのか皆目見当もつかないけど、あたしはいつでも本気よ」
そうこうしている内に、外周のピースが揃い準備が完了した。
「なんかこの準備中の作業が一番楽しいっスな、アリシアと共同作業♪」
「さっさと始めるわよ」
アリシアはそう言いながら「先攻も後攻も特に変わらないからあたしからやるわ」と言いながら、広げた残りのピースの山から無造作に一つ選び出すと、外周の内側の一つにはめた。見事にはまる。
「すごいっスな、初手から一撃必中っスか!」
「このゲームは選んだピースがはまらなかった時点で終わりなの。初手も必中もクソもないわ」
「わたしは、そうやってたまにお下品な言葉をアリシアが使うのが、たまらなく好きっス」
ウォルテはそんなことを言いつつも、山から選び出したピースを自分もキッチリとはめた。
「……さすがね」
そうやってお互い初手をこなすと、後は黙々とパズルを埋め始めた。
「すごいっスなー、全然ミス無しっスなー」
「あんただって外枠を選び出す時に、全部のピース見てるでしょ」
「まぁそうっスけど」
アリシアが提示したこのゲームには、運の要素はほぼ無いとって良い。たまたま選んだピースがはまることはあろうが、それがゲーム終了まで続くのは、運の良さという領域ではない。
ピース一つ一つの形状を瞬時に計測・計算する空間把握力と、それを覚える記憶力、そして覚えたピースをどこに回すかを思考する中央制御力――統率力が必要になる。運を完全に実力で補うのがこのゲーム。
そしてその三つとも、普通の人間の能力を超える力が必要であるのだが、二人はごくありふれた遊戯をこなすように、簡単な手付きでピースをはめていく。全く間違えることなく。
「このゲームって最後はどうなるんっスか?」
二人がかりで半分ぐらいパズルが埋め終わった時に、ウォルテが訊いた。
「引き分けよ」
何気ない動作で山から取り出したピースを、これまた何気ない動作ではめたアリシアが、何気なく答えた。しかしその全ての何気ないが、恐ろしいほど計算しつくされているのはウォルテにも分かった。
「一人でやり始めても複数人でやっても、ほぼ全ての人間が途中で根を上げる。だから勝敗を設定する必要も無い」
「最初から引き分けが決まってるゲームっスか……ちょっと思いつかなかったっス」
半分以上埋まってしまえば、後は埋める空白もはめるピースも選択肢が少なくなり、ゲームの進行は早くなる。しばらくすると、お互い三枚ずつの残り六つのピースだけが残った。
「もう終わっちゃうっスな」
残り六ヶ所の空白となって、ウォルテが名残惜しそうに手を止めた。
「そうね――でも」
アリシアも山からピースを選ぶ手を止めて相手の方を見た。
「これを最後まで失敗なくピースを押し込めることができるのは、この星の上ではあたしとあんただけよ」
「はははー、こいつは一本取られたっスなぁー」
「……」
「……」
アリシアと同等の力を見せたということは、いつもおどけて見せているこの女性が、やはり機械神操士と同じか、それ以上の能力を持つ者と証明されたことになる。アリシアはこの遊戯を利用してウォルテの真の力の片鱗でも見れればと思ったが、彼女は此方の意図に乗ってくれた。
「ねぇ道化師、あんたは本当に最後まで何も手を貸さないつもりなのか?」
「わたしが一切手を貸さないのは、わたしが手を貸したことで、わたしが本当に求めるものが崩れてしまうかもしれないからっス。そうやって結構色んなところでしでかして、もう何万も何億も待ち続けましたからねぇ」
ウォルテという道化に甘んじている異の存在。しかしその内面には恐ろしいほどの力がたゆたっている。
アリシアはそれを口には出さず、ウォルテも自ら認めようとはしないが、二人の間では既にそれは確定事項として取り扱うのを了承したらしい。
「じゃあ一切の干渉が許されない監視者って訳じゃないのね」
そんな彼女が、終局を迎えようとしているこの世界に力を貸す可能性は、ウォルテ自身の口ぶりからすると、あるということらしい。
「破壊神を倒せるっていうピースは、ほんのちょっと背中を押してあげるだけでそろいつつあるっスよ。世界ももうすぐ終わるって言う、これ以上ない恐慌効果もあるっスし」
明日から先に世界の存続は保証されていない。しかし、もしエンドベルを倒せれば世界は元に戻るかも知れないというかすかな望みは残されている。今までいがみ合っていたものが団結するには最高すぎる条件ではある。
「でもっスね、ここでわたしがちょっとでも捻じ曲げたら、それでしくじってわたしが求めるものがもう永遠に手に入らないかも知れない可能性もあるっスよ。そして代わりのモノを探すにも、また何万も何億もかかるのかと思うと、もう自分は手出ししないで成り行きを静かに見守るのが一番になっちゃうんっスよ、木とか石とか水みたいにね」
「世界が終わるっていうのに?」
「……うーん、アリシアには言っちゃうっスけど、世界の終わりってヤツももう何度も見てきたっスからね。この星ほどに酷いのは早々見ていないっスけど、世界の終わり程度なら結構見てるんっスよ」
途方にくれたような顔でウォルテが言う。
「それに、この星を救ってしまったばかりに、他の星にあるわたしが求めるものが無くなってしまうかも知れない可能性ってのもあるっスからね。それを考えたらわたしにとっては割に合わないお仕事なんっスよ、世界を救うなんて」
「じゃあ話を変えるわ。世界をぶっ壊すために力を貸してくれないかしら」
アリシアは真面目な表所を崩さないままそう言う。
「あたしの目的はただ一つ、世界を壊せる相手を倒すために、あいつは本当の力を出せるのか。そしてあたしはその力の発現を目にすることができるのか」
アリシアがここまで生きてきた理由。それが彼女が今日の日が終わる最後まであがいている理由。
「もうアリシアも、この世界が救われるとは思ってないんっスね」
「あたりまえよ」
ウォルテの嘆きをアリシアが簡単に切って捨てた。
「四百年前にこの四百年に一度の十三月一日を決戦日と決めた時点で、世界はこの日に終わると決まっていた」
溜め息混じりにアリシアが言う。
しかしエンドベルに干渉せず何もしなくても、結局いつかは傀儡だけになった静止した世界が残る。そしてそれを誰も望んではいない。この二つを天秤にかけて、今日を決戦の日とすることを人間は選んだに過ぎない。
「この日付の先にあるのはエンドベルという災厄がいるかいないかの違いしかない。平和な世界なんてこの先にはない」
しかしそれは結果的には 選んだ選択肢は人間たちとこの世界の命数を、この日で終わるのを予め決定付けただけった。そして破壊神を討つ主目的すら不完全なまま終わろうとしている。このままでは最悪の結果しか残らない。
「だからあたしの望むことは唯一つ、世界を壊せる相手を倒すために、あいつは本当の力を出せるのか。そしてあたしはその力の発現を目にすることができるのか、それだけ」
「たとえこの世界と引き換えになったとしても、相手を倒すってことっすね」
「そんな高尚な理由なんかじゃない。あたしはあいつの本当の力ってのを見てみたい。ただそれだけ」
ウォルテの問いに、アリシアがもう一度答える。
「あたしがどうやっても辿り着けないその真の力ってのを、最後の瞬間にほんの一瞬でもいいから目に焼き付けて死にたい。それだけよ」
世界全部を生贄に差し出しても、自分の目的を達したい。
アリシアは、その自分自身の我儘で動いている。そしてそれを本人も隠そうとしない。
アリシアの考えは傲慢だ。自分勝手の局地だろう。人間嫌いが極限まで達したらこうもなれるのか。エンドベルがいなければ彼女こそこの世界・この星の支配者であり破壊者だろう。
だが――もし、もしもこの星・この世界に、後に続く者がいるのだとしたら、それは例えようもない正義だ。
この世界は今日で終わるのに、それでもその先にあるかも知れない明日を生きる者たちに、破壊神のいなくなったこの世界を残す。そこにはもう何も無くなっているのだが、終わりの鐘を鳴らすものという究極の災厄も無くなっている。
「もし、それが見れるとしたらどうするっスか?」
それは悪でもあり正義でもある。そんな矛盾する意志が、自分が求めるものに近いのでは――?
この世界では道化でしかないはずの異の存在の心を、その意志が少しだけ動かす。
そして動いたのだとしたら、そのほんの少しだけで十分だった。
「あんたが力を貸して、やってくれるのか?」
アリシアが道化師に問う。
「――」
しかしそれには彼女は答えなかった。
アリシア自身が伝える必要があるからだ、自分の心からの意思を。
「もし見れたのだとしたらあたしがあんたに付き合ってやるわ、何億でも何十億でも、あんたの本当の目的を達するために」
アリシアはなんでもないことのように、しかしそれでも決然とした声でそう言った。
「……ほんとっスか?」
ウォルテが少し目を見開いて問い質す。
「あたしが嘘を言った時があったかしら?」
「でもアリシアは普通の人間だからすぐに死んじゃうっスよ?」
「人を不老不死にするくらいできるんじゃないのあんたなら?」
「……永遠に生きるってのはつらいことっスよ?」
「あの力の発現が見れるのなら――あたしがどうしても辿り着けない力が見れるのなら、代償としては十分だわ」
アリシアのその言葉を聞いて、ウォルテが微笑する。それは女のアリシアが見ても、恋をしてしまいそうな儚くも美しい微笑だった。
「わたしを殺すと言ってくれた時、アリシアの瞳は本当に本気の色だったっス。もうそれだけで十分わかってたっスよ」
「意地悪ね。そこまでわかっててあたしにここまで言わせるなんて」
「たまには意地悪もしたくなるっス。しかもそれがアリシア相手なら」
ウォルテはそう言いながら残り六ヶ所となっていたパズルから、更に一箇所外すと、山の中に戻した。空所はこれで七つに戻る。
引き分けが最終結果となっているこのパズルゲーム。それがいかにも今のアリシアの考えらしい遊戯だなと。だからこれは自分もこの戦いに乗るための意思表示。
「ならばちょっくら、世界をぶっ壊すためのカケラを集めてきますっスかね」
ウォルテはアリシアに言うのでもなく、自分に問いかけるのでもなく、机の上に残った七個のピースに語りかけるように言った。
「アリシア、わたしも自分の欲望に従って動こうと思うっス。それはみんなの気持ちを弄ぶことになるだろうけれど、弄ばれてでも手に入れたいと願うならば、わたしの言葉を聞くっス」
ここで一旦終わりです。
本当は全部書ききった後に投稿しようと思っていたのですが、最初と終わりは構想は終了しているのですがその間の部分(起承転結の承転の部分)が思いつかないので、とりあえず最初の部分のみでの投稿です。
色々考えてみまして、やっぱり一番最初の物語が無いのもおかしいので。まずは一応決まっている(一応ですが)部分である最初の章だけでもと思い投稿した次第です。
これから色々練り直して執筆を進めたいと思っているのですが、なんか数年くらいかかってしまうような気もします。
ですが、中には凄い短編のお話もあるので、そういうのでも良いのかなとは思っております。
一番最初の物語なので、完成させるのがまずは一番大事なので。
とりあえずは、ここまで。




