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龍焔の機械神  作者: いちにちごう
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第二章 1

「……」


 帝国府内の自室に戻ったアリシアは、机の上に広げたパズルのピースを黙々と組み上げていた。


 何か考え事をしたい時や、またはその逆で頭の中を空白にしたい時には、アリシアは好んでパズルを組んでいる。


 そしてその行動は、アリシアが生きてきた人生の歩み方そのものでもあった。


 この世界はパズルみたいなもので、ピースという予め作られたルールを、必要な場所へとはめ込めんでいけばあらゆる様事は完結する。それが彼女の考え方だ。


 アリシアは雷帝と異名を持つほどの雷撃を使える魔術師。彼女から機械神操士という肩書きを取り除くと、それが残る。残ったそれは、最強の証明。


 単純に魔力の強さだけで言えば、世界最高位の人間になる。ドラグシェルシードであり魔術師であるリュウナですら、魔術の行使に関しては敵わない。


 雷撃や電撃は魔術の中でも難しい部類のものになる。初歩的な電撃呪文ならば誰でもすぐに扱えるようになるが、そこから発展させていくのが茨の道なのだ。


 魔術は理解しなければ行使はできない。使用法を知っているだけでは発動しない。応用だけ知っていてもどうにもならない技術系統になる。


 しかし、彼女がその術法を得意魔術として選んだことを質問してみれば「一番簡単だから」という答えが返ってくるだろう。もっとも彼女にそんな不躾な質問ができる者など、両手の指が余るほどしかいないだろうが。


 人間の体の中には筋肉を動かすために微弱な電流を発生させる機関が備わっている。


 単純にその力を増幅させればいいのだから、何が難しいのかと。


 その辺りに散らばっている必要なピースを拾い上げ、空白となっている部分に埋め込んでしまえばいい。人間の中には元々が電気というピースがあるのだから、それを強化できる隣接するピースを拾ってくれば良い。世界のどこかにそのカケラは転がっているのだから。


 しかしそれは、並外れた思考力や記憶力に裏打ちされたものである。そして彼女自身が相当な勉強家であり努力家であるからこそ可能である事実。彼女はそれを幼少の頃から実践してきた。


 だが、他人はそのような人物に対しては殆どが「天才なんだね」としか褒誉しない。まるで煙たい存在を退けるように。自分より能力が上の存在に対しては、逆にそのような型に収めて蓋をしようとする。そしてそれが幼い子供であるならなおさらだ。


 だからアリシアは、高い能力を持つ者としてのお決まりの道――孤高という領域に収まることになる。そして彼女自身も、自分以外の人間と混ざり合うのを極力拒否してきた。孤高であるから孤独なのか、孤独だからこそ孤高なのか。その答えは一人一人が持つ類いのものだろう。そしてアリシアの場合はそれがただの必然であっただけに過ぎない。


 自分自身が、他人とは比肩しえない程に高い能力の持ち主。ならば他人など必要ない。


 必要な部分へ必要な欠片をはめ込めば、全ての物事を完遂させることができる。


 いや――できたはずだった。


 その完璧ともいえるパズルルールにあてはまらないものが、目の前に現れた。


 それがリュウガだ。


 アリシアも雷帝と恐れられるほどの、魔術師としてはほぼ最高の力を持つ者であるので、機械神の操士としての勧誘は早期の内から受けていた。そこにはアリシア以外にも、破壊神エンドベルという存在がいなければその者一人で、この世界を制圧できるだろう超常者たちが選び出され招集されていた。


 世界が滅ぶとかそのような事実とは関係ない生活を送っていた彼女は、とりあえず機械神というこの世界が作り出した最強の戦闘兵器とはいかなるものなのかを実際に目にしてみたいと、至極軽い気持ちで帝国府を訪れた。


 機械神という存在がつまらないものであれば、操士も早々に辞退するつもりだった。世界が滅ぶのならそれに身を任せるのもまた一興だと。


「機械神なんて仰々しい名前が付いていても、つまらないものはつまらないわね」


 帝国府内の巨大格納庫の中で、完成した機や建造中の機を見て回ったアリシアは、機械神をそんな風に称した。確かに凄い力を秘めているに違いないけれど、自分には関係ない領域のもののような気がしたのだ。


 ならば予定通り、操士なんて面倒くさい職は蹴って帰るかと、きびすを返そうとしたその時


「――?」


 格納庫の片隅で何かを一心に練習する女をアリシアは見た。


(なんだあれ、魔術師? しかもあたしと同じ雷系の?)


 背の高い女が、目の前に立てた木の棒に向かって、指先から電光を発して当てている。


 導電体でもない木材に何をやっているのだろう――と思った瞬間にそれが爆発した。


「!?」

「もー、お姉ちゃんってば、もうすこし加減しないと」


 面白いような破裂音と共に砕け散った木の棒の破片を、側にいた小柄な女の子が拾い集めている。電光を発した女の子に良く似た顔をしている。


「……これでも最大限に加減したつもりなんですけど」


 電撃を放った女の子の方は、そう言われて途方にくれたような顔をしていた。


「ちょっ、あんた、なにそれ!?」


 そしてそれを見たアリシアは、思わずそう口走ってしまっていながらその場に駆け出してしまっていた。自分から他の人間に話しかけるなんて何年ぶりだろう。

「なにそれ……といいますか、電磁誘導の練習中なんですが」


 アリシアに質問された背の高い女の子は、突然現れたアリシアの姿に少し驚きつつも、ありのままを素直に答えた。


「でんじゆうどぅお?」


 アリシアもその理論はもちろん知り過ぎたほどに知っているはずなのに、相手のあまりにも間が抜けた答えの所為で、自分も間抜けな言い方になってしまった。


 あまりにも強力な電圧は物質を一瞬にして崩壊させる力がある。電圧も「圧」という力で表現されるのだから圧力の一種であるのは間違いなく、常識を超えた圧力を加えられればどんなものでも壊れるのは仕方ない。


 しかし電力だけでそれを実現させるためには、それこそ要塞クラスの攻撃力を持つ大型戦艦を動かすくらいの電力量が必要なはずであり、最強の雷術使いのアリシアがそれを再現するにしても、雷雲を呼び寄せるなどの事前準備が必要なほどの高位魔術である。


 しかしここは室内であり、基本的には屋外でしか行使できない天候を操る魔術は使えないし、使った形跡も感じられない。単純に彼女が内に秘めた何らかの力で、木の棒は粉砕されたのだ。


 単純な力の強さなら、まだ自分の撃ち出す雷撃の方が破壊力は高いとアリシアは思う。彼女が見せた力ならば雷雲を呼び寄せるまでも無く、体内に蓄積した魔力を最大限に撃ち放てば、彼女が出した雷撃よりも強いいかずちは放つことが可能ではある。


 しかし彼女はこう言ったのだ、「最大限に加減した」と。


 この女は何者なのだ? 自分に比肩するだろう電撃をこうも簡単に出せるこの女は?


「あんた、もしかして機械神操士候補なの?」


 本来なら「あんたも魔術師なのか?」と問うべき処なのだろうが、アリシアはそう言った。この場は、その者一人で世界の征服者になれるほどの者が集う場所。魔術師とはまた違う力の持ち主だと判断した。彼女が口にした電磁誘導の魔術もあることにはあるのだが、そもそも彼女自身が魔術と言う言葉を一度も口にしていない。


「今はそうじゃないですけど、いずれはわたしも乗ることになります、機械神に」


 そして彼女はこう答えた。


 ここにいる理由は自分と同じであったらしい。


「あんたは練習中とは言ったけど、それが使えるようになったら、何か他にできるようになるの?」


 思わずアリシアがそんな質問をしてしまう。


「今も少し使えますけど、重力制御が使えるようになります」

「じゅ、重力制御……」


 アリシアは思わず言い淀んでしまった。自分が言葉を引っ掛からせるとは相当なことだとアリシア本人も思う。


 重力を制御するとは、雷術をも超える相当に高度な魔術だ。しかも現状でも少し使えると言う。


 一体この女は何なんだ? 人間であるのは間違いないのだろうが、そのカテゴリーから限りなく外れてはいるのも確かだ。


「あなたも……機械神の操士なんですか?」


 電磁誘導使いに重力制御使いであるらしい女が問うた。


 これが「あなたも魔術師なんですか?」と問うたならば、アリシアはその時点で興味を失しただろう。同業の者であれば彼女が注目すべきものは何も無いからだ。だが彼女は、そう問うたのだ。


 つまらないとは思ったが、それは自分の求めるものから外れているからこその評価。これが自分の求めるものの範囲に入っているのならば、これほど厄介なものはないだろう。


「わかったわ。あたしもその操士ってやつになってやろうじゃないの」


 そしてアリシアは、そう告げた。


 限界を超えて前に進むであろうその力が、一体どこに辿り着くのか。それを自分の目で見たくなったからだ。


 そしてそれはまだ自分の知らないパズルのピース。もちろんその完成形なんて想像も付かない。


 アリシアは何年ぶりに感じた、まだ自分の踏み込んだことのない領域を発見し、そこへ踏み出す楽しさに、少しだけ微笑んだ。

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