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龍焔の機械神  作者: いちにちごう
5/9

 八號機の頭部の前に全員が集合していた。机と椅子を並べ即席の会議スペースのようになっている。


 中心の上座にアリシアが座り、その左右にミカとリカルト、リュウガとリュウナの姉弟・姉妹同士で座っている。身を小さくするように並ぶリュウガ姉妹の隣りにはちゃっかりとウォルテが着席していた。


「機械使徒の操士は?」


 アリシアの言葉に、事情を知っているらしいミカが首を横に振った。アリシアがリュウガの下へ行っている間に、整備兵から聞いた様子。


「そうか、あたしらを連れ帰ってくるだけで力尽きてしまったか。悪いことしたわね」


 アリシアの淡々とした事実だけを告げる言葉が格納庫に流れる。


 これで機械使徒操士は全員いなくなってしまった。残るはここにいる者のみ。


 アリシアはリーダーのように振舞っているが、本来の統率者は十一號機に騎乗していた師団長であり、三號機には副師団長が乗っていた。そして二人とも帰ってこなかった。だから仕方なくアリシアがまとめ役をしている状態だ。本来彼女は一人でいるのを好む。


 実はミカがこういった小さな集まりの小隊長的な役割が結構向いていて、本人も率先してやっていたのだが、帰還してからはそのような素振りも全く見せなかった。とにかく弟であるリカルトと一緒にいることを最優先しているように思える。


「ここにいる他の三人には悪いけど、残った伍號機の半身はあたしが使わせてもらう」


 帰還した機械使徒の隣りで擱坐している機械神伍號機の半身を見ながらアリシアは言う。


 操士を失ってまで帰ってきた機械使徒は、伍號機の頭部、八號機の頭部、十弐號機の頭部を回収してきたが、それとは別に異世界に飲み込まれずに済んだ伍號機の半身も持ち帰っていた。


 ミカとリカルトの乗機である機械神伍號機は左右分離型という、戦闘兵器としては特異な設計の多い機械神の中でも更に特殊な設計の元に建造された機体である。


 機械神自体は頭部の脱出機構のための分離の他に、胴体部、下半身、両腕部の大きく四つの部位に分かれることができる。これは搭載されている封印炉が暴走してしまった際に体ごと分割させて、強制的に動力経路を分断させるための機構であり、機械神は六基の封印炉を胴体部に三基、下半身と両腕に一機ずつ別けて搭載している。


 更に伍號機は胴体を左右に分割可能というその特殊機構なのだが、伍號機が実戦化されてからも詳しい用途が不明で「設計した者がたまたま左右に分かれる機体を作ってみたかっただけなのでは」とも言われていたが(機械神にはそのような用法の解釈が難しい機構が多い)今この局面になって、その真価が見られた。


 伍號機は機体の半分が中心線から真っ二つに分かれて二機の機体となる。それは、エンドベルの引き千切った体の部位と共に、それを抱えた片方の半分が、完全に操士ごと飲み込まれるのが前提として、その分離機構は設計されていたのだった。


 他の機械神はエンドベルごと異世界に飛ばされる直前に操士殻のある頭部が分離という設計思想だったが、この伍號機だけはエンドベルの引き千切った部位を抱えた半身を分離という設計思想。そして左右の半身には操士が一人ずつ乗っている。


 つまり操士一人が必ず飲み込まれるのは前提であり、二人乗せていた操士のどちらか一方だけでも必ず生き残れるようにしたという、壮絶な設計だったのだ。


 たとえ次の瞬間にはこの世界が滅亡していても、その直前まで人間が一人でも生き残っていたら我々の勝ちだという、恐るべき覚悟で作られていた。


 結局はアリシアの活躍により、異世界に飲み込まれようとしていた半身側の頭部も十弐號機によりもぎ取られ、乗っていた操士も助けることができたのだが、それは機械神の設計思想を越えた彼女アリシアという存在がいたからこその神変に他ならない。


「だから残った機械使徒は誰が使うかアンタたちに決めて欲しい」


 神に匹敵する偉業を成し遂げたアリシアが、ヨーコが入ったままの巨大な頭部と、体を寄り添わせるようにして座る双子の操士の方を交互に見ながら言う。


 元々伍號機に関してはミカとリカルトが直前まで愛機として乗っていた機体であり、それを取り上げる形になってしまうのだが、ミカとリカルトからは特に反論が見られない。


 長年連れ添った搭乗機をこうも簡単に取り上げられても、心が動かなくなるほどの戦いの衝撃を二人は受けたのだろうか。破壊神エンドベルとの戦いは、機械神操士という戦闘機械の世界最高峰の乗り手すらこんな状態にさせてしまったのか。


『ミカとリカはどうするの? |伍號機(キミたちの機体)アリシアに取られちゃったけど、残った機械使徒は使う?』


 特に反応を見せない双子に、操士殻から出れないヨーコが拡声器越しに訊いた。


「……」

「……」

『返事が無いなら。機械使徒の方はボクが使わせてもらうよ』


 無言は肯定と解釈したのか、ヨーコがそう決めた。


『今は身動き一つできないから、動けるようになるだけでも嬉しいからね』


 そして機械で拡声された声が、少し安心したようなトーンで跳ねる。


 操士殻から出れなくなってしまったヨーコが戦闘参加するには、唯一機残った機械使徒の頭部を外して、ヨーコが乗ったままの八號機の頭部を移植するしか方法が無い。そしてヨーコは双子とは違ってまだ覇気を無くしていないらしい。


「ミカルナとリカルトはどうするの? もう使える機体がないけど」


 今度はアリシアが双子に訊く。


「……私たちは――」

「もう戦いたくないのならそれでも良い。あんたたちは十分に役目を果たしたわ」


 喋りたくなさそうなミカのようやく言い出した言葉を汲むように、アリシアが付け足した。


 ミカもリカルトも二人で乗り込み動かす伍號機に乗り込み、エンドベルの体の一部を引き千切ったのだ。それだけで十分役目は果たしていて、アリシアのおかげとは言え、どちらか一方は必ず異世界に飲み込まれるはずだったのを、二人とも生還まで成し遂げた。


 だから操士が望まないのなら、これ以上戦いを強制することもできないだろう。


「もう、順序立てて作戦を考えるのは、意味の無いことだと思う」


 机の上に肘を乗せ、両手を組みながらアリシアが言う。


 殆どの戦力が失われた。


 後は半身だけ残った機械神が一機と、機械神の量産機が一機と、主動力が起動しない最強の機体が一機。


 一応この場は話し合いのために全員を招集したのが、これからは規律だった行動が殆ど意味を成さないのを確認させるために集めただけだった。アリシアもまとめ役をするのがもう煩わしいのだろう。時間がもったいないと考えている。


「決戦は事実上終わってる。勝ったか負けたかと問われれば、負けよ」


 アリシアはあまりにもはっきりとその事実を告げた。


 エンドベルの一部は残ってしまった。今日の十三月一日を過ぎれば、相手は急激な勢いで再生を始めるだろう。


 この四百年に一度の二つの例外が重なる日の影響が続いている間に、けりを付けなければ。


「あたしは伍號機の改装が終わったら出る。着いてきたい者だけ着いてきなさい」


 アリシアはそう告げると椅子から立ち上がった。


「……」


 そして席を離れながら二人の姉妹の方を少し見た。二人は同じように俯いたまま、じっと静かに会話を聞いていた。


 リュウガとリュウナがここに呼ばれたのは、一応機械神操士でありドラグシェルシードだからという理由だけであろう。アリシアにしても、もう二人には何も望んでいないように見える。


「……」




「アリシア」


 自室に向かおうとしていたアリシアの後ろにウォルテが着いて来ていた。アリシアは彼女が席から立ち上がった気配を感じられなかったが、それはいつものことなので今さらどうでも良かった。


「なによ、あたしにまとわりついても、面白いことなんてなにもないわよ」

「やっぱり一人でいくっスか、もう?」


 アリシアの言葉を無視してウォルテが訊く。


「……仕方ないじゃない、もう使える戦力が無いんだから」


 一応ヨーコも再出撃の準備には入るのだが、アリシアとしてはあまり戦力としては期待していないらしい。


「……」


 立ち止まったアリシアが、一瞬後ろを見る。自分が離れてもまだ全員が座ったまま。誰もその場を動こうとしない。


「あんたは――もちろん分かったわよね」


 再び前を見たアリシアが隣りの道化師に尋ねた。


「なにがっスか?」

「ミカルナとリカルトのことよ」

「ああ」


 ウォルテがぽんっと手を叩く。


「ミカかリカのどちらかが既に傀儡だってことっスか」

「……そうよ」


 なぜ破壊神と呼ばれる存在を、この世界に生きる者たちは討たなければならないのか。


 エンドベルにしてもただそこにあるだけであれば、古くからある遺跡と何も変わらないので討つ理由が無い。


 あれを討つ理由。


 エンドベルは、人を食う。


 それもただ食うだけじゃない。


 人の首から上を一瞬にして挿げ替えて頭部のみ持ち去る。


 残った体には、まったく同じような頭部を載せて元の状態を再現する。それが傀儡。


 頭部を失った人間も直前までの記憶が再現されているので死んだことに気付かない。


 それは普通に生きている人間と変わらないようにも見えるし、当人が死んだと気付いていないのであればそれでも良いような気もしてくる。


 しかし傀儡は、自ら物を考えない。何しろ既に死んでいるのだから。相手の意見や行動の最適解を、元の状態と同じように再現された脳に蓄積された記憶野から引き出し、その都度当てはめて行動しているだけ。


 しかしそれでも普通の人間と傀儡が会っているだけならば、大抵は気づかない。


 ならば、傀儡同士が出会ったらどうなるか。


 お互いがお互いにまったく何も反応せず、会話も何も無い時間が延々と続く。


 外的要因――誰かが不審に思って声をかける、時計台の鐘が鳴って今後の予定を思い出す、地震の揺れに巻き込まれる――そのような要因がなければ何も起こらない。


 隣人がいつの間にかそのような傀儡になっている。しかもそれは既に元の頭部を失っているのだから死んでいる。


 そんな状態であると知って、普通の人間がまともでいられるだろうか。


 全ての人間が傀儡となり全てが静止した時間。世界の終わりまでその静謐は続く。


 このような絶対的な美しき無を作り出すために、エンドベルは創生されたらしい。


 しかもエンドベル自身が食料として食う訳ではない。


 元々がそのような傀儡を作るために、生み出された何かであるらしい。


 何のためにこんなものがこの世界に現れ、少しずつ人を食らい、無を侵食させているのか。


 今となってはそれも分からない。


 しかし、このまま手をこまねいていれば自分たちの全てがエンドベルにいつの間にか頭を食われ、全てが静止したままの虚無の空間になる。


 人間たちは、そんな人間という種そのものを滅亡させる絶対的な死からの脱出を願い、破壊神と戦うのである。


「さすがにあんたでもどっちが傀儡なのかまではわからないのか」

「ふん~、? さぁー、わかってて内緒にしてるだけかもしれないっスよ?」

「あんたに訊いたあたしが莫迦だったわ」


 ウォルテのふざけた口調に気分が削がれたように、アリシアは再び自室に向かって歩き出した。


「置いていかないでっスよ~」

「着いてくんな」


 唾でも吐くかのような勢いで、アリシアが露骨に嫌な顔を見せて追い払う。


 そしてぽつりと漏らした。


「あたしがあの三人を助け出したのは全くの無駄だったのかも知れない」

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