憎きPKをやっつけろ
イベント・初日
特別に増設されたサーバーのひとつ。
そこには広大な湖があり、中央にひとつの城が建っていた。でかい。ともかくでかい。
上げ橋のたもとにはおよそ五万人にも及ぶであろうプレイヤー達がひしめき合い、スタートの合図を今か今かと待ち受けている。
そんな彼らを見下ろす人物がただ一人、ボスルームのバルコニーから身を乗り出していた。左の頬にペイントされた黒い星が目を惹く。
ボードから拡声機能を呼び出し、おもむろに口を開く。
「あーあー……えっと『よくきたな。命知らずの勇者達よ? 我こそは……』……なにこの台詞中二臭い……」
まだ声変わりをする前の少年のような声をして、その人物はいう。
「なんで運営こんな台詞用意したんだろうね? えーっと、よそに行こうとして抽選漏れしたプレイヤーのヒト達。ボクに対して恨みつらみあるだろうヒト達。ボクを倒してやろうと意気込んでるヒト達。ようこそ? 公式イベント“憎きPKをやっつけろ”の討伐対象の一人、トリィだよ」
トリィと名乗った人物が話すにつれて、人々のざわめきが小さくなっていく。
あれはたしか、罠スキルを駆使するPKじゃなかっただろうか?
「今回、というかそもそもイベントに協力するようなPKがあまりいなくてねえ。他のヒト達のところに対処しきれないプレイヤーが押し寄せてもあれだしってことで、残り全部引き受けるよっていったらこんなリッパな“ダンジョン”作らせてもらえちゃった」
うれしそうに、トリィは言う。
現在、このゲームのプレイヤーはおよそ十万人。
PKリストに名前を載せているプレイヤーはおよそ四千人。イベントに協力しているPKはその半数にも満たない。
「まあ、だからこそ特別ルール。ボクのこの“トラップキャッスル”は一定時間につき一人一回ずつしか挑戦できないけれど、挑戦回数が決まってるようなものだけど、君達を満足させるだけのものは用意させてもらったよ。ガチ思考のお兄さん達も生産にしかスキル振ってないようなヒト達も、分け隔てなく相手できるようなつくりだから安心してね。あわててスキル変更あげなおしする必要はないよー」
詳しい時間割は公式にあるからねーと補足をする。
「ルールはほかのPKさんたちと同じ、ダンジョンを突破してボクを倒したらキミ達の勝ち。まあ、この一週間をしのいだときにもらえる魔王の称号なんてはっきり言うといらないけれど……」
そこで、トリィの顔がニィと歪んだ。一緒に左の頬にマークされている、黒い星が形を崩す。
「無様に、悲惨に、華々しく、ボクの為に悲鳴と怒声と嬌声をあげてネ?」
その言葉を聴いて、ほとんどのプレイヤーが息を呑んだ。
たとえ用意されていたとしても、なぜあそこまでの『笑顔』を浮かべてそのような台詞がいえるのか。
「さて、そろそろ時間だね? ちなみにペインレベルはまさかの100! 現実と同じような痛みがくるから注意だよー? 鎮痛剤つかった? 保護魔法つかった? お祈りはすんだ? それじゃぁ……」
時間と共に、橋が下りていく。
「ゲームスタートだ」
第一階層:風雲罠々城
「なんだこりゃぁ……」
最初にフロアに足を踏み入れたプレイヤー達は、次々とにたようなことをつぶやく。
陰鬱な、狭い壁と露骨なブラフと目に見えない罠に盛大に出迎えられるかと思いきや
「迷路? アスレチック広場?」
そうとしかいえないようなものが、広がっていたのだ。
足元にはスタートとかかれ、赤いラインも引かれてる。
恐る恐る進みだし、スタートラインを越えて何歩か進んだときだった。とあるバトルアックスを担いだ戦士が、何かを踏む。
あわてて飛び退り、襲い掛かる罠に備えようとしたが何もおきなかった。
「な、なんだ……罠か」
誰がうまいこと言えといった。そんな呟きが周囲にいたプレイヤー達の脳裏を占めるた時に、水音と共にひとつの悲鳴が上がった。
「イヤアアァァァア!!!」
甲高い声のした方を向くと、シスターの衣装に身を包んだ女性が、白く粘つく何かを頭から引っかぶっていた。
“黒星ぐっジョブ”
主に男性プレイヤー達が、この状況を仕組んだ最上階の人物へと心の中で親指を立て、女性プレイヤー達が恨みをこめた念をダンジョンマスターに送る。
そしてまたどこかで何かを踏む音。別の場所から響き渡る叫び声。
「ぎゃあああああああ」
野太い声がしたほうを向けば、ミミズのような触手のようなものに体中をまさぐられている上半身裸のおっさんがいた。
“お、おいいいいいい!?”
男性プレイヤー達の心の中に不安が押し寄せ、一部の女性プレイヤーが腐ったような笑顔を浮かべる。
そして三度目。
あるプレイヤーが無意識に壁に手をついたときに、何かを押し込んでしまった。
あわてて飛び下がるものの、何もおきない。
いや
ドス
集団の中央、まったく関係ないところにいた人物に、何かが突き刺さる音がした。
「ひっ――!?」
たまたま、真後ろで見ていたプレイヤーにはトラウマになっただろう。
いきなり地面から生えた槍が、目の前のプレイヤーを串刺しにしたのだから。
勘のいいものが気づく。スイッチと、発動する場所が違う!
「全員いちど引……」
あわてて声を上げようとしたが恐慌状態におちいったプレイヤー達に届くわけも無く。
誰かが罠のスイッチをふみ、どこかで罠が発動し、見知らぬ誰かが犠牲になるという連鎖が続いた。
二日目。
結局初日は同じことを何度も繰り返し、第一階層のファーストステージすら越えられなかったプレイヤー達は、生産スキルをもつプレイヤーを前面に押し出した。
別に盾とするわけじゃない。彼らの手先は器用だ。スキルの違いはあれど、簡単な罠の解除ぐらいならできるような補正がつく。そもそもこのゲームにおけるスキルというのは補助どまりであり、知識とちゃんとした手段さえ用意すれば、スキルが無くても本人の経験と勘でなんとでもなる。
それゆえに
「やった」
またある生産者が罠のひとつを解除する。こうして、動きは遅くても地道に解除していけばクリアは可能。そう見ていた。
「ようし……」
よくやった。そう言おうとした生産者の友人が、だが続きの言葉を発することは無かった。
「え?」
生産者が振り向くと、顔を杭に打ちぬかれた友人がいる。ゲームゆえに、血はでてないものの、代わりに飛び散る赤い光が生々しい。
「なんで……解除したのに……」
「気まぐれヒントー」
彼のつぶやきに答えるように、前日聞いた声がその場にいるプレイヤー達の耳に響いた。どこか不満な感情が見え隠れしている。
「いやだってさ、まさか初日でだれもファーストステージクリアできないとは思わなかったし? だからヒントあげようとおもって」
姿無き声の主は続ける
「今回仕掛けた罠は、解除すると発動するものもあるからね? つまり、素直に踏んだほうが安全ってものもあるわけだ。頑張って見極めてね?」
それきり、声はとまる。
「どうする?」
「誰を犠牲に……」
「罠って物理軽減だったよな?」
「つまりタンクが……」
「いやおれやだよ? あんな感覚もう受けたくねええええ!」
「そもそも踏んだところに罠が出るわけでもないし……」
ざわめき、プレイヤー達が再び恐慌状態になりかけたときにまたひとつの声がした。
「あ、そうそう。あまりにも時間がかかりすぎたら時限トラップで強制的に『押される』からね? 発動条件は他にもあるけど、覚悟しておいてよー」
そして声が止まった。
プレイヤー達は目で会話する。
どうする。引くか? いっそ特攻を。
コレまでの恨み晴らさでおくべきか……
大丈夫だ、いける。
そんな思いが彼らにあった。
なにせ、串刺しや切断といった凄惨な罠もあるにはあるが、どちらかというと初日に受けたようなジョークトラップが多いのだ。鎮痛剤だってまだあるし数で押せばなんとかなる。
全員の心が一つになった。
一致団結し、歩み始めたプレイヤー達を、次々と罠が襲う。
盛大におならの音がした
滑って転んで頭を打った
いきなり首に縄をかけられた
魅了されて同姓にキスをした
パンツを脱がされた
体を真っ二つにされた
犬が出てきて追いかけてきた
壁が急に倒れてきた
金たらいが振ってきた
全身ローションまみれになった
倒れた弾みに胸をもまれた
クリームパイが顔面に当たった
劣化の罠で課金装備をぼろぼろにされた
股間を強打された
五分間くすぐられ続けた
馬の糞が落ちてきた
階段が滑り台になった
錯視にだまされた
休憩用かと思った椅子が壊れていた
水に落ちた先にはドクターフィッシュが群れていた
かと思いきや別の水場にはピラニアが群れていた
装備をすべてはがされ裸になった
上っていた縄が切れた
他にも他にも……
多くのプレイヤー達の心が折られていき、中には罠にかかることが快感になっているプレイヤーすら出てきた。
「あいつ、ぶっころす!」
勇気あるプレイヤーたちは、一丸となって先へと足を進める。その数が減ってきていることに気付かないまま。
三日目・第二階層:クイズトラップショック
「お、おいこりゃぁ……」
二日目でようやく第一階層を通り抜けた先。そこは一つのクイズ会場だった。
いくつもの解答席にボタン。解答パネルなどが設置されてる。
「はい、よくここまでこれましたー。次はクイズだよ」
のんきな声が響き渡り、何とかたどり着いた四桁のプレイヤー達は顔を見合わせる。
「今度はチーム戦。そばにいるヒト達で適当にパーティー組んで席についてね? この場にいるヒト達が全員席に着いたらスタートだよ。まあソロでもいいけど」
声に従い、プレイヤー達は時には仲のいいものと、時には見知らぬ誰かとパーティーを組みはじめる。
「実はこの空間自体がトラップみたいなものでね。クイズに間違えると墨だらけになったり感電したりなんかひどい目にあったりして挑戦権がボッシュート。また次回第一階層からになりまーす。ちなみに連帯責任。無事最後まで生き延びたチームが次の階に上がれるよー」
同時に、プレイヤー達の眼前に第一問の文字が浮かぶ。
鬱憤を溜めたまま、プレイヤー達は出てくる問題に身構えた。
次の○○に当てはまる言葉を答えよ。
ちょうど、12時になったときのことを○○という。
A.北中
B.東中
C.南中
D.西中
なーんだ。こんな問題かという思いが、攻略プレイヤー達の中に染み渡る。
「えっと、あの、トリィさん?」
思わず、といった形で、このトラップキャッスルの補助をしているGMの一人が声を掛ける。
「このクイズって……」
「あ、気付いた? 別にだれも四択だなんていってないのにねえ?」
選択せよとも言ってないし、そもそもねえ? ニヤニヤと殴り倒したくなるような笑みを浮かべて、トリィは言う。
その結果。
トリィの覗く画面の中では、その場にいたすべてのプレイヤーが脱落していた。
六日目
「やっときたねぇ。待ちくたびれたよ。ここでボクを倒せばキミたちの勝ちさ」
第三階層、ボスの間。すでにイベントは六日目を迎えていた。第二階層の初見殺しで三日目が見事につぶれ、四日目、五日目は第一階層のリトライと第二階層のクイズ攻略に費やされた。あまりにも参加プレイヤーが多すぎたために、情報の整理ができなかったせいもある。特にクイズは、定番の『~ですが』問題や最初のように四択に見せかけた記入式回答、借り物、実演、並べ替えと多岐に渡り、かなり攻略プレイヤー達の頭を悩ませた。まさか最後まで生き延びたチームというのが、最後まで残った一チームを指していたなどとは誰も思うまい。
やっとたどり着いた彼らを迎えたのは、左の頬に黒い星のペイントをした一人のPK。
「さあ、ボクに二つ名どおりの負けをつけることができるかな?」
不敵におどけるように部屋の奥で両手を広げてトリィはいう。
「てめえだけは絶対ぶっころして監獄送りにしてやる!」
叫び、五人の攻略プレイヤー達はこれまでに散っていった仲間達のことを思った。
いいやつらだった。その無念、俺達がいま晴らしてやる!
「「「「「いくぞおおおおお!!!!!」」」」」
この場にたどり着いた最後のPTは、一丸となってトリィに突進した
「え?」
足元の消失。
浮遊
落下
降下
「……一応、ここに来るまで一切使ってなかったからむしろ気がつくとおもったんだけど」
攻略プレイヤー達は消え、彼らが立っていたところに開いていた穴が、パタンと音を立てて閉じた。
「ま、きれいに“落ち”はつきました。ということで」
後日、PK側の順位において、トリィが圧倒的トップに立ったということは言うまでもない。
実は構想中のVRMMOもののワンシーンだったり。本編はまだない。
ちなみに作中のクイズの正解は『正午』です。わかったかな?