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希望の炎

都市から離れている村や集落は政府から視察なども兼ねて医師団が派遣されることがあった。灰色がかった赤髪に澄んだ赤色の瞳でこの世界を見るのは、主人公・フランベルジュ。通称フランとそのおばさんは今日その医師団の診察を受けることになっていた。

「おばさん、診察が終わったらジャガイモ畑の手入れをしようよ」

「そうだね、フラン」

 既に広場には簡易診療所が設けられ、人盛りができていた。見たところ、若い医師が診察を担当しており、早くも人気が出ていた。医師は男性で黒髪、眼鏡をかけ深紅の瞳で患者を丁寧に診ていった。フランは一瞬、恐怖に駆られた。

「はーい、次の人どうぞ」

 冷や汗を流して、医師の呼びかけにやっとの思いで動き出した。

「フラン君だね、緊張しなくていいよ」

医師は、フランの頭の先から爪先まで念入りに診察した。フランはこの診察が早く終わればと思った。

魔界では、竜族は変温動物と分類されるため気温の変化に弱く、成竜になるまで病弱な個体もいた。そのため、竜族は医師になる者が多かった。それ以前に、フランはその男性に興味も惹かれていった。何か心がゾワゾワして落ち着かなかった。

「特に異常はないかな、お疲れ様でした」

 午後、畑仕事からの帰り道に沿ってある川にその男はいた。川に足を浸したりして気分転換をしていた。診察時の時のような違和感はなく、近寄りやすい存在になっていた。

「畑仕事の帰りかい?」

「はい、先生は何をしているのですか?」

「そんなに怖がらなくてもいいじゃないか。気分転換かな」



 男性がフランに話しかけた瞬間だった。さっきの検診の時のような感覚が蘇りそのまま膝をついてしまった。額には汗が滲み出て息も上がっていた。何故、この男性と話すと息苦しいのだろうとフランは悩んだ。

「同族としての嗜みは皆無か」

「ど、同族?」

男性は自身とフランを“同族”と称した。同族と言え、何も自分と似たようなところなんてないのにと疑問に思った。男性は座っていた岩から飛び降りて水面に消えた。すると、水面が急に揺れ、けたたましい声を放ちながら黒竜が現れた。生まれて初めて自分以外の竜を見たフランはその場から動けなくなった。

「ハハッ、かなり驚いたようだね。俺は黒竜の血を引く者だ。自分以外の竜を見た感想はどうだい?」

 立派な背びれや胸びれ、肉食特有の牙、ルビーのような深紅の瞳に映える黒い体。紛れもない“黒竜”だ。男性はフランに己の姿を見せるとまた、ヒトの姿に戻った。フランは竜がここまで大きいものだとは思ってなかった。

「自己紹介がまだだったね。俺の名前はリョウ。政府で、軍医をしている。もし、仕事に困っているのなら斡旋するよ」

「僕はおばさんと居たいから今は畑仕事だけでいいです。それに、生まれ育ったここが大好きだから」

 それはいいことだとリョウは褒めた。実際、家庭の事情で故郷に居る事が苦手だったリョウからしたら、故郷が好きだと言えるフランが羨ましかった。

「そっか、フラン君は故郷思いだね」



 その日の夜、リョウはフランの家で御馳走になることになった。久しぶりの来客に和やかな雰囲気ではあったが、おばさんが急に話を持ち出だした。

「先生、この子をこの国の仕事を斡旋してはくれないだろうか。今はさ、こうして私が付いているから良いけど私がいなくなったら、この子は次期にこの村から追い出されてしまうよ。それだけは避けたいよ」

「うーん、そうだね、フラン君なら軍部の航空部隊が良さそうだね。それに入るなら早いほうがいい」

 航空部隊、執務機関の八番目に位置する軍部の数ある部署の一つにあたる対空特化した部隊で、ドラゴンも多く所属していた。しかし、常に欠員募集している有様で嫌でも個々の実力を上げなければ生き残れないシビアな部署でもあった。普段は軍事訓練の他に要人送迎、運送業務もこなしていた。

「僕、前々から航空部隊に入ってみたいとは思っていたのですけど、この村が好きで離れたくないです」

「だからこそ、俺は勧めるけどね。ここのところ、南部で怪しい動きがあってね。戦争まではいかないだろうけど、軍部が動くことは確かだね」



 フランやおばさんは何か感づいていたのか、最近の南部の動きをリョウに話した。やはりと口にするとブツブツと独り言をしだした。そんな、時だった。地面が急に揺れ出し、村の見張り台からは大きな声が聞こえてきた。思った以上に早い暴動に三人は驚いた。

「大変だー。西の街で暴動の戦火が広がっているみたいだ。次期にこの村もやられるぞ」

 リョウはすぐさま、派遣していた医療部隊を集めた。その目付きは先ほどの食事をしていたリョウとはまるで違った。医療部隊の半分は暴徒が村に入ってこないように西側の防衛を、もう半分は村人の安全の確保にあたった。

「フラン、オメーがこの村に住み着いてから悪いことばかりじゃねぇか」

「よさないか、フランが居なくてもこの村はもともと災害が多い土地柄だよ。自分と違うからって不満の捌け口にするなんて大人気ないよ!」

 避難のストレスからか日頃から溜まっている鬱憤を村人たちはフランに当てつけた。フラン自身、どうしていいか分からず、立ちすくんでしまった。フランをかばう村人たちも居たが、フランにとってここまで言われることがなかった。急に体が熱くなり、意識が朦朧とし始めた。フランは息がなかなかできず苦しそうだった。体のあちらこちらは螺鈿らでん細工のように鱗が浮かび上がっていた。

「うるさい、うるさい、うるさい!」

 遂にフランの魔力が感情の昂りによって暴走し、赤竜へと転変した。包まれた炎の中からその大きな翼を広げ、象のような声で響かせた。自身の力を拡散し、あたりは火の海と化していた。幸い、村人には被害はなかった。

「な、何だ、あっちは村人たちが避難している方角だぞ。お前たちここを頼む。ひとまず、非難と消化が先だ」

 リョウは水が扱える隊員を避難所に向かわせた。しかし、被害状況は一向に良くならない。むしろ、悪くなるばかりだった。フランの暴走と相まって一瞬にして数百メートル四方を焼き尽くし、火の粉が舞っていた。軍部も暴動の鎮圧どころではなくなった。すると、北の方角から何やら飛んでくるのが確認できる。

「な、航空部隊だ! 隊長、応援を呼んだのですか?」

「いや、まだ呼んでないはずだが」

 航空部隊の中からこちらに落ちてくる者がいた。あの高さだと即死ではないかと思うぐらいに。しかし、その男は足元に氷を生成して階段のようにして降りてきた。その男の容姿は、艶のある黒髪に所々に金の染色をした髪が肩まで伸ばしていた。白いシャツとブーツインの格好だった。

「あちゃー、また仕事を投げてきたのだろうか」

地上に降り立った男の場所からは、冷気をキリキリと放ちながら凍っていくのが目に見えて恐怖すら感じた。航空部隊はその男が地上に降り立つのを確認すると、そのまま西の方角へと飛んで行った。

「まったく、格下の竜に手を焼いている? あれは討伐対象か?」

「いや、討伐対象ではありません。十四番にどうかと思ったのですが」

リョウの提案に男は黙りこんだ。しかし、時間がない。リョウは男に指示を出した。

「タイガさんに麻酔銃を渡すので、なるべく傷つけずに街から離して下さい」

「了解、俺に指示するとは良い御身分だな。リョウ、お前は其処ら中に水を撒け」

 タイガと呼ばれた男は、フランの方へと走り出した。火柱を避けながら走るので、近づくのも容易ではなかった。リョウは近くの川に入り、竜に転変したのち、フランに向かって大量の水を放水した。炎の進行が緩くなったのを見計らい、タイガは冷気の量を増やした。すると、一気に凍結のペースは加速し、フランの足元まで及んだ。リョウはすかさずフランに向かって電流を流すと、あの巨体が見事に倒れたのだった。

「おい、誰が俺の許可を取らずに電流を流せと言った」

「いいから、フラン君に麻酔銃一発撃ち込んで下さい」

「お前にも撃とうか?」

タイガはリョウに麻酔銃を撃つ動作をして途中で止めた。そこからフランに麻酔銃を撃った。声を荒げていたフランは急におとなしくなった。それと同時に膨大な魔力を消費したフランは、元のヒトの姿に戻った。そのため、かなり弱っていた。

「こいつがお前の言っていた赤竜か」

倒れているフランの前に現れたのは航空部隊隊長のユーだった。その類稀な長身もさることながら、観察力も高く、飛ぶことだけなら軍部一と謳われていた。

弱りきっていたフランは朧気に二人の会話に耳を傾けていた。それに気付いたリョウが声を掛けてきた。

「あれ、目が覚めたかい。今、麻酔かかっているから当分は動けないだろうけど、命に別状はないよ」

麻酔のせいで力が入らないフランはそのまま目を閉じた。リョウとユーはフランの入隊の話をしていた。今回のように暴走されると困るのでまずは、フランの魔力の自己制御の仕方から徹底的に教える必要があった。

フランが次に目を覚ますと、其処は家のベッドだった。二階から降りると、おばさんが旅支度をしていた。本当の息子ではないものの、おばさんはにっこりと笑い、フランに話しかけた。

「フラン、折角のチャンスだ。ここではやれなかったことや見ることがなかった景色がきっと出てくるはずだよ。だから諦めるんじゃないよ、私の自慢の息子だからね」

 身支度が終わると、フランはリュウが待っている川岸に向かった。リョウはフランが来るのを、読書をしながら今か今かと待っていた。

「もう、大丈夫なのかい?」

「はい、お願いします」

 リョウはその体に見合わぬ程の翼を出し、竜へと転変した。フランを乗せ、王都へと向かった。



初めて他のドラゴンの背に乗るフランは、心を躍らせていた。空から見る地上は、とても小さく住人が米粒のように見えた。小一時間もすると、王都の南門が見えてきた。南にある飛行場にリョウは降り立った。すると、数人の軍人がやってきて、報告などをしていた。しかし、疲れているリョウは部下たちを軽くあしらい、フランを連れて官邸の自室に戻った。鞄を下ろすと自室の机に山のように置いてある書類にため息をついた。

「フラン、これからここでは既に上司と部下の関係になる。だから、多少の暴言には耐えなければならない。まあ、今日は疲れているようだしゆっくり休んでいいよ。明日は、上官に会わないといけないからね」

「は、はい」

 翌朝、リョウとフランは書類を持って十四執務室に入室した。書類にはフランの生い立ちなどが書かれていた。目の前の男はそれを鼻で笑うと、許可印を捺印したのだった。用意された服に戸惑いながらもなんとか着こなし、フランは彼の前に立った。

「お前か、リョウが推しているってヤツは。アイツが推すということが珍しいからな。俺はここのあー責任者のレイだ」

自分のことをレイと名乗った男は初対面のフランの前で大欠伸をして見せた。本当にこれが軍部最高司令官なのだろうかと不安になるフランだった。

「配属先は、航空部隊だったな。世話役にキリナギという同じ部署のヤツをつけてあるからそいつに聞け」



 宿舎には自分の部屋が割り当てられて、四畳ほどの間取りにベッドと机が配置されていた。荷物を整理していると、開いたドアをノックする少女が現れた。見た目は、水色の髪に支給されている軍服を独特な着方でこちらを見ていた。

「あなたがフラン? 私のキリナギ。分からないことがあったら言ってね。航空基礎からみっちりって言われているからがんばってね。これ、一日のスケジュール」

「あ、ありがとうございます。よろしくお願いします」

 フランは渡されたスケジュール表をみた。分刻みでの行動はないものの、軍部の演習だけでなく、執務なども学ばなければならなかった。そして、軍部最大の特徴、“時間厳守”がフランを苦しめようとしていた。

「じ、時間厳守……」

「元から時間厳守ってあったの。でも、司令官があんなだからせめて部下たちはって決まったの」

 そう、軍部最高司令官・レイはその性格からか優柔不断で面倒くさがりと本当に司令官で良いのかと思うほどの態度だった。戦場になれば恐れしいほどにその才能を見せつけられるため尊敬する者もいた。しかし、それだけを見て軍部に憧れを持って入隊するものの、この本部と戦場の差を見て幻滅する者もいたもの間違いない。

「支度もほどほどにして、航空部隊の顔合わせがあるから三十分後に広間に集合よ。あ、時間厳守だからね」

早速。時間厳守という言葉が出てきた。今まで時間に追われることがなかったフランは慣れないスケジュールに戸惑いながらも、広間に時間内に来ることができた。

航空部隊はフランを合わせて約三十二人。他の部隊より圧倒的に少ない。理由は空を跳べる者が志願しないこと、レイが元々航空部隊だからという理由が挙げられた。

 青メッシュの大男は腕を組んで、フランの方を見ていた。彼は南部で起きた暴動でフランに会っていた航空部隊のユーだった。フランによろしくと言うと後の椅子にドスッと腰を下ろした。ユーは仕事上がりなのか眠たそうにしていた。

「南部から来ましたフランと言います、右も左も分からないですが色々ご教授お願いします」



 フランは深々と礼をした。その後、ユーから明日の連絡事項が言い渡された。初日は緩く終わったが、明日から講義が控えているフランは楽しみであり、不安だった。

 初日は、執政や行政の基礎といったこの世界の成り立ちについてだった。聞きなれない言葉の数々にフランは混乱しつつも、学習することができた。昼からは航空訓練と転変して羽ばたくまでを確実に早くする訓練で、空を飛ぶことまでは至らなかった。

 南部にいた頃は魔力を使うことがほぼなかったので、フランは悪戦苦闘していた。一通りコントロール出来るようになったのは、入隊してから一カ月は経ったころだった。

「あの子?」

「ああ、いい原石を見つけてきた。ただ、磨くのに一苦労だけどね」

遠目でリョウは銀髪の女性とフランを見ていた。それに気付いたユーはフランに休憩だと伝えると、こちらに向かってきた。

「スフィア、帰っていたのか」

「え、ええ。でも、すぐに西に戻るわよ」

「どうです?」

「どうにもこうにもなかなか進まん。幼いころから魔力を使うという習慣がなかったせいか一から教えねばならん」

 フランも落ち着いたのかこちらに向かって来た。スフィアは急ぐからと言って室内訓練場を後にした。

「お疲れ様です」

「なかなか手間取っているみたいだね。上は俺から言っておくからしっかり鍛えてくれ」

 リョウは差し入れをユーに渡すと、また研究室へと戻った。二人が椅子に座り、差し入れを食べようとした時だった。室内訓練場の扉がバンッと勢いよく開き、そこには七番室長のヒノキが現れた。勢いよく開いたドアに驚いたのも束の間……。

「タイガさん見ませんでした?」

「いや、長官は見ていない。他を当たれ、ヒノキ」

「もう!」

 ヒノキは走って他の部署へと探しに行った。やっと二人は差し入れを食べ始めた。差し入れの中身は、サンドイッチだった。王都で人気のパン屋で作られたサンドイッチで箱の中にはカツサンドや卵サンドなど色々と入っていた。

「大方、長官に仕事を投げられたのだろう、よくあることだ。気にするな」

「はぁ……」



 訓練場の窓からは夕焼けが見え始めた。ユーに今日はこのぐらいにしようと打ち切られ、片づけを済ますとフランは自室に帰った。戻る前にお風呂に入ったのでうとうとしていた。

 翌日から飛行訓練が始まった。飛行訓練になるとフランの学習スピードは格段に上がったが、やはりまだまだ手直しが必要なところが多く、ユーから色々手ほどきを受けていた。

「とりあえず、普通に跳べるようになったな。後は、旋回などにかかる時間を極力減らすことだ」

「旋回かぁ、あ、はい」

 フランは、時間を作っては旋回のコツを掴むために訓練場に来ていた。すると、いつもは一人で練習するはずが、そこには飛んでくる障害物を避けながら攻撃をするという訓練をする男のタイガの姿があった。

(うわー、すごく速い、こんな感じに旋回とかできたらなぁ)


「お前には無理だ」


(な、なんでこのヒト、僕の考えていることがわかるんだ!)


 タイガは障害物を飛ばす装置を停止させ、踏み込みの確認をしていた。どうしてこのヒトは僕の考えたことを否定するのだろうと思考を巡らせるのだった。

「そういう思考ができるお前の方が凄い。これは銀狼か一部の種族しかできない代物だ。お前のように空を飛ぶ者では無理だ」

「や、やってみないとわからないじゃないですか!」

「あー、やっと見つけましたよ、タイガさん!」

 フランがタイガに喧嘩腰で言っている様子を見てヒノキは止めに入った。また部下を虐めているんですか! と関西弁のイントネーションで話すヒノキにフランは呆然とした。それ以前に、フランはこの目の前にいる男がタイガだと知らずに生意気な発言をしたことに後悔し始めた。

「ま、まさか知らなかったの!?」

「は、はい」

 フランはタイガについて無知だった。むしろ、雲の上の存在なので会えるわけがないとまで思っていた。しかし、南部でフランが暴れた時に足元を氷漬けにした男だと思いだすとやっと顔と名前が一致した。

「えっと、航空部隊所属のフランといいます。よ、よろしくお願いします」

タイガは見下した態度でフランを見ると、口を開いた。

「コイツが例のリョウが言っていた赤竜だ。王都について疎いから教えてやれ、ヒノキ」

「この子があのリョウさんが推している男の子かぁ。私の名前はヒノキ、七番の室長で最近はタイガさんの尻……いや、タイガさんの手伝いをしているわ」

 その女性はフランが今まで見た職員とは少し違い、紫の艶が特徴的なハーフアップの黒髪にパンツスタイルで何か妖艶な雰囲気を醸し出していた。


 自分が所属する軍部の司令官と比べると、やはり違和感があった。ヒノキの方が室長向きではないのかと。タイガは自分の刀を鞘に納めると近くにあったベンチに座り何やら遠くを見ながら考え始めていた。

「ヒノキ、今から、レイ、ユー、リョウを呼べ」

「また、無理を言って!」

 ヒノキは溜息をつきながら、三人を呼ぶために近くの連絡室まで走った。決して影犬で連絡を取ったらいいのにという発言はしてはならない。数十分後に三人が揃ったが、リョウに至っては夜勤明けで今から寝ようとしていたところ起こされたようで眠たい目を擦りながら来ていた。

「何故、初期訓練に一カ月以上もかかっている、リョウ」

「フラン自身の習熟度に合わせて訓練をする方向にしていたのでこういう形となりました」

「本日付で命じる、飛行訓練及び執務学習を三カ月以内に終わらせろ」

 この基礎訓練は通常、半年かけてするものなのだが、万年人材不足で正規職員がいない十四番はフランを加入に対する期待はかなり強かった。それ故、タイガはフランにスパルタ教育を行おうとしていた。タイガは自身の言うことが言い終わると刀を持って訓練場からら出て行った。このタイガの爆弾発言にどう対処しようかと残った五人は悩んだ。

「すみません、僕が者覚え悪いばかりに」

フランは自身の不甲斐なさに小さくなっていた。フランにどう声をかけていいのか困って沈黙してしまったその場に、いつもは人任せのレイが口を開いた。

「お前が責任を感じる事はない。これは責任者の俺がリョウとユーにちゃんと指示しないせいでこうなった。ま、アイツはあれが通常運転だからな。

「珍しく、レイさん下手ですね」

「いつも面倒臭さがっていると思うなよ、ヒノキ。ま、リョウが今回なんでもしてくれるさ」

「司令官、逃げるとタイガさんに業務放棄で報告しますよ。」

「権力が嫌いな奴が権力振りかざしてきたぜ。おー怖い、怖い」

 次の日からの余裕のある訓練から寝るまでびっしりの訓練に変えられた。なかなか訓練に慣れないフランに初めは不安に感じたが、少しずつ慣れている様子なのでリョウは安堵したはずだった。



 一ヶ月後、定例の会議で帰還していたスヒィアはリョウに会うために訓練場に足を運ばせた。すると、汗だくになって攻撃をしているフランとリョウの姿があった。訓練を始めたころに比べたら見違えるほどに成長していた。

「ん? スフィア帰っていたのか」

「よそ見をすると、怪我をしますよ」

 フランの拳が当たった場所は轟音とともに大きな窪地ができた。すかさず避けていたリョウは危ない危ないと冷や汗をかいた。

「ヒノキから聞いたわよ、また暴言を吐いたそうね」

「いつものことじゃないか。フラン、休憩しよう」

 汗だくになっていた二人は訓練場の近くにある川に飛び込んだ。リョウは眼鏡を外して入っていたためにフランに怖がられた。川から上がると二人は服の余分な水を絞り川縁に乾かした。上がってきたリョウにスフィアは眼鏡を渡した。

「久しぶりに訓練しているところを見たから安心した」

「上の命令だから仕方ないだろ」

「まあね。そうだ、二人にプレゼントがあるの」

 スフィアは鞄から箱を取り出した。中にはルビーと金色のコットンパールで出来たピンブローチとサファイアと銀細工で出来たピアスがあった。どちらも装飾が細かくかなり値が張ると思われる。

「フランにはピンブローチ、リョウにはピアスね」

「高い買い物をさせたな、スフィア」

「別にかまわないわ。リョウとフランの昇進祝いですもの」

「え、昇進祝い!?」

 フランは聞かされていなかったのか固まってしまった。フランはこのまま、航空部隊への配属だと思っていたが、ここ最近の上司の話がちぐはぐで分からなかった。

「あ、まだ言ってなかったのね、ごめんなさい」

「後、スフィアさんのことまだ自己紹介してもらっていません、リョウさん」

「え、ああ。ごめん、紹介するよ。こちら、西方大使のスフィアだ。西部に駐在しているから、たまにしか会えないけどな。スフィア、フランだ。新たにタイガさんのげ……部下になることになった」

なぜ、リョウが言い直したかフランにはまだ理解することができなかった。



 三人が和んでいるところに、影犬がヌッと現れて、伝言を話し出した。

「リョウ、スフィア、フラン、シタクヲトトノエシダイ、シツムシツニクルヨウニ」

 噂をすればなんとやらで、三人は急いで自室に戻り身なりを整えた。フランは、航空部隊の証である白いスカーフ、黒い軍服にブーツと相変わらずぎこちなかった。そして、スフィアからもらったピンブローチを身に付けた。スフィアは黒いパンツスタイルのスーツに白地のシャツ。黒と白のショートタイでハイヒールの姿だった。

 リョウは今回、長らく空席だった執務長官補佐に昇進のために、スーツを新調した。勿論、スフィアが新調の手伝いをしたのは言うまでもない。縦縞の黒いスーツに黒地のシャツ。胸元は開いていてもいいようなデザインにしてあり、ジャケットの左胸部には、医療部隊、隊長、長官補佐バッチがつけられ、手は黒の革手袋で覆われた。三人が執務室に着いたころには、殆どのメンバーがそろっており、厳かな感じだった。フランは自分が後だと思い、後方に並んでいると、ヒノキにリョウの隣に立てと促されて嫌々、リョウの隣に立った。

「医療部隊隊長・リョウ、貴殿を本日付で執務長官補佐に命じる」

「ありがたき、幸せです」

 この時のリョウの顔は何やら不満げな表情をしていると、隣に居たフランは感じた。

「航空部隊候補生・フランベルジュ、貴殿を本日付で十四番執務室職員に命じる」

「ふ、ふぁい!」

 フランの間の抜けた声に会場はクスクスと笑い声に満ちた。タイガの解散という掛け声に会場の執務室は一気に静かになった。

「今度からは正真正銘、俺の部下だな、フラン」

「はい、よろしくお願いします」

「それと、お前たちが俺の直轄の上司だということも忘れるな」

 二人はタイガに釘を刺された。スフィアは鞄を持って二人に近づいてきた。

「もう、帰るのか、スフィア。」

 リョウは寂しそうな表情でスフィアに話した。フランは確かスフィアが大使だから西部へと帰らないといけないということを思い出した。

「ええ、速く帰ってこいって言われているから。リョウの晴れ姿を見られて満足したからいいかなって。ピアスもスーツも似合っていたし。リョウならあの十四番の暴君と渡り合える気がした。フラン、色々慣れないことがあって大変だろうけど、がんばってね。」

 この後、二人は例のピアスの話を始めてフランが話に入れる隙がなかった。この際だからとフランは前々から気になっていた話題を二人に持ち出した。

「リョウさんとスフィアさんって、つき……ゴフッ!」

リョウは、顔を赤らめさせてフランの口を塞いだ。スフィアも焦り、周りを見渡した。タイガは呆れた顔をして二人を見た。

「この部署はお前と違って長い下積みをしてきた奴らが殆どだ。そのことは決して、忘れるなよ」

「はい、タイガさん」

 こうして、フランが一四番室へと任命された。この先、何がおこるか分からないが、フランは希望の眼差しで執務室のメンバーを見たのだった。

 南部のこの反乱の炎は消えるどころか勢いを増して燃え広がり、十四番執務室を震撼させるのだった。



拝読ありがとうございます。今回の作品に誤字脱字がありましたら、恐れ入りますが、ご報告お願いいたします。

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