047 これもひとつの~異文化交流、ってヤツですかね?
「貴様、何者だっ!」
あぁ馬鹿がいる。
カルプニア連合王国の首都、アトロパテネ。1300年の歴史を誇る古の都。その海側をぐるりと囲んで守る、三重の城壁。
その最上部の塔の上から海面を見下ろし、ゴウゴウと耳の横を吹きすぎる風がすごいなぁと暢気に観光していたところ。
風に負けない大声が後ろから聴こえ、まさか自分に呼びかけてるんじゃなかろうと思いつつ、振り返ってみて。
思わず呟いてしまった。あぁ、馬鹿がいるよと。
「ここは国防の要、アトロパテネの三重の城壁だぞ。許可なく立ち入ったものは、厳罰に処される。…貴様、先程から見ていればこそこそとあちこち嗅ぎ回っていたようだし、その見慣れぬ風体といい、もしやスパイかっ!?」
親愛なる父さま母さま。先日お盆で帰省した折お会いしましたが、その後お変わりありませんか?
幼少よりお二人から教えられてきましたので、不祥の娘であるわたくしも、人さまを見かけで判断しないように心掛けて参りました。が。
これはアウトでしょう~~~。
「なんとか言ったらどうなのだ、このスパイめっ」
目の前できゃんきゃん吠えているこの―――背格好と変声期をまだ迎えてなさそうな高い声からして少年? は、どなたでしょうね。
身につけている服や、陽の光で眩いほどにきらめく首飾りは無駄にお高そうだし、「心配です」と大きく顔に書いてある、お付きとおぼしき若人を後ろに引き連れているから、順当に考えれば連合国の貴族だろうか。
サカスタン皇国もそうだったけど、やはりお貴族さまは顔立ちの整った方が多いよねぇ。
見よ! この病的なまでに透通った肌を。さらにはキャラメルブラウンの巻き毛に、ウィスキー色の、意思だけは強そうな大きな瞳。
少年ぽさを色濃く残したサクランボのような唇をきゅっと噛みしめて……思わず爆ぜろと言いたくなるくらいの、美しい御顔立ちをしたお坊っちゃまが、こちらを睨んでいますよ~。
「黙っているとはますます怪しい奴だ。来いっ、僕が直々に詮議してや、っうわっ!」
「あぁ、坊ちゃま、危のうございますから、端に寄らないでくださいっ、てっうわぁっ!」
あぁほら、言わんこっちゃない。あ~ま~、まだわたしは何も言ってないけどね。
えぇわたくし何も、初対面の人間に対する偉そうな彼の物言いと、貴族趣味溢れる、わたしから見れば装飾過多な服装から、お馬鹿さん呼ばわりしていたわけではありませんよ?
彼とお付きの男の人が、今まさに、ドリ○のコントかよと突っ込みたくなるほど華麗に転びそうになっている原因の、装備―――でっかい日傘をみての、感想なのです。
皆さま、もう一度お知らせしておきましょう。
わたし達がいまいる塔は、海に面した三重の城壁の天辺です。アロイスさんの説明によれば真冬に比べて弱いとはいえ、はるか下に見える湾から吹き上がってくる風は中々のもので、風の魔術で防御しなければ、脚をとられてよろめいてしまうほどです。
ちなみに余談ですが。ここに上がってきた時、顔面を打つ風の強さに、わたくし少々テンションが上がってしまいまして。
ちょぉ~っと風にのって浮かんじゃおうかな、なんて画策しましたが、アロイスさんに重い重いため息をつかれてしまいましたので、止めました。
まぁそれくらい強風のふく塔の上で、日焼け対策と思われるでっかい日傘をさせばどうなるか……聡明な皆様なら、お分かりですよね?
傘をさしかけているのはお付きの男の人ですが、お坊ちゃまは動きにくそうかつ風に容易くあおられそうな、金の刺繍が施された長いマントを羽織っておられますから~。
「っわっ、カーメン、なんとかしろっ、飛ばされてしまうっ」
「っと申されましても、私風の魔術は得意では…、わぷっ、あぁあっ傘がっ」
いやいや、面白いように脚をとられていますね~。楽しんでおられるようにも見えるし、放置してていいような気がするな、これは。
実はこのお坊っちゃま達の気配は、最初に話しかけられる(というか詰問?)前から、察知はしていました。
「貴族でも特別な許可がなければ登れない」なんてアロイスさん言ってたけど、結構城塞観光する人いるんじゃ~ん。なんて呑気に思ってたんだけどさ。
「あ、アロイスさん。あれ、助けた方がいいですか?」
塔の脇に詰めておられた衛兵っぽい方とお話していた、アロイスさんが帰ってきたので、訊いてみました。
お坊っちゃまは正直どうでもいんだけど、お付きの方と、なにより彼の持っている美しい日傘が壊れるのは、忍びないからね。
それに、このまま海に落ちればゴミになっちゃうし。
「……できれば」
さすがはヴェニスの商人。一瞥しただけで状況を把握したのか、なんとも言えない表情を一瞬だけ浮かべて、頷いた。
「それでは。はいはい、はいっと」
あ、わたくしいわゆる「無詠唱」で魔導を操れるのですが、この掛け声はなんとなく、気分です。
たぶん彼らも観光だか視察だかでここに登っているのだろうから、風景は見えた方がいいよね。
ってなわけで、ガラスの板で彼らを囲う感じで、あえなくお付きの人の手を離れてしまった日傘は、こちら側に吹き下ろす風を起こして呼び戻してっと。
「アイ・キャン・キャ~ッチ! はい、どうぞ」
うん、きっと名のある職人さんが丹精込めてつくったものなのだろう。さっき傘の部分が風でずいぶん撓んでいたけれど、壊れてはいないようだ。よかったよかった。
「あ……ありがとう、ございます」
おやおや。よく見ればお付きの方も、中々整った御顔立ちをしておられる。なんすか、洋服や装身具と同じく、側仕えも美しくなきゃ駄目なんすかね。
勝手な想像で思わずケッと言いそうになったけれど、その整った顔でぽかんと口を開けているのが面白いので、よしとしよう。
「余計なことかもしれませんが、風の強い場所では傘をささない方がいいですよ」
メ○リー・ポピ○ズのごとく飛びたいのなら、別だけどさ。
「あぁ、はい。おっしゃる通りで……」
うん。顔を赤らめたところを見ると、その危険性は十分承知されていたようだ。でもお坊っちゃまに押し切られた、と。
将来主を支えることになる立場ならば、身体をはってでも止めるべきではと思うけれど、ま、資料によれば連合国は選民意識が少々強いお国柄のようだから。
使用人と、子どもとはいえ主人側の人間には天と地の差ほどの身分差が意識の中ではあるのかも。プラス、この方気が弱そうだし。傘を受け取りながら、わたしと目を合わせようとしないのがその証拠だろう。
怖くないですよ~。噛みついたりしないですよ~。
一部を除き初対面で何故か怖がられることの多いわたしですが、自分史上最大級の笑顔を浮かべてみた。
ほら、旅行先の人々とはできるだけ友好な関係を結んどきたいので。
「…ふん、よく助けた。誉めてやろう」
あ、友好な関係を結ぶ相手は、選ばせてもらうんで。
無視したいのは山々だけど、そうしたらまた煩そうだし、やっぱり応えなきゃいけないのかなぁ。
うぇ面倒くせぇと、内心舌打ちしながらも不遜きわまりないお坊っちゃまに、向き直ろうとしていたら。
「これはこれは、アナトーリ家のローウェル様ではございませんか。ご当家の、特に御母上にはいつもご贔屓頂いております、商人のクリプキウスでございます」
わたしの表情からなにかを察したらしい、ヴェニスの商人様が先にお答えくださいました。
「本日私めは、第三王女様にご足労いただきまして登城の許可を頂き、隣国から来た友人を案内しておりましたが、ローウェル様は……?」
あ、応えたは応えたけど、アロイスさんもあまりこのお坊っちゃまをお好きではないようで。
目が笑ってない。うぇ、ちょっと怖ぇ。
「しっ視察だっ。貴族たるもの、常に国の隅々まで目を配るべきと父上が……」
いや、それ間違ってないかもしれないけど、目を配るのは王族さんのお仕事では?
セバスチャンが集めてくれた資料によれば、カルプニア連合王国の貴族もサカスタン皇国のそれと同じように、それぞれ領地をお持ちのはず。君たちが目を配るのは、王から託されているその領地でないの? ここは王都よん?
って言うか坊ちゃん。「視察」の割にはお付き一人だけで、君がへろへろそんな華美な格好で来るものかしら~?
「…なるほど、視察、でございましたか。さすが辺境伯の次代を担われるローウェル様、素晴らしい御心掛けですな」
あ、うん。なるほど。アロイスさんの含みのある笑顔でわかりました。
ていうかヴェニスの商人様。その分かりやすい笑顔は、わざとですね? この坊や、貴方になんかやらかしたんですか?
愛しの素敵執事セバスチャンは、本日お留守番してもらっているので、詳細はわからないけど。「アナトーリ辺境伯」って、プリントアウトして持ってきた資料にあったわ。
え~っと。サカスタン皇国とは連合王国はさんで反対側の、国境際の領地を治めておられる有力貴族さんですね。確か。
峻嶮な山々を有した領地は、鉱物資源―――とくにいまお坊ちゃまがつけておられる、エメラルドに似た宝石で有名だったよね。
で、首都からは馬で3日以上かかる、と。
つまり君は。
「ち、父上がそろそろお前も、王都を見ておけとおっしゃって、今朝早くに着いたのだ。そして物事を見極めるには、全体を見通せとおっしゃるから……」
あらあら。アロイスさんの笑顔が怖かったのか、ボクったら聴かれてもいないのにぺらぺら喋っちゃって。
うん、うん。初めて王都に来て、テンション駄々上がりで、まずは一番高いところに登っちゃえと。
で、王都で見くびられないように、動きにくそうな長いマントにきんきら金のネックレス、舞いあがる砂埃で確実に汚れそうな真っ白い衣装―――ようは晴れ着を着てきた、と。
「つまり貴方は、田舎からでてきた、お上りさんってわけですね」
それが同じ観光客つかまえてスパイとか……ぷっ。
アロイスさんがなんかため息吐いた気もしますが、ここは笑うとこでしょう?
ふむぅ。なんだか物語が作者の預かり知らない場所へころがり続けています。
……まぁ、しかたないか。




