041 奥義をお見せしましょう。
気が付いたら、お気に入り登録2000件を超えておりました。皆様ありがとうございます。
今回はいつもの2倍くらいの長さになってしまいましたが、切りどころが難しかったので一気にあげます。お楽しみ頂ければ
誤字脱字を修正しました(2014.6.17.)
ゴンゴンゴンゴンゴンッ!!
人間って慌ててたくせに、泡食っている他人を見ちゃうと、妙に冷静になったりしますよね。
現在は音だけですが急き立てるようなやたらと強いノックの音に、少々頭の冷えたわたしです。
それにねぇ。メデューサになっているとはいえ、この部屋の主はルーカスさんですから。客で雇われ人でしかないわたしが果たして応対して良いものやら。
確認しようにも、ほら、物語の鉄板として、メデューサと目をあわせたら石になるじゃあないですか。ここは現実世界であっても魔法というか魔導や魔術とびかう、おファンタジーな世界。
ってことは神話のお約束も通用するような気がしますよね? ね?
なによりも、こんな状態のルーカスさんと目を合わせるどころか、あんまり見たくないな~~なんて……。
ゴッゴッゴッ、ガンガンガンガンッ!!
そうやって顔だけ書斎の出入り口に向けつつわたしが逡巡している間にも、扉をたたく音はどんどん激しくなっていき。
おぉう、多分ルーカスさん家の家紋と思われる花? の意匠と、何かの魔法陣を組み合わせたっぽいものを一面かつ緻密に彫られた扉が、ガタガタ揺れだしましたよ!
たぶんあれは壊れたらとっても修理が大変。それにこれを創った匠が可哀そう。わたしなら泣く。そして怒る。
「…あ~…はい、はい。いま開けますので、叩くの止めていただけませんか」
一瞬だけ、しゅうしゅう音を立てながら黒い霧を漂わせているメデューサさんを振り返り、相変わらず呪文のような言葉をえんえんと呟きながら何処でもない場所見つめている様を確認して、光の速さで顔を反らしてから。
わたしは扉の向こうにいるであろう御仁に、声をかけた。
「…っその声は、ユタカ殿!? ご無事ですかっ?」
んん?
息を飲んだような音がしてから、わたし好みの、アルトよりはテノールに近い声が扉の向こうから返ってきましたよ? 分厚い扉を挟んでいるとはいえ、前回会った時に比べれば少々声が小さく、かつやたら焦っているようなのは、何故?
まぁ、本人に聞けばわかることですね。
「どうしましたエドウィナリアさん、そんなに泡を喰って。ルーカスさんに急ぎの用ですか?」
扉の向こうの御仁、ルーカスさんの妹である男装の麗人エドウィナリアさんに声をかけ、扉に歩み寄りながらわたしはふと気がついた。
そういや、いっつもこの書斎にはいる時は、ルーカス(いまはメデューサさんですね)さんか、執事のグレアムさんに開けてもらってたから、ノブにさわるの初めてかも。
なんか切子ガラスみたいな材質と言い、ここにも複雑な文様彫ってあるし、手間かかってんだろうな~、溝が多いし掃除大変そう。
「いま開けますんで、扉の前から離れてくださいね~」
できるだけ傷をつけないようにしなきゃねとそっと触れたノブは、なぜか少しだけ熱かった気がする。
はっ、これもメデューサ効果? ついに物質そのものにまで影響が? 壊したら自分で直してくださいよルーカスさん!
「ユタカ殿っ」
少々戦慄を覚えながら押し開いた扉から、なだれ込むように入り叫ぶエドウィナリア嬢登場。
よほど急いできたのか、肩を上下させてますね。
「黄金のしずく」なんてご令嬢方に呼ばれているらしい、とき流した濃い金の髪もやや乱れていますが、うん、女性にしては低いアルトの声は、十分大きいですね。鍛錬のしすぎで声でもかれたのかと心配しましたが、元気そうでなにより。
襟に金の縁取りの施されたクリーム色の騎士服が、美々しく凛々しいですね!
「どうしたんですかエドウィナリアさん。ルーカスさんならここにいますよ?」
メデューサになってますがの言葉はのみこんで、麗しの妹君を見上げたまま後ろ手でさす。
「ユタカ殿、私のことはエドと…ではなくて、ご無事ですか? グレアムから連絡をもらい急いで駆け付けたものの、屋敷に近づくうちに空はどんどん黒く荒れてまるで嵐の様相ですし、着けばついたで庭の木々は倒れそうなほど揺れ、木々だけではなく建物全体からミシミシと音が……なによりこの部屋に、私以外近づけない状態だったのですよっ。この書斎に兄が不可侵の魔術をかけているらしいのは知っていましたが、グレアムは無条件で入れるはずなのに」
は? なんだ不可侵の魔術って。
あぁまぁ…ルーカスさんは公爵家のお坊っちゃまだし、それ以前に魔導隊長だから、泥棒よけとか機密保持のためですかね? ん? でもそれにしては。
「わたしはその不可侵の魔術とやらに、弾かれたことがないのですが。あ、そうか。ルーカスさんに招かれたからですかね」
うんうん、おファンタジーだけでなく、怪談でもありますよね。術者とか所有者の招きがあれば結界の中に入れるってのは。
「兄上が、ユタカ殿を拒否するわけないではないですかっ」
分かったように頷いていると、すかさずエドウィナリア改めエドさんから突っ込みを頂きました。
「は?」
「…いえ、そうではなくて、あぁもう、そうなんですけど。
近づけないというのは、漏れ出ていた兄の魔力のせいです。兄とは比較できないくらいですが、私は家族の中で兄の次に魔力が大きいので、何んとか扉まで近づけたのです。まぁ魔導適性と魔術では長兄や姉に及びませんから、開けることはできなかったんですが」
「あぁなるほど。エドさんの声が、妙に小さく聴こえたのもそのせいですかね?」
「おそらく。しかし……やはりグレアムの危惧したとおりでしたか…」
先日ルーカスさんに初めて紹介してもらった時には、なんというか…悪戯を思いついたような笑顔を、常に浮かべていた美々しく凛々しいエドさん(女)は。
部屋の奥で相変わらず黒い霧を吐きだしている女郎蜘蛛…もとい、兄であるルーカスさんに目をやり、重い重いため息をひとつ、ふたつ吐いた。
「…コレ、と言うかこの状態はなんなんでしょうか? まだ一年にも満たない付き合いですが、ルーカスさんはいままで、どちらかと言えば冷たいくらいに冷静沈着な人だと思ってましたが……今日話をしてましたらいきなり、こうなりまして。何かの…神経性のご病気でしょうか」
ほら、ヒステリーとかヒステリーとかパラノイアとか狐憑きとか二重人格とか、色々ありますよね?
ルーカスさんはお真面目ワーカーホリックさんですから、わたしと違ってストレスも溜まってそうですし。それがこのタイミングで爆発しちゃったとかですかね?
―――迷惑だけど。
「病気…たしかに一種の病かもしれません。9年前、兄が18歳の時にも一度こうなったことがあります。私は当時学園におりましたので実際に見てはいないのですが、母上やグレアムから聞いた様子とそっくり同じ状態です。私に急を知らせてくれたグレアムも、当時と同じかさらに悪い状況だと申しておりますし」
「…はぁ。原因はなんだったんですか? 後、どうやって鎮め(沈めたでもいんですが)たんですか?」
「ユタカ殿、差し支えなければお教え願いたい。今日は兄とどんな話をされていたのでしょうか」
わたしの質問にすぐには答えず、エドさんが逆に質問してきた。
うん。真剣なアクアマリンの双眸に見つめられ、すこし照れてしまいそうです。
「う~ん…大した話はしてませんよ? まぁもしかしたら、真面目なお仕事人間のルーカスさんの逆鱗に触れてしまったのかもしれませんが。少々お休みを頂きたいなと、お願いしてたんです」
思い当たるというより、魔獣狩りの計画を練り直していた時には至って普通で。激変というよりメデューサ化したのは休暇の話題、しかも期間を答えてからだった。よな?
思い出しつつそう答えれば、エドさんの整った顔がさっと強張った。
え、やっぱりそれですか?
「…休み、ですか。もしや、長期の?」
「ふむ、長期と思うかどうかは人によるでしょうが、ルーカスさんに申し出たのは半年間です」
「…おぉ………」
イケメンは何をやっても様になるように、美人と言うより麗しい人で麗人とお呼びしたいエドさんも、どんな格好表情でも絵になるようで。
っていうか、全くそうは見えなかったんですが、貴女もお兄さんと同じくお仕事人間? たかだか半年の休暇願いが、そこまで貴女を絶望させるんですかぃ?
いまにも膝から崩れ落ちそうな勢いのエドさんに、少々引き気味のわたくしです。え~わたしが悪もんですか? え? 駄目だった?
「…えっ…と。もしかしてわたしが悪かったんですかね?」
違うと言ってくれという思いを込めて、若干青白くなった花の顔の、きりりとした眉間にくっきりとしわを刻んで、頭痛を堪えるようにこめかみを揉んでいるエドさんを見上げる。
「いえ…ユタカ殿のせいでは……あぁでも、ある意味ユタカ殿の…いや結局兄が悪いのです。申し訳ありません」
「あ、いえ。謝って頂きたいわけではないので。エドさんが判断するに、わたしの休暇願いにより、ルーカスさんはこうなったと」
妹であるエドさんが来ているのにも気づいていないらしく、もはやメデューサから魔王にジョブチェンジしつつあるルーカスさんを後ろ手でさす。
「…まぁ、それで間違いないと思います」
「で、対処方法は? 今は抑えてますけど、このまま行くと、この部屋どころか屋敷全体が、ルーカスさん印の闇にのまれちゃいますよね?」
実は。わたしの趣味ではないとは言え、この部屋を、そして屋敷全体を飾る匠の芸術品達が破壊されるのは忍びないので、エドさんが書斎に入った時点でシールドみたいなものを張って、ルーカスさんとその黒い霧を包んでいる。
うん、仕組みは聞かれてもわかりません。
え~中見えないのもなんだか怖いし、透明な膜みたいなので包んじゃえとイメージしたら、その通りのシャボン玉みたいなものがポワンと出てきて、ルーカスさんとその周囲数メートルを覆ってくれました。
うん、魔導魔術さんいつもありがとうございます。今日も便利です。
「はぁ…兄もそうですが、相変わらず規格外ですねユタカ殿は…。こちらの防護膜は貴女が?」
「えぇまぁ。本とか壺とか壊れたら勿体ないですし。でも、ずっとこうしてるわけにはいかないでしょう。わたしもですが、なんか醸し出してるルーカスさんだって疲れるでしょうし」
「疲れる…というか、そうですね。魔力暴走は身体だけでなく精神にも傷をつけますから」
自分こそ疲れたような溜息をその珊瑚色の唇から吐き、エドさんが言う。
あ、やっぱりそう言うものですか。
「ふむ。じゃぁはやく戻しましょう。わたしの休暇願いが原因とはいえ、取り消すつもりはありませんから、別の方法で。9年前はどうやっても直したんですか?」
一度やらかしたのならば、対処法はあるだろう。そう思って訊ねてみたのだが、残念ながらエドさんの歯切れは悪かった。
「…9年前は…。恐らく体力の限界からでしょうが、兄の力が弱まった時を見計らって、中和の魔導に優れた母が抑えたと聞いております。ただ、当時の兄は魔導団に入りたてで今よりも体力魔力、魔導適性ともに弱かったと思いますから…」
「あ~…いまは力が弱まるのにかなり時間がかかるか、弱まらないまま暴走しっぱなしな可能性もある、と」
「…というよりも、その前に兄が、戻ってこられなくなるのでは、と」
眉間のしわをさらに深くして、きゅっと唇を噛みしめている。
おぉ。さすが妹様です。こんな祟り神になったルーカスさんでも心配なのですね。
よかったですね、ルーカスさん! 先日はじめてお会いした時の様子では、妹さんにとっては兄は玩具なのかしら、な~んて失礼なこと考えてましたが、しっかりと愛情はありましたよ!
「はぁなるほど。そう言う心配もありますよね。当然。……あ、ちなみに中和? の魔導に優れたお母さまはいまどちらに?」
「我が一族の領地におられます。兄特製の魔導陣ならばすぐ呼べますが、その母であってもこの状態の兄では……」
「あ~そうかもしれませんねぇ…」
わたしが創ったなんちゃって防護膜。透明なはずなのに、湧きだす瘴気で黒く濁りつつあり、中にいるルーカスさんが見えずらい。
ルーカスさんやエドさんのお母様ならば、さぞかしたおやかで美しい方だろう。そんな佳人に、こんな暴走状態の息子さんを見せるのは、忍びない。
あぁあ”あ”―面倒くさー! もーう、メンドクサ~~。
なんだってのさ、ルーカスさん。今日は昼までに「お話し合い」は終わると思ったから、セバスチャンにもそう言ってあるし、何よりお昼はヤスミーナにポロ作ってもらってるのに~~~~!!
あ、ポロって知りません? 中国は西の果てのカシュガルとか、国境飛び越えてサマルカンドあたりでウィグルの民に食べられている、肉と脂満載のピラフなんですけどね。
羊肉はこちらにないから、同じような味と触感のメリヤという魔獣のお肉をつかいまして。脂もその脂で、ヤスミーナが見事に再現してくれました。流石です。
で。メインが濃いのでデザートはあっさりと、レモンに似たこちらの果物のソルベをアヌリンが作ってくれてるはずだから、その果物に蜂蜜(といっても蜜を集めている蜂もどきは、わたしの世界のソレの10倍はありまして、針は鉄をも貫きそう。毒は勿論、神経系の猛毒だそうです。蜜を取るだけのくせに、なぜにそんなに強化してるのか謎です)を加えたソースをかけて、頂く予定だったのに………。
わたしの正確な腹時計によれば、とっくの昔にお昼は過ぎてるし、ルーカスさんが鎮まる気配はないから、いつ帰れるかもわからない。
いきなり休暇願いをしたのはわたしが(ちょっとは)悪かったのかもしんないけどさぁ、だからってひとの愉しみ邪魔しないで欲しいんですけど~~~!!
そうやって心のうちだけでひとしきり叫んでから。黒というより闇色のシャボン玉に成り果てたなんちゃって防護膜の中に入り、相変わらず虚空を睨んで呟きっぱなしのルーカスさんを見下ろした。
「はぁ。もういいや、ルーカスさん。すこし落ち着きましょうか」
お腹もすいたし、いつまでも連絡しなければ、セバスチャンを心配させてしまうし、なにより素敵執事さんを待たせてしまうのは、わたしが無理。
顔色が悪くとも麗しいエドさんと見つめあっているのはある意味楽しいし、これ放置していてもいんじゃね? なんてちょっと思いはするけれど、大切なクライアント様ではありますから。とっとと事態を収拾することに致しましょう。
毛を逆立てているのが猫ならしばらく放置で。犬ならば、お尻を叩いたあと落ち着かせるために抱きしめてあげましょう。
大昔、雷に驚いてパニックを起こした我が家のペット達を静めるために、母上が教えてくれた技を今こそ使います。
つまりはぶっちゃけ、たたり神のように荒ぶるルーカスさんに付き合うのがめんどくさくなったわたしは、我が家に伝わる奥義、「四の五言わせず抱っこ」を発動することにした。
まず、暴れられるととっても面倒なので、ルーカスさんが座っているビロードの様にすべらかな手触りの、布張りの椅子の背に手を差し込んで。
シャツ(そうそうご自宅にいるせいか、ルーカスさんはいつもの魔導師ローブではなく、仕立ての良い絹のような光沢のクリーム色のシャツを着ておられます、イケメン…と言うか美女です)の上からでもわかる、意外にしっかりした背中と肘から上の腕を囲むようにして片腕で押さえて。
「は~い大丈夫ですよ~わたしはここにいますよ~」
メデューサ化していようとも、そこは大切なクライアント様ですからね。
お尻を叩く代わりに普段ならキュラキュラと言った効果音とともに後光がさしてみえる、いまはぶわっと逆立って蛇がまっているようなプラチナブロンドの頭をぽんぽんと、あくまで軽~く叩いて。
「よ~しよしよし。大丈夫ですからね~」
胸元にそのまま頭を引き寄せきゅっと抱きしめ、腕をこしこしさすってあげました。
どうよ。越谷家秘伝の技は? と、ちょっとばかしドヤ顔になりながら、胸元のルーカスさんの顔を伺えば。
ふむ。小学校からずっと好きだった小説の登場人物から、レイモンドなんて名前をつけちゃったせいか、妙に気位が高くなっちゃった実家のツンデレ犬も腰砕けになるこの奥義。
幼少期はカンの虫が強かったらしいわたしと、反対に内にこもっちゃう弟もこれで沈めた母には、いまでも勝てませんが、ルーカスさんにも、ちゃんと効いたようですね。
うむうむ。やっぱりルーカスさんは犬科だったんですねぇ。抱きしめた時は一瞬、びくりとしたみたいですが、まそこらへんはレイモンドと同じでさらに強くひき寄せれば、ほらこの通り。
すっかり大人しくなって何よりです。黒い霧も霧散したようですから、ご褒美に頭を撫でてあげましょう。
国や文化や宗教によっては、頭をなでるというのは大変失礼に当たる場合もありますが、こちらでは市場でよく子供にやっているのを見かけましたから、NGではないでしょう。
まぁ……シャボン玉を消してちらとみれば、わたしが座っていた椅子の向こうに心配そうな表情で立っていたエドさんが、何故か美しいアクアマリンの目をこぼれんばかりに見開いて、こちらを凝視してしているようですが。
サカスタン皇国のお貴族さまのお家、もしくはグラヴェト家、もしくはルリストン一門ではやらないから、驚いてるんですかね?
ルーカスさんのメデューサ化を鎮められたから、良いではないですか。
あ、そうだ。ルーカスさんが次にこうなった時沈められるように、この技、伝授いたしますよ?
良い事を思いついたわたしは、ルーカスさんの頭を撫でつつ、エドさんににこりと微笑んでみました。
奥ゆかしき日本の20代も後半の女性ならば、知った人間とはいえ同年代の男性を抱きしめたりしないかもしれませんが。アメリカや西欧でなら、結構ハグしますよね。作者も留学中、旅行中よくやられました。
世界中を放浪してる優さんは、その点国際化しているってことで。まぁルーカスのことを犬なみに扱っているだけかもしれませんが。
次回は久々のルーカス視点でお送りしたいと思います。




