035 美味しくなくなったら、食事は止めましょう。
連続2話投稿。優さんのターンの続きです。
ふ~むむむ。「ハンノウガナイ、マルデ屍ノヨウダ」。
玉座の御方はちゃんと聞いているのかいないのか。眼は開いているし、息子の「砂髪馬鹿皇子(皆さん覚えてますか? 市場で暴れたあげく、わたしをここに呼びつける原因となったあの迷惑男のことですよ?)」と違って、目をどんよりともさせていないし、起きてはいるようだけど。あ~でも、目を開いたまま寝る人もいるらしいし、ここは一応異世界だし。
それとも長らく(今年で治世25年だそうですよ。おめでとう!)皇帝やってるから反論されることがないし、少なくとも10年は近隣諸国とも大過なく過ごせてきたようだから、勘も理解力も低下しちゃってる?
それともそれとも。やっぱり血は争えなくて、あのお馬鹿さんと同じく父親であるこの御方も、「見たい現実しか見えない」愚か者なのかしら~?
「……ってことで、そちらの木偶の坊の皆様? 権威だか権利だか振りかざしたいのなら、お仲間のうちだけでやってくださいね?
先程も言いましたが、わたしはこの皇国の臣民ではありませんから、貴方達が嬉しそうに担いでいる皇帝陛下に従う必要も、そのつもりもありません。この国で糧を得、生活もしていますから、ルールは遵守しますけど、それだけ。大体わたしはこの世界の人間ですらなんですからね」
そろそろ腹の虫の抗議を無視できなくなってきたので、屍の如く反応しない皇帝は放っておくことにして、〆に入りましょう。
そう思って、ナザルバエフ公爵という名の豚さんとその仲間達に顔をもどせば、なぜか一瞬の間をおいて、ザワリと場が揺れた。
え、ナニその反応。いや待て、そう言えば。
「あぁそうでした。この国では異世界の存在は、『公式には認められていない』んでしたね」
いやいやうっかり。ペロッと言っちゃいましたよ。
隠している筆頭のルーカスさんが何も言わないし、ま、いっか。
「いや~それにしても、貴方達の国はよくいままで生き延びてこれましたねぇ。人間の壁をつくっているから問題ないと勘違いしたのかもしれませんが、そこまで性格も性質も分かっていなかった人間を、この国のトップによく直接会わせる気が起きる。いやいやびっくりしました」
別にばれたところで実害はなさそうだし、そもそも知らない、調べないのはどうかと思うので、これも攻撃の材料にしちゃいましょう。
「たとえばそこの玉座におられる方が影武者としても。そこの宰相さんや大臣、それに将軍の方々? その影武者までそろえるのは難しいでしょうし、その手間をわざわざかけるとは思えませんから、本物でしょう。
あぁ、何故わかるのかなんて顔しておられますが、わたしは情報の重要性を十分認識していますから、ここに来るまでに事前調査はしてきましたよ。宰相さんや将軍さん達は絵姿もありましたし、有名人のようですから、調べるのは至極簡単でしたし、見目麗しくもなく、有名もでない方々は……まぁ文献調査で」
あ、どうでもいいですけど、国の重責を担うひとびとの情報なんですから、もう少し隠匿されたらどうですかね?
言いたい放題言って、怒りもだいぶ収まってきた。それにそろそろ一人で喋るのにも飽きてきたので、反応を促すべく少々彼らのプライドをくすぐって、挑発することにしてみた。
「そんなわけで、影武者および重臣の方々をわたしが皆殺しにするつもりだったら、どう対応したんですか? ちょっと無理な設定かもしれませんけど、わたしが実は、かつてこの国に滅ぼされた国の生き残りで、密かに恨みを晴らそうと狙っていたかもしれないじゃないですか。
それに、事前調査していないのだから、わたしの魔力も魔導適性もその使い方も知らないわけでしょう? ルーカスさんには及びませんが、この広間ごと貴方達を一瞬にして灰にするくらいなら、簡単にできますよ?」
まぁやる必要も、その気もありませんからやりませんけど。あぁでもこの宮殿は美しいので、燃やすのは忍びないですねぇ……。あ、人だけ窒息させればいいのか。
わざとらしく少々大きめの声でそう呟いてあげれば、玉座にいる御仁とそれを守る近衛兵っぽいイケメン達、それから子豚さん達だけでなく、いままで空気と化していた広間を埋めていたお暇な貴族と思われる人々まで、顔を引きつらせながら、逃げ道を探すように眼を泳がせている。
あ~なんかうん、もういいや。飽きてきちゃった。
「まぁこの他人の血で護られた皇宮で、ぬくぬくと暖衣飽食している貴方がたにはわからないかもしれませんが、この国の至上の存在とされている皇帝すら敬わないわたしが、自分より弱い貴方達の『ご命令』とやらに従うと思ったのが、そもそも間違いでしたね?
ここに来たのはルーカスさんにお願いされたからと、この宮殿の内装に興味があったからですが、わたしが言葉を介さず、一応の礼節を重んじない魔獣ならば、今頃貴方達は仲良く喰われて腹の中じゃないですかね。それか、戦争中なら国を奪われているか」
はいはいもういいです。二度と立ち上がれないように、粉々に砕いて、さっさと帰りましょう。
「ね? 情報って大事ですよね? その情報収集を怠ったがために、貴方がたはこうしてわたしに手もなく拘束され、恫喝され馬鹿にされているわけです。
わたしにとって貴方達は不快ではあっても脅威でもなんでもありませんし、興味もありませんからこれ以上何かするわけではありませんが……少しはご自分たちの愚かな行為を、反省いただけました?」
反応を一応確認すべく、広間をひとわたりぐる~っと見渡せば。
壊れた首ふり人形のように、がくがくと首を上下に皆様振っておられますね。確かサカスタン皇国での了承の仕草としては、それに右手を胸にあてるポーズが加わるはずですが、まぁ許してあげましょう。
相変わらず玉座で固まっちゃってる皇帝陛下まで同じようにしているのが、笑えたし。
「あ、そうそう言い忘れておりました」
華麗に踵でターンして帰ると見せかけて、くるりと振り返れば、皆様面白いくらいに身体を揺らされました。
いやいや、ちょっとした遊び心ですよ。
「ないとは思いますが、これ以後手前勝手な理屈を押し付けられそうになれば、即すべて、排除させて頂きますので」
にっこり笑って、今回の元凶である皇帝とその隣のお馬鹿さん達を見据える。
「先程も言いましたように、わたしはこの世界の人間ではありません。迎えてくれる場所もそこに行く手段も確保していますから、嫌になればそこに帰ればいい。こちらの世界にそれなり愛着はありますし、大切な方々もできましたが、自分の身を損なうほどではないので。
約束を守る必要もない『たかだか』『庶民の』『小娘ひとり』を従わせるために、界渡りして追いかけてくる阿呆は、いないでしょうしねぇ?そんな馬鹿な方がおられるならいっそ見てみたい気もしますが、それがどんな結果を引き起こすかその方達がわからなくとも、皇帝陛下がさすがに止めるでしょうし」
ね~? それくらいはしてくれますよね、陛下。
言外にそう匂わせれば、首がもげるんじゃないかと心配になるくらいに、ナイスミドルの「至高の存在」が頷いた。
あ、今度は胸に手をちゃんと当ててる。大変よろしい。
「大事なことですから、繰り返しましょう。わたしがこちらの世界にいるうちに、わたしとわたしの大切なモノを攻撃してくるなら、全力で叩きつぶします。
魔獣をへたに突けば、暴れて壊滅的ダメージを人や建物や時には街に与えることは、さすがの貴方たちもご存知ですよね。
『出来心で』『そんなつもりはなかった』なんて言い訳は彼らには通じませんから、魔獣の気がすむまで、もしくは破壊するものがなくなるまで暴れます。わたしへの対応も、それと同じとお考え下さいね。なんであれ自分を攻撃してきたものに『慈悲』を与える気など、ありませんから」
我ながらくどいな~とは思うけど、これだけ人数がいるなら、また馬鹿な事をする人間が出るとも限らないから。
わたし=魔獣という図式を、その軽そうな脳みその襞の襞にまで叩きこんでおきましょう。
「ねぇ? そんな事がきっかけで、皇国780年の歴史に幕が降りたら、哀しいですよねぇ」
それでもやってみます?
最後の仕上げとばかりにそう言って、すでに広間中に行き渡らせていた魔力を、感知能力の低いものにまで認識できるほど濃くして、ニヤリと人の悪い笑顔を浮かべてみせれば。
誰からも、答えは返ってこなかったのでした。ちゃんちゃん。
●○○●○
「さぁ~てと。言いたいことも言えましたので、そろそろお暇しましょう」
立つ鳥跡を濁さず。ちょっと違うもしれないけれど、相手が誰であれ、それがどれだけ不本意な場であれ、挨拶は大事です。
誰にというわけでもなくぺこりと頭を下げて、今度こそ出口へと向かいかけたわたしですが、もう一つ大事なことを忘れていました。
「そうそう、ルーカスさん。明日も朝10時にお宅へ伺えばいいですか? それとも、なにか緊急の駆除はいってきてます?」
途中でその存在を忘れていたけれど、大事なクライアント様は大切にしなくちゃね。広間を埋めていた貴族っぽい人々以上に空気と化していたルーカスさんにそう声をかければ。
「っ……いえ、今のところは。……なにか、あれば、連絡させて頂きます」
なぜだか知らないけれど、夢から覚めたようにはっとした美人お兄さんは、ぎくしゃくと首を動かしてこちらを見、かそけき微笑みを浮かべて答えてくれた。
あらあらルーカスさんたら。立ちっぱなしで同じ姿勢を取っていたから、身体がしびれちゃいました? 帰ったらストレッチでもしてくださいね。
「そうですか。よろしくお願いします」
一応この場に連れてきてくれたし、(役に立たなかったけど)ずっと隣にいてくれたわけだし。ねぎらいを込めて愛想笑いくらいはしておきましょう。
「あぁそうだ、そうだ」
ふむ。やっぱり食事は大事ですね。なんだか今日は、いつもに増して忘れっぽいようです。もう一つ大事なことがありましたよ。
帽子を頭にのせた勢いで、拳に握った右手を左手にポンと打ちつけ、ルーカスさんに合わせていた目線を、上に向ける。
「杞憂に過ぎないと思いますが、念のため。情報収集とその活用の重要性をようやく思いだした貴方達が、わたしのことを探ろうと考えるのは自由ですが。街で偶然会うのは仕方ないとしても、そう言う目的でわたしの目につく場所には、決して姿を見せないで下さいね。目ざわりですから」
この場に姿はあらわしていないものの、壁の向こうや、やたら高い天井の向こうに仄かな気配を漂わせる人々にも、釘をさしておかねばね。
「何度でもいいましょう。わたしは、約束を違える人も嫌いですが、それを破ったことを隠そうという労すら取らない人間も、嫌いです。そして、二度チャンスを与えるほど慈悲深くもない」
どんな格好で、またどこらへんにへばりついているのか知らないし、わざわざ調べようともしないけど、よぉ~く聴いててくださいね?
「嫌いな人間に会う気はありませんし、その人間のよこした何かを見聞きするのも嫌です。
スパイを命じられた方はそれが任務だからしかたないですし、可哀そうなので殺しはしませんが、元凶はつぶしますよ? こうしてわざわざ警告したにも関わらずやる、不愉快な愚か者なんですから」
うん。しっかり聴いて下さったみたいですね。さすがプロと言うべきか、物音は一切しませんでしたが、なんとな~く、心臓の音がどっくんとなったような気配を複数、感じられましたし。
さすがにこれだけ脅しておけば、可哀そうな彼らに命ずるお馬鹿が、そもそもいないだろうし。
いや~中々いい仕事したな、わたし!これで心おきなくセバスチャンたちの待つお家へ帰れます。あ、究極に腹減りさんだから、この扉出たら、転送陣使いましょう、そうしよましょう。
「じゃ。帰ります。あ、お見送りは結構ですから。お邪魔しました~」
来たときと違って非常に爽やかな気持ちで伸びをひとつして、わたしは宮殿を後にしましたとさ。まる。
はぁぁ……大した展開でもないのに、今回は難産でした。
この後別視点の小話をいれて、一応の完結マークを付けたいと思います。




