033 腐った部分を捨てればまだ食べられます。
優さんが、ただ喋ってます。
「繰り返しになりますが、わたしは貴方の国の民ではないから、貴方に従う必要も、恐れ敬う気持ちもない。わたしにとって貴方は単に、この国を現在率いている人間。それだけです。
そして率いている以上、その臣下の一人のミスの責めは、トップである貴方が負うべきと考えています」
ぴんと糸が張り詰めたような沈黙が支配する大広間に、「異国の魔導士」―――優の硬い、色のない声が響きわたる。
ルーカスは相変わらず彼女の隣に突っ立ったまま、「神々が天上からもたらした宝石のよう」とどこかの令嬢に評された蒼い眼をふせ、誰とも目が合わないようにしながら、黙然とそれを聴いていた。
何度も訪れたことのある、彼女の国、日本。
そこでは数年に一度、『有権者』が選挙により国政を担うものたちを決めるという。そして、その中からさらに選挙で国のトップが決められ、その信にそぐわない行為をしたもの、職責を全うできなかったもの。そしてその部下を選んでしまったトップは、任期を残していても「民意により」その地位を追われることがある、のだそうだ。
『できない人間には、さっさとご退場いただかないと。時間もお金も権力も勿体無いですからね。それに、トップの一番の役目は、責任をとることでしょう? なにかあれば一番に腹を切れ。そう言うことですよ』
実に恐ろしいことを、あっけらかんと言っていたなと、ルーカスは心の内で呟く。
まぁ少々、現実逃避をしたいだけなのだが。
あえて見ないようにしているので、いま、彼女の攻撃の矢面に立たされている主君が、どんな表情をしているかはわからない。
先ほどから咳払いはおろか衣擦れの音すら聴こえないことを考えると、彼女の「お話」を最後まで聴くよう、任務を果たせない哀れな近衛兵たちと同じく、彼も動けないように術をかけられているのかもしれない。
もちろんルーカスにそれを解くつもりは、ない。嵐は結局、やむまで待つしかないのだから。
「………あらあら。内務大臣の、ナザルバエフ、公爵様? もともとどす黒かった顔が、土気色になってますね?」
反応しない陛下に飽きたのか。彼女は次なる獲物を求めて、ふいと首をめぐらせたようだ。
「今回も今までと同じように、いざとなったら下っ端の誰かに責任を負わせて、うやむやにしようとでも思ってました? わたしがそんな甘っちょろいこと言うと、考えるとどうして思われたんでしょうねぇ? 貴方の失敗は当然、貴方自身と、貴方の上司である皇帝陛下が負うべきでしょう?
わたしを呼びたがったのは陛下でしょうが、この場を手配したのは貴方ですものねぇ?」
すこしだけ。優にさえ気づかれないように、ほんの少しだけ顔をあげ、目線をうごかせば。
いつか仕事あけに二人でみた三日月のように、朱色の唇が細くひらかれ、笑みをかたちづくっていた。
「サカスタン皇国はながらく戦をされておられなかったし、そのたるんだ顔と身体をみれば、貴方、文官しかできなさそうですから。情報が生死をわけることもある国境警備や魔獣駆除、それに貿易にも携わってこなかったんですねぇ。
わたしのこの性質と考え方を事前に調べようともしませんでした? じゃぁしょうがないですね」
今度は玉座の方に目を向けると、やはりと言うべきか。彼女の笑みが大きくなればなるほど、3(馬鹿)卿の顔色が悪くなっていく。
特に、名指しされたナザルバエフ公爵は、彼の家のメイドたちの努力を無にするほど似合っていない、複雑に結ばれたクラヴァットからはみ出した猪首が、瘧にでもかかったかのようにぶるぶると震えている。
彼女の推察する通り、話半分に聞いたとしても、驚異の魔力を持っているだろう「異国の魔導士」について、大臣たちはまったく調べようとしなかった。
彼らの脳内でしか存在しない、偶々生まれ持った家柄と身分がすべてを支配する夢の国では、異国から来た「庶民の」「女の」魔導士など、彼らの、栄光のサカスタン皇国皇帝の威光を前にすれば、ただひれ伏すのみであると。
声をかけられ、興味を持って宮廷に呼ばれただけで感涙にむせぶに違いないと、そんなお幸せな筋書きができており、それ以外の想像など浮かぶはずもなかったのだろう。
もちろんルーカス自身も、それをあえて正そうとはしなかったし。たぶん。「現実」を前にしてすこしは思い知ればいいと、思っていたのかも知れない。
しかし、だ。
こうして実際に彼女の至極正当な怒りを目の当たりにすると、改めて彼らの醜さと傲慢さが浮き彫りになり。それだけではなく、毎年建国祭や数々の祝典に訪れる同盟国や友好国から使者たちの、妙にへりくだった態度と、それを不思議に思うことなく受け流していた過去の自分までが思いだされてしまった。
結局わたしは。嫌悪しつつも彼らと同じ側にいたのだ。……同じ穴の狢ではないか。
そこまで考えてしまったルーカスは、一瞬、ほんの一瞬ではあるが、その場に崩れ落ちてしまいそうになった。
「あぁ、ルーカスさんがわたしの情報を隠してくださっていたようですけど、それは言い訳になりませんから。そしてわたしは、他人の言いわけをわざわざ聞いてあげるほど寛容でも暇を持て余しているわけでもありません。ので、引き続き黙って聞いててくださいね?」
優が、念押しするように小首をかしげてそう言い、笑っている。
彼女の隣で自己嫌悪に浸っていなければ、「ユタカさん、いまこの状況で言い訳を口にできるほどの度胸の持ち主など、ここにはいませんよ」。
そうルーカスが、ため息混じりに返したことだろう。
実際は、その言葉が聞こえているのかいないのか。ただ俯いて、首を力なく振っただけである。
そしてもちろん優は、それを気になどしない。
「調べようと思えば、いくらでも手はあります。780年も続いた皇国なんですから、子飼いのスパイ集団くらいいるでしょう? 彼らを動かさなくとも、ちょっと街に下りて聞き込みすれば、わたしの情報など簡単に集まりますよ。べつに隠れて暮らしているんじゃないんだから。
貴方達は単に面倒だか怠慢だか愚かだったから、それをしなかった。
貴方達の国は物産の流通だけではなく情報の流通にも力をいれていたと認識していましたが、いや歴史が長くなれば、考え方も変わってしまうんですねぇ。………………残念です」
肩をすくめ、大げさなほど首を大きく横に振って、優が演説を締めくくった。
本来ならば突っ込み役となるはずのルーカスは、絶賛自己嫌悪中で役に立たず。しばし、沈黙が、大広間を支配した。
後ろが少々長くなりそうなので、いったんここで切ります。
ルーカス視点にすると、どうしても暗めというか、鬱々なっちゃいますねぇ。次回は優にもどすか。




