004 お腹がくちくなれば、頭もまわります。
肉と珈琲は最高の取り合わせだと思います。
「それではユタカ殿。隊を代表して、改めて助けて頂いた礼を述べる。それから、異国の素晴らしい料理と飲み物にも。まさか魔獣があんなうまい肉に化けるとは思わなかった。貴国は進んでおられるのだな」
珈琲を飲みほして立ち上がり、身体を直角におりまげて、ハッスナー隊長がもう一度御礼を言ってくれた。
食事をして珈琲なんぞ飲んでまったりしていたけれど、そうだこの人々は、ここにスズメ(美味しかったごちそうさま)を退治しにきてたんだ。
「いえ、こちらこそ。なんだか引きとめてしまいまして」
きっと城だか軍隊だかに帰って、完了報告をせねばならないのだろう。周りを見渡せば、他の隊員さんたちも、馬の鞍の留め具をしめなおしたりと、帰り支度をしていた。
最初から気づいてれば、持って帰って食べられるように、肉を加工した状態で渡したのに。
あ。でもな~。たとえフリーズドライしたにしても、やっぱりその場で食べるのが一番美味しいだろうし、いまの口ぶりと彼らの最初の反応だと、ここでは魔獣は食べなかったみたいだし。
「いや。今回はほかの地でも魔獣が暴れており、こちらには最低限の人数しか割けなかったので、討伐には一昼夜はかかると思っていたのだ。優殿とグラヴェト隊長のおかげで、たいした被害もなく最短でかたづけられた」
なんていい人!
反省しかけたわたしの気配を察知したのか。快活に笑ってそう言うと、ハッスナー隊長は部下がひいてきた馬にひらりとまたがった。
「それではクラヴェト隊長。お先に失礼する」
「えぇ。帰任報告よろしくお願いします」
馬上ゆたかにという言葉を絵にかいたように背筋をぴんと伸ばして乗るハッスナー隊長があいさつすれば、ルーカス氏は例の無表情笑顔でそう返した。
さり気に面倒な仕事をおしつけている気がする。
「さて、と」
見事に統制のとれた動きでハッスナー騎馬隊が土煙をのこして消えた後。
やっぱり珈琲もう一杯飲もうと、ポットに珈琲をみたしていたわたしに、ルーカス氏は向き直った。
「あ、ルーカスさんも珈琲もう一杯いります?」
「……頂きましょう」
うむ。気に入られたようでなにより。
「あ~やっぱり肉のあとには濃い珈琲ですね~。至福の一杯~~」
これが日本のレストランならば、ここでクレームブリュレでもデザートに頂くところだが、あいにくと言うか、幸いにしてというか。
異世界スズメ(確定)の丸焼きは思いのほかお腹にずっしりきて、さすがのわたしでももう入らない。
「貴女の国には何度も仕事で訪れていますが、食文化の多様さにはいつも驚かされます。これは、先ほど頂いたものとは微妙に味わいがことなりますね」
「あ、わかりますか?」
さっきのは、いつも自宅に常備している口当たりがよくあまり癖のないモカブレンドにしたが。
今回はアラビカ種をすこし多くして深炒りにした、近所の喫茶店(断じてカフェではない)のオリジナルブレンド珈琲にしてみたのだ。
「あ、そうか。あのビルにオフィスを構えられてるのだから、ルーカスさんは日本に何度も来られているんですね。じゃぁ日本食にも詳しいわけですね」
そう言いながら、サラリーマンに交じってお昼に天ぷらそばを食べているルーカス氏をなぜか想像してしまい、ちょっと笑ってしまった。
「……オフィスを構えていると言いましても、あそこはレンタルオフィスと呼ばれるもので、貴女のように応募してくださる方とお会いする時のみ、借りるようにしています」
「へぇ。効率的ですね。じゃああの受付の御兄さんも?」
「えぇ。オフィススペースと込みでお借りしています」
「おぉ、便利ですね」
ふむ。一年半離れていた間に、日本の職事情はさらに進化を遂げたらしい。
わたしが知らなかっただけかもしれないが、レンタルオフィスは以前はあんなに奇麗なビルでは見られなかったし、受付と言えば女性、しかも見め麗しい若い女性のみだった気がする。
選択肢が増えているようで、なによりだ。
ルーカス氏はなにしろこちらのひとなのだろうし、清掃業(というか魔獣討伐?)こちらなら、オフィスをあちらに常設するのは無駄だろう。
うむ。非常に理にかなっていて、好感が持てる。
が。
「ルーカスさんはこちらの……さっきのハッスナー隊長いわく、隊長をされておられるんですよね? え~と、皇国騎士団、でしたっけ。それなのに、なんでまた日本で人材探しを?ルーカスさんはハッスナー隊長とは違う格好、まぁいまはスーツですけれど、それを着てるし、同じ仕事をしているわけじゃなさそうだから……魔導師? なんですよね?」
そうなのだ。わたしの世界からこちらの世界に、いわゆる異世界トリップをするのがどれだけ難しいのかわからないけれど。彼はビルの10階からこの原っぱに、扉をパタンと開け閉めするだけで、来たのだ。
そして、「何度も行っている」「する時のみ」ということは、魔方陣だか魔力で維持しているのかしらないが、思い通りに開け閉めできるわけで。
さらには、こちらやあちらで誰かが傍でそれやってくれていた形跡はみられないことから、たぶんこの美人兄さんは、相当な腕をもった魔導師だか魔法使いとやらなのではなかろうか。
「さっき調理する前におっしゃってましたけど、わたしには魔力が質量ともにかなりあるんですよね? それは応募した時からわかっていたのでしょうか。それとも日本人、もしくはわたしの世界の人間は、こちらの世界に来れば、皆そういう力が使えるようになるのでしょうか」
父上さまの薫陶により危険察知能力は磨いてきたものの、自慢じゃないがわたしは、霊感もなければESP能力もない。
すくなくとも、その兆候は28歳のいままでない。ついでに言えば、魔女っ子少女に憧れて箒にまたがったり、こっぱずかしい呪文を日がな一日唱えた黒い歴史もない。
世界には190カ国以上の国があり、日本にだって47都道府県あるのだ。人の数なら70億と1億人以上。あてずっぽうで来たのだとしたら、効率が悪すぎる。まだ出会って間もないが、このルーカス氏がそんな真似をするとは思えないから、事前の入念な調査があったに違いなく、それならば、教えられる範囲内で、状況を知りたいと思う。
自分のこちらでの市場価値を知るために。
え? いやだって、ハッスナー隊長は、「これほどの魔導」って言ってくれてたじゃない?
てことはたぶん、わたしがなんちゃってでイメージしてできた魔法だか魔導は、こちらではそんなにできる人はいないんじゃないだろうか。
ってことはですよ。
契約条項を見直す必要があるんじゃないかな~なんて考えまして。その為にも情報は多いほうがいいな~~なんて、考えまして。
つらつらそう算段して、期待に満ち満ちた目でルーカス氏の美人顔を見つめていたら、
「……わかりました」
またため息をつかれてしまいましたよ。
あ、それでもしっかり珈琲は飲みほしておられるようです。
「どうやら貴女はとても『しっかりした』お方のようだ。わたしからも色々お話したいことがありますので、とりあえず場所をかえませんか」
「はぁ。どちらに」
「この国のこともお話……というより、多分貴女はご自分の目で確かめたいでしょうから、皇都におつれしようと思います。わたしの別邸がありますから、そこの書斎でお話させてください」
ちょっと懇願口調でそうのたまう美人ルーカスさんに、連れられ。皇都とやらに行くことになりました。
そうだ。お肉や血と羽毛、どうやって持ってくかな………。




