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小話5 ある秘書官の祈り。(ただし叶う予定なし) 3

お気に入り、評価、感想いつもありがとうございます。

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 あぁ。

 今朝もまた、痛む胃を押さえつつ、祭壇の前で長らく祈ってしまった。優しい妻が肩に手をおいて促してくれなければ、私はいつまでも立ち上がれなかったかも知れない。

 たぶん私は。無意識に、出仕を遅らせようとしていたのだと思う。なにせ昨日、恐ろしい知らせを受けてしまったのだから。




皇帝陛下が、お召しになるそうだ。異国の魔導士を。しかもクラヴェト隊長子飼いの、規格外の魔力の持ち主を。


 そう。グラヴェト隊長の、だ。


 現在は魔導団第二中隊をまとめておられるルーカス・ルリストン・クラヴェト隊長は、五大公爵家筆頭と言えるその家名のみならず、膨大な魔力と抜群の魔導適正、そしてなにより人ならざるその美貌で有名であり、ご本人はそれを毛嫌いしておられるが、宮廷内では『麗しのおぼろの君』などと呼ばれている。


 そして、皇国始まって以来のその魔力はもちろん、仕事に対する真摯な態度、魔獣討伐の実績から、皇帝陛下および議会の重臣方に高く評価されている。

 ただ。まだ27歳と言う若さ、そして祖母君に生き写しらしい外見から……なんというか、その………愛玩と口にすればそれだけで殺されてしまいそうだ。なにか、なにか何か適切な表現はないだろうか。



 ………うん。とにかく、皇帝陛下も大臣や将軍方も、「危ない事はして欲しくない」と、年端もいかない孫もしくは姫に対してするような、過保護な態度をお取りになるときがある。何故かは、私にはわからない。

 殿下の秘書官になってからお会いする機会も増え、そんな場面に出会う機会も不幸にして増え。その度にこちらの命がガリガリと削られていく気がするので、正直控えて頂きたい。




 ――――――話がそれてしまった。



 そのクラヴェト隊長は、魔導団の部下とは別に、魔導士もしくは魔術士を私費で雇っている、らしい。


 領地が峻嶮な山や魔の森に隣接する辺境であったり、魔獣の営巣地を抱える地を治めておられる方々の中には、子飼いの魔導士や魔術士を雇われている方もおられる。

 クラヴェト公爵家の領地は代々治安もよく、魔獣がでやすいとは今まで聞いたことはなかったが……魔獣の繁殖期にでも入っているのか、皇都でも最近目撃情報が多くなってきたので、用心のためもあるのだろう。別段、特筆すべきことではないと思う。


 が。殿下がある日妙に嬉しそうにしながら、至急調べろと命じられた内容には、耳を疑ってしまった。


 いわく、その魔導士のひとりが、あのハーピーを一人で倒したらしい、と。

 その魔導士は小柄で若く、しかも女性である、と。



 夢でも見たか、担がれているのではないかと疑ってしまったが。殿下がおっしゃるには、騎士団の第七中隊の隊員が話していたのを、殿下のお気に入りの部下が訊いたのだと。魔の森近くで出現した個体を討伐中に、クラヴェト隊長とともにその魔導士は突然現れ、あっという間に倒してしまったと。



 それが本当ならば、もし事実ならば、恐ろしいことである。誇張でもなんでもなく、クラヴェト隊長とその魔導士だけで、小国ひとつくらいやすやすと征服できるだろう。

 そう想像して腹が冷える心地の私とは反対に、殿下はひどく嬉しそうである。それで、クラヴェト隊長を呼びつける口実ができたと、喜んでおられたようだ。

 馬鹿かと言いたい。




 殿下は、隊長に嫌われておられる。もちろん殿下のせいである。


 殿下は騎士団を卒業されたが、元は魔導学校に入学されたのだ。そしてそこで、「運命の出会い」とやらを殿下いわく果たしたらしい。

 グラヴェト隊長と。一方的に。「魔導師のローブなどよりドレスを着ればいいのに」と言って。


 やはり馬鹿かと言いたい。いや叫ばせて頂こう。




 ともかく伝聞ではなく事実を確認しようと、その駆除作業の指揮をとっていた第七中隊のハッスナー隊長に面会の約束を取り付けていたところ。

「明日ルーカスが来る。最高級の花茶と菓子を用意しておけ」従僕にそう云い付けている、皇子の声が聞こえた。


 なんだそりゃ。


 その瞬間、気の抜けた呟きが私の口から漏れ、その瞬間、私の脳裏を横切った予想どおり、絶対零度の微笑みを浮かべたクラヴェト隊長のいいように、殿下と、ついでに取り巻き殿のおひとりはころがされ、秘書官である私は恫喝された。


「貴方の御苦労はよく理解しているつもりですが……。くだらない噂話をつつく暇があったら、その胸ポケットにいつも持っている退官嘆願書を、はやく提出してはいかがですか?」


 それはそれは奇麗な微笑みを浮かべてそう言われた時、確実に私の心臓は止まった。息の根が止まらなかっただけまし。か?





 そして。そのあとすぐ、あの事件が起きた。


 まぁ、事件と言うほどのことはなにもない。

 第二皇子の第一子ご誕生の慶事に沸く宮廷内に嫌気がさしたらしい殿下が執務室を脱走し、時折するように、従妹兄弟2名を引き連れ市場で市井のひとびとに絡み、それをその場に居合わせた魔導士に止められ、少々お仕置きをされ、同じくその場に居合わせたクラヴェト隊長に、お仕置きされた格好のまま(桃色のラスリーム状の紐で奇妙な形に縛られていた)、執務室に送り返された。

 それだけである。


 なぜその経緯を詳細に知っているかと言うと。私もその場にいたからだ。


 正確に言えば、殿下達を追いかけヒッポス(うま)で急いで駆け付けたはいいものの、殿下達に向き合った小柄な魔導士が動いた瞬間、無様にもその場にへたり込んだのである。その、魔力にあてられて。



 覚えておられるだろうか。

 私は人相手の戦闘でこそ役に立たないが、魔導や魔力の探知探索は得意であるのだ。それで殿下達をすぐに発見できるのだ。

 ちなみに魔導学校を落第された皇子は、探知能力がほぼゼロらしい。魔導師としては致命的な欠陥だが、あの時はそれがうらやましかった。………もちろんそう考える余裕なぞ、その時にはなかったが。



 あの魔力。あれを、なんと表現したらよいのだろう。

 あの魔導士が殿下に向かって走り出したその瞬間、身体全体を、彼女から放たれた何かで、見えないが確実に触れられる何かで、殴りつけられたような気がした。結界をはるのが間に合わなければ、昏倒していただろう。

 ちなみに乗ってきたヒッポス(うま)は逃げた。


 気絶するのは免れたものの、その場にへたり込んでいるうちに、ねっとりと絡みつき、四肢を縛り、呼吸とともに流れ込み、内から外から私を押しつぶすような魔力に押さえつけられ、その場で耐えているしかなくなった。



 幸いにして、あぁそうだ。幸いにしてと言わせてもらおう。私がへたり込んでいたのは、声は聴こえるものの、彼女、あの魔導士からは見えない位置だったようで。

 殿下達が手もなく「お仕置き」されるのを、もし自分が言われる立場であれば、訊くだけで死にたくなってくる、しかし積年の私達のうっ屈を代弁してくれているかのような叱責されているのを、漏らさず訊くことができた。



 さすがに殿下に向かって明確な殺意をおびた、ついでに黒い霧のような魔力の塊をまとわせた拳が振り下ろされそうになったときは、身体をはってでも止めようとしたが………その前に、突然現れたクラヴェト隊長が止めてくださった。


 まぁたぶん。止めようにも、私の身体はあの魔導士の前まではたどり着けなかっただろう。

 弾かれるか、粉砕されるか。試さなくてよかった。本当に。



 感知能力ゼロの殿下でも、あの魔導士の怖さにはさすがに気づかれたようで、なにやら口ごもっておられるうちに、クラヴェト隊長に転送させられた。もちろん一緒に結わえられていた従兄殿兄弟も。

 そして、クラヴェト隊長の取りなしによるものか、中和の魔導によるものかは分からないが、魔導士殿から漏れ出していた黒い魔力も抑えられ、私はどうにか立ちあがることができた。



 宮に転送された殿下を確認すべく、そっとその場を立ち去ろうとした時。背中にささった視線は、あの二人、どちらのものだったのだろう。

 呼び止められる前にと、思わず足を速めてしまったが、その決断というより本能による逃避が、間違いではなかったことを、切に祈りたい。


 



 あぁ。今朝もまた、私は祭壇の前で長い時間を過ごした。

 けれど、あの魔導士が陛下と会われる前に、秘書官を辞められますように。そんな私の切なる願いは、やはり叶わないようだ。


 はぁ。


名前もないのに引っ張ってしまった秘書官君。皇子様も以外に出張ってきますね。

次は、ルーカス君が少々心情を吐露します。今週中にあげられればと。

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