小話4 ある秘書官の祈り。(ただし叶う予定なし) 2
サブタイトルの数字訂正しました(130926)
予感はあった。しかも、騒動などという言葉では収まりきれない、厄介事が舞い込んでくる予感が、あったのである。
こう言うと悲しくなってくるが、皇子が動けば常に、その不用意な言動により、大なり小なり騒動は起こってしまう。しかし、それくらいならば、5年の経験からうまくさばく自信は、残念ながらあるのだ。
私とて侯爵家の人間である。お守りであろうと尻拭いであろうと、皇帝陛下直々に依頼された仕事なれば、どうして全うしないでいられようか。しかも、殿下が動いて迷惑を被るのは、必ず彼より「身分」が下の者、ほとんどが皇都に住まう一般庶民なのだから。
彼らを守ることで貴族たり得ている自分が守らないでどうする。
皇子が視察と称して書類仕事を放り出し、取り巻きである従妹兄弟を連れて騎士団から飛び出す場合の理由は、ふたつ。
ひとつは、書類仕事に飽きた時だ。養成学校時代から有名だったが、殿下は机に向って10分以上座っておられるのが苦手なようで。ついでに5行以上の文章を読むのも苦手とされる。おかげで決済が必要なもの、目を通さねばならないものは、秘書官である私が目を通し、要約して殿下に読み上げている。
まぁもともと、殿下のところに重要書類なぞ回ってこないので、それで問題ない。それでも逃げるとはどうかと思うが、適度の息抜きは我々、秘書官である私や侍従の者にも必要なので、見逃している。
もうひとつの理由、これが問題である。
ご自身の生まれや御母堂に泣きついても、どうにもならない事態に遭遇した場合。24にもなった男のすることではないと思うが、殿下は逃げるのである。そして逃げるだけならまだしも、癇癪をおこして、周りに当たり散らすのだ。
その時吐くセリフも、だいたい決まっている。「第三皇子たる俺が、なぜ我慢せねばならないのか」。
あの皇子殿下には、歴代の家庭教師がきっと言っていたであろう、そしてお父上である皇帝陛下が事あるごとに言っておられる言葉は、どうやっても届かないのだろう。
「上に立つものほど、自制と自省を覚えねばならない。さもなければ、その地位と影響力により大切なものを自ら破壊してしまうのだから」
陛下のご心痛が偲ばれるとともに、一応近習にもかかわらず、殿下を矯正できない自分の不甲斐無さが、時々嫌になる。そんな時は朝の祈りの時間が長くなり、家人に心配をかけてしまう。
今回の事態は恐らく、第二皇子殿の第一子ご誕生であろうか。
側妃とはいえ、聡明さとその春の陽のような柔らかい美しさ、そして何よりその優しい心根で、皇帝陛下のみならず、陛下が幼少の頃より添われておられた皇后陛下にも愛されていた、佳人。
その面ざしと聡明さを受け継がれ、皇太子殿下が即位された折には、臣下として陰ひなたなく殿下をお支えすると公言しておられる、第二皇子。
「我が」殿下より二つだけ年上であらせられるが、精神年齢ならばどれほどの差があるか、考えたくもない。ご結婚がお早かったのも、その原因のひとつと思いたいが、ともあれその第二皇子殿下に、待望の第一子がお生まれになったのである。
ご懐妊が判明してからは、「これでまたにぎやかになる」と、陛下が普段は結ばれている口元をゆるめられ、皇后陛下にいたっては、おくるみや涎かけなど出入りの商人に自ら頼まれていたとか。すでに二児の父であらせられる皇太子殿下は父親としての心得を伝授され、皇太子妃殿下も、ご自分が使われていた悪阻が軽くなる薬草や果物を定期的に届けられていたと聞く。
生まれる前から愛され、祝福された御子が、無事お生まれになったのである。しかも、皇帝陛下にとっては初めての、女のお孫様である。皇帝ご一家のみならず、宮殿で働く末端の小間使いや馬番にいたるまで、どれほどお祝いムードに包まれたか、想像していただけるだろう。
で。「我が」皇子殿は、それが気に入らない、と。
第三皇子、24歳は、未婚である。
いやいくら公然と(もしかしたら皇子ご自身と御母堂はお気づきでないのかもしれないが)飼殺しにされているとはいえ、お相手が仮想敵国(今のところいないが)の姫君や、国の重臣の奥方(過去に不倫疑惑あり)でなければ、結婚は即許可されるはずである。
むしろ早く結婚してすこしは落ち着いてくれと、皆口にはしないものの、そして、結婚ごときでそれが実現するとは本心では信じられないものの、思ってはいるのだ。
ちなみに、数ある同盟国へ婿に行かせるなどと言う案は、誰からも出ていない。婚姻により関係強化を図らねばならないほど危うい間柄の同盟国は今のところいないし、さらなる強化をはからねばならないほどの、手ごわい国も存在しない。そして、いくら厄介払いしたくとも、皇国の恥部を他国にさらすわけにはいかないからだ。
まぁなにより、本人が納得しない。
それから。腐っても第三皇子。ご当人の資質はもとより、皇位継承権も下から数えたほうが早いが、「皇族」の一員になりたいと憧れる令嬢やその親はやはりいるようだ。
侯爵、子爵、男爵など、家格を重視する方々ならば、皇族方とはお近づきにもなれないだろうと勘違いする家の令嬢だからこそ、吟遊詩人の語る物語のような「身分違い」とやらの恋を夢見、見目だけはそこそこ良い殿下にアプローチをかけることはある。
しかし皇子はそれらをすべて適当にあしらい、ひどい時には、取り巻き二人を使って追い払ってしまう。なんでも、「俺につり合う身分も容姿もないくせに、近寄るな。目を合わせてもらえただけありがたいと思え」だそうだ。
その根拠のない自信は、いっそ羨ましいほどだが。ご本人いわく、「運命の出会いを待っている」のだそうだ。
さらには「せめて母上の義理の娘にふさわしい者でなければ」などと、柄にもなくリップサービスまでするものだから、第二皇妃様がせっつくこともなく、この頃では皆匙を投げている状態であった。
そんな自らひとりを選んでいる状態だと言うのに、腹違いの兄である第二皇子殿下の慶事を素直に祝えないなど、どれだけ性格悪いんだと言いたくなるが、ご本人からすれば、「不公平だ」となるらしい。
「知力体力容姿、そして何より公爵家から嫁いだ母上から生まれた血筋の良い自分がいまだ伴侶を得ていないのに、なぜ第一皇子に追従するしか能のない、側妃から生まれた皇子に子ができるのだ」
これは、第二皇子妃ご懐妊の報せを受けた際、殿下が吐いた言葉である。ちなみに無事ご誕生の時もほぼ同じことを言われ、ついでに言うならば、ご成婚の時も語尾を「嫁が来るのだ」に変えただけの言葉をはかれた。
耳を疑うようなこのセリフを最初にきいた時には、皇子御本人に、通じるかどうかはともかくとして苦言を申し入れ、取り巻き御二人と、私同様不幸にもその場にいた従僕の少年に他に漏らさぬように釘をさした。
まぁ二回目三回目ともなると、止める気も起らず、いっそのことその発言の咎で蟄居でも命じられてくれないかなと、思うに至った。
朗報は、いまだ来ていない。それどころか、凶報としか言いようのない、ひと月前の事件である。
あれえ。名前も決めていない秘書官くんの独白が、思いのほか長くなりました。
まぁ元々、優やその周辺視点では、彼らが興味がないので書けなかったサカスタン皇国の事情を一気に書いちゃえと思って筆をとったので、長くなるのもしようがないかと。
秘書官の祈りはあと一話で終わります。そのあとルーカス視点を書いて、陛下とご対~面~!の予定です。




