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023 ゴミ掃除は自分で。たとえ市場でも。 3

八百屋さんナマウスさんの名前誤記と誤字を訂正しました。ご指摘ありがとうございました。

「では言い方をかえましょうか。サカスタン皇国第三皇子さま?貴方は、皇子以外になにができるんですか?」

「……なんだと?」


 お。ようやく手ごたえあり?


 嬉しくなったわたしは、眉間にしわを寄せる砂髪馬鹿くんににへらと笑ってみせた。


「貴方はわたしより魔力がないのだから、わたしのレベルでは魔獣駆除はできませんよね。魔力が少なくとも頭をつかえればどうにかなったでしょうが、それもできない。剣ダコもない柔な手。その無駄に豪華な騎士の制服の上からでもわかる、酒か鍛錬不足かによって、弛んだ筋肉。

 それから類推するに、魔獣どころかただの夜盗にも負けそうですねぇ。つまり、力や知恵により、養ってくれている国民を守ることができない。やろうとしても殺されるか喰われるだけでしょう」


 あ、でも喰われたら魔獣の血と肉にはなるから、役に立ったといえる。いや~やっぱり生き物は生きている以上、必ずなにかの役には立つんだなぁ。


 言いながらそれに気づいたので、馬鹿皇子によかったですねと伝えてあげる。まぁ、顔をしかめられたけど。


「ともかく。異国の人間であるわたしでも知っている自分の国の歴史も知らない、知ろうしないくらい知恵がないから、学者として国と国民に貢献はできない。なにかを習得する根気もなさそうだから、手に職をつけて素晴らしい宮殿や道具を造って貢献することもできなさそうだし、たとえば美味しいパニスを焼いて、人々を喜ばせ、自分の糧を得ることも無理そう。

 そして、第三皇子ですよね。本の知識のみで本当のところは知りませんが、貴方の皇位継承権は下から数えた方が早かったですよねぇ。と言うことは、たとえ傀儡であろうとも、皇帝にはなれない」


「……くっ」


 おや。いまの一言はかなり痛かったようだ。砂髪馬鹿皇子の顔が醜くゆがんでいる。

 

「いや~傀儡の椅子を温める役にすら立てないとは、たいへんですねぇ~。まぁわたしの知ったこっちゃないので、力のない貴方がこの魔獣あふれる世界でどこまで生きられるかわかりませんが、『頑張ってくださいね』?」


 弱点を見つけたら、相手を仕留めるまで全力でソコをつくべし。

 愛する父上の教えを守り、ぐりぐりぐさぐさとえぐってあげれば。


「っ貴様にっ平民の貴様らに、何がわかる!」


 馬鹿皇子が悲劇のヒーローのような表情で、吠えた。




 へ~ほ~ふぅ~~ん。そんな事言っちゃうんだ。





「……そうですか。愚かな貴方には、これでもわかりませんか。まだお気づきでないなら言いますけれど、わたしは怒っているんですよ?」


 言いたいことは言ったし、彼らの立場も説明した。その上でのこの反応。鈍い顔。ならばもういいだろう。


「貴方が逆立ちしたって作れない野菜を売るこの八百屋さんは、いつも新鮮な野菜を安く提供してくださり、時にはおまけまで! 我が家は大変お世話になっております。

 貴方が先程足蹴にしたリコという葉物野菜。

 この栄養価の非常に高く、スープによし焼いた肉をそのまま巻いても良し、サラダにも最高のこの野菜が、どれほど育ちにくいものか、勉強嫌いでものを知らなさそうな貴方は、ご存知ないんでしょうねぇ。

 さらには貴方の部下? だか腰ぎんちゃくだかしりませんが、その愚鈍そうな黒髪の男がはたき落したフレーズ。

 これはこの季節しかとれない、非常に美味なフルーツで、豊富に含有するビタミンと言う栄養素により、健康や肌にとてもよい。とくにこのナマウスさんのところのは大粒でみずみずしく、朝とったばかりのこれが店頭に並べば取り合いになるほど。それを、貴様がっ」


 繊細なレースの様に柔らかいリコの葉が、無駄に光るブーツに蹴飛ばされていたあの悲劇の一瞬を、苺によくにた紅色の果実が地面にどしゃりと落ちた瞬間を、その時に感じた憤怒と絶望がふつふつと甦り、もうどうしてもどうしても、黒い心を抑えられなくなった。


「いますぐナマウスさんに謝れ、そしてつぶしたリコとフレーズにも謝れ、なによりも楽しみにしていたわたしに謝れッッ!!」


 今日はそれを夕食にするつもりだったのにっっ!!






「……そこまでに」


 砂髪馬鹿皇子+αへの怒り、そしてなにより食い物の恨みの相乗効果で黒い霧のようなものまでまとっていたらしいわたしの怒りの鉄拳は、ひどく淡々とした声と、ひんやりとした手に止められた。




「……貴女の食への執着心は知っているつもりでしたが……。さすがに殺してしまっては、貴女でももどせないでしょう?」


 しぶしぶ後ろを振り返れば、本日も絶賛営業中の無表情笑顔で、ルーカス氏が立っておられました。

 その横をみれば、苦笑をうかべたセバスチャンが立っている。我が優秀な執事は、主の暴走をとめるべく魔導隊長を召喚したらしい。



「……殺すつもりはありませんでしたよ。彼らは美味しくなさそうですから」


 殺したら、食べなければならない。それが人ならその人生を、その人間のこれまでとこれからを、背負わなければならない。

 でも彼らは食ったら病気になりそうだ、おもに脳の。そして彼を産み育てた周囲の人間は大変申し訳ないが、ろくでもなさそうな彼らの人生を背負うなんてまっぴらごめん。だから、殺さない。

 

 わたしにしてみれば非常にシンプルな理論で、そこそこ付き合いの長くなったルーカス氏もわかっているのか、呆れた表情を浮かべてため息をつくだけだったが、大げさに反応するひとはどこにでもいるようで。



「……殿下。大丈夫ですか?」


 瘧にでもかかったようにガタガタ震えている馬鹿皇子とその仲間たちに、ルーカスさんが声をかけた。


 うわっルーカスさん、絶対「こいつウゼ~」とか思ってるでしょう。拘束かけたのはわたしだと、わかっているだろうに(だってM字開脚なんて、こちらでは見たことないもの)、それを解くでもなく手を貸すでもなく。


「っひっ、うぁっそっ」

「は? なんでしょう? ちょっと聞きとれませんが」


 砂髪馬鹿~ずは、恐怖で舌がもつれているのか、まともに喋れていない。

 うん。無様で大変よろしい。ルーカス氏の冷たい追い打ちもあいまって、すこしだけ胸がすっとしました。



「……優様。ここでこうしていても、市場の皆さまにご迷惑では? お仕置きは別の場所でされたほうが」


 ムシケラと言ったら虫さんに失礼な馬鹿どもと、女王様にジョブチェンジしたように見えるルーカス氏のやりとりを見守っていると、ナイス執事セバスチャンが、後ろから静かに耳うちしてきた。


 その美低音に密かに萌えながらも、たしかにその通りだと頷いた。

 もうお昼も過ぎているから、市場の皆さんが帰り支度をはじめているし、無駄にでっかい図体の男どもが道に転がっていたら、台車が通りにくいよね。



「そうだね。ありがと、セバスチャン。じゃぁナマウスさん」

「は、はいっ」


 ずっと遠巻きになりゆきを見守っていた店主のナマウスさんに声をかけると、いつもつやつやの健康そうなほっぺを青ざめさせて、飛んできた。


 え、なんで前掛けを雑巾みたいに絞っているのでしょう。もしかして、怖がられちゃいました?


「あの馬鹿どもが落としたリコにフレーズ。それから――」


 地味に落ち込みつつも、当初の目的である買い物を終わらせることにした。

 

「優様、ビートとティッカも必要です。ヤスミーナが今晩はサモサもつくると申しておりましたので」


 おお!それは楽しみ。


「それとビートとティッカをふた籠ずつください。あ、袋はいりません」

 

 ナマウスさんは、セバスチャンが差し出したマイバックにあとに言った2つの野菜をつめつつも、


「いや、でもユタカさん、これは……」


 無残につぶされたリコにフレーズを持って、途方にくれたような表情をしている。


「大丈夫、土やほこりは洗えば落ちるし、形が崩れていても、調理すれば問題なしです。ナマウスさんが丹精こめてつくったものは、美味しく食べなきゃ」

「だったらこちらは差し上げ」

「それはだめです」


 料金を受け取らずに袋に入れようとしてくれたのには、待ったをかける。


「ナマウスさんは、この素晴らしい野菜達で生きる糧をえておられる。それを只でもらうことはできません」

「いえですが、助けて頂いたのですし…」

「いえ、あれは」



「彼女が食べ物の恨みを晴らすために、個人的にやったことですから。それにその分の料金を支払うのは彼女ではなく、彼らです」


 言いかけた言葉は、相変わらずのクライアント様に乗っ取られました。

 気配を消したまま近づくの、いい加減やめてもらえませんかね。

 


「…お馬鹿さん達の介抱にあきたんですか?」


 いつもの無表情笑顔が若干黒く感じるルーカスさんにたずねれば、


「宮へ送り返しました」

「へ? 送り返した?」


 たしかに、ルーカスさんの後ろをみやれば、芋虫(ごめん芋虫)のように転がっていた砂髪馬鹿~ずの影もかたちもなかった。


「ルーカスさん……駄犬はその場でしつけないと、もっと駄目になるんですよ?」


 お仕置きは(え? さっきまでのはただの「お勉強」ですがなにか?)あとでゆっくりやろうと思ってたのに……と恨みをこめて、すこし疲れたように見える美人顔を見上げれば。


「あれでもこの国の第三皇子です。貴女が言われたように、皇位継承権は下から数えたほうが早いですが、それゆえごちゃごちゃ言ってくる人間も回りにいますから。

 貴女の拘束をつけたままで送り返しましたから、今日一日はおとなしくしているでしょう。それに、あれらの躾は私の仕事ではありませんしね」


 打ち払うようにいわれた。

 うん。なんだかいままでの苦労がしのばれますね。きっとあの馬鹿~ずは色々やらかしていたのでしょう。


 日頃の言動からルーカス氏はわたしと同じく、相手の身分に斟酌しないどころか、その地位にふさわしからぬ行動をする人間には容赦がなさそうと思っていたけれど、間違っていなかったようです。


 きっとこの国には不敬罪とかないか、あってもルーカス氏は気にしないのだろう。大変よろしい。




「ということで店主のナマウスさん、でしたか」

「はっはいぃ」


 ルーカス氏のよびかけに、わたし達のやりとりを、またしても前掛けをしぼりながら見守っていたナマウスさんが、身体中をふるわせて返事をした。

 

 あれ。わたしの時とおなじ反応。

 ―――じゃ、なんですか。対外的にみれば、わたしとこの腹黒(ないしょ?)無表情笑顔の美人兄さんは、同類項ですか?

 

「この野菜と果物の代金。それから商売の邪魔をし、かつ恫喝したことによる心理的ダメージへのお詫びです。足りないようでしたら、ユタカさんか私が取り立てますので、おっしゃってください」


 結構な心理的ダメージに堪えていると、ルーカス氏がセンスのあまりよろしくない、真っ赤な皮の小袋をナマウスさんに渡した。


「え、いや、旦那様、こんな大金……!」


 袋のふくらみ具合から結構な金額がはいってるんだろうな~と思っていたら案の定。

 良いものをより安くがモットーの八百屋さん、ナマウスさんの目玉飛び出そうです。手もわかりやすいくらい震えちゃってるし。


「足りないでしょうが、とりあえず収めてください」


 こちらは誰に対しても安定の無慈悲、ルーカスさん。無表情笑顔がまぶしいですね。震える手で押し返される袋を一顧だにしません。

 あれたぶんあの馬鹿第三皇子の財布をそのまま獲ってきたんだろうな。



 ま、いっか。




「じゃ、ナマウスさん。お騒がせしてすみませんでした。また来週、買いに来ますね」


 形はだいぶ崩れてはいるものの、希望通りの食材を買い込むことができたわたしは、上機嫌でナマウスさんに手を振った。

 ええその財布、ちゃんと持って帰って下さいね。わたしはヤスミーナ特製のサモサとアヌリン印のパイに心をはせていますから知りませんよ~。



 あ。忘れるところだった。


「ルーカスさん。セバスチャンがお呼びしたみたいですし、ゴミも処理して頂きましたし。お礼と言ってはなんですが、うちで珈琲でも飲んでいかれませんか? アヌリン特製のカナン鳥の卵トルテも、ごちそうしますよ?」


 市場の方をぼんやり見たままのルーカス氏に、声をかける。


 いややっぱりね。自分で望んだわけではないけれど、一応手伝ってもらったわけで。お礼はしないとね。

 恨みも恩も忘れない。受けた恨みは10倍から。恩は、まぁ2倍から、相手の迷惑にならない程度に返す。越谷家の誇るべき家訓です。



 

 ルーカス氏はなぜか、わたしとマイバックを片手にさげたセバスチャンを見くらべ、ため息をつこうか飲みこもうか迷っているような顔をしたあと。


「……頂きましょう」


 飲み込むことにしたらしいため息のかわりに、了承の言葉をはきだした。

 

 


 お客様を連れていることを、アヌリン達にはセバスチャンから連絡してもらって。こうして有意義な市場での買い物は、終わりましたとさ。


ルーカス君の暗躍は、無駄に終わったようです?

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