022 ゴミ掃除は自分で。たとえ市場でも。 2
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「なるほど。ナマウスさんありがとうございました。彼らが弱く愚かで、どうしようもない人々であるということが、よく分かりました」
いつもお世話になっている八百屋の店主であり、今回の被害者でもあるナマウスさんに状況を確認したわたしは、心おきなく狼藉者たちをお仕置きすることにした。
あ、ちなみに狼藉者たち―――趣味はともかくとして、身なりだけはやたらと良い20代半ばと思われる砂色の髪の男と、その取り巻きと思われる黒髪茶髪の男たち―――は、すでに動けなくしてある。自己紹介を簡単にして押さえつけたらなにか喚こうとしたので、彼らの周囲を無音にして。
買ってもいない、もし買っていたとしてもそれを売っている人の前で食べ物を足蹴にしていた段階で、わたしにぼこぼこにされるには十分。奴らの言い分なぞいちいち訊く必要などない。ですよね~?皆さま。
さらにナマウスさんとその周辺の店主さんに訊けば、彼らには以前からときおりこの市場にやって来るたび、「皇都の美観がそこなわれる」などといちゃもんをつけては、今日のように野菜をダメにされたり、ひどい時になると売り上げを巻き上げられそうになったりしたそうだ。
ほほぅ。なんでしょうねぇ、その時代劇でみられるような典型的な狼藉っぷりは。これはやっちゃってイイってことですよね? 別に正義の味方を気取るつもりはないけれど、愉しく美味しく買い物していたのに邪魔されたんだから、わたしも被害者だよね?
まずは辱めの意味も込めて、蛍光ピンクに色づけしたスライム(こちらではラスリムと言うらしい。似てますよね名前が)状の紐でM字開脚で縛ってやる。腕は頭上でひとまとめ。その紐の端を3人分まとめてくっつけて、はい出来上がり。それから彼らにもちゃんと聴こえるように、無音を解除してっと。
さぁ悪い子のみんな、お勉強の時間ですよ~。
「さていいですか? お馬鹿さん達。こちらの世界の魔獣は違うのかもしれませんが、生き物と言うのは生き残るために、そして子孫を残すために必死ですから、貴方達のように自分のうっ屈だかを晴らすために、日々の糧を得ようと懸命に働いている市場のひと相手に暴れるというような、無駄なことはしません」
「きっ」
「さらに」
叱責を受けている間、罪人に発言の権利なぞあるわけがない。
そんな当たり前のことも知らないらしい可哀そうな子には、わかりやすく力を示してあげましょう。わたしの大好物リコの葉を足蹴にしていた、砂色の髪の馬鹿男を素手で触るのは嫌だったので、少々風をあてたらば。
あら力を込めすぎちゃいました。首が面白いくらい後ろに回ったけれど、まぁ大丈夫だろう。
「弱いものほど生き残るための嗅覚を磨いていますから、自分より強いもの、捕食者を、絶対に見誤りません。誤れば喰われるだけですから。ましてや自分から向かっていくなどという愚かな行為は、貴方達の小指の先ほどの脳しかない鼠でも、しません」
「っなにを言う!貴様が先に手を出してきたではないか」
「そうだそうだっ!殿下はすこし油断されただけだ。お前のような小娘、すぐにひねりつぶしてやる」
首が後ろにまわった衝撃からまだ回復していないのか。ぐったりしている砂色の髪の男にかわって、黒髪の男と茶髪の男がわめきだした。
いやいや君たち、M字開脚で縛られているのに、説得力ないですよ~? それともこの国ではこの姿は別に恥ずかしくないのだろうか。ちっ。
「だから、貴方達は弱いと申し上げているのです。貴方達より身体のちいさいわたしをみて、それだけで自分より弱いと思いこんだ」
わたしはこれ見よがしにため息をついてみせ、両手にまとわせた風で、お馬鹿さん達の顎をちょっと撫でてあげた。
「ね? 魔力で少々補正すれば、わたしのこの小さな手でも、貴方達のその無駄に頑丈そうな顎など簡単にくだけますよ? 魔法があるこの国で生まれ育っているはずなのに、なぜそれがわからないんでしょう」
言いながら砕いた顎は、すぐに治癒してあげた。
ほら、証拠を残すとあとで面倒だからね。本当なら一生消えない痛みを残して差し上げたかったけど。
「それに、自分で魔力が測定できない相手だから弱い。なぜそんな風に思いこむのか、理解に苦しみますねぇ。ヒトは基本的に、自分の能力を超えるものは理解できないものです。つまり、測定できないほど相手は自分より強い。そう考えるべきでしょう?
人の武器である想像力で本来ならそれを補えるはずですが、残念ながら貴方達にはその能力も少なそうだ」
「ルッ、ルーカスに飼われている、分際でっ、第三皇子であるオレにっ…こんなことしてよいと思ってるのかっ」
おや。砂色の髪のお馬鹿さんが復活したようです。なにか喚きだしましたねぇ。
「ルーカス氏と契約して魔獣駆除をしている」と自己紹介したはずなのに、なぜ飼われている発言になるのかわかりませんが、このお馬鹿さんの身分はわかりましたね。取り巻きと思われるふたりに「殿下」なんて呼ばれていたし、第三皇子っていうことは、この皇国の三番目の息子さんですか。
で。それがなにか?
「第三皇子ということは、この国の皇室の方ですか。であれば『飼われている』のは、貴方たちの方ですよ?貴方と、皇帝陛下とその妃であるあなたの母親。そして異母兄弟、親族その他諸々。
国政に携わっていようと、領地管理に励もうと、その出所は同じです。貴方たちは国民の、この市場に集うひとびとのような市民が払う税金により、養われている」
お馬鹿さんたちにも分かりやすいようにできるだけ噛み砕いて説明し、かつ具体例、わたし達を遠巻きに見守るナマウスさんや市場のひとびとをさしてあげる。
「っ貴様っ無礼な」
うんまぁどれだけ噛み砕いても、わからない人には分からないっと。
砂髪馬鹿皇子(うん語呂はいいですね)は、M字開脚のまま首だけ突き出して吠えてますね。痛くないんだろうか。できれば痛がって欲しいけど。
「あぁうん。見たくないものを見ないで済むならいいですけど、『現実』はある程度見た方がよいですよ?」
ねぇ?
同意を求めて砂髪馬鹿皇子の横のふたりを見れば、さっきの勢いはどこへやら。「ヒッ」とそろって短い悲鳴をあげて、後ずさろうとした。
いや3人まとめてくくってるから、動けないと思うよ? そして君たち予想以上にヘタレくんだね。少々顎を砕かれたくらいで、しかも一瞬で治癒してあげたのに。
せめて、「父さんにも殴られたことないのに!」とか言って、向かってくればいいものを。一応服装だけならハッスナー隊長の騎士団のものと似ているから、魔獣との戦闘経験くらいあるだろうに。情けない。
心が折れたらしい二人は無視することにして、わたしは砂髪馬鹿皇子に、「現実」を教えてあげることにした。
「どうやら貴方の家庭教師は歴史を教えてこなかったようですね。もしくは涙ぐましい努力で教えたものの、貴方のざる頭では覚えるなど無理だった、と。
皇国図書館の入口はいってすぐ、右手の棚に、貴方の一族がこの地に流れついてから現在にいたるまでの詳細な記録書がありますから、帰ったらお読みなさい。わたしは一度流し読みしてまた読み返してますけど、なかなか面白いですよ?
その記録書によれば貴方の祖先……と言っても、複雑な家系図から類推するに、何度か血が途絶えているようですが、まぁ国の祖だからいいでしょう。
その祖はおよそ780年前に、この地に流れ着いた集団の、若き長であったと。喰いつめ者の羊飼いであった彼らは生きる為に時に交渉で、時に戦でこのあたりを手に入れ、国としての体裁を徐々に整え、その後紆余曲折あって、いまにいたる、と。最初は王政であったのが、周囲の王の国を平らげていくうちに、皇帝と自他称するようになった」
あ、ここまではいいですか?
確認すべく砂髪馬鹿皇子の顔をのぞきこめば、さっきまで敵意でぎらぎら光っていたはずの目が、うつろになっている気がする。
ふむ、この人あれだね。内容に関わらず、長い文章を見たり聞いたりした瞬間、脳の機能が停止するタイプだね。で、座学は5分で寝ると。
寝だしたらまた小突けばいいかと決めて、わたしは続けることにした。
「まだ部族長であった頃は、一族総出で羊や馬の世話をし、時には畠を耕しなどして自分で喰いぶちを稼いでおられたようですね。
でもその内、増えた人口全員にある程度公正に収穫の再分配をする為、人が増えればおきるいざこざの調整のため、専業でやる必要がでてき、部族長たちの合議で決められた、王が担うようになった、と」
国家の成り立ちと言うものは、こちらでもあちらでもあまり変わらないようで。
「ヒトの集団である社会がうまく回るには、ボスは必要であると、わたしは思います。
それが貴方たちの国のように血族で受け継いだ皇帝を議会が追認する形であろうと、その権利を持つものが選んだ代表にたくす、わたし達の国の議会制民主主義とよばれる制度であろうと、軍事力という分かりやすい力を得た人間が治める独裁でも、なんでもいい。ようはうまくまわりゃいんです。
そして貴方のお父様である皇帝陛下およびその周辺の方々のたゆまぬ努力により、貴方の国はうまく回っているらしい」
あらあら砂髪馬鹿皇子さまったら。頭が揺れていらしてよ? 得体のしれない(わたしは確かに自己紹介したけど、それは嘘かも知れないじゃない?)人間に拘束されてるのに寝オチしそうになるなんて、よっぽど豪胆か馬鹿か、どちらでしょうね?
おバカさんには前ふりが長すぎたなとすこし反省して、デコピンの要領で砂髪馬鹿皇子のたれる額をはじいて起こしてあげた。
「……そして、うまくまわっているからこそ、貴方のお父様は皇帝の地位に居続けられ、その周囲の、宰相さんなども、その地位に応じた権力と権威と報酬を得ることができる。その権力と権威、そしてなにより税金と言う名で報酬を払っているのは、国民の皆さんです。
先ほどわたしは貴方の言葉を使って『飼われている』という表現をあえてしましたが、正確には雇われているのですよ、貴方がたは。雇用主である国民の財産と命、生活の安寧を守る為に」
デコピンの威力が強すぎたのか、単純に理解力の問題か。
「……?」
授業中居眠りする学生のごとく寝こけかけていた砂髪馬鹿皇子は、はじかれた額の痛みにはっとして一瞬覚醒したようだが、わたしの説明にすぐどんよりとした瞳を濁らせた。
「ふむ……。説明が難しすぎましたか。かなり噛み砕いたつもりでしたが、普段わたしの周りには賢く聡い方しかいませんので、魔獣なみの貴方にあわせる説明が、できなかったようですね」
「……っきっさまっ」
どうやら侮辱したのは伝わったらしい。少々反応は遅かったが、また亀のように首だけのばして、喚こうとしている。
どうでも良いけど、この馬鹿皇子さん語彙が少なすぎないか? 罵倒の言葉が「貴様」オンリーってどうよ?きっと本を読んでいないからだな。
しょうがない。もっと分かりやすく言うか。
優が黒い。いやもともと黒いですが。




