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020 ゴミ掃除は自分で。

宣言から一日遅れで更新です。優君が先輩との交流を深めている間に、ルーカス君が暗躍しております。


誤字修正しました。(131031)

「おう来たか。待ちかねたぞ」


 ときおり訪れる騎士団の、他の執務室とはあきらかに違う、特別あつらえの豪奢な両開きの扉。その両脇に立つ騎兵のひとりに名をつげると、すぐ開けられた扉の奥から飛んできた声に迎えられ。

 ルーカスはため息をのみくだして、騎兵のまとわりつく目線をはねかえした笑顔の仮面を、さらにもう一枚、かさねることにした。


 小姓や秘書官の待機する小部屋をぬけ、扉よりもさらに豪奢な家具と調度品の数々で埋め尽くされた、奥の部屋へ足をすすめる。



「おぉルーカス。今日も眩いばかりの美しさだな。そんな無粋な魔導師のローブなんぞやめて、ドレスを着ればいいものを。そうだ、なんならオレが贈ってやろう。そして皇帝になった暁には、お前を一番に我が後宮に迎え入れてやるぞ?」



 わざわざ一番遠い同盟国から、大枚をはたいて取り寄せた希少な木でつくられた執務机。ルーカスの知るかぎり一度も本来の目的に使われたことのないその机の、従僕が毎日1時間かけて磨き上げるという面に組んだ足を乗せて。皇国一番と言われる職人に大金を積んでつくらせた、やたら大きな椅子にだらしなく凭れかかる男が放ったそのセリフに、部屋の空気が凍った。



 しかし残念ながら、そのどんな高等魔導よりも鋭く痛い冷気にあてられ凍りそうになっているのは、ルーカスにお茶をだそうとしていた不幸な従僕の少年と、部屋の入口付近に控える秘書官だけ。椅子に座るその男と、彼の傍らに立ち下卑た笑いを隠しもしないで、ルーカスの顔をなめるように見つめる黒髪の男には、きいていない様だった。



 

 たしかにルーカス自身は、家をつぐ予定はない次男坊であり、父や兄に比べれば、そして目の前にふんぞり返る男に比べれば、皇国内での社会的地位は低い。しかしそうは言っても、皇国をその建国から支える5大公爵家の筆頭とも言える、宰相をはじめとした重臣を代々輩出し、皇家に嫁いだ者もいるグラヴェト家の、直系の人間なのだ。 


 そして比較すれば低いとはいえ、27歳にして魔導団でも上位に位置する第二中隊の隊長であり、なによりも800年に近い皇国の歴史の中で、最大にして最高と目される魔力と魔導適正の持ち主なのである。そして、同性ではなく異性を恋愛の対象とする、男である。



 そんな人間を、しかも自分の指揮下にいる部下でもないのに執務中に部屋に呼び付け、軽口と言うよりは侮辱にちかい言葉を吐ける人間は、よほどの性格破たん者か愚か者と言えるだろう。



 愚かものの発言はいつものごとく無視することにして、ルーカスは身体じゅうからブリザードを発したまま、氷の微笑みを浮かべて、マナー教本の見本のように美しい礼をとった。


「……皇国魔導団第二中隊隊長、ルーカス・ルリストン・グラヴェト。お召しにより参上しました。ラシウス殿下におかれましては本日もご機嫌麗しく」

「あぁ、そんな社交辞令は必要ない。お互い忙しい身だ」


 目の前に座る男、サカスタン皇国の第三皇子であるラシウス・サカスタン・ダルマバラが、鷹揚に手を振ってルーカスの挨拶をさえぎった。


 この男が執務で忙しくしている姿など見たこともない。そんなルーカスの心の声は、元から他人の心の動きを斟酌する繊細さは持ち合わせていないこの男に届くはずもなく。



「そうでございますね」


 本心ではこんな男に礼などとりたくないルーカスは、止められたのを幸い、そう答えると後は口をつぐむことにした。




 

 氷漬けからどうにか立ち直ったらしい従僕が、それでも震えてしまう手で供する花茶の、金に縁取られたカップが静かな部屋でカタカタ鳴る。



 目の前の男、ラシウス皇子がじっと自分見つめているのは百も承知で、勧められた椅子も固辞し、ルーカスはその場でじっと立っていた。もちろん顔には、いつもの無表情笑顔よりだいぶ温度の低い微笑みを浮かべている。

 




「実は、面白い噂を聴いてな」


 痺れをきらしたのは、やはり呼びつけたラシウスの方で。

 自分の団に配属された不運な新米を、訓練の名目でいたぶるときによく浮かべるいやらしい笑顔を、その血筋ゆえにそこそこ整った顔に浮かべている。


「……噂、でございますか」


 相変わらず飼い殺しにされているこの皇子様は暇なようだ。くだらない噂にうつつを抜かして人を呼びつける暇があったら、自分の団の巡視にでもついて行けばいいのだ。


 そうすれば、使えない者の下には使えないものしか集まらない団の警備怠慢による、魔獣発生の被害を最小限に食い止めることもできるし、報告や対策が遅れたことにより生じる、大規模な討伐が少なくなるものを。そして、己の所属する魔導団への、ひいてはユタカたちへの無茶な要請も少なくなるだろうに。


 しかし。もしそうなれば、彼女をこの国、この世界にとどめておく理由がなくなるのではないかと思えば、この男にもそれなりの利用価値はあるのかもしれない。しかし実際に被害がでているのは……。



 仮にも、自分が仕える皇国の第三皇子に対して、不敬罪で即手打ちされそうなことを、目の前から微妙に焦点をずらしてつらつら考えていたルーカスは、皇子が発した言葉で、その蒼の瞳を戻した。




「なんでもお前は、異国の珍しい魔導師を飼っているそうじゃないか」

「………わたくしが、でございますか?」

「隠さずともよい。お前と俺の仲ではないか」


 まるで寵妃の機嫌をとるような皇子の口調と顔つきに、一瞬、ほんの一瞬ではあるが、昨日練り上げたばかりの攻撃魔術を叩きつけたくなった。


 

 貴様と私の間に、どんな絆があるというのだ。結局この男は落第して、騎士団の幼年学校に途中入学させるしかなかった魔導学校で出会って以来、不快な、その記憶ごと消去したくなるような接触体験しかないではないか。


 しかも支配する側に立つと言うならば、どこまでも傲慢にふるまえばいいものを。


 もう10年以上前に、熱に浮かされたような顔で「ドレスの方が似合う」などという世迷言をはいて以来、事あるごとに取り入ろうとし、取り巻きとして抱え込もうとし、おもねるように上目遣いでみてくる。気味が悪い。


 この、皇帝の血だけ受け継いだ愚か者が暴走しないようにとつけられたお目付役は、なにをしているのだ。ルーカスがこの部屋に入った時から彫像のように入り口の扉脇にたつ秘書官に、腹立ちまぎれに眼を向ければ。光の速さでそむけられた。―――役立たずが。




「殿下。どこのどなたがそのような根拠のない噂を、わざわざ殿下のお耳に入れたのでしょうか」


 嫌な、もしくはやっかいなモノを処分しようと思うなら、自分の手でやるのが確実で、最善である。


 ルーカスは舌うちしかけたのを氷の微笑で押し隠し、いつだかユタカが言っていたそんな言葉を思い出して自分をなだめ。嫌で厄介なモノの処分をすすめるべく、目の前でなぜかうっとり自分を見上げている皇子に、事情聴取することにした。



「ふふん。秘密にしていたのに俺が知っていたから驚いたのだろう。俺の配下には優秀な奴が多くてな、その一人が報告してきたのだ。

 なんでも小柄で、取り立てて特徴のない容姿をしているくせに、騎馬の中隊でどうにか相手するハーピーをたった一人で倒したとか。しかも、それが女だと言うではないか」


 この男はきっとマゾヒストなのだろう。これだけわかりやすく侮蔑の眼差しを向けているのに、嬉しそうな顔をしているのだから。横に立つ、顔立ちといやらしい笑顔が双子のように似ている従兄と言う名の取り巻きと、ほんとうにその点もよく似ている。


 目線が合ってしまえば、二度とつなげない場所へ片道の転送陣でふっ飛ばしたくなるのはわかっていたので、微妙に目線をずらしつつ、ルーカスはとぼけてみせた。


「……あぁ。なるほど。殿下が『珍しい魔導師』などとおっしゃるから、分かりませんでした。そう、『小柄の女で少々魔術の使えるもの』ならばおります。領地管理などで生じる雑用を処理させるために、幾人か雇っておりますうちの一人ですが、それが何か?」


「しかし、平民のハッスナーが率いる第7中隊が苦戦していたハーピーを、瞬殺したと聴いたぞ。他にもレキア坑道のラスリームを退治したとか」


 話している内容とその口調から類推すれば、この男がつかんでいるのは、あくまで噂のみ。当事者であるハッスナーに訊けば詳細が知られてしまうかもしれないが、この生まれ持った血と地位にのみ固執する愚か者が、「平民」と切り捨てている彼に直接会うことはないだろう。


 ならば、この男をまるめこむなど容易い。後は頭も口も軽いこの男から情報源を引き出し次第、塵も残らないほど消してやる。


「殿下」

 そう判断したルーカスは、長々と続きそうな皇子のセリフを、あっさり遮った。


「……なんだ」


 日ごろお追従を言う者にしか囲まれていないのだろう、話を遮られてあからさまにムッとした顔でルーカスを見上げたラシウスだったが、その花のかんばせに浮かぶ花も恥じらう微笑みを真正面からみて、呆けたように口をあけて固まった。


「サカスタン皇国第三皇子の御身が、そのような伝聞に惑わされてどうなさいます。その者は確かに魔獣討伐にも参加させておりますが、あくまで私の補助としてです。ハーピーやラスリームを一人で倒すなど、我が皇国魔導団でも私を含めた数名しかできないことですよ」


「いや、それは、…そうなのだが」


 表面上はあくまで優しく諭すようにルーカスが言えば、目元を染めて不明瞭につぶやいている。


「お忙しい殿下を、そのような不確かな情報で煩わせた者を、許すわけにはまいりませんね。どうぞ名を。僭越ながら私が殿下になりかわり、厳重に処分いたしましょう」


 そしてそいつもしくはそいつらには、「口は災いのもと」というユタカの国のことわざを、身をもって教えてやろう。この不愉快な男に自分を呼びつける口実を提供した罪を、たっぷり償わせてやる。



「え、いやそれには」


 報復の方法をあれこれ思い浮かべるルーカスから漏れ出した禍々しい魔力に、さすがにこの鈍い男も気づいたようだが。獲物をとらえた彼が、逃がすはずはなかった。


「………殿下?」







 後日。その時居合わせていた侍従が、ふるえながら同輩に語ったことには。


 皇国魔導団第二中隊隊長としてよりも、「麗しの朧の君」の愛称で知られるルーカス・ルリストン・グラヴェトが浮かべたその笑顔は、目があっただけで魂を抜かれるという冥府の女王のように怖ろしく。その囁き声は、毒と分かっていても飲まずにはいられない麻薬のように、こ惑的であったという。

次のお話は、現在修正中です。木曜日までにあげられればいいなぁ。

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