018 先輩に会えました。
え~っと。これくらいだったら、R15もしくは全年齢OKですよね?大丈夫だよね。過激でもなんでもないよね?
「いやぁ、ルーカスさんから話にはきいとったけど。キミ魔力だけじゃのうて、性格も規格外やってんね」
後でよくよく思い返せば、初対面にもかかわらず、結構失礼なことを言われた気がするけれど。
この時のわたしは、久しぶりに聴く日本語の、しかも関西弁とその軽いノリに感動していたので、反応できなかったのである。
おお。関西弁だ関西弁。彼は突っ込みだろうか、ボケだろうか。やっぱり突っ込む時には手ではたくのだろうか。それとも上から思いっきり振り下ろすドツキ系?
仕事あがりの報告で訪れたルーカス氏の屋敷で出会った関西弁の君、阪本修司さんは、和歌山出身でわたしの2つ年上の30歳。和歌山出身と言いつつ、大学は大阪、就職したのも大阪だったそうだから、こってこてである。
わたしも西の人間ではあるし、お笑い番組の影響でエセ関西弁を使ったりするが、やはりイントネーションが違う。生まれも育ちも大阪の友人に言わせると、笑いのつぼも微妙に違うらしい。
まぁそれは良い。
ともかくも、ようやく自分以外の出稼ぎ労働者に出会えたその時のわたしは、すごぶる機嫌がよかったのである。
さくっとその日の清掃作業という名の魔獣討伐も終わらせて、いい汗かいた後だったし。セバスチャンやアヌリン、ヤスミーナの待つ家へと帰るには、まだ早いかなと思ってたし。
ん? セバスチャンはともかく、アヌリンとヤスミーナって誰だって? 紹介して………あ、ルーカス氏にもまだでした。忘れてた。
はい。アヌリンとヤスミーナは、うちのかわいい可愛いメイドさんです。アヌリンが、クリーム色の肌にヘーゼルの瞳と栗色の髪。ヤスミーナは象牙色の肌に濡れたような黒髪、スミレ色の瞳。セバスチャンは自分がすべてやると言ってくれたけれど、彼は執事だから。
家事をお任せしようと、家を借りた時に子供携帯をちょちょいといじりまして。創っちゃいました。あぁ魔法って(以下略)。
いやわたしも家事はやりますよ? 炊事も洗濯も掃除も一通り。でも正直ね、面倒くさいんですよ。特に炊事、というか料理が。
雑食動物のジレンマとして、「あ~今晩なに食べよ」なんて、朝から考えるのが嫌なんですよ。これがパンダなら笹食べてりゃいいし、コアラならユーカリの葉でしょう。雑食ゆえに大抵のものが食べられて、それゆえ70億にも繁殖したのだろうけど、自分でメニュー考えて、用意して、作って、食べて、後片付けして。
たまにならいいけど、毎日毎日になると、飽きてしまう。だってなんの驚きもないじゃない?
ひとりだったらインスタントで適当にでもいいけど、いまはセバスチャンがいるからねぇ。彼はどんなものでも似合うけれど、カップ○ードルは、わたしが持たせたくない。
ってことで。アヌリンは、特にパイ生地を使ったデザートが絶品。ヤスミーナは肉の焼き方と味付けが、もう、もう……!
わたくし、彼女たちに家事を任せるようになってから、確実に太りかけました。ですので、魔獣駆除ではできるだけ身体を使っていい汗かいてます。
そういうわけで、こちらの先輩とはじめて顔を合わせたこの時のわたしは、かなり喉が渇いていた。アルコールと脂と塩を、欲していたと言ってもいい。そして初対面ながら、大きな一重を細めて笑う、なんとなく馬の合いそうな阪本氏も仕事はあがりで。ならば軽く呑みにでも行きませんかと誘えば、よいお返事。
わたしが異世界風調理法を伝授……正確に言えば、うちの優秀なメイドさん二人が出張御手伝いで教えた料理をだしてくれる、馴染みのタブラオに誘いまして。
「おお~ココ、うまいやん。向こうの居酒屋メニューによう似とる思うたら、なんや優くんのおかげかいな。いや~俺、ひさびさに感動したわ」
なんていつの間にか名前で呼んでくる、懐かしき黒髪黒眼、平たい顔の異世界での先輩に言われれば、気分もさらに良くなるわけで。
酒はどちらかと言えば強いほうだけれど、阪本氏はざるに近いようで。ふたりで他愛もない日本のテレビネタなどでげたげた笑いながら盛り上がり。
「ユタカ~、そろそろ看板だけどどうする?」
なんてタブラオの看板娘ヴェニツィアさんに言われれば、
「ほんなら、俺の部屋で2次会しよ~」
とこちらもずいぶんよい加減の、わたしよりもよほど色の白い目元をほんの少しだけ赤くした、先輩様に誘われまして。
「よろこんで~~」
などと某居酒屋の合言葉でお返事をしたらば。
○○○●○●
はい、気がついたら朝でした。ちなみに裸で見知らぬ部屋のベッドの上です。
うん。わかってた。呑みすぎてたのは。ついでに言うと、タブラオで2本目の、わたしの世界で言うワインのようなクーゾをあけた時点で、箍がはずれかけているのは自覚していた。
この場合の箍とは、喜怒哀楽の中で言えば最初と最後のふたつであり、わたしの場合いい加減に酔っぱらうと楽しさが高じすぎて、さらには動物的本能が高まるのか、まぁその……イタシたくなるのである。
―――ああ、やってもうた。
うん、さんざん一緒に飲んだおかげで、阪本氏の関西弁がうつったらしい。うなだれつつも、突っ込みを忘れないのも、一夜の薫陶のたまものか。間抜けにして実に的確に、いまの状況と気分を表している。
現在ベッドの上、およびそのベッドがあるこの部屋には、わたしひとりしかいないが。
朝の非常に清浄な光が照らしてくれるのが大変もうしわけなく思えるほど、ベッドの周辺に脱ぎ散らかされたわたしと、昨夜阪本氏が着ていた洋服達。枕がひとつとベッドカバーは床に落ち、シーツもくしゃくしゃで、ところどころに何とも言えない染みがある。
うん。やっちゃってますね☆
後ろ頭をカリカリ掻きながら、あらためて現状認識すれば、そう結論付けざるを得ない。
なにもこういう状況、あったその日にやっちゃいました。という状況が初めてなわけではない。が。相手は行きずりの人間ではなく、仕事先の人間。それははじめてで。
さ~てどうするか。
阪本氏はどうか知らないが、わたしは現在、ルーカス氏とはフリーランスで契約しているから、同僚・上司とはいたさないという自分ルールには抵触しない。
彼にもし、彼女または奥さんが、こちらもしくはあちらに居たとしたら、はいゴメンナサイ。でも修羅場には巻き込まないでねとお願いしておこう。
ベッドの周辺にはゴミ箱がないから、大人のエチケットをしてくれたのかどうかはわからないが、自己防衛としてピルを飲んでいるので、問題なし。ピルでは感染症をふせげないが、幸い向こうでうけている定期健診に、もうすぐ行く予定であるから、なにかあればすぐわかるだろう。
なんだ。無問題じゃないですか。
うんと大きくうなずいて、汗などを洗い流すべく、シャワーがあるなら借りようとベッドから床に足をおろせば。
「あ、起きてた? おはようさん」
腰にタオル代わりだろう麻のような質感の布を巻き、同じ質感の布で、がしがし髪を拭きながら扉をあけて、阪本氏登場。
「あ、おはようございます。昨夜はご面倒をおかけしたようで。御世話になりました」
謝罪じゃおかしかろうと思うので、ベッドの上に正座してお礼を言いつつ頭をさげた。
「………ぶっ」
ぶ?
しばしの沈黙の後に聴こえた奇怪な音に顔をあげれば、拳を口にあてて、阪本氏が肩をふるふる震わせている。
ん?
おぼろげにその感触を覚えている、美しく6つに割れた腹筋も、小刻みに震えている。
んんん?
どうしましたとわたしが問う前に、
「もうたまらん~」
阪本氏がそう言って、爆笑しはじめた。
次話は予約投稿で、明日の11時に更新です。




