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017 一国一城の主になりました。

うう。またスライディング土下座をしなければ。「今日中」といいつつ日付が変わりました。

「え、ルーカスさんは嫌ではないんですか? わたしはプライヴェートと仕事はきっちり分けておきたいですし、元々自堕落なところのあるわたしがそれをするには、働く場所と住む場所を分ける必要がある。それと、会う人を。

それにこの別邸は大変素晴らしい場所だと思いますが、ここでわたしは寛げません」


 はい。何かを言ったあとに後悔するなんてあまりないわたしですが。なんせ口から出る言葉は、もとは腹の中か頭にあったものなんだから。元からないものは出てこない。もちろん、その表し方、タイミングには注意が必要だけど。


 それに、一度口からでて、自分の耳と相手の耳に届いてしまった言葉は戻せない。


 うん、うん。そうだよね~。でも今の言い方はちょっとなかったかな~?一気に言ってしまった後、後悔しました。




「ユタカさん、は。…私が、……お嫌いです、か」


 ルーカス氏の無表情笑顔には、この一ヶ月でだいぶ慣れたつもり。だった。でもこの顔には全く慣れていない。はじめて見たから。


 「人形のような」なんて表現があるけれど、いまのルーカス氏の表情がまさにそれである。すべての感情がその顔から抜け落ちて、意地悪だったり悪だくみだったり(多分)光っていた蒼い瞳は、真っ黒な穴のように見える。

 それなのに、唇だけが、カクカクと動いている。



 いや下手なホラーより怖いです。とりあえず、助けてセバスチャン!




○●●○○


 ルーカス氏の書斎には、時計がない。そもそもこちらの世界でこの一ヶ月間、装飾の一つとして懐中時計をみたくらいで、あとは大抵の広場に設置してある日時計や水時計、教会ににた建物の鐘楼から定期的に聴こえるクラリオンが時計のかわりを果たしているのを、見たくらいだ。


 おそらくこちらの人々は、我らが現代日本人のように、一分一秒を惜しむような生活を送ってはいないのだろう。待ち合わせなどの時はどうするのだろうと、思ったりもするけれど、日本だって時計がこれだけ安価になり個人が当たり前に所有するまでは、比較的ゆったりしたものだったらしいから、問題ないのだろう。


 ちなみに。懐中時計を持っていたのはルーカス氏である。現代日本人であるわたし達と働く以上、必要だと判断し、一見ペンダントにも見えて持っていても不自然ではない、蓋つきの懐中時計をあちらで購入したそうな。




 まぁ、と言うことで。




 非っ常~に気まずく重い沈黙に、どれだけ耐えたのか正確にはわからないけれど。うん。そろそろ飽きました。うんうん。暗い底なしの穴のふちを覗き込んでいるような気分になる、ルーカス氏の視線にさらされ、わたくし十分反省しました。


 それに、自分でまいた種は、自分で刈り取らないとね。セバスチャンは執事であってお母さんではないし、自分の不始末を押し付けるのは間違いと言うもの。だってわたしは、「ご主人さま」なんだから!




「え~っと。ルーカスさんが、嫌いなわけではありませんよ?」


 気合いもあらたに、相変わらず人形のような生気のない顔で、瞬きもせずこちらを見ているルーカス氏と視線をあわせた。


 え、息してる?


 少しだけ開いている唇(いつもは桜色、いまは白いです)では判断できなかったので、仕立ての良いスーツの胸元をみれば、わずかに動いていた。

 そう言えば、今日初めて気づいたけれど、ルーカス氏の胸は意外に分厚いようだ。細マッチョってやつ?


 まぁいい。



「わたしはルーカスさんを尊敬していますよ? 仕事ははやいし、生意気を言うようですが、指示は的確で分かりやすい。こちらの依頼にも、答えの如何にかかわらず、すぐ対応してくださいます。そしてなにより、言い訳をしない」


「―――尊敬」


「はい。仕事をする相手として理想的だと、日々八百万の神様に感謝しています」

「……尊敬。感謝。私が欲しいのはそんなものじゃない」



 おやおや。ルーカス氏が珍しくぶつぶつ呟いておられますよ?

 なんじゃらほいと、後ろのセバスチャンを伺えば、何故か笑み深められた。


 ふうぅんカッコイイ。



「……では、ユタカさん、は」

「はい?」


 ルーカス氏の視線に耐えたご褒美と勝手に決めて、セバスチャンのグレイの瞳を見つめていたら、後ろから声をかけられた。


 おお危ない、危機はまだ去っていなかった。



「なんでしょうルーカスさん」

「ユタカさんは。私、のことが。好きですか?」



 ふむ。我ら日本人との付き合いがあるとはいえ、ルーカスさんもやはり白黒はっきりつけるのを良しとする方のようです。サカスタン皇国の公用語は英語やフランス語などと同じく、主語、動詞、述語とくるから、思考が似ているのかもしれない。



 貴女は私が好きですか。


 いや~含羞の日本人なら、酔っ払ってでもない限り、仕事相手にそんなことききませんて。相手だって真面目に答えるとは思えないし。


 仕事仲間となんでも話せる大親友になる必要はないと、わたしは思っているのだけれど、ルーカス氏はきっと違う考えをお持ちなのだろう。


 うん。好きか嫌いか。イエスかノーかの選択肢しかないのであれば、



「もちろん、好きですよ?」


 自分の意見をしっかりもち、かつ言葉にできる日本人。それがわたしです。




●○○●○



 その後、なぜか再びフリーズ、ただし今度は人形じゃなくて茹でダコ?のようになったルーカス氏をセバスチャンが起動させて、すったもんだの末。彼の友人が所有するこじんまりとした二階建ての、家具付きの家を借りることができました。


 と言うことで、越谷優こしたにゆたか、28歳と三か月。一国一城の主に成りました。



お詫びと言ってはなんですが、二話同時投稿します。その次も予約しちゃいましょう。

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