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015 ある魔導師の述懐。と懇願。

「今夜中」にあげられました。ようやく寝られる。

優の描写部分を少々書き加えました(130826)

 異世界人では二人目の女性魔導士である彼女、ユタカは、美しくはない。


 少なくとも、私の顔を美しいともてはやすこの国の基準に照らし合わせれば、美人と言われることはないだろう。


 建国当初にこの国に来た遠祖の遺伝で、金髪碧眼の私や一族のものはともかく。サカスタン皇国内ではよくみられる、日に透ければ褐色にも見える黒髪に、黒に近いこげ茶色の眼。

 そして鼻筋はそれなりに通っているものの、彫りの深い顔の多いこの国では、少々のっぺりとした印象を覚えることだろう。向かい合えば、私の顎の位置にその形の良い額がくるから、そう背が高いほうでもない。


 こちらに通ってくる際には、いつも彼女の世界でいうところの「ラフな」服装をしているし、この広い会場にうんざりするほどいる女性たちのように、化粧をしているのを初日以外見たことはない。あの時とて、目もと口元を申し訳程度に整えているだけだった。


 そして。美しい織の、ショールやスカーフと呼ばれる布地以外の装飾具をつけているのも、見たことはない。彼女の香りは爽やかで快いものだが、それは香水ではなく使用しているシャンプーや石鹸と呼ばれる体を清めるものの香りだろう。




 こうしてあげていけば、特に際立った特徴もなく、惹かれるところなぞ特になさそうだと言うのに、だ。



 テラスの暗がりに身を潜めている自分を目ざとく見つけて、熱に浮かされたように凝視する、いくつもの黒い眼。それが彼女のものであったらどんなにいいだろうと、思ってしまうのだ。




 詩人でもない自分だが、この胸の内を的確にあらわす言葉をもたないのがもどかしい。彼女を、ユタカを彩るのは、年とともに衰える顔の造作などではない。彼女を彩るのは、その身体から発せられる、命の輝き。そして、どれほど離れていようと、幾人に囲まれていようと燦然と光りをはなち私を射る、あの強い瞳なのだ。



 忘れもしない、彼女とはじめて会った28日前の朝。扉をあけた瞬間、無意識にこちらに向けられた膨大な魔力にとりこまれまいと、とっさに結界をはった私に、彼女は気づいていただろうか。



 自分の生まれたこの世界でも、ついぞ味わったことのないあの感覚。元々、ある一定量以上の魔力のあるものを集めるべく用意した罠―――募集記事を見てきたのだから、あの部屋にたどり着いたものは皆、こちらの世界でも魔術士としてならば十分通用する魔力の持ち主ばかりだ。


 しかし彼女の、ユタカのそれは、質量ともに桁違いであった。でなければ、いくら自分が一緒だからと言って、魔術も魔導もない世界の人間をいきなりハーピーとひき合わせたりはしない。





 そして彼女は、その性格も、桁違いであった。



 普通と言う言葉は嫌いだが、あえて言わせてもらおう。普通、女性が、しかも異世界の人間が、自分の世界では見たことも聞いたこともないだろう大きな魔獣を、しかも火を噴いているものをみたら、悲鳴のひとつもあげるものだろう。でければ逃げるとか、せめて足をすくませて顔を青ざめさせるとか。



 そのどれもしなかった彼女は、目の前の状況を淡々と確認した後、あろうことかこう言ったのである。「あれは、食べられますか」と。



 度肝を抜かれたなどというものではない。声を少々詰まらせただけで済んだのは、幼少より受けてきた師匠の訓練のたまものに、他ならない。

 食べても支障がないらしいと確認した彼女が、鼻歌交じりにハーピーを瞬殺して焼きはじめた時は、さすがにため息をこらえきれなかったが。それくらいはいかに厳しい師匠とて、許して下さるだろう。





 そうやってひとり鬱々と、うす闇にまぎれて彼女との出会いを思い返していた、私だったが。ふと、ある事実に気づいてしまった。




 ――――――そうだ。ユタカは、あのひとを食ったような笑い方といい、なんでも面白がるところといい、敬愛する我が師匠に似ているのだ。

 顔が似ているのでない。魔獣に対した時のあの、悪戯を思いついた子供のような満面の笑みや、それをうまく処理、調理した時の得意げな顔などが、そっくりなのだ。



 だから、なのか。

 だから、出会って一月もたっていないと言うのに、こんなにも……いつも側にいて欲しいと願うほど、執着してしまったのだとしたら。私と言う男は――――



「―――兄上。またこんなところで、黄昏ておいででしたか」


 瞑想は、よく知る声で突如やぶられた。もとより、こんな場所で物思いにふけっていたのが、間違いだったのだろう。


「…エドウィナリア。いつもながら元気そうですね。なによりです」


 庭に向けていた視線を転ずれば、近衛騎士の礼装も凛々しい三歳下の妹、エドウィナリアがグラスを片手に近寄ってきた。


「兄上。いつも申し上げておりますが、わたくしのことは、エドとお呼びください」


 木漏れ日にとけてしまいそうだと称される、あくまで淡い色合いの私のものとは違い、照りつける太陽の光を集めたような、力強い金色こんじきの髪を後ろでひとくくりにした妹は、私とほぼ同じ高さの目線を合わせて、にやりと笑った。



「一緒に来たうちの隊のもののみならず、会場のいたる所で噂されておりましたよ。『麗しのおぼろの君が、今宵はことのほか憂い顔をしておられる。まるで、誰かに焦がれてでもいるかのようだ』と。皆々様の心を煩わせるのもと思いまして、私が真相究明を買ってでたわけです」


「馬鹿馬鹿しい……」


 だから夜会は嫌いなのだ。人がなにを憂おうが、誰に焦がれようが、どうでも良いではないか。

 だいたいそう言う妹とて、「真相」などにはかけらほども興味はないだろうに。なにより三日月形に細められた、自分のものより数段明るいアクアマリンの瞳がそれを物語っている。


「いやいやいや。せっかくお越しいただいたのに何か不手際でもあったのかと、アグネシア嬢がその豊かな胸の奥を、痛めておられました。もちろん誠心誠意、私がお慰めしておきましたが」


「アグネシア……あぁ、あの入口に陣取っていた、キィーウィの鳴き声そっくりの伯爵令嬢ですか」


 聞き覚えのない名前に一瞬だけ迷い、思い当ってそう答えれば。エドウィナリアの呆れ声がかえってきた。


「兄上………」


 なんだと言うのだ。その存在に興味もひかれず、また仕事に役に立つことはないだろう相手の名など、覚えているはずがないではないか。

 彼女はたまたま、この間ユタカと一緒に駆除したキィーウィの幼獣の声によく似ていたから、記憶に残っただけだ。それとてあの癇に障る声を思い出しただけで、エドウィナリアの言うように、胸が豊かかどうかなど、心底どうでもいい。



「エドウィナリア。貴女はいつも、女性に限らず人の特徴をよくとらえ、かつ心を配っておられるようだ。兄として誇りに思いますよ」


 そう、これは本当にそう思っている。


 同じ血をわけながら、母よりも父からその特性を多く受け継いだ我が妹殿は。公爵令嬢の型にはめようとはまったく思わなかったらしい両親の慈愛のもと、すくすくのびのびと育ち、その陽性の性質にひきつけられた多くの者たちの中心、というよりも先頭に、常にいた。


 魔力は十分、魔導の筋も悪くなかったが、その活発さゆえに魔導学校ではなく騎士団の幼年学校に入学し、そこでものびのびと暴れまわった。


 幼年学校および騎士団に女性がいないわけではないから、妹が特別なわけではない。我がサカスタン皇国の誇るべき美風のひとつは、機会の均等。それは階級間の流動性にあらわれ、男女のべつなく個人にあった職業を選択できることにも表れている。


 現在、たまたま魔導団にはいないが、騎士団にも騎兵隊にも、歩兵にも、女性の士官は存在する。女だから、男だからという愚かものは幸いにして少なく、魔導の適性と魔力、そして剣のセンスと鍛錬によって優劣が決まる騎士団では、妹は天才などと呼ばれているそうだ。


 まぁ、常日頃から男装するのは、少々変わりものだとは思う。が、それは個人の嗜好の問題だから、兄弟といえどとやかく言うことではない。

 そして、男女の別に構わらずそう言った付き合いをするのも、やはり個人の嗜好の問題だから、どうとは言えないのである。



「兄上……。そんな態度でおられるから、『麗しの朧の君は女嫌い』などと、揶揄されるのです。かといって、騎士団、騎兵隊、その他宮の殿御と浮いた噂がたつわけでなし。妹としてはこのままさびしい独り身を貫かれるおつもりかと、日々心配しているのですよ?」


「……いらぬ世話です」


「どうです。表現の内容はともかくとして、兄上が珍しく女性を覚えておられたのです。アグネシア嬢と付き合ってみては」

「何故」


 妹の言葉を途中で断ち切るように返せば。そのつややかな珊瑚色の唇が弧をえがき、双眸がきらりと光った。


「兄上は、アグネシア嬢がお嫌いですか?」


「嫌いもなにも、興味が全くわきませんね。あぁ、あの甲高い声は好きではない」


「声は、『麗しの朧の君』を前にして、少々上ずっただけでしょう。美しさに関しては、大抵の令嬢は兄上に太刀打ちできませんし、その中ではアグネシア嬢はなかなかですよ? 伯爵家の財力にものをいわせ、皇国内だけでなく、他国に美容に良いものがあると聞けば、残らず取り寄せ、日夜磨きをかけているのは伊達ではないようで。たしかに、あのミルク色の肌は美味しそうですよね。兄上もそう思われませんか?」


 あっけらかんとそう言い放つ妹に、ユタカとは別の意味で、戦慄を覚える。

 いつか後ろから刺されないとよいのだが。


「……そんなに言うのなら、貴女が彼女と付き合えばいいではないですか」


 けしかけているわけではなく、疲れる話の矛先を変えたいがためにそう言えば。


「う~ん。それも良いかなと思ったのですが。彼女、独占欲が強そうでしょう? ちょっとそれは重いなと、思いまして」


 笑顔でそう返された。

 あぁ。我が妹が刺されるのは、確定のようだ。願わくば、その場に居合わせないようにしたいものだ。


「……エドウィナリア。美とは時とともに移ろい、やがて朽ちていくもの。それでも人を惑わしあやつる武器になり得ますが、それは諸刃の剣でもあります。剣士であるあなたなら、その危険性は十分知っていますよね」




 ユタカがなぜ、あの時自分にそう言ったのかは、想像するしかないが。


 鉱山の坑道のひとつで、コロニーを形成しつつあったスライム。それをいつもながらの手際であっさり処理したあと。戻ってきた坑夫たちの視線から逃れようと、無意識にフードをかぶりなおした私を、小首をかしげてちらりと見た後。彼女はすぐに小さく頷いて、そう言ったのだ。


 ちなみに剣士云々は、私の付け足しである。彼女が付け足したのは、「大変ですね」。それだけ。



 いつものように面白そうに笑うでもなく、私の目をまっすぐ見つめて彼女は、さらりとそう言ってくれた。同じように軽く返そうと、苦笑のひとつも浮かべようとしたがうまくいかず、泣きそうになった顔をフードで隠したのは、知られていないといいのだが。





「…兄上」


 一瞬だけ、物思いにふけっていたらしい。声に顔をあげれば、妹がすこし驚いた顔をして、こちらを見ていた。


「なんでしょう」

「お気づかい、感謝いたします。そして、兄上にそんな表情をさせた御仁を、ぜひご紹介頂きたいのですが」

「………なんのことでしょう?」


 いまこそ、日頃鍛えている「無表情笑顔」を生かす時だろう。私は最大限の努力をはらって、とぼけることにした。




 ●○○●●○



「ではお会いできる日を、楽しみにしておりますから!」


 所詮、実の妹に私のつたない演技が通じるはずなど、なかったのだ。


 なんにでも興味をしめす妹と、なんでも面白がるユタカ。ふたりが会うことを想像しただけで、かつて一度だけ遭遇したことのある、伝説の魔獣デュゴスと目があったような戦慄が、背中をはしる。





「我が師よ……このような時、男は、どうすればよいのでしょうか」


「ちょっと遊んでくらぁ」。そう言って、私が魔導団に入ってすぐ異世界へ旅立ってしまった、敬愛する我が師ジーンよ。いまだに縋ろうとしてしまう不甲斐ない弟子を、どうぞお許しください。




いやいや書いてるうちに、当初の予定以上に、長くなり、想定外にルーカス氏がへたれになってしまいました。しかも乙女。ぷ。


彼の師匠も、そのうち出せればなと、思います。

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