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014 ある魔導師の鬱屈。

遅くなりました。3000PT突破のお礼、のルーカス視点のお話にございます。

少々長くなりましたので、2話に分けました。

 あぁうるさい。


「まぁーっ! まぁまぁまぁまぁっグラヴェト様、いいえルーカス様! ようこそおいで下さいました!!」


 どうしてそこまで耳障りな甲高い声を、そうまるで、キィーウィの幼獣のような声を、その細い喉からあげることができるのだろう。

 これで魔獣ならば、いっそひと思いに駆除してしまえるのに。



「伯爵令嬢。本日はお招きにあずかりまして」


 おそらく。目の前の令嬢に、先程までは淑女然として招待客に応対していたはずの、今はこちらにぴたりとはりついて離れそうもない、この令嬢に挨拶する自分は。心中渦巻く悪態なぞきれいに隠して、いつもの笑顔を浮かべていることだろう。

 彼女がいつだかぽろりと口にした、「無表情笑顔」とやらを。



「あぁ、友人が先に来ていたようです。それでは、また」


 ぴったりとした絹の手袋に隠された鉤爪が腕にのばされる前に、いもしない「友人」の姿を求めてその場を離れることができた。




 一足すすめるごとに、まとわりついてくる視線や声が、ひどく煩わしい。


 貴族の、そして宮廷の一員を担う者として、こう言った場にでる必要性は、十分認識しているつもりだ。その為に今夜も、積み上げられたまま放置していた招待状の中からどうしてもと、ある筋から厳命をくだされ、ため息を飲み下してここに来たのだ。

 この有象無象の輩とその感情がうずまく、ついでに彼らの発する香り……いや、臭気にさらされるこの数時間は、拷問以外のなにものでもないというのに。




「ルーカス様、ルーカス様、……本日もまたことのほか麗しくて」



「グラヴェト殿、ちょうど良かった。ぜひ貴殿にお話したいことがありましてな…」



「おお、これは珍しい。グラヴェト家の次男坊、輝ける魔導団第二隊長殿がお越しとは。どうですあちらで一緒に―――」




 伸ばされてくる声や手を、そして様々な色をふくんだ感情の矢を、笑顔や視線で適当にいなして。伯爵家ご自慢とやらの庭園へとつづくテラスへまっすぐ突き進む。この苦行の時間を少しでも快適にしようと、このバカバカしい宴の間、そこで過ごすつもりだ。



 自分のことなぞ、放っておいてくれればよいのに。


 途中給仕から受け取った、きりりと冷えた辛口のヴェノを飲みながらも、ため息しかでてこない。


 彼らは自分を呼びとめて、何がしたいと言うのか。あの名も知らぬ令嬢は、男の身で麗しいなどと褒められて、嬉しがるとでも思っているのだろうか。


 絶対的な美の基準など存在せず、所詮は好みの問題でしかないにしても、己の容姿、特に顔は、人から好まれ憧れられ、求められていることは、知っている。


 皇帝の主宰する建国祭以外では、もうほとんど社交界に顔をだすことのない、母親。孫もいる年齢で、「おばあ様」と甥や姪によばれて笑み崩れるようになっているにも関わらず、いまだ誕生日などの折々には崇拝者―――ちなみにその筆頭は我が父親なのだが―――から山のような花束と贈り物をもらう、母によく似たおもざし。


 そして。亡くなって何年もたつにも関わらず、いまだ社交界で語り継がれ、元帥だ、将軍だのと世間から尊崇されているお歴々に、憧憬を捧げ続けられる祖母。本宅の大広間に飾られた若いころの肖像画をみる限り、確かに自分は彼女に生き写しのようだ。


 祖母も、そして彼女を偲ぶあまり後を追うようにしてすぐに亡くなってしまった祖父のことも、家族として愛してはいるが……。遺伝というものは、迷惑極まりない。

 これで女ならば、姉や妹のように数多の崇拝者を従え、社交界を渡り歩くのになにかと便利だろうが、私は男なのだ。この顔で得をしたことなぞ、片手で数えるほどにしかない。


 なにが魔導師のローブよりも、ドレスが似合うだ。あざけるように笑いながら言われるならまだしも、熱に浮かされたような目で言われて、どう返せというのだ。そんな腐ったセリフをはく口と気味の悪いまなざしと、その元凶である脳を瞬時に燃やさなかった自分を、いまでも褒めてやりたい。





 ………思い起こせば受難の日々は、生後数ヶ月ではじまっていた。らしい。


 誕生を祝うとやらで押しかけてきた親類縁者が、ひとめ顔を見ようと部屋に殺到したので、いまは私付きの執事となっているグレアムとその父親が、入場制限をもうけたとか。

 おびえた私が、制御できない魔力で彼らを攻撃しないための、措置だったらしい。


 4回目の誕生日を迎える頃。そろそろ魔力も安定したころと、母親と仲の良い友人のサロンに連れられた際には、我先に撫でよう、抱こうとする香水くさい淑女という名の女豹どもの群れに襲われ、部屋を破壊しそうになったらしい。

 母が中和の魔導に優れているので、事なきを得た。


 本来なら7歳から、入園する学校で習うはずの魔導を、己と他人両方を守るために、その後すぐ師に預けて習得させようとした父は、やはり国の中枢にいただけのことはあったのだろう。思えば、あの師匠と過ごした日々が、一番穏やかだった気がする。


 ひと通りの魔導と、なにより少々のことでは揺るがない精神力を師から学び、意気揚々と入学した魔導学校。寄宿制のそこでも、受難は続いていた。


 なぜ男の身で、しかも7歳にして師からは皇国の魔導団1個大隊を瞬殺できると言われた自分が、親衛隊とかいう謎の集団に守られねばならないのだ。そして他の生徒からは珍獣のように、遠巻きに見つめられねばならないのだ。入学早々、この国には愚か者しかいないのかと、絶望しかけた。


 実際、魔導団にもどっていた師匠がその後度々なだめてくれなければ、自分は10代前半にして世捨て人になっていたと思う。




 そして宮廷。初出仕の日のことを思いだすと、いまでも暗い笑いがこみあげてくる。


 祖父や父や兄、そして何より師匠からその偉業をきき、密かに尊敬の念を覚えていた、近隣諸国に威光並ぶものなしの、皇帝陛下。謹厳なお人柄そのままにそげたその頬が、緊張おさえつつあげた自分の顔を見たとたん、少年のように染まるさまなぞ、見たくはなかった。鋭く静かなそのまなざしが、夢見るようにうるむ光景なぞ、想像すらしたくなかった。


 ――――――祖母が、初恋の相手だったらしいと教えてくれたのは、誰だったろうか。皇帝の近くに控えていた、主と同じようなとろけた顔になった、白髪や立派な髭がいかめしいはずの元勲たちの目線から、呆然としていた自分を隠してくれたのは、祖父だったか、父だったか。


 まぁ、私も、他人に期待するほどには幼かったということだ。





 27歳になったいまでも、このような場での煩わしさは変わらないが、状況はましになっていると言えるだろう。


 魔導団で仕事をしている時は、ローブのフードを被ってしまえば顔など隠れるし、普段顔を合わせる魔導団の隊長どもは皆、種類はちがえど変人揃い。こちらの顔がどうなっていようと、誰も気にしない。


 異世界から引き入れた魔導士たちも、相手の顔をじろじろ見るのは失礼にあたるという素晴らしい文化をもっているそうで、初対面の時こそ驚かれたものの、現在はおおむね「普通に」接してもらえる。





 そして、彼女だ。


はい、うちのルーカス君は鬼畜さん。というより人間嫌い?

まぁこんな生い立ちがあれば、そうなるのも仕方ないかもと、同情してやってください。


なお、続きは明日の朝までにアップします。絶対です。

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