001 おいしい仕事には、美味しいご飯がつきものです? 1
いままでSF要素のある物語を描いたことがありますが、異世界ファンタジーははじめてです。
「なろう」の作家さん達の描く異世界トリップものを読むうちに、描いてみたくなってはじめたこの連載。RPGどころかゲーム全般したことがなく、ファンタジーといえば、ハリーポッターと指輪物語の映画をみた程度の異世界素人ですが、すこしでもお楽しみ頂ければ幸いです。
「ルーカスさん。あれ、鳥ですか?」
「……そうです、貴女の世界で言うところのトリの形をした魔獣です」
「色と形は日本のスズメに似てますね。火を噴いているようですが」
「そうですか」
「……うん~と。いまおっしゃった魔獣って言うと、ファンタジーででてくる魔物と同義とみてよろしいのでしょうか?」
「貴女の言う魔物は、こちらでは魔獣と魔族にわかれます」
「あぁなるほど。その詳しい分類はあとでお聞きしたいのですが、あれは魔獣なんですね」
「そうです」
服装自由、シフト制で週2日から、コアタイム4時間からで日給2万円以上+歩合制。
そんな怪しくも本当ならおいしすぎる条件につられまして。仕事の面接を受けにきたらば、「まずは体験と」、無表情と同じなんじゃないかと思えるニッコリ笑顔の美人兄さんに連れられた先は、なんだかでっかい森でした。
指輪を捨てに行く壮大な物語にでてくるファ○ゴルンの森のように、うっそうとした木々に覆われた森。放浪の間に立ち寄ったドイツの黒い森、シュヴァルツヴァルトも思い出しますね。
で。
いま立っているのは、その森の前の、くるぶしからふくらはぎの中ほどくらいの高さの葉っぱが、まばらに生えた場所でございます。
ところどころ焦げているのは焼き畑か? 環境によろしくないぞと眉をひそめる前に、数十メートル先で鋭い声で連携をとる20人程度の騎馬集団が、巨大なスズメ(その斑点のある羽毛とくちばしに足の形状からそう判断)を囲んでいるのに目を奪われた。
その体高7メートルほどのスズメ(確定)は、うす灰色のくちばしからは火を噴き、巨大な羽のはばたきで、さかんに騎馬のひとびとを威嚇している。
なんで面接会場のオフィスビルの、10階の扉をあけたら原っぱ? などと問うのは、あとにしよう。
いま聴いてもしかたがないだろうし、後ろをちらと振り返っても、先ほどパタンと音がして閉じたはずの木の扉は、影も形も見当たらないのだから。
とりあえず現状把握をすべく、目の前で展開されている光景のなかで、一番疑問に思ったことを隣にたつ美人兄さんに訊くと。
笑顔のままでこちらを観察していたらしい、美人兄さん―――ルーカス氏は、形の良い眉を両方あげ、面白そうな表情にかえつつも答えてくれたわけです。
おそらく奇声のひとつも上げると思っていたのだろう。期待を裏切って大変申し訳ないが、仕事はもう始まっているのだ。それが何であれ、依頼されて受けた以上、最大限こたえねばならない。その為の、状況把握である。
「で、これからするお仕事、『体験清掃』は、あれの駆除でよろしいのでしょうか?」
そう。これが一番大事な質問。清掃といっても色々あるはず。単に追い払うという手もあろうが、それなら装備も統一して統制もとれている騎馬集団が、そこで頑張ってはいないだろう。
第一町中ならともかく、ここどうみても野っぱらだし。相手は火を噴くスズメ(確定)。ここは駆除が妥当だろう。
そう判断しての確認だったのだが、ルーカス氏は何が嬉しいのか、ものすごい笑顔になった。
「ええ、そうです」
いや正直怖いです。なんすかその笑顔。輝いてるのに黒いって……。
まぁいい。
スズメの駆除ねぇ……。火噴いてるけど。
「方法の指定は? あ、なし、と」
笑顔で首をふるルーカス氏に、自分で答える。
これが日本の農家ならば、案山子や光もの、大きな音で追い払うというのが定番か。
でも今回は駆除なのだから、殺さねばならない。ってことは、効くのかわからないけど、銃か弓矢で急所を打ち抜くのが一番だよな~。あの騎馬君たちが今やろうとしてるんだろうけど、網とか縄で飛べないように押さえて、持ってる長槍で刺すってのもありだけど………。
おお。大切なことを忘れるところだった。
「あれ、毒などありますか? ぶっちゃけ肉……肉ですよね。羽毛もってるし。その肉って食べられます?」
顎に手をあて呻吟していたわたしが、いきなり顔をあげたので驚いたのか。ルーカス氏の大きなロイヤルブルーの瞳が見開かれ、美しい桜色の唇が、出会って初めてぽかりとあけられた。
おお、表情筋が笑顔で固まってるわけじゃないんだ。
眼福眼福と、美人のレアだろう表情をこっそり堪能して答えを待っていると、
「食べ……られ、る? ですか。え、あ、いえ…私は食べたことがありませんが……」
困惑したように、眉をひそめて口ごもっている。
「あ、やっぱり毒があるんですかね?」
魔獣というくらいだし、生き物が毒で捕食者から身を守るのも、よくあることだ。
火という攻撃力に、羽という逃走手段をもっているのだからそんな受動攻撃性はないと思っていたが、魔獣とやらは違うのかもしれない。
「いえ、この魔獣は身体こそ大きいですが、比較的魔力が弱いので毒はありませんが」
さらに困惑を深めたかのごとく、柳眉をひそめるルーカス氏。
あ、もしかして。
「ベジタリアンですか?」
駆除なんて仕事を指示するくらいだから、宗教などの理由ではなく嗜好の問題かもしれないが、ルーカス氏は肉を喰うという発想がないのかも。
線も細そうだし、なんか色も白いし。野菜と果物で生きてますと言われても、うなずいてしまいそうだ。
ひとりで納得してうんうん頷いていると、
「いえ、そう言うわけでは………」
なにかを諦めたような溜息をはかれた。もちろん気にしないけどね!
ふむ。毒はなし。ルーカス氏は食べたことがないらしいが、外見スズメなんだし、焼けばそれなりに旨かろうと、わたしは判断した。
「うん。決めた。焼き鳥にしましょう」
「……ヤキトリ、ですか」
なんとも言いようのない表情をかべて、ルーカス氏がつぶやく。
「いやだってほら。ただ駆除だけするなんて、もったいないじゃないですか。わたしの国では猟が盛んなわけではありませんが、畑を荒らす鹿やイノシシを駆除したら、ちゃんと食べるんですよ。毒もないって言うのなら、ますます美味しく食べてあげないと」
そうです。魔獣といえど、命大事。殺す以上はちゃんと受け取って、血肉にしないと!
何度か手伝ったことのある猟師の爺さんに頂いた、ボタン鍋や桜鍋の味を思い出しながらわたしがそう力説すると、ルーカス氏は穴をあける気かと言いたくなるほど、わたしの顔を凝視し。
かと思うとぐっと目をつむり、奥歯をかみしめたあと、
「ハイ、もういいです、わかりました。お気づきかと思いますが、ここは貴女が先程おられた場所とは違う、いわゆる異世界です。いまは時間がないので説明は省きますが、魔法が存在しまして、貴女もそれを使えます」
首をひとふりして、いきなり早口でまくし立てた。
なにかをふっ切ったかのように前のめりで話す、いままでと違うテンションとその内容に、若干ひいてしまう。
「はぁ、魔法、ですか」
ダイジョブですか? 壊れた?
「そうです。魔法です。そして貴女は私が出会った中で魔力の質量ともに最も多いと思われます。魔導……要は魔術の行使についてはこれからですが、いままでの例から行くと問題ないでしょう。貴女は柔軟な思考の持ち主のようですし」
「はぁどうも」
「あえて極論すれば、魔導はイメージです。自分の脳内、心のうち、どこでも良いですから、こうしたいという明確なイメージを描いてください。そして、発露……口にするなり、イメージした呪文を唱えるなりしてください。その際使うのが、貴女の魔力、ようは体力のようなものです。あの魔獣程度ならさほど消耗することもなく、駆除できるはずです」
ルーカス氏は一気にそういいきると、美しく整った手をあげて、相変わらず火を噴いているスズメ(確定)をビシリと指した。
なんだろう……?「白皙の」とか形容したくなるすべらかな頬がピンク色に上気しているし、なんですか、興奮してるんでしょうか。いまの本気で話してますか?
頭ひとつ分高いその花の顔(色つき)を見上げながら、内心首をひねったわたしだったが、ルーカス氏が突然おかしくなったわけでもなさそうだし、地上10階の扉をあければ森でした。は、28年間の短い人生では体験したことのないものである。なのでその疑問はあとで解決するとして、仕事にかかることにした。
日給制なのだから、短時間で終わらせたほうがお得だしね。
さらには、わたし達がのんきに質疑応答(一応OJTと言えなくもないが)している間に、騎馬の皆さんの損傷が、遠目にみてもわかるほど激しくなってきているってのもある。
なんかグリーンのマントが焦げてるどころか、火がついている人もいるし。スズメ(確定)の羽ばたきであおられたのか、馬ごと地にふしてる人も。
人はともかく、お馬さん大丈夫だろうか。牧場を手伝ったときに応急処置なら習ったから、あとで診てあげよう。
駆除の道具や武器の類は渡されていないが、ルーカス氏の話から類推するに、こうしたいとイメージすれば、魔法だか魔術とやらでできるのだろう。
「はい、さっそくやってみましょう」
ルーカス氏が、せかしてくる。具体的な魔法だかを操るすべを、教えるつもりはないらしい。もしやこれは採用テストも兼ねている?
「了解しました」
ならばご期待にこたえましょうかね。
読みやすいようにサブタイトルに番号をふることにしました。