特殊転生管理課(仮)課長(仮)熾天使(仮)シンディ(仮)
「能力はえーっと。無限の剣製で、外見はエミヤにしてくれ!」
「はいはい。分かりました。」
真っ白な空間に二人の男女が居た。
一人は少女。針金で括り付けた光る輪っかに、如何にも天使といった感じの白い衣を纏っている。ついでにとばかりに、安物のパーティーグッズのような翼を付け、白い椅子に座っていた。
もう一人は何処にでもいそうな冴えない姿の男。手持ち無沙汰に椅子に座る少女の前に立っている。
真っ白な空間に浮かぶこれまた真っ白な椅子に座った少女が、宙に浮かぶ半透明のモニターにこれまた半透明のキーボードで男性の希望を入力していく。
少女の右上には「特殊転生管理課(仮)」と書かれたプラカードが、いつ落下してもおかしくないほど頼りなく浮遊しており、少女自身の衣服の左胸には「特殊転生管理(仮)課長(仮)熾天使(仮)シンディ(仮)」と長ったらしいくて胡散臭い肩書のバッジが留めてあった。
「確認させていただきますね。転生先は世界ナンバーN-08A-SS0023、『まほー少女リリカルなのは』。外見と能力は『ふぇいと』の『亡霊えみや』でよろしかったでございましょうか?」
シンディが確認すると、冴えない男性が不安げな表情で口を開いた。
「ちょっと不安なんだけど・・・」
「この機械は曲がりなりにも神器ですし結構高性能なので、私が全く知らないことでもキチンとカバーしてくれるんですよ。」
男はちょっと肩を落とした。
「いや、Fateぐらい知ってるだろ?」
「知りません。」
と、私は即答した。後が閊えているのだ。この男の後に処分しなければならない魂がごまんとある。私も忙しいのだ。入力したワードは結構適当だったが、神のパソコンは高性能だ。目の前の男の記憶と、前世の世界の記録から自動で照合してくれる。程なくして「リリカルなのは」と「英霊エミヤ」のデータがヒットした。
*データをロードしますかY/N*
ただし、操作は何故かテキストベースで、決定もエンターキーではなくリターンキーだ。私はすぐにYボタンに手を伸ばすが、結局押さずに手を引っ込めた。
「本当によろしいんですね?今なら変えることが出来ますよ?」
と、私は一縷の望みをかけて男に問いかける。
・・・が、男は私の真意に気付くことはない。
「お願いしまーす。」
と、気楽に答える男に振り向くこともなく、私はタン!と、平面なのになぜか押す感触があるキーを叩いた。
「最初と今と態度が偉く違ってない?」
と、男が突っ込むが、その姿はみるみる「英霊」のものに変わってゆく。
「お!おお!」
と、男は英霊の姿に変わった自身の姿をキョロキョロと見回している。私は浮遊イスから降りて、立てかけてあった鏡をゴロゴロと押してきた。
「これでよろしいですか?」
男は鏡を見ながら「別に倒してしまっても・・・」とか言いながら、ポーズをとったり、どこからともなく剣を出したり消したり忙しい。熱中しすぎて聞こえてないのかな?
「あのー!」
と、耳元まで近づいて声を掛けると、屈強な姿をした男がその姿に似合わず驚いて尻餅をついた。
「お、脅かすなよ。」
見た目は歴戦の雄姿なのに、中身はヘタレたままらしい。
「これでよろしいですね?」
と、私は腰を抜かしている男に一歩近付いて確認を取った。
「あ、ああ。」
コクコクと、赤いコートの男が何度も首を振った。
「じゃあ、送りますので。転生先でも頑張ってくださいね(棒)」
「もうちょっと、心のこもった対応はできないのか?」
と、男が言うが、私は忙しいのだ。浮遊イスに再び座り、モニター画面を確認した。
*対象を世界ナンバーN-08A-SS0023に送りますかY/N*
「死人の相手を延々と続けていたらこうなりますよ。」
私は男の魂を新しい世界へ送った。結局男と一度も目を合わさずに。モニターには先ほどの男を送った世界の寿命が表示される。
*世界ナンバーN-08A-SS0023の構築に成功しました。
残り時間03y10m21d10h22min47sec85*
感傷に浸っている暇はない。また、次の魂を送らなきゃいけないな。
手元から目を上げると、さっきの男をコピーして少し太らせたような男がディスプレイの向こうに現れた。
「こ、ここは?」
私は抑揚のない声で何千回と繰り返したセリフをほとんど反射的に言った。
「ようこそ。特殊転生管理課へ。突然ですが、あなたは死にました。ですが・・・」
私の名前はシンディ(仮)だ。
今はこうして延々とやってくる死人に転生先を斡旋しているが、少し前に遡ると、私もこの白い空間に呼び出された手合いだった。
「ここは何処だ?」
真っ白で何もない空間。上も下も真っ白すぎて遠近感が全くない。
「ふむ。うまくいったようじゃの。」
「誰だ?」
声がしたと思った瞬間、私の目の前には白い椅子の上にふんぞり返っている幼い女の子が居た。
「誰だとは失礼じゃな。これでも儂は神なのじゃぞ。」
「えっへん。」と、幼女は空しい胸板を張るが、私はただ冷ややかな目で少女を見ている。
「神だか何だか知らないが、ここは何処で、君は誰か教えてはくれないかね?」
「ふっふっふ。良く聞いてくれた!よいか!」
と、幼い少女は浮遊する白い椅子の上に立ち上がり、くるりと一回転して私を見つめている。
「ここはの。言うなれば天界。神の住まう場所じゃ。そしてそこに住まう儂こそ神!」
「・・・」
「そしておぬしはこの神である儂を補佐する天使として選ばれた運のいい魂じゃ!」
「・・・あほくさ。」
目の前の年端もいかぬ少女が神で、私が天使?冗談もほどほどにしてほしいね。第一こんな奴が神だったら世界はとっくに滅んでいる。なにせ、私を天使として選ぶほどだ。だって私は・・・
「私は?」
なんだ?思い出せない。
「ふっふっふ。思い出せんじゃろ!あたりまえじゃ。儂自らおぬしの記憶を消したからの。」
記憶を消した?こんなクソガキが?何かのドッキリなのか?動揺している私に、神と名乗った幼女が声を掛ける。
「ドッキリではないぞ?」
「・・・」
何だ?読心術?いや、統計学とか心理学的なトリックだろう。突拍子もないことを言われたら、大概の人がドッキリだと思うに違いない。
「統計学でも心理学でもない。神の前には隠し事は無いのじゃ。おぬしの心の声も聞こえておるよ!」
「・・・トリックでも何でもいいから、早く私をもとの場所へ帰してくれないか?」
「出来んこともないが、あまり勧められたものではないのう。」
「何故だ?」
と、私が問うと、幼女は私の後ろを指さした。
「見るがよい。おぬしに繋がるあの重しを。」
「なっ!」
私の後ろには幾千もの鎖に繋がれた鉄球の山が築かれていた。その鎖は束ねられ、縒り集って私の両足に繋がれた枷に繋がっていた。私は視線を何度も錘と枷を往復させた後、神と名乗った幼女に視線を向けた。
「あれはおぬしの罪の証。あれほどの罪を背負って転生などすれば、すさまじい人生が待っていること請け合いじゃ。儂は優しいから、おぬしに儂の手伝いをして、あの罪を減らす機会を与えようと言っておるのじゃ。」
「罪?・・・罪だと?」
「そう、罪じゃ。いやー、おぬしほど罪を重ねたものは滅多と居らんぞ?」
足を動かすとジャラリと音がする。
ピンと張った鎖からは私の力では全くびくともしない重さが確かに伝わってきた。
「記憶を消すというのなら、あの罪とやらも消してもらいたいものだがね。身に覚えのない罪に縛られるのはいやなんだ。どっかの宗教みたいに人は生まれながらに罪をしょってるとかいう詭弁は嫌いだしね。」
「お主に身に覚えが無くとも、神である儂が保証するのじゃ。お主は立派な罪人じゃよ。」
「記憶を証拠を消したと主張している本人が証人だなんて、どういう冗談だ?そんなのがまかり通ればどんな言いがかりの罪も作り放題じゃないか。」
「騒いだところで何もならんぞ?神である儂の言うことは絶対なのじゃ。」
言ってることが無茶苦茶だが、どうやら私にはこの少女に逆らうことはできないようだ。全く何が何だか分からないがそもそも神の手伝いとは何だ?
「で、その罪人である私に、神であるお前は何の片棒を担がせようとしているんだ?」
「ふむ。理解したようじゃな。」
「考えるのが面倒になっただけだ。」
「なんでもよいよ。長々と話をしていてもつまらんじゃろうし、手短に話すぞ?心して聞くがよい。」
「はあ・・・分かりましたよ。」
幼い姿の自称、神が白い椅子に座り直して、話し始めた。
「おぬしは人の魂の"重さ"について考えたことはあるか?」
「重さ?魂に重さなんてあるのか?」
神は静かに首を振る。
「物理的な意味ではない。人の魂の重さというか量や大きさとも言えるじゃろうが、とにかく簡単に言うと人の魂はおおよそ単細胞生物の60兆倍の重さがあるのじゃ。」
「・・・細胞の数だけ魂が大きくなるっていうことか?」
「簡単に言えばそうじゃ。」
「で?その重さが何か意味があるのか?」
「大ありじゃ。もし人間一人を単細胞生物に転生させようとすれば、その魂を60兆個にまで分割せねばならん。さらにじゃ。人の体内には共生しとる細菌も多くおる。他人が一人死ねば、儂はそれだけの魂を処理せねばならんのだ。」
「で、一々分割するのは面倒だから人の魂は人として戻したりするのか?」
「はぁ・・・」
と、神は一息大きなため息をついた。
「昔はそれでもよかったのじゃ。」
昔は?では今は違うということか?人の魂は少なくともゾウリムシにはならないが、輪廻転生というシステムは一応機能してたんだろう?
「何か不都合でも生じたのか?」
「不都合も何も問題がありすぎじゃ。」
「というと?」
神は一瞬遠くを見るように顔を上げると、再び話し始めた。
「昔はの。地球上の生命はうまく回っておったのじゃ。それこそ暇なときは大型哺乳類の魂を分解して自然に戻す暇もあった。じゃが、人類じゃよ。人類。貴様らが現れてからというもの、碌なことがない。」
少女は首を振る。
「昔は人の魂を分割して、自然に回すことも出来たのじゃが、今では自然に回してもすぐに人に殺され、こちらに戻ってしまっておる。逆に自然に回すはずじゃった魂を纏め、人間用の魂に変えなければ、天界にたまる魂があふれてしまうほどじゃ。」
人間が生き物を直接的、間接的に殺しまくるから、現世にとどまって居られる魂が少なくなってしまったのか?現世に居られなくなってしまった分の魂が天界に溢れるようになったと?
自然に回っていた分の魂が人間に回され出したから世界人口が増えた?
「人間が増えると自然が破壊される。するとこっちへ来る魂が増え、仕方がないから人間用の魂を新しく作る。するとまた人間が増え、悪循環に陥ると?そんな馬鹿らしい理屈が通ると思っているのか?」
「だがしかし、現実はそうじゃ。少なくとも天界から見ればの。」
白い椅子に座った白い衣の少女は上を向いて頭に手を添える。
「そんなのどうしようもないんじゃないのか?人間の魂を減らせるならまだしも・・・」
「ふふふふ・・・」
ゆらりと幼女の首がこちらを向いた。
「それじゃよそれ。今の世界には昔ほど多くの魂を支える力はない。ならば、その元凶となっておる人間の魂を減らせば、万事解決というわけじゃ。」
「・・・そんなことして大丈夫なのか?その・・・魂の総量的な意味で。」
「自然が豊かなら魂なんぞいくらでも湧いて来よるよ。そもそも人の魂も勝手に増えた分が多い。人の魂が増えたのは儂のせいだけではないのじゃよ。」
さっきから神が投げやりなのは何故だろうな?と、私は呑気に考えていた。すぐに自分もその気分を感じることになるとは知らずに。
「で、具体的にどうやって人間の魂を減らすんだ?私は何をさせられるんだ?」
「・・・現世では『転生モノ』というお話があるんじゃそうな。」
転生モノ?あれか?えっと・・・前世は何々でしたーみたいな?
「ちょっと違うの。儂が言いたいのは、死んだ人間が生まれ変わってフィクションの世界の住人になるというあれじゃ。」
多次元解釈というやつだろうか?
「フィクションの世界?そんな世界があるのか?」
「いや、無いよ。いくら多次元世界とは言っても、フラクタル。現世の相似形の域を出ぬ。丸きりフィクションと同じ世界などは存在せぬよ。」
「じゃあ、どうするんだ?」
「造る。いや、『造ってもらう』の方が正しいか。」
造ってもらう?どういうことだ?と、首を陰る私に、神はニヤリと笑った。
「人の魂は60兆の単細胞生物の魂に等しいと言ったな?」
「ああ。そうだったな。」
「質にもよるが・・・そもそも魂というのは物質世界においては大した力を持たぬが、こと概念の世界においては絶大なエネルギー源と成り得るのじゃ。それこそ、世界を作ってしまうほどにの。」
フィクションの世界は平行世界とか多次元解釈を使っても存在しない。そのありもしない世界に転生?それは、つまり・・・
「死んだ人間の魂の力で、その人間が望むフィクションの世界を作り、その世界に死人の魂を放り込む・・・」
ハハハッ!と幼女の神は手を叩いて笑う。その姿は神というよりもむしろ、魔王に見えた。不要な魂は追放しようという話だったとは。
「ふふふ。理解が早い。流石膨大な量の罪に憑かれているとはいえ、最高の質を持った魂じゃ。いや、最高の質の魂じゃからこそあれほどの罪を背負っても砕けぬのかもしれぬが・・・」
「そうじゃ。フィクションの世界への転生を望む魂の望みをかなえてやる。その魂自身のエネルギーを使っての。もっとも、たった一つの人間の魂で作った世界など、その世界の時間で5年もすればエネルギー不足で自然消滅してしまうがの。」
・・・追放なんて生易しいものじゃない。そんなの消滅への片道切符じゃないか。
「・・・酷く不快だ。タノシイタノシイ空想世界での生活を餌に、その魂を磨り潰してしまおうだなんて。おぞましい。」
嫌悪感を顕わにした私を神は興味深そうに見つめた。
「おぬしほどの悪人からその言葉が出るとは、正直驚いたが・・・まあ、そう気を悪くするな。神の補佐をするには最高の質を持った魂でなければ勤まらん。例えそれが悪であってもな。それに、儂が減らそうと思っておるのは質の低い魂じゃ。」
「質の低い魂?」
そもそも、魂の質とはなんだ?
「魂の質、それはの、その魂がどこへ進もうとしておるか、どれだけの強さで目的へ向って進もうとしておるかじゃ。質の悪い魂とは、何をすべきか、そもそもどうすればよいのかというのを魂のレベルで理解しておらん者を指す。」
そんなことを言われても困るな。それこそ原罪の話じゃないか・・・持って生まれた魂など、どうしようもない。
「じゃが、事実じゃ。世界を維持するためには質の悪い魂を剪定しなければならん。」
「・・・で、私の役目は死んでここにやってきた魂を騙してエネルギーを使わせ、消滅させることだと?」
「そうじゃ。」
私は改めて純白の空間に浮かぶ真っ白な椅子に腰かけ、無垢な笑顔を浮かべる幼い少女の神を見た。『頼りない?』とんでもない。私は目の前で無邪気な笑顔を浮かべる幼女に、底知れない恐怖を感じていた。まるでめりめりと切り開かれた脊髄に氷をねじ込まれるような気分の悪さだ。
「最後に一つ聞いていいか?」
「何じゃ?」
「その姿は・・・」
「当然、愚かな魂を欺くためじゃよ。この姿で『ごめんなさい~。』と泣いて見せれば、一発じゃ。お主もそんなムサイ中年オヤジではなく、相応の姿と名を与えてやろう・・・
「ようこそ。特殊転生管理課へ。突然ですが、あなたは死にました。ですが・・・」
これで何人目だろうなと、私は目の前の小太りの男を見る。
「貴方の死はこちらのミスです。申し訳ありませんでした。」
神が作った美しい少女が、憂いを含んだ目で男に頭を下げた。
「い、いや・・・こっちこそごめん。良く分かんないけど、頭を上げてもらえるかな?」
突然のことに驚いたのか、小太りの男が頭を下げた少女を見て動揺している。
「唐突な提案で恐縮ですが、貴方には特例として貴方の望む世界に転生することが出来ます。もっとも、元の世界に戻ることも可能ですが・・・どうなさいますか?」
え?っと小太りの男は一瞬考え込んだが、もしやとでもいうように口を開いた。
「それってつまり・・・ネギまの世界、フィクションの世界でも大丈夫ってこと?」
「ええ。大丈夫ですよ。」
と、私は天使の笑顔を造った。まるでこの世に偽りなど無いかのように・・・
幾度となく繰り返された手続きの中で
神の掌から逃れた者はいない
今日もまた愚者たちが
張りぼての力に酔いしれる
その対価が
破滅しかないとは知らずに
*世界ナンバーN-E61-MA0024の構築に成功しました。
残り時間04y09m30d02h17min56sec02*
転生テンプレにご注意を。